第4話 過去編その4
「にいちゃんまだ居んのか?」
「おかしい……」
門兵の言葉が聞こえない程に考え込む白斗、何故エスフィルネは来ないのか……心配だった。
単にあの森の拳武神と居るなら良い、だが帰ってくる途中に何かあったと考えたら……居ても立っても居られなくなり白斗は立ち上がると門兵に礼を言った。
「ありがとうございます、お仕事頑張って下さい!」
「お、おい青年!」
何かを言いたそうな表情で手を伸ばすがもう白斗は言ってしまって居た。
「この草原は夜になるとアンデットウルフが出るの知らねーのかよ……」
そう呟いた門兵、その瞬間静かな草原に大きな雄叫びが響き渡って居た。
一方草原を駆け抜ける白斗、昼間の草原とは印象がまるで逆、暗くて不気味な草原になって居た。
時折聞こえてくる雄叫びが不安感を一層煽る、ただの思い過ごしであれば良いが……そんな思いを胸にエスフィルネと通った道を真っ直ぐに走った。
もうすぐで森……とその時ふと足元に目をやると服の切れ端が見えた。
急いで止まって拾い上げる、この他の市民とは違う高価な素材の服……もしかするとエスフィルネの物かも知れなかった。
まさか何者かに襲われた……そう思い辺りを見回すと何者かに囲まれて居た。
「誰だ?!」
すっと自然にファインティングポーズを取る、戦える訳じゃ無いが何故か自然とこの構えを取ってしまった。
辺りからは獣の呻き声が聞こえてくる……種類的に犬系、そして月の光で暗い闇から正体を現すと白斗は後退りした。
体長2メートル程のまさに大きな犬、牙は鋭く噛まれるとひとたまりも無さそう……目は赤く、酷い腐臭がした。
「やばいな……」
ぱっと見囲まれて退路は断たれて居る様子、逃げようにも逃げ道は無い……どうするか策を練って居るとそのうちの一匹が凄まじい雄叫びを上げて飛び掛かってきた。
初撃は躱せる……そう思い後ろに飛ぶが前は揺動、後ろの犬が本命の攻撃だった。
犬の鋭い爪が白斗の背中を切り裂く、その瞬間痛烈な痛みが背中に走る……だが拳武神の痛み程では無かった。
喧嘩も数える程しかした事の無い俺がこんな2メートルを超える犬の化け物と戦うなんて無謀かも知れない……だがエスフィルネを助け出すヒントを得る為なら望むところだった。
「掛かってこいよ犬っころどもが!!」
そう言って犬の体を殴る、だがその体毛はまるで熊のよう、毛皮だと言うのに鋼のように硬かった。
だが殴る手を休めない、手から血が出ようとも骨にヒビが入ろうとも関係なかった。
勿論赤の他人なら此処まで命を賭して助けはしない、だがエスフィルネは別だった……好き云々では無く、彼女の正体を知ってしまった以上、俺が助けなくては彼女を助けてくれる、気に掛けてくれる人が居なくなってしまう筈だった。
彼女を気にかける、それは好きなのもあるが正義感が強いのも関係して居た。
昔から良く周りから正義感の強い奴と言われてきた……それが此処でこんな風になるとは思って居なかったが、この性格嫌いでは無かった。
犬の体当たりを受けて吹っ飛ぶ、そして前足で身体を押さえられると動けなくなった。
「くそっ……終わりか」
諦め掛けたその時、人間の声が聞こえた。
「なんかペットが手こずって居ると思ったら人間か、だが見た感じ雑魚だな」
そう言って口元を隠した男が片腕にエスフィルネを抱え出てくる、彼は何者か分からないがエスフィルネを襲ったと言う行為がもう許せなかった。
「テメェ……エスフィルネさんに何した」
犬の重たい足を持ち上げ投げ飛ばす……火事場の馬鹿力と言う奴、此処ぞと言う時に助かった。
「何って、オージギアの兵士に傭兵の俺が頼まれたんだよ、連れて来てくれてってな」
そう言って雑にエスフィルネの地面に落とす、その瞬間エスフィルネは苦しげな声を上げて目を覚ました。
「此処……は?」
「エスフィルネさん、大丈夫です!助けに来ましたから!」
「白斗……さん」
白斗の方を見て何故来たのか、と言う表情を浮かべるエスフィルネ、だがその理由を言う暇もなく犬は襲いかかって来た。
それを今度はかわす、そして拳を振り下ろすと犬の鼻に当たった。
すると犬はキャウンと可愛い声を上げて後退する、そう言えば昔人間の弱点は中心と聞いた事がある、その中に鼻も含まれて居た……まさか犬も鼻が弱点とは思っても居なかった。
だがよく考えれば身体は分厚い体毛で覆われて居るが目と鼻は無防備、勝ち目が見えてきた。
「てめぇ!俺のペットに何しやがる!」
そう言って男が手を何度か動かす、すると犬達は連携を取って白斗に攻撃をさせる暇もなく連打を浴びせた。
勝ち目が見えたと思った途端のこの攻撃……この世界に神は居ないのだろうか。
「ヤメて!私は大人しく行くから白斗さんを助けて上げて!」
「んぁ?やっと行く気になったか……そうだな、この少女に免じて今回は許してやるか、ペットの怪我も軽いしな」
そう言ってエスフィルネを抱え背を向ける男、白斗はボロ雑巾の様にその場に寝転がって居たがゆっくりと立ち上がった。
「待て……よ、エスフィルネさんは連れて行かせねぇよ」
「ほう、いい根性じゃねぇか」
エスフィルネをゆっくりと下ろして白斗を睨みつける男、勝算なんてものは無い……だがエスフィルネが黙って連れ去られるのを見て居るほど人間できちゃ居なかった。
「なんでですか白斗さん!あったばかりの、嫌われ者の魔女の私をどうしてそこまでして助けようと!私は人殺しの黒魔法使いですよ?!なんで、なんで……」
涙を流しながら叫ぶ様に言うエスフィルネ、そんな物は決まって居た。
「会った月日は関係ないです……俺は貴女が好き、魔女だとしても何者でも、それじゃダメですか?」
「変わった人です……」
そう微笑んで言う白斗の表情と言葉にエスフィルネは目から涙が溢れて止まらなかった、人生初の告白、だがその余韻に浸る間も無く犬は目の前まで迫ってきて居た。
迫る歯に覚悟を決める白斗、その瞬間犬は凄まじい音を立てて吹き飛んで行った。
「お主の事を儂は勘違いして居たようじゃな……白斗とか言う小僧よ」
犬を一撃で吹き飛ばし男に恐怖を与える、拳武神が何故此処に居るのか理解出来なかった。
あの森からはかなり離れて居る、男はそれを計算して此処で襲ったはず……それなのに何故。
「エスフィルネの叫び声が聞こえたんじゃよ、儂の目は千里を見通す、そして耳も同様にな……儂の大切な人に手を出した事、後悔させてやる」
そう言って足に力を込める拳武神、そこからは一瞬の出来事だった。
数匹居た犬は1秒も立たず消し飛ばされ、男も遥か遠くに吹き飛ばされた……その様子に、あまりの強さに白斗は呆気を取られて居たが直ぐにエスフィルネの側に駆け寄った。
「大丈夫ですか、エスフィルネさん!」
顔を手で押さえて蹲るエスフィルネを揺する、何処か具合が悪いのか……そう思ったがどうやら違う様だった。
「し、白斗さん……さっきの事、本当ですか?」
所々声を裏返しながら話すエスフィルネ、その瞬間自分が先ほど行った事を思い出して白斗も赤面した。
「う、嘘では無いです!俺は本当にエスフィルネさんの事が好きですから!」
「そ、そんなにハッキリ言われると恥ずかしいです!」
そう言ってモゾモゾと白斗に背を向け、腕の隙間からチラッと白斗を見るエスフィルネ、こちらを見ているのはバレバレだが敢えて気付かない様に振る舞った。
「迷惑でしたか?」
悲しげな顔で言う白斗、するとエスフィルネは突然立ち上がった。
「そ、そんな事ないです!私も嬉しかった、今まで黒魔法の魔女として誰も接してくれなかった私にこんなにも話しかけてくれて……命を懸けて守ろうとしてくれた人……好きにならない方がおかしいです!」
顔を真っ赤にしながらそう言うエスフィルネ、相思相愛……と受け取って良かったのだろうか。
「カッカッカ!!若いのぉ2人とも、それより白斗、いつでも森に来い……稽古を付けてやる」
そう言って森の方に消えて行く拳武神、2人きりになった途端急に気まずくなった。
無言のまま沈黙の時が訪れる……そして数分するとエスフィルネが口を開いた。
「白斗さん、私達敬語やめませんか?」
「敬語を……ですか?」
「はい……じゃなくてうん、こうして思いを伝える事が出来たんだし」
「そうで、だな」
ぎこちない言葉に思わず笑いだす2人、この世界に来て数十時間……人生で一番幸せな瞬間だった。
そして2人帰り道に足を向ける、するとエスフィルネは小さな声で言った。
「ありがとう白斗」
「どう致しまして、エスフィルネ」
2人顔を見合わせて微笑み合うと明かりが綺麗なクーロディリスの街に歩いて行った。