第15話 知将ベルフィンの飴
「私に吸血鬼が勝つ……それはあり得ない事なんですよ」
杖を使ってカンという音を鳴らし地面を突く、するとエリスの居た床部分が突然盛り上がり先端の尖った鋭利な物がエリスめがけて突き出て来た。
片腕を突き刺されながらも剣で破壊すると後ろに後退する、白い髭を蓄えた目の前に余裕の表情で立つ老人……尋常では無い強さだった。
剣を構え男に斬りかかるが謎のバリアに弾かれる、そして男が杖をつくと今度は壁から鋭利なものが突き出て来る、さほど狭い部屋では無いが伸縮自在の様で気が抜けなかった。
「吸血鬼は確か魔物……そして私は高貴な存在、即ち魔神、その格の差、君は私には勝てないんだよ」
そう言って両手を広げると今の様な物が男の周りに出現し、それが尖ってエリスへ向けて無数に飛んで行く、それを剣で壊すがどんどん追い詰められ、背中に壁が当たった。
「まずい!」
「もう遅いよ」
そう男が言った瞬間背中に痛みが走る、そして岩を弾く手が止まりエリスの体に次々と刺さって行った。
「強過ぎる……魔神って言うのは本当だったのね……」
そう言ってその場に倒れる、魔神……この世界の歴史と共に生きてきた自分なら嫌でも覚えている。
以前この大陸を支配しかけた悪魔セレティアの作った最高の部下、六魔神……その内の1人がまさかこんな所に居るとは思わなかった。
戦って居る時からこの土魔法、見覚えがあると思ったが彼は……六魔神の知将、ベルフィンだった。
2000年前に起こった魔の軍と人間軍の戦争で僅か100の兵で人間軍4000を破ったと言う伝説にして最悪の知将……そんな奴に自分が勝てる訳が無かった。
カツンと音を立てながらエリスに近づくと先端が尖った杖をエリスの頭上にかざし、一気に突き刺そうとする、だがその時杖を黒い鎧をはめた腕が止めた。
「魔神か、興味深いな」
「これはこれはクロディウスさんじゃ無いですか……まさか貴方、女神様を裏切る気で?」
「お前女神と関係あるのか?」
「勿論、私は女神様に生み出されし魔神ですから」
そうエリスとの会話を聞いてなかったことをいい事にクロディウスに嘘を付くベルフィン、だが謎だった、私はまだ生きて話せる……なのに何故そんな嘘を付くのか。
「賢者……と言うことは魔法を使えるのか」
「ええ、勿論」
そうベルフィンが言うとクロディウスは記憶を取り戻させてくれと言い右手に持って居た鎌を下ろす、するとベルフィンはあっさりオッケーを出した。
両手を合わせて飴のような物を生成する、そしてそれをクロディウスに手渡すと距離を取った。
「その飴が記憶を戻してくれますよ、ですが君は真実を知ればきっと暴れ出す……何処か森の中で食べるのが良いですよ」
分かったと言って何処かに飛ぶクロディウス、それを見た瞬間ベルフィンの表情が不敵な笑みに包まれた。
「何を渡した?!」
「あの飴はちゃんとした記憶を戻す私にしか作れない飴ですよ、ですが……彼は恐らく記憶が戻れば暴れ出すでしょう、この世の中には忘れておいた方が幸せな事もありますから」
そう言うベルフィン、エリスはクロディウスが心配でならなかった。
痛む身体にヴァークライの棘を指して血を補充する、すると傷は見る見ると回復して言った。
「これは興味深い……クロディウスも優秀な手駒をお持ちの様ですな」
「手駒と呼ぶな……」
そう言ってゆっくりと立ち上がるエリス、まだ少しばかり体が痛むが動くことに支障はなかった。
大きく伸びをすると剣を鞘にしまう、どうやらベルフィンも戦う気は無くなって居る様子だった。
だがそれはエリスにとっては幸運だった、あのままだと確実に殺されて居ただろう。
「エリスだっけ?君に一ついい事を教えてあげるよ」
「いい事?」
「あぁ、私が所属する魔の軍はもうじきこの世界に戦争を仕掛ける……だから死ぬまでに心の準備の時間を上げようと思ってね」
そう言って光の様に消えていくベルフィン、戦争……またあの忌々しい殺し合いが始まると思うとゾッとした。
2000年前の魔の軍との戦争でも何十万人と言う人が死んだのに……あんな地獄絵図を見るのは勘弁だった。
「エリスさんここに居たっすか、クロさんは?」
何も知らない結城が扉をあけて入ってくる、エリスは今までに起きた事を話すと結城は驚きで目を見開いて居た。
「戦争が?それよりもクロさんが心配っすね……エルネが外で待って居るから行きましょう」
陽気な結城が真剣な表情でそう言ってエリスの手を引き走り出す、それ程彼女にもクロディウスは大切な存在なのだろう……実際に私自身もかなり彼は特別な存在だった。
何せ裏切ったのにも関わらず受け入れてくれた恩がある、それに対して強い感謝の念があった。
彼の為なら命をも捨てれる、恐らくそう初めて思った人間だった。
結城と共に外に出ると城門付近にエルネが人を操り城内に入ろうとする兵士を押さえつけて居るのが目に入ってきた。
それを確認するとエリスは大きな羽を広げ結城とエルネを有無を言わせず掴み空へと飛び立った。
ーーーーマサガの森ーーーー
「これを食べればやっと記憶が……」
そう言って兜を抜ぎ捨てるクロディウス、その兜の下は痛々しい大きな斜め傷が入って居るのと目以外は至って普通な金髪の好青年だった。
目はエリスと全く同じ、黒い目に赤い瞳、人間の目では無かった。
記憶を無くし何故この目になったのかは覚えて居ない、だがクロディウスは自分が人間でない事は自覚して居た、だから姿を変え、鎧を着て周りを騙して居たのだった。
右手に持った兜を地面に落とすとクロディウスは飴を口に運ぶ、そして口の中に入れて噛み砕くとその瞬間目の前は光に包まれた。