第5話
今回から地の文の視点を渚の一人称視点から、三人称視点に変えさていただきます。読みづらい点等がごさいましたらご指摘頂けると幸いです。
さてと、と言うように渚が構える。構える、と言っても渚は格闘技の経験などない。昔読んだボクシング漫画の猿真似にすぎない。しかし、渚はその体質から体のリミッターを自身の意思で外すことが出来る。
人間は本来自分の体を十全に使うことは出来ないと言われている。そうしなければ肉体は自分の出した力に耐えられず壊れてしまう。神が創りたもうた最高傑作は皮肉にも成功しすぎたが故に失敗作なのだ。
しかし、神が創り上げた人間でありに生まれ、神が忌み嫌う妖の力が混ざった渚はその限りではない。人間の本来の力を出すことが出来、怪異の力で治す。それを同時に行うことで通常の何倍もの力を発揮することができる。
(大見得切ったのはいいけど……どうやって若菜の中の怪異を倒せばいいんだ?)
そう、渚はいくら力が強くても喧嘩すらした事は無い。それどころか不死を隠すために体育の授業なんかも全力を出さずに中の下程度に留めている。
十全の力を出すことが出来るマシンも、パイロットの腕により、出来は大きく変わってしまう。
そう思いながらも渚は若菜(怪異が既に表に出ている)から目を離さなかった。
「あぁ……渚……愛しい渚……もう誰にも邪魔はさせない。愛してる、愛してる、愛してる」
「生憎だけど、僕が好きなのはお前じゃない。若菜だ」
「そう……残念。でもあたしは渚を愛しているのよ。それは若菜も一緒若菜とあたしは文字通りに二心同体。あたしだけを倒すことなんて不可能よ」
「やれるだけやってみるさ」
おしゃべりは終わりとばかりに若菜が飛びかかってくる。感覚も強化されている渚は横っ飛びで若菜の突進をかわし、若菜の横っ腹を思いっきり殴りつける。
が若菜も超反応で渚の拳を握り、そのまめ壁まで投げつける。
目にも留まらぬ速さで背中から壁にめり込み、激しい衝撃が渚を襲う。肺の中の空気が一斉に逃げ出し、呼吸困難に陥る。
「がっ……はぁああ!」
むせて動けない渚に再度若菜が攻撃を仕掛けようとする。
しかし、若菜は何を思ったのか自分の肩を気にしだす。
どうやら肩が外れたようだ。筋力その他諸々は向こうも強化されているが回復力はあまりらしい。
「人間の体はやっぱり脆いわね」
「お前……若菜の体を……自分の体でもあるんだろ!?」
「そう思うなら抵抗せずに愛されて欲しいわ」
ようやく治ったのか若菜がこちらに向かって拳を突き出す。渚は今度は足を踏ん張り、若菜の繰り出した拳を横にはたく。若菜は予想外だったのか体勢を崩す。
しかし、渚は攻撃をせずに若菜の体を軽く突き飛ばす。
「うわっ!?」
そのまま若菜は勢い余って転倒し床に転がる。
渚は追撃をせずにまた構える。
若菜がゆらりと立ち上がり渚を睨みつける。
「あなた……どうして今攻撃を仕掛けなかったの?いえ、あなたからは敵意はあれど殺意は感じられない。どういう事?」
渚は構えをといて答える。
「その体は若菜のものだ。僕には傷つけられない」
「そうしなければお前は死ぬというのに?」
「僕は死なないよ」
再び2人が構える。
二、三回と正面から突進を繰り出す若菜に対し、冷静に攻撃をいなし続ける渚。異能の力で体力までも回復出来る渚の方が有利に見える。しかし、渚の目に油断はない。なぜならば若菜の怪異の正体がまだ判明してないからだ。
5回目の突進をいなされて若菜が止まる。はあっと肩で息をしている。
「そろそろ諦めろ。お前じゃ僕には勝てない」
「……いえ、まだよ。あなたは私を傷つけられない。絶対に、どんな事があってもね」
そう言うと若菜が徐ろに自分の腹に自分の腕を突き刺した。
「なっ……!?」
若菜が狂ったように自傷を続ける。
「さぁ……止めにおいで?さもなければ……」
「くっ……!」
すぐさま渚は若菜を止めようと突っ込む。それを待っていた若菜は突き刺していない方の腕で渚に向かってフルスイングする。ドン!とトラックの正面衝突のような音を響かせて渚の体と若菜の左腕が吹き飛ぶ。再び渚は地面を転がり壁に突き刺さる。
「ぐ……はぁ……若菜の体に傷をつけるな……!」
すぐに立ち上がりフラフラの体で若菜に向かって叫ぶ。
すると若菜が唐突に叫びだした。
「煩い!黙れええええ!」
若菜の咆哮は怒りと言うよりむしろ慟哭に似たそれだった。
「なぜ若菜なんだ!私は若菜じゃない!私は私なのだ!……それなのに……なぜ
……あの時も……私を捨てて逃げてしまったの……なぜ……死んでしまったの。安珍様」
項垂れたままブツブツを若菜がつぶやくように喋る。
「もういい……全て……全てを焼き尽くす!」
そう叫んだ若菜の体から龍の形をとった炎が吹き荒れる。そのまま龍の炎は若菜の体をも焼きながら渚を飲み込んだ。
「あ、あああああああああああああああああああああ!」
炎はまるで生きてるかのように渚を締め付けながらとぐろを巻き、締め付ける。
皮膚がただれ、体が熱に負けて曲がり、肺の中まで炎で満たされて呼吸すらできない時間が永遠のように過ぎた。
炎が消えると同時に渚はその場に倒れ込む。
この炎が若菜の中の怪異の力らしい。魔性の力により体の治りが遅い。
しかし、それ以上のダメージを若菜の肉体は受けていた。
炎を操るが、自身の肉体ごと焼き尽くしてしまうほどの強力な力。その力を振るい続ければ相手より先に若菜の肉体はたちどころに炭と化してしまう。
それでも若菜は使う。たとえその身が滅びようとも、己の力では渚を殺せないと知っていても。事実、遅いとはいえ脅威の回復力で渚の体はほぼ完治している。
「どうして……私はどうしたら……なんで死んでしまったの?なんで死んでないの?」
力の使いすぎで意識が混濁している。それでも若菜は炎を放つ。
渚は龍の口に飛び込み若菜の方へ突き進む。
「くっ、ぐおおおおおおお!」
まさに地獄の業火に等しい炎をかき分け若菜の元にたどり着いた時には若菜の力はもうほとんど残っておらず、怪異の意識もほぼ無くなっていた。
あと1発、あと一撃入れれば若菜は怪異から解放される。
しかし、渚はそれをせず、そっと若菜を抱きしめた。
「え?どうし……て?」
「君の炎を通して、君の気持ちが伝わったんだよ。君の大切な人を思う力。その人を思うあまりに、2人を焼き尽くすほどの怪異になってしまった悲しみを。僕の目的は君を殺す事じゃなくて若菜を助けることだから、君さえ大人しくしていればいいんだよ。」
抱きしめたまま渚は告げる。
「僕は君の思い人じゃない。君の思い人はもうこの世にいない。もう、君は縛られる必要はないんだよ。安珍さんの事を思い続けて自分を苦しめる必要はもうないんだよ。清姫」
清姫、と呼ばれて若菜の中の怪異は驚愕の表情を見せる。
「どうして……名前を?」
「君の力は炎を出すことじゃなくて、自分の思いを形にして放出する力なんだよ。燃え上がるような思いだから炎になったんだろうね。だから、あの炎に触れたら君の思いを知ることが出来るんだよ。」
ちょっと熱かったけどね、と渚は苦笑いしながら言う。
清姫はじっと考える素振りを見せ、渚に飛びついた。
「き、清姫?」
「私の生前の苦悩を解放してくれて、私の全てを受け入れてくれた貴方様に私の全てを捧げます」
と言ってきた。
渚は泡をくって
「い、いや僕には若菜が……」
と言った途端、しまったと思った。同時に清姫の目がしめた、とばかりにきらめいた。
「ご心配には及びません。私は不知火若菜と二心同体。浮気ではありませんよ」
と言い、今度は抱きしめたまま頬擦りしてきた。
「い、いや……でも……」
と、渚が食い下がると、清姫の目に殺気がこもり
「でも?でもなんですか?まさか私がここまでお慕いしているのに断るというのですか?」
と言ってきた。
「いや……嫌じゃないんだけど……むしろいいの?僕で」
「何を仰るのやら。そもそも、私の力がここまで発揮できたのは主人格である若菜と私の2人が貴方様をお慕いしている故の事ですよ?知っていましたか?若菜は幼い頃から貴方様の事が大好きだったのですよ?」
知らなかった
「そうだったんだ」
「ですから、もうなんの心配もありません、この体も若菜に返します。私も、余程のことがない限り出てくることはありません」
「まぁ……それが目的だったから。それで丸く収まるのなら」
こうして、若菜改め清姫と渚の長いようで短い戦いはひとまず終幕を迎えた。