第24話 過去篇その24
「行くぞ……」
ジルドが剣を構えた瞬間にラインハルトは後ろに後退する、そして後方にある家の屋根に着地すると頬が微かに斬れていた。
「あれを避けるか」
今の剣を構える様に見えた動作だけで5回、彼は突きをしていた……その速さは恐らくレイブラ以上、しかも力も兼ね備えている、厄介だった。
ラインハルトは剣を鞘に収めると屋根から降りる、それを見たジルドは一瞬不審そうな表情をするが同じく地面に降りてきた。
「どうした、剣をしまって降参か?」
ジルドは不思議そうな表情でそう言う、彼にとってラインハルトは早々現れない強敵、少し気分が昂ぶって居ただけに内心かなりがっかりして居た。
だが一方のラインハルトは降参する気などさらさら無かった、確かに身体能力だけで戦えばこちらが不利……だが先程も言った、メリテスの名を受け継いでいる以上血も受け継いでいる、それは魔法を使えると言う事だった。
「ジルド……だっけか?伝承では六魔神のうち五体は五属性の魔法に特化していると聞く、お前はなんだ?」
魔法から生まれた悪魔に生み出される魔神、悪魔は全魔法を司ると言われているが魔神はそうでは無かった。
ジルドの先程使った爆発魔法や大型火炎魔法を見ると司っているのは炎に見える……だが六魔神のうち一人は全属性を司っている奴がいると伝承にはある、もしそれだとしたら厄介だった。
「俺が司る魔法か……言うなれば死だな」
「死……?」
その言葉に困惑する、その瞬間後ろから殺気がした。
ラインハルトはその殺気にいち早く勘づき上に飛ぶと敵を確認する、それはラインハルトが良く知っている人物だった。
「ユーリ、何故お前が俺を攻撃する?!」
鎌を持ったユーリがラインハルトの居た位置に立って居た。
目は暗く、いつもの様な特徴的な光は無い……操られているのか、そう思った時ジルドが言葉を発した。
「洗脳じゃ無い、ユーリは元から死んでいる」
「死んでいる……?」
ジルドの言葉に混乱した、ユーリはついさっきまでラインハルトの事を『ハルトにぃ』と呼び、慕ってくれて居た……そんなユーリが死んでいる……信じられなかった。
「嘘……だよな?」
「嘘では無いさユーリ、話してやれ」
「はいマスター、ハルトにぃ私が死んだのは今から2年前の戦争の事です」
ーーー2年前ーーー
あの日、ユーリは初の戦場に緊張して居た。
16歳と言う若さで戦場に立つ……そのことでの緊張もあったがそれ以上に戦神シャフリンの孫という事と天才と呼ばれている事が余計なプレッシャーになって居た。
その頃のユーリは今の様なふざけた猫耳もしておらず、如何にも真面目そうな見た目をして居た。
武器も剣だった。
そして戦争が始まりユーリは最前線へ、だが思ったよりも戦場は余裕があった。
だがその余裕がユーリを死へと誘った……いや、元より余裕が無くとも死んで居たのだろう、相手がジルドだったのだから。
そしてジルドはユーリに魔法を掛けた、死者の魂を縛り、肉体に戻す事により自身の配下とする死の魔法を。
そこからずっと、ユーリはジルドの言う通りに動いて居た。
「成る程、だからこちらの動きが妙に読まれてた訳か」
屋根から剣をユーリに向けて言い放つラインハルト、だがユーリはラインハルトでは無く別の家の方向を向いて居た。
「白斗、居るんでしょ?」
鎌で建物を切り裂くとそこからはユーリに背を向けた白斗が立って居た。
「ユーリ……お前、本当に死んで……」
「うん、白斗と会うずっと前からね、言ったでしょ死神に恋は許されないって、私はずっとジルドに命令されてた、この鎌で魂を刈り取れと」
そう言って鎌を回すユーリ、先程から起こっている事にもついて行けて居なかったが、もう何が何だか分からなかった。
彼女とは何回も普通に話した、また手合わせの約束も……なのにその彼女が死んでいる、信じられなかったが今起こっている事は夢でも幻術でも無い、白斗は頬をつねって確かめると現実を受け止めた。
「俺が解放する、ラインハルトさんはジルドに専念して下さい」
「そう言ってもらえると有り難いよ!」
そう言ってラインハルトはジルドの不意を突き殴り飛ばすと街の外へ消えて行く、そして燃えかすが残る街に白斗はユーリと二人きりになった。
「本当に操られて居るのか?」
自然な体勢で普通に話すユーリを見て不自然に思う、魂が縛られているのならもっと不自由な筈、だが彼女はかなり自由な気がした。
普通に話し、普通に戦い……やろうと思えば白斗の事も殺せた筈だった、だが彼女はしなかった、白斗は心の何処かで本当は操られている振りをしているのでは無いのかと思っていた。
だがそれは間違いである事を直ぐに思い知った。
「私に情けを掛けないで……躊躇えば死ぬ、それが戦場よ」
ユーリはそう言い放ち白斗に攻撃を仕掛ける、躊躇うなと言われてもそう簡単には行かなかった。
少しとは言え同じ戦場を潜り抜けた仲間、それに彼女には過去の事を聞きたかった。
白斗が躊躇っているうちにユーリは近づき鎌の柄で足払いを試みる、だが白斗はそれをジャンプで躱すと後方に下がった。
「やるしか、やるしか無いのかよユーリ!」
「最後の……手合わせと行きましょう?」
一瞬目に光が戻り掛けるが直ぐに黒くなる、そして喋って居た口は閉じ何も話さなくなった。
それを見た瞬間白斗は覚悟を決めた、もう彼女はユーリでは無い、ただの操り人形……早く魂を解放してやらなければ酷だった。
「分かった……ユーリ、済まないな」
そう言って白斗は剣を抜く、そして突っ込んで来たユーリの鎌を受け止めると腹に蹴りを入れた。
するとユーリは少しよろける、その隙を突いて懐に飛び込もうとするが、ユーリは逆に突っ込んで来た。
「な?!」
予想外の行動に白斗は咄嗟にブレーキを掛ける、幸い鎌に槍や剣の様な殺傷性のある突き攻撃は無く、どんな攻撃を仕掛けて来るかは分かった。
ユーリは身を低くして鎌を振りかざす、それを白斗は剣で受け止めると力比べになった。
ユーリが力強くで斬り裂こうとありったけの力を込める、それを見て白斗は笑った。
恐らく彼女は剣の破壊を目論んでいる、だが残念ながらこの剣は絶対に折れない……彼女がもし正気ならばこんな攻撃して来ないのだろうが今は無意識、それが仇となって居た。
「終わりだユーリ」
剣が壊れる心配の無い白斗はありったけの力を込めてユーリの鎌を押し返す、すると鎌の刃は簡単に折れて破片が宙を舞った。
それを見てユーリはまた後ろに下がろうとする、だが白斗は一気に距離を詰めると胸元に勢い良く剣を刺した。
剣が刺されたユーリはその場に倒れる、だが白斗は油断をしなかった。
元々死んでいると言われていただけにまた復活して来そうな予感がして居た、だが目を覚ましたのは元のユーリだった。
「白斗……ありがとう、私を解放してくれて」
「解放?どういう事だ?」
虫の息なユーリに言われた一言に首をかしげる、魂を解放したつもりは無く、ただ剣を胸に刺しただけだった。
「この術は掛けられた対象にある一定量のダメージを与えると解けるの……その時に生じる魂が体から離れる数分間、私は自由な訳」
そう言ってにっこり笑うユーリ、自分より若い女の子がこんなにも早く死ぬ……信じたく無い現実だった。
「ありがとうね……白斗、やっとお姉ちゃんとあの人の元へ行けるよ、ありがとう、ありがとう……」
そう言ってどんどん体から光が溢れて行くユーリ、その姿を白斗は優しく見守った。
光はやがて天に昇って行く、そしてユーリは何も喋らない本当の死体に戻った。
「手合わせ……ありがとうございました」
白斗は剣を地面に刺し、両手を合わせると礼をする、そして折れた鎌のかけらを拾うと城へと向かって行った。