第3話 過去編その3
「この森が拳武神の住処ですか……」
そう言って足を一歩、森の中に踏み入れようとするとエスフィルネが腕を強く引っ張り止めた。
「馬鹿ですか?!この森は拳武神の住処、足を一歩踏み入れれば殺されますよ?!死にたいんですか!?」
顔色を変えて彼女からは想像も出来ない程の声量で起こるエスフィルネ、だが彼女がそこまで言う程の人物、ますます気になった。
しかし遠目で見た時にも思ったがこの森はかなり広い、そんな森の中に足を一歩踏み入れただけで死ぬ……あまり信じられなかった。
試しに地面に落ちて居た石を森の中に投げ入れて見る、すると石がコロコロと転がり、約2秒後に1人の老人が空から高く舞い上がり地面もろとも石を砕いた。
その衝撃で石が飛び散って来る、凄まじい力、拳でここまでの風圧……只者じゃ無かった。
「なんじゃ……エスフィルネか、また城に居ずらく……っと、今回はそうじゃ無いようじゃな」
「うん、彼がどうしても会いたいって」
そう言ってエスフィルネが白斗を前に押し出す、城に居ずらくと言いかけた彼の言葉が気になるが今は気にしないでおいた。
「なんじゃ、お主儂になんか用か?エスフィルネと一緒に居る所を見ると相当な変わり者と見受けるが」
「変り者と言えば変り者ですよ、エスフィルネさんの事情は知りませんが今日此処を訪れたのは拳武神様に稽古をつけて貰いたいからです……」
そう言って頭を深々と下げる、だが拳武神は白斗に背を向け言い放った。
「エスフィルネと一緒にね……何が目的か知らんがエスフィルネ、此奴は信用できん、それに儂がお主に稽古を付ける義理も無い、とっとと失せい」
「ま、待って下さい!」
話を聞く耳も持たずに去ろうとする拳武神を追いかけようとする、その瞬間白斗の腹に痛烈な痛みが走った。
腹部にめり込む拳、そして白斗は吹き飛ばされ何も無い草原を舞った。
「し、白斗さん!!」
エスフィルネの声が遠のいて行く、凄まじい力……どれだけ鍛錬を積めば此処までの力を……吹き飛ばされている間白斗はどうすれば稽古をつけて貰えるかを考えた。
拳武神はエスフィルネと一緒に居た俺を変わった奴と言った……つまりエスフィルネは少なからず普通ではない、彼女が鍵を握っている筈だった。
だがそれを聞き出そうにも彼女はあの森の近く、それにしてもこれは何処まで飛ばされるのだろうか。
軽く数分は飛んでいる、ふと飛んで行く方向を見るとシストリアの街を囲うように作られた壁が見えて来た。
このまま行くと衝突する、とは言え回避方法も無い……死なない事を祈って白斗は目を瞑った。
すると鈍い音を立てて壁に衝突する、そして壁は漫画のようにクレーターを作ると白斗は地面に叩きつけられた。
「何つー力……でもそれで死なない俺も俺だな……」
打ち付けた背中を押さえながら立ち上がる、足を軽く捻ったぐらいと言う奇跡的な怪我だった。
一先ずエスフィルネを待つべく門兵が唯一の入り口を見張る門の前に座ると壁にもたれ掛かる、変わった奴……エスフィルネとは一体何者なのだろうか。
「門兵さん、お仕事中すみませんが一つ質問していいですか?」
隣であくびをしながら職務を全うしている少し年の行った門兵に喋りかける、すると余程暇だったのか快く頷いてくれた。
「この国の機密以外なら何でも聞いていいぞ」
「この国の王女って何者なんですか?皆んなに嫌われているみたいですけど」
王女、その言葉を口にすると門兵の表情が歪んだ。
「王女か……あいつはこの国に災厄をもたらすと言われているんだよ」
「災厄……?どう言う事ですか?」
「王女は魔女の生き残り……しかもただの魔女じゃ無い、蒼の瞳と呼ばれる黒魔法を使う最悪の魔女なんだよ」
「黒……魔法?」
魔法の種類が色々あるのは知っている、だがその知識はあまりあるとは言えなかった。
「言わば人を殺すのに特化した魔法だ、黒魔法は闇、だがそれと対を成す魔法も存在する」
「何となく分かります、光魔法ですね?」
話の流れが分かればこれは簡単な事だった。
「当たりだ、光魔法を使える魔女がこの世界に残っているかは知らないが……光魔法は唯一黒魔法に対抗できる、人を殺すのが闇だとすれば人を癒すのは光……って訳だ」
「ありがとうございます門兵さん、あともう暫く此処にいても?」
「あぁ、かまわんよ」
そう言って槍を地面について遠くを見る兵士、これでエスフィルネの正体が分かった。
黒魔法を使う魔女の生き残り……この国の人々が彼女を怖がる理由も分からなくは無い、だが初めて惚れた女性、そのぐらい……とは行かないが俺は気にしないつもりだった。
そしてこの事を踏まえてもう一度エスフィルネを連れて拳武神に会いに行く、そう心に決めて白斗は森の方を力強い眼差しで見つめた。