第26話 過去篇その26
「ラインハルトの生体反応が消えた……まさか、そんな筈は」
城の屋上から戦況を眺めるシャフリン、彼が言ったその言葉を聞き隣に居た白斗は衝撃を隠せなかった。
人が死んで当たり前の戦場……だがラインハルトは死ぬ筈がないと思っていた、戦いは見た事がないし実力も聞いたことしかない……だが序列一位と言う肩書きだけで彼の実力を語るには十分過ぎた。
そんな彼が死んだ、恐らく殺したのはあの若い白髪の兵士……信じられなかったがシャフリンの表情を見ると信じるしか無かった。
「まずいな……シャフリン、待ってろ儂が始末する」
そう言ってその場を離れようとするアーノルド、彼を止めようと白斗は肩に手を伸ばそうとしたがふと見えた彼の表情を見てその手を引っ込めた。
あのアーノルドが泣き、怒りに満ちた表情をして居た……喋りかけただけでも殺されかけそうな勢いだった。
「こうなるとアーノルドは手が付けられん、白斗、護衛を頼んでも?」
「は、はい……」
かなりの高さがある屋上から飛び降りるアーノルドを見ながら白斗は頷いた。
飛び降りたアーノルドは凄まじい隕石でも落ちたかの様な轟音を立てて地面に着地すると辺りを見回す、だが辺りに敵兵は居なかった。
恐らく今日は退却したのだろう、だがそんな事アーノルドにとっては知ったこっちゃ無かった。
怪我人を抱える道行く兵士を見つけるとその兵士の肩を叩いた。
「ちょいと若いの、敵軍の本隊は何処だ?」
「あ、アーノルド様?!て、敵本体は恐らく今頃はこの城から15キロ離れた草原で野営中かと!」
突然話し掛けられた若い兵士は声を裏返しながら喋る、アーノルドは様で呼ばれた事に少し不信感を感じながらも礼を言うと助走を付けた。
「15キロか……10歩助走をつけて走れば着く」
そう言って後ろに10歩下がるアーノルド、そして凄まじいスピードで駆け出すとその勢いのまま夕焼けが赤く染める空へとジャンプした。
アーノルドがジャンプした数秒後、その周辺には凄まじい突風の様な風が吹き、話を聞いた兵士を吹き飛ばして居た。
「んでよー、クーロディリスの兵士が助けてくれってションベン漏らしたんだよ!」
「まじかよ、そりゃ傑作だな!」
簡易的な柵を立てその入り口を駄弁りながら見張るオージギアの兵士達、今日殺した兵士の数を自慢し合って居たその時、ふと何気なく空を見上げると不審な物を見つけた。
「ありゃなんだ?」
空を飛ぶ黒い物体、そしてその物体はこちらの方へ放射線を描き飛んで来ている様な気がして居た。
内部に連絡した方が良い、そう思った時、その物体はまるで隕石の如く着地すると二人の兵士の命を簡単に絶命させた。
「ラインハルトを殺した奴……出て来い、儂は無益な殺生は嫌いじゃ」
そう言って二人を殺した時に付いた血を拭く、すると中からアーノルドの存在に気がついた転生者の兵士達が何人も集まって来た。
アーノルドはラインハルトを殺せるだけの魔力があるかを確かめる、だが全員虫けら以下だった。
「爺いお前どんな立場か分かってんの?こ こ は敵地、分かる?」
煽る様に言い放つ転生者の若い兵士、その態度を見てアーノルドは一瞬にして男の首を刎ねた。
「え?」
周りに居た転生者達はアーノルドが動いた事すら気付いて居ない、凄まじい強さに気が付き逃げ出す者も居た。
「ラインハルトを殺した奴、早く出て来い……儂はそいつさえ殺せれば良い」
そう呼び掛けるがラインハルトを殺した奴は一向に現れない、すると一人の30代ほどの見た目をした黒髪の兵士が大勢の間を縫って出て来た。
男はよろけながら出て来るとアーノルドの前まで来る、そして顔を見ると何かを思い出したかの様に手をポンっと叩いた。
「おお、まさかあの伝説の拳武神アーノルドが来てくれるとは!ここで手柄を立てれば剣聖なんて夢じゃないぞ!」
そう言って槍を構える男、それを見てアーノルドは呆れた、実力差をあれほど見せても立ち向かって来る……勇敢なのか無謀なのか……どちらにせよ殺す事には間違いなかった。
右手で手刀を作り男の首を撥ねようと構えた時、彼が口を開いた。
「確かあんたって序列三位だろ?一位のラインハルトって奴は同じ騎士団長のジルドがやってくれた……と言うことは三位のあんたなんて俺にとっては相手じゃ無くないか?」
そう言って笑う男の発言に思わずアーノルドまで笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「いや、すまんすまん……お主らは何故儂やシャフリンが二位、三位か知らんようじゃな……」
手刀を作った手を下ろす、すると騎士団長と言った男の首とその近くに居た四人の取り巻きの首が落ちた。
「あの序列は将来性も加味されておる、その中でもまだこんな老いぼれが三位に居ると言う意味……馬鹿なお主らでも分かるな?」
「つ、強過ぎる……」
あまりの実力差に一人がその場に座り込む、そしてオージギア軍が混乱に陥り掛けたその瞬間、一人の女性の声がそれを阻止した。
「安心しな、私がやる」
斧と槍が付いたハルバードを回しながら出てきた赤髪の女、彼女を見た瞬間アーノルドはあるものを感じとった。
「お主……魔神じゃな?」
「あら、バレた?」
そう言ってニヤッと笑う、その瞬間アーノルドの足元が一瞬で凍り付いた。
「その通り、私は氷結の魔神エリディア……さよなら、過去の英雄さん」
エリディアの氷魔法に不意を突かれ身動き取れなくなった所をハルバードの斧で首を切り落とそうとする、だがアーノルドはそれを拳だけで防いだ。
「な?!」
弾かれたハルバードはエリディアごと数メートル吹っ飛ばす、その間にアーノルドは足の氷を叩き割った。
吹き飛ばされたエリディアはかなり驚いた様な表情をして居た、だがそれも無理はない、魔神の力は人間とは比にならず、武器を持てばその威力は倍増……普通の人間なら真っ二つにされ大地すら裂けていた……だが相手が悪かった。
「人を勝手に過去の遺物にするでない、さぁ戦おう、魔神のお嬢ちゃん」
そう言って手を招き挑発するアーノルドを見てエリディアは歯ぎしりをし、苦痛の表情を浮かべて居た。