第8話
深夜、渚と若菜の二人は宮本の言う通りに学校に向かう。校門も空いており、体育館の扉に渚が手をかけてえいっと押すと、特有の抵抗を乗り越え、扉がギィと不快音を響かせながら開く。
深夜の体育館というのはかなり見通しが悪い。2階のカーテンを閉めてしまえば月明かりなども入らなくほぼ真っ暗闇なのだ。
渚は耳をすましながら宮本を呼ぶ。
「与一先輩?僕です、青葉です」
そう暗闇に声をかけるが返事は帰ってこない。一旦外に出ようと渚は後ろを振り向き、若菜に声をかけようとする。
その刹那、渚のうなじあたりを何かが通る。
二人が警戒体制に入りながら体育館から出ようと扉に向かって走る。
しかし、若菜が扉に手をかけようとした途端。渚は嫌な予感がし、咄嗟に若菜の手を取って横に飛ぶ。次の瞬間。先程若菜がいた所、寸分たがわぬ場所に何かが突き刺さる。
渚は若菜を背に隠しながら体育館の角まで移動する。
(相手は無音で何かを高速射出してくる!しかも僕らの位置が正確に把握されてる……)
渚がいくら目を凝らしても敵の位置は全く掴めない。そうしてるうちにも、何かが渚の眉間を貫く。首がちぎれそうな程の衝撃を何とか耐え、眉間に刺さった何かを引き抜く。
暗闇に慣れてきた目を凝らして見ると、それはどこにでもありそうな普通の矢だった。しかし、矢の先端に鏃はつけられていない。
「渚、大丈夫?」
若菜が後ろからそっと話しかけてくる。
渚は頷きながら矢を若菜に手渡す。
「これがいられてきた矢だよ。鏃が無いから若菜は死なないとは思うよ」
そう言いながら次の攻撃に備える。飛んできたのが矢だから敵の得物は恐らく弓だろう。矢もボウガン用のものでは無いから恐らく普通の弓であろう。
(弓の最大の弱点、連射が出来ない所をつく!)
渚は目だけで若菜に合図を送る。若菜もしっかりと目で応えてくれる。
次の矢は渚の左、角度からして2階から射られている。
渚はその矢に頭を撃ち抜かれながら若菜に向かって叫ぶ。
「左!2階!」
渚が叫んだ瞬間に、若菜改め、清姫が渚が指示した所に火炎を放つ。清姫の放った炎は矢を撃ってきた何者かの姿を照らしながら迫っていく。しかし、敵も横に飛び、火炎の範囲から逃れる。
しかし、渚は頭から矢を引き抜き、敵の着地した所を狙って矢を全力で投げる。虚をつかれたのか、敵に矢は刺さりはしなかったものの着地を失敗し、体勢を崩した。そのスキを逃さず、渚が妖力を使って超加速し、敵に拳を振るう。敵も咄嗟の反応を見せ、弓で受け止めるが、十分な加速を加えられた渚の拳をとめるには到らず、真ん中辺りでボキリと音を立てて折れてしまった。
敵が渚の顎を殴りあげる。渚が怯んだところで手摺りの外側に捕まっている渚を足で蹴り飛ばしながら後退する。渚も突き飛ばされながらも着地し、次の攻撃に備える。
清姫が火炎を作りながら暗闇の中の襲撃者に叫ぶ。
「あなたは何者なんですの?返答次第ではこの炎で」
清姫がそう言うが、渚は冷静に清姫を手で制する。
「渚?」
清姫がそう問うも、渚は険しい表情で答えない。
「……何故?何で僕達を襲うんですか?全部!演技だったんですか?あの時から、僕達二人を狙っていたんですか?答えて下さい!与一先輩!|」
影から姿を表したのは昼間別れたはずで今日、ここで落ち合うはずの宮本だった。
「……こんばんは。いい夜ね」
可笑しくなるくらい場違いな発言。清姫がカーテンを焼き払ったことで窓から射し込む月光に照らされた宮本はどこか妖艶な雰囲気すら醸し出す。
「最初から僕達がこうだと知っていて近づいたんですか?」
「あら?こうってなんの事ですか?」
「とぼけるなぁ!」
そう言いながら渚が宮本向けて飛び込む。あと数メートルで拳が届くという距離で宮本が構える。
「あら野蛮。でも届かないわ!」
渚が放った拳の速度は自身の異能により強化され、普通の人間には避けるはおろか、視認する事すら難しい速度である。しかし、宮本はそれを難なくいなし、渚が突き出した腕を掴みそのまま1階まで投げ落とした。
「ぐっ!」
地面まで叩きつけられ、肺の中の空気が叩き出される。
「ゲームをしましょう?渚くん、若菜ちゃん。いえ、清姫ちゃん」
その名を言われて清姫が目を見開く。
「……ずっと感じていた気配の正体は貴方だったんですね」
そう清姫が言うと、宮本がふっと笑いながら答える。
「ええ、そうよ。私の力は代々受け継がれる力よ。那須与一って知ってる?」
清姫は首を振って否定の意を表す。
「平安時代の武士よ。弓の名手で子孫はいないと言われていたけど、実は隠し子がいてその子に自分の弓の技術の全てを教えたと言われているわ。そしてそれは1000年近くの時を経て異能とまで昇華させることに成功したのよ」
「……でも」
渚が立ち上がりながら言う。
「もう弓は壊した。もう貴方に勝ち目は無いはずです。降参してください」
そう言うも、宮本は余裕の態度を崩さない。
「いえ、まだ終わってないわ。それに、まだ貴方達の力を見極めてないわ」
「僕達の……力?」
渚が訝しむ。
「ええ、貴方達が派手に戦ったせいで異能の力を持つ者達には貴方達の存在は知られているはずよ。全員が全員友好的だとはまさか思ってないでしょう?」
渚が首肯する。
「私もどうしようかと思ってね。妖気垂れ流しの貴方達を暫く見てみることにしたのよ。可愛かったわ♪隠してるつもりで二人とも妖気がジワジワ垂れ流しだったのは」
宮本が興奮した様子で続ける。
「見ていたらこんなに可愛い子がいるなんてね、好みだから磔にして私のモノにしたくなったのよ」
宮本がそう言うと清姫が炎を投げながら叫んだ。
「渚は渡さない!」
しかし、考え無しに放った攻撃はいとも簡単に躱されてしまう。
「ね?だからゲームよ。私のモノになるか、私を退けられるかどうかの」
「「上等!」」
渚が再び2階に飛び込み再び攻撃を仕掛ける。
(与一先輩の攻撃手段は徒手空拳だけ!接近して僕を投げようとした時に清姫が僕ごと焼き払う!)
しかし宮本の行動は予想に反していた。
宮本は腰にある矢筒から今度は鏃がある矢を取り出し、あたかも弓があるかのように構えた。
「ハッタリだ!」
そう言いながら突進する渚。宮本は依然余裕の笑みを崩さない。
「本当にそう思うかしら?」
宮本は弓が無いまま矢を放った。すると、矢が宮本から飛び出し、渚を貫いて再び地面まで叩きつける。
「渚!」
「他人の心配をしている暇があるのかしら?」
清姫が声に反応し咄嗟に前方に炎の壁を貼ると、矢が炎に焼かれ燃える音が聞こえた。
清姫がふぅと一息着いた瞬間、右後方から宮本の声が聞こえる。
「炎の盾の考えは悪くないけど、それじゃあ視界も塞いじゃうわ!」
清姫が振り向くと、もう矢は放たれていた。
清姫が当たると直感し、死を覚悟した時、渚が清姫と矢の間に飛び込み自らを盾にして清姫を守る。
「渚!」
再び清姫が叫ぶが渚が崩れ落ちながら叫ぶ。
「清姫、攻撃!」
その声にハッとして宮本に攻撃を仕掛けるが、清姫の炎自体はあまり速くないため簡単に回避される。
しかし、距離を取ること自体は出来、両者の間に50メートルほどの距離が開く。
「良いのかしら?そんなに距離があると、遠距離では私の方が分があるわよ?」
渚が立ち上がり、清姫にボソボソと囁く。瞬間、清姫が目を見開き、叫ぶ。
「ダメ!渚!」
「それじゃあどうやって与一先輩を倒すんだ!……大丈夫、僕は清姫と若菜を信じるよ」
そう言い微笑む。清姫が意を決した様になコクンと頷く。
(何をするつもり?でも何をしようがこの距離なら見分けられるし、渚くんの突進も捌ききれるはず……!)
すると、清姫が火炎を2本、直線時にして打ち出し、宮本の左右を炎の壁で塞ぐ。
「なるほど、考えたわね!確かに、私じゃあこの炎は超えられない。でも、それはあなた達も同じ!そして直線なら私の弓の方が矢速い!清姫ちゃんの様子を見るに、あと炎が出せるのは1発くらいね。その1発さえ凌げぱ私の勝ちよ!」
「……確かに、そうね、これが……この炎が最後の一撃よ!」
そう叫んで清姫が構える。渚が清姫の前に構え、斜線を塞ぐ。
(恐らく清姫の攻撃は炎で出来た龍のはず。確かに大きいし火力も高い。でも速度自体は躱せないほどじゃないし、その攻撃と一緒に渚くんが飛んできても弓でどうにか出来る)
そう思い、宮本が勝利を確信した時、清姫が予想通りに炎の龍を作り出した。
(これを交わして私の勝ち!)
そう宮本が思った瞬間、清姫が炎の龍を操り、渚を食べた。
「何っ!」
宮本が驚愕の声を上げるが、清姫は構えたまま炎の竜巻に包まれた渚をじっと見つめる。
すると、竜巻の勢いが次第に小さくなり、渚の右腕にとぐろを巻く。
そして、炎の龍を腕に巻いたままの渚が真っ直ぐ宮本に向かって走る。
「くっ!」
宮本があわてて二発、三発と矢を撃つが、清姫の作った炎の前には通らない。
二人の距離はもうお互いの拳が届く程度まで近づいており、宮本も意を決して拳を振るう。
渚は宮本の拳を懐に潜って避け、腕の炎で宮本の視界を遮る。そのまま後ろに回り込み、宮本の腰の矢筒を破壊し、宮本の腰を抱え込む。
「与一先輩!これで終わりです!」
そう叫んで宮本を壁に全力で投げつける。武道や格闘技の類ではないが、渚の全力で投げられた宮本は信じられない速度て飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。
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「……死んでないよね?」
「……多分」
渚と元に戻った若菜が倒れている宮本に駆け寄る。
すると、宮本の意識が戻ったようでムックリと起きる。
「与一先輩、僕達の勝ちですね?」
「ええ、認めるわ私の負け。もう貴方達の命は狙わないわ」
「……元から狙ってないでしょう?ここ暫くずっと妖気を出して僕達に警戒さしてくれていたし、最初の矢。鏃を折っていたでしょう?」
渚が笑いながら言うと宮本は笑いながら肯定した。
「ええ、その通りよ。強いわね、貴方達」
「与一先輩の方が強いですよ」
「そうかもね……でも、貴方達の存在に気づいて、この学校にいる人達はまだ沢山いるわ。どうかしら?私も貴方の仲間に入れてくれないかしら?貴方達はまだまだ磨く所が沢山あるわ。特に若菜ちゃん。貴方はまだまだ伸びるわ。怪異の力自体は渚君に勝るとも劣らないはずよ」
「与一先輩が教えてくれるですか?」
「ええ、勿論」
「ありがとうございます!ね、若菜もいいでしょ?」
そう渚が言うと、若菜は宮本も睨みつけながら言う。
「良いですけど、一つだけ、約束してください」
「何かしら?」
「これ以上、渚を狙わないでください!」
そう言うと、渚はキョトンとした顔をする。宮本は対称的にニヤニヤと笑いながら言う。
「あら?もう貴方達は襲わないってさっき言ったはずよ?」
「違います!その……もう渚の事は諦めてください!」
そう叫ぶと、渚も意味が分かったようで赤面する。
すると、宮本は遂にケラケラと声を出して笑い始めた。
「あははははは!若菜ちゃん。可愛すぎるわ!私が最初から狙ってたのは若菜ちゃんなのよ?渚くんをいじっている時の若菜ちゃんの反応が面白いからついつい遊んじゃったけど」
そう言われると、今度は若菜か顔から火を出す番だった。
こうして、3人目の仲間が出来、週末の異能訓練に教官が着くようになった。