第6話
太陽が東から昇るかの如く。山から湧いた水が川となり海へと注がれるかの様に、月曜日にはどんな事があっても学校に登校するのが世の常である。
若菜改め清姫との戦いの2日後。体こそ問題は無いものの、全身を怪異による炎で焼き尽くされた時の回復に使った妖力が戻らず土日丸々自室のベッドから起き上がることが出来なかった渚にも登校の義務がある。
「う、ううううん」
と気の抜けた欠伸のようなものをしながら渚は若菜の家の前で伸びをした。
5分後、若菜が出てきて二人並んで歩く。あんな事があったというのにだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
世界はあるべき様にある。何が起きようとも何も無かったかのように世界は回るのである。近所で悲劇的な事件が起きようとも、数日経てば人々の記憶からは無くなる様に。怪異の力は明らかに世界の常識から逸脱している。しかしその力は世界的規模で見れば限りなく小さい。故に怪異がどんな力を行使しようとも世界には何の影響もないのである。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「渚」
「うん?どうしたの、若菜」
「気をつけてね。この前の清姫と渚の戦いは普通の人には気が付かないけど、怪異を知る人には分かったはずだから」
怪異は引き合う。その言葉が渚の頭をよぎった。
「僕らの学校にも他の怪異がいるってこと?」
「まだ分からない。けど、何かあったら知らせるって清姫が」
どうやら意外と仲良くなっているらしい。
あの後若菜は清姫と自分の心の中で対談し、色々あった末に共存する事で承認。基本的には若菜が主人格で渚に危険が迫ったら清姫が出てくるようになったらしい。
「うん、分かった。気をつけるよ」
そうこうしているうちに学校に到着。渚 は授業中も気を張り続けて警戒していたが、特に何も感じなかった。
(ま、毎日怪異と出会っていたら僕の身が持たないし)
と考えた午後の授業はわりかしのんびりと過ごしていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
放課後になり、若菜と帰ろうと準備をしていると、若菜の方から渚の教室にやって来た。
「あ、若菜」
「渚、帰ろ」
と言い、2人が帰ろうとすると渚のクラスメイトの木下がやってくる。
「青葉、もう帰るのか?」
「あ、木下君」
そう挨拶しながら、できる限りさり気なく若菜を自分の後ろに隠す。若菜もそそくさと隠れようとするが、木下に気づかれてしまう。しかし、気のいい木下は気にする様子もなく
「いきなりクラスメイトの彼女襲ったりしないから安心しろって」
と軽快に笑う。
彼女と言われた若菜は照れながらも渚の後ろから木下のことを警戒する。しかし、清姫が警戒していない様だから、木下は怪異には関わってないように若菜は考えた。
「渚、多分大丈夫だと思う」
と、木下に聞こえないように渚に呟く。
渚もそれを聞き少しほっと思いながら木下とたわいもない話を終える。
若菜と渚が警戒を解いたことから清姫も若菜の中で眠りにつく。若菜の中で清姫が常に起きていると清姫の妖力に若菜があてられてしまうのだ。
前回の戦いからも分かるように渚は怪異の力を完全に使いこなせているが、怪異の人格と元の人格が違う若菜は全ての力を使いこなす事はまだ出来ない。
木下と別れようとする時に、ふと思い出したように木下が渚を呼び止める。
「あ、忘れてた。青葉!」
「うん?どうしたの、木下君。まだ何かあるの?」
「言い忘れてたけど2年の先輩が青葉を探してたぜ、図書委員だって」
「図書委員の先輩?ありがとう。すぐ行くよ」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「失礼しまーす」
渚と若菜が図書室に入るとカウンターで番をしながら本を読んでいた女子生徒が顔を上げる。腕章の色から、2年生である事が分かった。腰まで伸びたストレートの黒髪。見るのも全てを射抜きそうなするどい視線以外は大和撫子と形容するに相応しい。
「あのー、1年の青葉ですけど。僕を呼んだ2年生の図書委員ってあなたですか?」
そう渚が聞くと、カウンターの女子生徒はニッコリと笑って答える。鋭い眼差しとは裏腹にその笑顔はまさに花が咲いたようだ。
「はい。こうしてお話するのは初めてですね。改めて自己紹介させていただきます。図書委員2年生代表。宮本与一です」
と挨拶をする。
「宮本……与一先輩?」
「あら、私の名前が気になりますか?」
「はい。正直……失礼ですがあまり女性につける名前では無いと思ったので……」
「私の家は少し古臭いところがありましてね。代々受け継がれている名前なのですよ」
「そうだったんですか。ところで、僕を呼んだのはどういって要件なんですか?」
「あ!忘れていましたわ。1年生代表の加藤君が土曜日にバイクで事故を起こしてしまって入院しているのです」
「え!大丈夫なんですか?」
「はい。しかし、今週末にある各学年の代表が集まる会議には出席出来そうにないので、代理をお願いしたいのです」
「でも僕、何をしたらいいのか分からないんですけど……」
「簡単な説明を受けて書類をまとめて学年の図書委員に知らせるだけですので。お願い出来ますか?」
それなら……と渚が受けようとしたら、それまで渚の後ろで黙っていた若菜が宮本に向かって
「先輩、なんで渚なんですか?渚はただのヒラですし、先輩とも面識は無いはずですよね?」
と言いだした。
「わ、若菜。僕は別に大丈夫だから……」
「いいんですよ、青葉さん。不知火さんの言う事ももっともです。といっても特に理由はないのですよ。ただ単に残りの1年生からアミダで選ばせていただきました」
と、その時アミダに使ったであろう紙を見せながら宮本が答える。
ああ、と若菜も納得し定位置となっている渚の後ろに戻る。良妻は後ろに3歩下がってついてくると言うがこれは少し違う気もする。
ではお願いします。と宮本が締め、この場を2人は去る。その後はいつも通りにたわいもない話をしながら帰宅する。若菜は知らない人の前では基本的には日本人形より少し動くくらいだが、親しい人の前では饒舌に喋る。
別れ際に、今度の土日を使ってまた清姫の怪異を使いこなす練習をする事を決め2人はそれぞれに家路につく。
いつも通りでは無いものがすぐ近くに迫っているとも知らずに。