第10話 過去編その10
「妹の名前は、リーシャ・ミーレと言うの」
ーーーーー三年前ーーーーー
「お姉様!見てこれ、お花!」
花の冠を持って駆け寄って来る黄の瞳に水色の長い髪が綺麗なリーシャ7歳、無邪気で、明るい子供だった。
「これをお姉ちゃんに?ありがとうリーシャ!」
リーシャを抱き寄せ頬っぺたをくっつけるエスフィルネ、この頃2人はこの国で愛し、敬われる存在だった。
エスフィルネも黒魔法を使う魔女では無く、1王女としてこの国に必要とされていた。
「エスフィルネ、そろそろ城に戻らんか?」
花畑で遊ぶエスフィルネ達の後ろ姿を微笑ましそうに眺める老人、拳武神アーノルドだった。
「もうそんな時間に……リーシャ、お城に戻ろう」
「うん!」
明るくそう告げるリーシャ、この平和が長く続けば良い……そうエスフィルネは願った。
だがその平和もそう長くは続かなかった。
「痛い……痛いよ……」
王宮地下の椅子だけがある殺風景な部屋に座らされ、悲痛な声を上げるエスフィルネ……分厚いガラス一枚向こうには彼女の父、カラサスティンミーレが魔法使いを引き連れ怪しげな魔法陣をエスフィルネの足元に出現させていた。
魔法陣から伸びた何本もの鎖はエスフィルネの身体の中に繋がれ、あまりにも酷い光景だった。
「カラサスティン……自身の娘じゃぞ、何故そんな事を……」
カラサスティンの行為を黙って見ることしか出来ないアーノルド、いくら拳武神と言えど……唯一の家族、孫を人質に取られては無力だった。
「痛い、痛い!助けてよアーノルド!!」
悲痛な叫びをあげてガラスの向こう側にいるアーノルドに助けを求める、何故自分がこんな仕打ちを受けなければならないのか、あまりにも理不尽だった。
「やはりまだ無理か……エスフィルネの中に眠る黒魔法を解放できれば我が国も無敵の強さを誇れると言うのに……全く使えん奴じゃ」
そう吐き捨て魔法使い達に魔法を解くよう伝えその場を去ろうとする、その時我慢に限界が来ていたアーノルドがカラサスティンの首を腕で押さえつけた。
「嘘でも実の娘に使えんなどと言うな!お主は娘が居ることを当たり前と思って居るのか!!」
「グッ……何を言うか、儂の娘はリーシャ……ただ1人だ」
そう告げるカラサスティン、その言葉にアーノルドは呆れて言葉も出なかった。
無言で押さえつけた腕を放すと金属製で出来た分厚いドアを開けずに突き破り外に出る、その表情は怒りに満ちていた。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしその場に倒れこむエスフィルネ、フラフラとした足取りで立ち上がり誰も居なくなったガラスの向こう側へと行く、そして階段を上がると苦しげな表情を必死に明るくしてリーシャの元へと行った。
「お姉様、勉強はどうでしたか?」
何も知らないリーシャ、その問い掛けにエスフィルネは笑うと頭を撫でた。
「とても為になったよ……でもリーシャにはまだ早いかな」
「えー、リーシャも早くお姉様見たいになりたいのに」
そう言ってむくれるリーシャに笑いかけるとエスフィルネは自室へと戻って行った。
自室に戻るや否やベットに寝転がり天井を見つめる、妹と自分に対しての接し方が違う父……その対応にずっと違和感を抱いていた。
初めのうちはリーシャも謎の実験を強いられているのかと思っていたが……あの実験は自分だけ、そして父の私をまるで腫れ物扱いするあの態度、何か隠していた。
そしてエスフィルネは何か私の中に秘められた何かがあるのでは無いのか……そう思うようになり始めた。
その日からエスフィルネはリーシャと遊ぶ時間を削ってまで書庫に通った。
謎の実験から得られた僅かな手掛かり、魔法が関係していると言うこと、そしてそれは無類の強さを誇ると言うことだった。
書庫にあるありとあらゆる魔法に関する書物を漁った。
「最上級の火球魔法……違う、雷による身体超強化魔法……これも違う」
強い魔法に関して記されている書物は幾らでもある、だが国を滅ぼせる程の魔法は何処にも載っていなかった。
自分には一体何の魔法が秘められているのか……途方に暮れていた時、ある一冊の書物が目に入った。
書庫の端っこにあったボロボロの年季が入った一冊の書物、そのタイトルは蒼の瞳を持つ魔女だった。
その書物を手に取り、壊さないように優しく開く、するとそこには二つの魔法が記されていた。
蒼の瞳を持つ魔女が操りし死の魔法、通称黒魔法。
黄の瞳を持つ魔女が操りし生の魔法、通称光魔法。
その魔法は水色の髪色が特徴的な純潔の魔女の血筋を引く魔女のみが受け継ぐ魔法と言われ、蒼の瞳は災厄を、黄の瞳は安寧をもたらすと……その書物には記されていた。
「これって……」
15歳とまだ若い私でも分かる、これはリーシャと私の事だった。
そしてそれを知った途端、エスフィルネは吐き気がした。
必死にその吐き気を抑え、書物を持って書庫を出る……まさか自分が死を操る黒魔法を秘めているとは思っても居なかった、そしてそれを父は利用しようとしている……だがそれが分かった所で自分にはどうしようもなかった。
「こんな事、リーシャに知られたら……」
嫌われるのではないか……そんな不安が頭から消えなかった。
幼い頃に母を亡くし、父も私の事を娘では無く、道具と思っている……心を許せるのはリーシャとアーノルドだけ、そのリーシャに嫌われたらどう生きていけば良いのか、嫌われても居ないうちからエスフィルネは不安と恐怖に支配されて居た。
「エスフィルネ様?どうなさいましたか?」
ドアをノックし、ラインハルトの声が聞こえる、この頃のラインハルトは第七位階に入って居なかった。
この頃のメンバーは、戦神シャフリンと拳武神アーノルド、それ以外は皆今のメンバーと違って居た。
「大丈夫、心配ないよ」
いつも通りの元気な声を装い返事をする、だがラインハルトは異変に気がついて居たのか、一言だけ言葉を放った。
「無理はしないで下さいね……」
それだけを告げ去って行くラインハルト、無理をして居なければ今頃死んでいるがそれはどうでも良かった……問題は今後、父にこの黒魔法を渡す訳には行かなかった。
第七位階のメンバーはアーノルドを除き皆んな敵の筈……逃げる事はまず不可能、どうすれば良いのか分からなかった。
一先ずエスフィルネは策が思いつくその間は平然を装い、いつも通り生活する事にした。
だが、それも上手くは行かなかった。
3日後、父がうっかり口を滑らせ、あの魔法陣の正体が何か判明した。
あの魔法陣は私の中に『封印』されて居た黒魔法を開ける鍵だったのだ。
鍵と言ってもそれは偽りの、だから一年を掛けて、じっくりとエスフィルネを謎の実験にかける必要があったのだ。
苦しい実験に耐え、今日はフラフラとした足取りで街に向かった。
理由は無い、何故か足が勝手に街へ向かったのだった。
「頭が……痛い……」
壁に手をつきながら歩く、今日はいつもとは違う……激しい頭痛がした、それに吐き気も……これは何なのだろうか。
封印が弱まっているのだろうか、だが父が言って居たある言葉が引っかかった。
それは『この儀式は封印を緩める事しか出来ない』と言う言葉、ならばどうすればこの黒魔法を操る事が出来るのか……分からなかった。
だが父はこの力をまだ手にする事は出来ない……それだけ分かれば十分だった。
とは言え、何は手にする可能性もある……その時エスフィルネの脳裏にある考えが過った。
自分が死ねば良いーーーー
黒魔法を操られれば大勢の人が死ぬ、そして万が一制御が効かなくなればアーノルドやリーシャも……皆んなを傷つける事になるのなら、私が消えてしまえば良いのではないか、そう思うようになって居た。
そしてエスフィルネは側にあったガラスの破片を持つと首に深く……鈍い音を立てて突き刺した。