第8.5話 毒に蝕まれた少女
痛い、苦しい……いつからこの痛みは始まったのだろうか、覚えていない。
正確には思い出せる程の余裕が無い、ずっと消えない毒が身体にまとわりついて居るのだから。
頭痛、呼吸困難、吐き気、あらゆる症状を引き起こし苦しみながら死に追いやる毒、だがそんか毒に侵されても何故死なないのかと言うとそれはある能力のせいだった。
それは再生能力、どれだけ内臓が傷つけられようがどれだけ呼吸が出来ずに苦しもうが死ねない、忌まわしい能力だった。
転生仕立ての頃はこの能力を過信して色々とした、死なない事を理由に様々な人を騙し殺して来た、首を切られようが真っ二つにされようが細切れにされようが死なない、1分もあれば五体満足で生き返ってしまう……それが私の能力だった。
「ッッッッッッ!!」
痛みに耐えなんとか心を落ち着かし無理やり余裕を作る、微かだが様々な事を思い出した。
この毒は2年前、この世界に来て2ヶ月経った日だった。
「お嬢ちゃん可愛いねー」
スラムの掃き溜めのような所でタバコを吸い栗色の綺麗なショートへアーの少女に1人の男が話しかける、だか少女は無視をした。
「おい、お高く止まってんなよ?お前なんてヤれそうだから声かけたんだよ!」
スラム全体に響き渡る程の大声を上げて少女を殴り蹴り飛ばす、だが少女は声も出さず反撃もせずただただ殴られ続けた。
「ふう、マグロはあんま趣味じゃねえが良いか」
「マグロで悪かったな」
「あ?」
気絶したと思い込んでいたのか突然喋り出した少女に明らかに驚く男、その隙を突き懐からナイフを取り出すと男の喉元を掻き切った。
「な、あ、ぁぁ……」
何か言いたげにズボンまで伸ばしていた手を少女の首に持って行き首を絞める、だが少女は苦しい顔一つしていなかった。
「キメーんだよ童貞」
馬乗りのまま生き絶えた男を蹴飛ばし立ち上がる、可愛い顔からは想像も出来ないほどの暴言を男に吐きかけながら唾を吐く、少女の名前は結城、転生者の少女だった。
「ったくいてーな」
傷があった場所をさすりながらもう一度男に唾を吐きかける、そして歩き出した頃にはもう既に傷は無くなっていた。
この世界に来るきっかけは自殺、かなりのいじめにあっていた……思い出したくもない忌まわしい記憶、だから痛みには慣れている。
それに加えてこの世界で与えられた能力は超再生、非力な自分でも十分生きていけた。
しかしこの世界の治安の悪さは向こうのブラジルのスラム街以上、歩けば犯されかけ殺人なんて日常茶飯事、超再生が無ければ今頃はお陀仏だっただろう。
「そんな事より今は服か……」
浴びた返り血が身体に張り付き気持ちが悪い、それに加えて周りの視線が気になる、これだとまた犯されかねなかった。
男の死体から財布を抜き取りその場を後にするとスラム街の入り組んだ道を何の迷いもなく進んで行く、今日はなんだか少し不自然だった。
スラムに人が少ない、いつもはそこら辺でヤっていたり仲間と馬鹿騒ぎしている筈なのだが今日は居たとしても妙に挙動不審な奴等ばかりだった。
「まぁいいか」
自分には関係ない、そう思った瞬間隣を通った男が呟いた言葉を聞いて立ち止まった。
『騎士が来た』
その言葉に後ろと前を確認する、一体いつ来たのかもう既に逃げ道を塞がれていた。
騎士達は次々とスラムの人達を拘束、抵抗する者には容赦なく剣を振るい殺していく、その光景に柄にもなく結城は焦っていた。
殺される……その心配は無いが捕まるのは別だった。
捕まれば何されるか分からない、どう逃げるか思考を張り巡らせる……ここは猫を被り騎士に取り入るか、能力を使い片っ端から殺すか、どちらかを考えるが後者は明らかに10人は居そうな兵士を前にすると却下だった。
そうと決まれば行動は早めの方が良いはず、周りを見て兵士を確認すると人だけ鎧の装飾が豪華な兜を付けていない赤髪の中年兵士の元へと走って行った。
「なんだお前」
「実は少し前にこのスラムに連れてこられて逃げて来たんです……」
冷たい声色は気持ち悪いほどのぶりっ子ぽい声色に、そして涙目になりながらも胸はきちんと当てる、これで信じる筈だった。
「そうか、この少女を保護しろ、恐らく衰弱もしているだろう」
手の空いた兵士にそう命令する、どんだけのカモなんだろうか、思わずニヤケが止まらなかった。
「感謝します」
「礼にはおよば……」
兵士に保護され何処かに連れてかれそうになっていた時赤髪の言葉が途中で止まり不思議に思った結城が後ろを振り向く、するとそこにはあの犯そうとしていた男から奪った財布が落ちていた。
財布を手に取り中身を覗く赤髪の兵士、すると途端にこちらを振り向いた。
「保護は取り消しだ、お前ら退け」
声色が威圧的になり結城に恐怖を与える、一体何を見たと言うのだろうか。
「お前だけは無抵抗でも処刑だ」
そう言って次の瞬間には結城の視界に自分の身体が映っていた。
一体何がーーー
宙を舞う頭、その瞬間に首を刎ねられた事を悟った、だが焦りはしない、なんせ死なない超再生の能力を持っているのだから。
「痛いじゃん、何すんだよ」
首だけで喋る結城を見て不気味に思ったのか逃げ出す兵士たち、だが赤髪の兵士だけは逃げ出さず逆にとても嬉しそうな不気味な笑顔を浮かべていた。
赤髪がゆっくりと近く間に再生が完了し立ち上がる、そして足元に落ちていた財布を拾うと彼が何を見たのかを確認した。
「なんだこれ」
財布の中には写真が一枚、あの騎士と同じ赤髪の元気そうな印象を受ける少女とあの騎士が一緒に映った一枚が入っていた。
「俺の妹を殺した……その罪は死よりも重い」
剣を仕舞いながら近づき結城の首を掴む、拾った財布なだけになんの事なのかさっぱりだった。
「ま、待て……は、話を」
誤解を解こうにも首を絞められうまく喋れない、そんな時赤髪が結城の胸に手を当てた。
「……死よりも重い苦しみを背負って生きろ、再生者よ」
そう言い胸から手を離す、その瞬間全身に物凄い激痛が走った。
赤髪は背を向け去ろうとしている、一体何をしたのかわからなかった、身体の激痛、頭痛に腹痛や呼吸もし難い……訳が分からなかった。
「な、なにを……」
あまりの痛みでその場に倒れこみながらも必死に赤髪の方を見て蚊の鳴くような声で喋った。
「消して癒えない毒……お前と同じ転生者の能力だ」
「く……そが」
最後の力を振り絞り中指を立て気絶する結城、これが消えない呪いを与えられた出来事だった。
目を覚ました時はあまりの苦痛に耐えれずその場で動けず苦しんでいた、そこから半年、這って着いた森の中で苦痛を紛らわす方法、他の事を考えると言う事を思いついた。
あの騎士を殺す事、その事ばかりを考えた。
そして1年経つとある程度能力の使い方にも慣れ呼吸器官に再生速度を集め息が出来るようになるまでになった。
2年も経てば何とか身体の痺れも和らげることが出来るようになり森の中を歩き回れる位にはなれていた。
だが痛みは消える訳ではないし苦しみも続いている、終わりの見えない地獄……いっその事死にたかった。
1人孤独に木の切り株に座り痛みを耐える、誰か解放してくれる人は居ないのか……そんな事を考えている時に1人の男が現れた。
「毒で侵されてるがこいつは使えそうだな……」
そう言って身体に触れる白いタグが目立つかなりイケメンな男、何故毒に侵されてると分かりながら自分に触るのか……理解不能だった。
この数年人に出会わなかった訳ではない、出会う人皆自分に触れた瞬間この毒に侵され死んでしまう……これが数年間人と交流が無かった理由、必死にジェスチャーで止めるよう伝えるが男はやめなかった。
「助けた訳ではない、これは協力させる為の貸しだ」
身体から手を離しそう言う男、何故死なないのか、そればかりに気が行ったが身体に痛みや苦しみが無くなっている事に気が付いた。
「な、なにひたんだ?」
毒の影響か滑舌は多少悪くなっているがそのほかは全く無くなっていた。
「毒を消したんだよ、俺はセラ……いや、クロディウス、転生者の王を殺すのに協力してもらうぞ」
「ど、毒をけひたってあんたどうやって?!これは消えない毒のはふ!」
「黒騎士って聞いたことあるか?」
黒騎士、そう言うクロディウス、一度風の噂に聞いた事があった……確か自分の様な転生者を殺していると言うとんでも無く強い黒い鎧を纏った男の筈だった。
「それがどほした?」
「それが俺だ、黒騎士に不可能は無い……分かったら着いて来い、不本意だがお前は今日から俺の仲間だ」
そう言い先を青髪の少女と歩いていくクロディウス、少し戸惑いながらも置いていかれない様に着いて行った。