第21話 過去篇その21
ラインハルトの力は圧倒的で、他を寄せ付けなかった。
どんな敵も一蹴し、どんな能力を受けても無傷……正直人間かどうかすら怪しい程の強さだった。
周りに居た能力持ちの兵士も全滅……勝利を確信し白斗は思わず頬が緩んだ。
「すまないな白斗、君の役目は無かったね」
笑いながら言うラインハルト、正直役目は無い方が白斗的には嬉しかった、人を殺さずに済む……一先ずシャフリンに第一陣を凌いだことを伝えようとラインハルトに背を向けた時、凄まじい殺気を感じた。
「なん……だ?」
咄嗟に後ろを振り向く、するとラインハルトがナイフを構えて居た。
突然の出来事に白斗は混乱する、その隙を突いてラインハルトは白斗の胴体を刺した。
「甘いなぁ……こんな事で騙されるなんて」
ラインハルトの顔が渦巻いて行く、そして街だった辺りの景色は変わり荒地へとなって居た。
「何が……起きて?」
ラインハルトの姿をして居た何かは白斗から離れると刺したナイフを捨て、血のついた手を拭く、そして徐々に姿を現した。
「俺の名前は……まぁこっちの世界だからエディンとでも名乗ろうかな、今のは俺の能力、幻術さ」
真っ黒な目が隠れる程に伸びた髪の毛をした男がそう告げる、彼も転生者の様子だった……そして彼の力は幻術と自ら告げた、となれば今まで見ていたラインハルトの事も幻という事なる。
いや……もっとそれ以前から見せられて居る可能性もあった。
そもそもどんな方法で幻術を掛けられたのかさえ分からない……分かるのは刺された痛みが本物と言う事だけ、厄介な相手だった。
「どうした?攻撃しないのか?」
そう挑発する男、向こうから攻撃を仕掛けてくる気は無い様だった。
一先ず状況を把握するべく辺りを見回す、辺りは石がゴロゴロと転がって居る荒れ果てた荒野、だが遠くだがクーロディリス国の街が見えるのを考えるとそんなに遠くまで来てもいない様だった。
一先ず剣を抜き男を観察する、幻術をノーモーションで使う事はまずあり得ない、もしそれが出来たとすれば負けは確実だった。
「俺が幻術を使うから出方を伺おうってか?じゃあお望み通りこちらから行くぞ!!」
そう言って男は白斗を刺した短剣を持ち突っ込んでくる、だがスピードは通常の兵士以下だった。
何か詠唱をして居る様子も無い、幻術の線は無いと白斗は男に剣を振る、だが剣は空を切り、男は雲のように消え去った。
「な?!」
男はなんのモーションも見せなかった、言葉の中にそれらしき詠唱も無い……まさか本当にノーモーションで使えると言うのだろうか。
男は少し離れた所に現れるとまた同じように短刀を取り出して白斗に突っ込んでくる、白斗は短刀の動きをよく見てそれを交わすと先程と同じ様に男を攻撃した、しかし剣は同様に空を切る……これは何回やっても同じ結果になりそうだった。
この幻術を解く方法は無いのか……試行錯誤するが何も思い浮かばない、漫画のように目を閉じて戦う事は不可能、だがこんな所で死ぬ訳にも行かなかった。
「やろうと思えばこんな事も出来るぜ?」
そう言って男は短刀を持つと徐々に姿を変える、そしてやがて男はシリズの形に姿を変えた。
「白斗……」
形だけではなく声までシリズそのもの……まるで本物の様だった。
幻術と分かっていても攻撃を躊躇う、その隙を突いてシリズに化けた男は先程とは比にならない、シリズとほぼ同等のスピードで白斗の目の前まで迫った、それに一瞬驚きはするがすぐさま距離を取る、その時後ろから鋭い痛みを感じた。
「同じ転生者なのに能力無し……ほんと同情するよ」
後ろから聞こえた男の声、そして白斗の身体には短刀が突き刺さっていた。
「いつの間に後ろを……」
「幻術なら容易いさ」
そう言って男は短刀を抜くと白斗を蹴り飛ばす、二回も刺し傷を受けた……傷はそこそこに深い、だがそのお陰で分かった事もあった。
それは幻術で作り出したものでの攻撃は不可、当たり前かも知れないがこの世界では何が起きるか分からない、僅かでも残っていた可能性が消えただけ良かった。
それにしても相変わらず幻術の謎は解けない……何か特別モーションをして居る訳もなし、寧ろ男が行なって居るのは短刀を抜き突撃だけの単調な作業だった。
「ん?短刀……」
その時引っかかる事が一つだけあった、単なる勘違いかも知れない……だが男は一々短刀を抜いては刺してを繰り返していた。
まるで白斗にわざわざ刀身を見せつける様……
「そろそろフィナーレと行こうぜ!」
そう言ってしまっていた短刀をまた抜こうとする、だがその前に白斗は地面に転がっていた石を男の手元目掛け蹴り飛ばすと見事に当たり、短刀は地面に転がった。
「な?!」
男は焦った様に短刀を取ろうとする、攻撃も当たった様子だった……これで幻術のトリックは解けた。
男の幻術の正体はあの一見なんの変哲も無い短刀の刀身にあった、あの刀身を見ることによって幻術にかける……そう言う仕組みの様子だった。
白斗は落ちた短刀を拾わせる前に男の目の前に行くと剣を喉元に当てる、素の身体能力が低かったお陰であっさりと拾われる前に近づけた。
そして白斗は一思いに首元に当てた剣を引こうとする、だが男が口を開くのを見てその手を止めた。
「お、お前転生者なんだよな、じゃあ向こうの世界、戻りたく無いか?」
「向こうの……世界だと?」
男が口にした言葉、信じられなかった。
その場を乗り切るための嘘なのかと少し疑うが男の表情は至って本気、だがこの一年と少し……俺は向こうの世界に戻る方法を多少は探していた。
確かにこの世界にはエスフィルネが居る、それで満足していた部分もあった……だがやはり家族も恋しかった。
「お前オージギアになんでこんな転生者が居るか気にならないか?」
「気にはなるが……それが向こうの世界に戻るのとなんの関係性が?」
「それがあるんだよ、オージギアのトップ、ジルド様が言ったんだ、俺達が転生者とも言っていないのに着いてこれば向こうの世界に返してやると……だから皆向こうに戻れるのを信じて……」
男が涙を流しながら喋っている最中に言葉が途切れ生き絶える、白斗は咄嗟に剣を確認するが血はついて居ない……急いで周りを見回した。
しかし周りには誰もおらず、気配すら無かった。
「おかしい、何故こいつは急に……」
まだ聞きたい事も山ほどあったのに……突然生き絶えた男を不自然に思い瞳孔や息を確認する、すると下に奇妙な魔法陣が舌の真ん中で薄紫色に光って居た。
「これは……」
何処かで見た事がある魔法陣、薄紫色と言い、舌のついた骸骨マークと言い……だが思い出せなかった。
だがマラドギールの転生者には裏切り防止用の魔法が施されているのは分かった、しかも彼はそれを知らずに居た……向こうの軍も一枚岩とは行かない様だった。
「勝機はまだまだあるな……」
この情報をうまく利用すれば死者を少なくして勝てる……そう思った時、街の方から今度は本物の爆発音が聞こえた。
「何だ?!」
街の方を振り向くと遠くからでもわかる程の火柱が上がって居た。
その火柱は街の中心、城の付近から上がって居た。
白斗はすぐ様剣を鞘に納めると男の死体の目を閉じ街まで駆けて行った。