第14話 過去編その14
何処か行く宛がある……と言うわけもなく広い草原をただ無言で歩き続ける、時折後ろを付いてくるユーリの存在を確認するが喋ることは無かった。
空を見上げると先程までの晴天が嘘の様、辺り一面に雲が広がり今にも雨が降り出して来そうだった。
広い草原にポツンと誰かが置いた様な不釣り合いの大きな石の上に白斗は座るとため息を吐く、するとユーリも隣に座り口を開いた。
「この戦争が終われば戦争は無くなるのかな……」
「分からないな……」
本当は分かって居た、戦争なんて物は無くならないと、無くなる時は人間が滅ぶ時……それ程に人間と戦争は深く結びついている。
白斗の言葉を聞き少し暗い顔になるユーリ、彼女には悪いが少し意外だった。
戦闘になるとあんなに楽しそうに、まるで別人になると言うのに……彼女の反応はまるで戦闘が嫌いかの様だった。
「ユーリ、一つ聞いて良いか?」
「何?」
「お前って戦闘になると性格変わるからな、少し気になって」
「あー、あの事ね……まぁあれよ、二重人格ってやつ」
思った通り……だが二重人格に対しての知識はあまり持ち合わせては居なかった。
あるのは人格が二つあるという事のみ、何がきっかけでその人格が現れたのかなどはさっぱり分からなかった。
「あんまり聞かない方が良いか?」
「そうね、まぁそのうち話すかもね」
何処か浮かない顔でそう言うと岩から降りる、雨が少しだが降って来て居た。
「私雨に濡れるの嫌いだから帰るけどあんたは?」
「もう少し残るよ」
「そう、じゃあね」
手を振りそう言って街の方へ去って行くユーリ、彼女の後ろ姿を見ながら向こうの世界の事を思い出して居た。
この世界にはかなり馴染んだ、初めての彼女も出来て順風満帆と言っても良い……だが何故だろうか、妙に寂しかった。
親や友が居て当たり前だった世界……それが居なくなるとこんなにも寂しく、死んだわけじゃないだけまだマシだが……戦争はそんな友や親を奪う、それを自分がやるとなるとまだ怖かった。
それに前の戦争の時にも頭によぎったエスフィルネの死、彼女が奪われたら俺はどうなってしまうのか……考えただけでも怖かった。
白斗は頬を叩き気持ちを切り替える、こんな気持ちで戦場なんかに行けばすぐに死んでしまう……そうしたらエスフィルネが余計に悲しむ筈だった。
「さてと、森の向こう側見回って城に帰るか!」
降りしきる雨の草原を走り抜け森に入る、この森も懐かしいものだった。
木々が生い茂り陽を遮るほどの森、此処で血も滲む特訓をした事を思い出すと少し吐きそうだった。
アーノルドの強さと言ったら半端ではない、あれで全盛期の半分と言うのだから、全盛期だとどうなって居たのか少し見て見たいものだった。
全盛期の半分のアーノルドが本気も出さずにやっと拳を当てれる程度、彼が師で本当に良かったと森の中を歩きながら白斗は思った。
森を抜けるとそこは砂漠、向こうの世界だとどんな地形をしてるのか不思議だがこの世界ならば何故かあまり違和感は無かった。
この砂漠はシストリアとの間にある言わば国境の様な場所、流石に此処でオージギアと遭遇するのはあり得なかった。
雨も次第に強くなりそろそろ切り上げ帰ろうとした時、砂漠の砂が吹き飛んだ。
「なんだ……」
咄嗟に森の方まで後退して木に身を隠す、そして影から砂が爆発した方向を見ると50人ほどの兵士と一人の浮いた真っ黒の服装をした男が立って居た。
兵士達の鎧にはドクロが王冠を被った紋章が描かれている……オージギア軍だった。
だが何故、先程も行った通り此処はシストリアとクーロディリスの間にある、オージギア軍が此処に来るには必ずどちらかの国内を通らなければならない、だが彼は突如として地面から現れた……それに連絡にあった本隊とは数が合わない、彼らは先遣隊なのだろうか。
どちらにせよ誰か増援を……だがその時白斗の足元が光った。
「まずい!」
砂が爆発した時にも見た光、咄嗟に白斗は砂漠の方に飛ぶと先程とは違い小規模な爆発が起こった。
だが威力は抜群、白斗の居た部分が綺麗サッパリ消えてしまっていた。
「クーロディリスの兵士だ、お前ら報告される前に殺せ!」
黒の服を着た男がそう言うと兵士達は次々に剣を抜いて襲いかかって来る、だが砂に足が取られて上手く動けない様だった。
「此処は俺の修行場所にもなった所だ、並大抵の足腰では俺に着いてこれないぞ!」
そう言って黒鋼の剣を抜く、この砂漠はアーノルドに嫌と言う程走らされた……此処は言わばホームグラウンド、多少有利だった。
とは言え問題はあの爆発、50の兵士も問題だが倒せない訳では無い……誰がどんなトリックを使って居るのか分からなければこちらの負けだった。
迫り来る兵士を峰打ちで仕留めながら辺りを見回す、今のところ怪しいのはあの黒服だった。
足元に注意しながら兵士を殺さない様気を付ける、兵士達もあの黒服の進路を断つ様に攻撃して来るところを見るとあいつがこの小隊の隊長の様だった。
「倒すやつが分かればこっちのもんだ!」
砂を蹴り上げ兵士達の顔にかける、すると兵士達は砂が目に入り一瞬の隙が出来た。
そのうちに黒服の方まで走ろうとするがまたあの光が足元に現れた。
「魔法を使ってんのはお前か……」
「魔法じゃ無い、能力だよ、能力」
チッチッと言いながら指を振る、能力……そんな者を持つ者は転生者くらい、だがそうなると俺自身が持っていない事がおかしかった。
「余所見してると爆死するぞ!」
男がそう言い放った途端白斗の右腕が突如爆発する、剣を咄嗟に左腕に持ち替え何とか剣は無事だったが右腕が使い物にならなくなってしまった。
「今度は直接腕に……どう言う仕組みだ」
「そうだな、冥土の土産に教えてやるよ……俺の力は右目のみで3秒間見つめた場所に爆弾を設置、そして2秒間左目で見ることにより爆破だ、だが見る間はこうして対象を止めなければならない、動けば秒数はリセットだからな……因みにお前の右足、頭、左腕に爆弾をセット済みだぜ、この会話でな」
そう言って右目を閉じた男の言葉に白斗はその場から離れる、完全に不味かった。
残り約四十人ほどの兵士に能力使いの男……打開策はない訳では無いがそれをするのはアーノルドから禁じられていた。
その技は拳武モード、アーノルドがかつて使った闘武モードには遠く及ばないがその分リスクも少ない技の一つだった。
この技のメリットは身体能力を超人的に上げること、だがデメリットもあった。
「死ぬよりはマシか」
そう言って白斗は剣を地面に刺すと両手を合わせ意識を集中した。
拳武のモードは脳のリミットを極限の集中状態に入る事で外す技、その時間はおよそ5秒ほど……だがその間無防備という訳では無かった。
「な、なんだその体は?!」
黒服の男が白斗の変化に驚きの声を上げる、爆発で破けた服から見える体が赤黒く変化していた。
驚きで攻撃出来なかったお陰で拳武モードになる……そして一歩踏み出すと黒服の男は怯んだ。
「お前も能力を……」
「いや、俺は無能力だ……だから努力した、所詮能力頼みのお前は俺に勝てない」
そう言って圧する、その圧に負けて彼の配下と見られる兵士は逃げて行った。
「お、お前ら待て!」
「残念だったな、お前は此処で死んでもらう」
「簡単に死ねるか!!」
男が左目だけで白斗の左足を見つめる、すると左足が爆発するが白斗は何食わぬ顔で男に近づいて行った。
爆発のダメージは凄まじく痛い筈、だがこのモードは痛覚も遮断していた。
「死ね」
こいつを生かせばエスフィルネに危険が及ぶ……白斗は左の拳を強く握りしめると男の顔面に思い切り拳を振り下ろした。
すると辺りを逃げて居た兵士達を舞い上がった砂が飲み込んだ。
男の顔は原型を留めず即死、何故だろうか、人を殺したと言うのに罪悪感が皆無……だが気には止めなかった。
血のついた拳を拭くと森に入る、そして森を抜けると雨が降りしきる草原を重い足取りで歩いて行った。