第8話 友達ですよ
嫌だ、嫌だ……こんな結末望んで居ない、どうして彼が死ななくちゃいけない……それならばこんな力、要らないーーー
燃え盛る屋敷のど真ん中で涙を流すカーニャ、近くにはアレスが倒れて居た。
どうしてこんな事になったのか、それは遡る事2時間前の事になる。
ーーーーー2時間前ーーーーー
「ここがミリエルの家?」
エリドを倒してから数十分掛けて裏道を使いたどり着いたミリエル邸の裏、その外観は裏からでも分かる、豪邸と言う言葉が凄く似合う煌びやかな外装にとても大きな敷地と建物、恐らくこの富裕層でもかなりの大きさを誇って居た。
ミリエルに連れられ裏口から中に入ると森のように生い茂っている木々に身を隠す、建物の周りには恐らくマグハールの配下と思われる兵士達がウロウロとして居た。
「ここに来るのは予想済みか……」
そう言ってオーリスは溜息をつく、念の為カーニャも何か侵入の策が無いかを考えミリエル邸の三階に視線を移すとミリエルに良く似た綺麗な女性が窓から外を眺めて居た。
「あれってミリエルのお母さん?」
小声でミリエルを突くと三階を指差して言うカーニャ、するとミリエルは三階に視線を移した。
そしてそこに居た母を見て思わず涙をこぼして居た、その姿を見て彼女がどれだけ母を大切に思っているかすぐ分かった……それだけにこのどちらも生き残れるか分からない戦いに巻き込まれた彼女達に罪悪感でいっぱいだった。
「皆んな聞いてくれ」
「どうしたの?」
真剣な表情で口を開いたオーリス、だが次の言葉を発しようとしても彼の口はなんだか重そうだった。
「オーリスさん、なにか作戦でも?」
アレスの言葉に俯くオーリス、そしてそれがきっかけになったのか重い口を開け話し始めた。
「ここからは……正直お前達を守りきれると約束できない、だからと言って見殺しに出来る訳もない……だからここで引き返して国を出てくれ」
大量の兵士を目の前にしてそう言うオーリス、タイミング的には少し遅い気もするがその決断は正しかった。
「引き返すって、そんなことしたら母は!」
声を大きくしかけたミリエルの口を塞ぐアレス、彼女の言葉にオーリスは安心しろと言った。
「国を出るのは君達だけだ、ミリエルの母は命に代えても助ける……だから」
「なに言ってんすか、少なくとも俺は残りますよ……今の家族も助けないといけないですしね」
「アレス君……」
「私も当然残るわ、私の母を助けるのに私が居ないんじゃ話にならないしね」
そう言う2人、だが正直自分は……最低と言われるのは分かって居ても行くとは言いたく無かった。
自分が死ぬのは構わなく無いがまだ良い、だが他の3人が自分の引き起こした出来事で死ぬのがこの上なく嫌だった。
だがこの流れ……行かないでと言える訳もなく、カーニャは無言で頷いた。
「…………分かった、約束する!俺は命を賭してお前達を守ると!!」
拳を3人の前に突き出すオーリス、それを見てアレスとミリエルはオーリスに自分の拳をぶつけた。
何をしているのか、カーニャには全く理解出来なかった。
「これは誓いの儀だよカーニャ」
アレスに拳を作る様言われ拳を作る、そして3人の拳に当てると上に掲げた。
「行こう……武器はすぐに渡す」
そう言って一人で走り出したオーリス、少し出遅れて彼について行くと直ぐに剣と剣が交わる金属音が聞こえた。
「叛逆者が来たぞ!!」
1人の兵士が叫ぶ、だが既にオーリスは周囲にいた8人程の兵士を倒しアレス達の武器と侵入経路を確保していた。
「この剣を使え、基本剣は両手で持て、そしたら力負けも防げるかも知れない」
そう言うとオーリスは3人の周囲を警戒しながら最後尾に着ける、それをアレスは確認すると裏口の使用人入り口と書かれた場所から中に入った。
中に入ると鍵を閉める、気休め程度ではあるがそれでもマシとオーリスは考えていた。
そして入って直ぐにあった厨房を抜けて広い廊下に出る、そこで待ち受けていたのは兵士でも幹部でもマグハールでも無い、不気味な程の静寂だった。
広い廊下で4人が今の状況に混乱する、中には誰も居ない、そして誰の気配もしない……不気味だった。
「どう言う事だ……」
近くにあったドアをカーニャは片っ端から開ける、書庫、寝室、客間……様々な部屋を見たが人は誰も居なかった。
「なんなんですかこれ……」
「分からんが……一先ずミリエルの母がいる三階に急ごう」
そう言ってミリエルに先導され廊下を走るオーリスとアレス、彼らから少し離れてカーニャは走って居た。
不自然……誰も居ないのはどう考えてもおかしい、外に居たあの兵士の数から考えても中の為に配置数を抑えて居たと考えて良い……だが蓋を開けてみれば中は空っぽ、こんな事あるのだろうか。
「おいカーニャ、遅れるな」
気がつくとアレスが後ろまで下がりカーニャの手を引く、それに無言で頷くと走るペースを合わせる……だがまだ腑に落ちなかった。
二階に上がっても兵士は居ない、そして三階に上がるとスーツを着た執事と見られる老人が年齢の割には綺麗な姿勢で立って居た。
「ハリス、無事だったのね!」
ミリエル家の執事なのだろうかミリエルが近づこうとする、だが解せなかった。
周りは敵に囲まれているこの家で何故こうして立っているのか、普通はならば逃げる筈……ふと目を見ると光がない事にカーニャは気づいた。
「ミリエル待って!!」
「え?」
カーニャの声に反応し後ろを向くミリエル、その瞬間執事が身を低くしてミリエル向けて走りだした。
その手にはナイフが4本指の間に握られている……完全に殺す気で攻撃しようとして居た。
ミリエルまで残り3メートル程になってオーリスはようやく敵と気がつく、そしてミリエルを守ろうと走り出すが執事のハリスは尋常じゃない速さだった。
「ミリエル!!!」
アレスが叫ぶ、だがハリスの走る足は止まらずミリエルの目の前で止まるとオーリスは急いでミリエルを後ろに下げハリスに斬りかかった。
だがハリスはそれを飛んで躱すとそのままクルクルと回転し、10メートル程離れた所に着地した。
オーリスとハリスが睨み合いを続ける中アレスは急いでミリエルの元に駆け寄った。
「大丈夫かミリエル?!」
よろよろと壁にもたれかかるミリエル、出血して居た。
「傷は負ったけど死ぬ程じゃないわ……心配しないでも大丈夫」
そう言って服を捲りお腹の傷を見せる、ミリエルも何かを察して少しだけ後ろに避けたお陰で傷は浅かった。
「良かった……」
「男の癖に泣くんじゃ無いわよ……」
ミリエルの無事を確認して安心したのか涙を流すアレスに拳を当てるミリエル、その様子を見ているとオーリスの声が聞こえた。
「ミリエル、この執事は洗脳されて居た様だ」
そう言って気絶したハリスをミリエルの前にそっと置くオーリス、いつの間に倒したのか3人は驚きを隠せずに居た。
「言ったろ?俺はこの国でも屈指の強さだって」
そう誇らしげに言うオーリス、聞いた覚えはないが頼もしい事には変わり無かった。
「それより……母はこの先だな?」
「えぇ」
オーリスが剣で差した一際目立つ扉の部屋、ミリエルを立ち上がらせるとその扉の元まで100メートル程4人は歩いた。
そして扉の目の前まで来ると扉をゆっくりと開ける、するとそこは広い部屋の真ん中に豪華な椅子が一つちょこんと置いてあるだけの殺風景な部屋だった。
「ここは……」
辺りを見回すがミリエルの母が居る様子は無い、窓の近くまで行って外を見るが確かに此処は外からミリエルの母を確認した部屋で間違いなかった。
「おかしい……」
「何が……おかしいのかな?」
床から顔を出すマグハール、どう言う原理でそうなって居るのかは分からないが突然の登場にカーニャは少し後退りをした。
「マグハール!母を何処にやったの!」
「まぁそう怒鳴らずに……君の母は生きてますよ、居場所は僕に勝ったら教えますよ」
床からすり抜ける様に上に現れるとそう言って椅子に座るマグハール、彼が転生者なのは一目瞭然だった。
「ミリエル、アレス……手を貸してくれるな?」
「当然です」
「俺も同じです!」
2人に声を掛け、協力を確認すると笑って頷くオーリス、分かっては居たがやはり自分は足手まといだった。
そのまま剣を構えて三者バラバラに攻撃を仕掛ける、だが次の瞬間衝撃の光景が目に入ってきた。
三者が同時に攻撃したのを6本の腕と剣で防ぐマグハール、そして三者を弾き飛ばした。
人間では無いあの異形の形、何なのかカーニャには理解出来なかった。
「驚いたか?オーリスとあのアフロは知っていただろうが僕の秘密はそう、この見た目なんだよ!」
そう言い体が緑がかった色に変化し、筋肉が膨れ上がる、その姿はまるで化け物、人間では無かった。
「な、何者なの……」
「俺はあるお方の部下さ、このシストリアを治めるよう仰せつかったな……だがオーリスとアフロの2人が居たせいで好きに出来なくてな、だがそれも今日で終わりだ!!」
そう言って3人に6本の腕で斬りかかるマグハール、その光景は凄まじいものだった。
必死に攻撃を防ぐ3人、だがマグハールは攻撃の最中に大きく息を吸い込むとオーリスに向けて大きな火球を放った。
その火球はオーリスの右腕を焼き焦がし壁をも破壊する、そしてその火の粉が燃え移り辺りが燃え始めた。
「右腕が……」
火球で焼かれた右腕を気にして防御に隙が出来る、その隙をマグハールは決して見逃さなかった。
「死ねオーリス!!」
剣で斬り裂き追い打ちに蹴り飛ばすマグハール、するとオーリスの右脚が切断され、オーリスはカーニャが居るドア付近まで吹き飛ばされた。
「ガハッ……」
血を吐くオーリス、傷の具合を見ようと少し目を離した瞬間アレスの叫び声が聞こえた。
「ミリエル!!!」
マグハールに突き刺されるミリエル、それを見てアレスは激怒して居た、そして怒りに身を任せ突っ込む……だがアレスもミリエルと同様に突き刺された。
「人間の血は汚いんだよな……」
そう言って剣に刺さった2人をオーリス同様にカーニャの方へと投げ捨てるマグハール、一瞬のうちに色々な事が起き過ぎて現実を受け入れきれなかった。
「か、格が……違い過ぎる……この姿を一度見た事があるが、まさか此処までの強さとは……」
「少し強い程度のオーリス、お前にどうこう出来る程俺は弱く無いんだよ!」
不気味な笑い声を高らかに上げるマグハール、気が付けば周りは火の海だった。
「最後はお前だな……」
そう言って剣を鳴らしながら近づいて来るマグハール、その姿と死の恐怖にカーニャは泣きそうになって居た。
「か、カーニャ……よく聞け」
「あ、アレス?!」
死んだと思っていたアレスが苦しげに口を開く、何を話すのか、カーニャは必死に混乱する頭を整理した。
「お前に出会った時……俺はお前を魔女と言ったよな……」
「うん」
「今から俺はお前を魔女と仮定して話す、昔の伝説で聞いた事がある方法で……基本魔女は力を手に入れる時、人を1人生贄にするんだよ……心臓を剣で刺し、その先端についた血を舐める事で力を得られるんだ、つまりお前が魔女ならまだ力の解放前、だがら俺を殺せ、そしてその血を舐めるんだ」
震えた手で剣をカーニャに手渡すアレス、だがそんな根拠もない伝説、試せる訳が無かった。
「む、無理……」
「馬鹿言うな!此処で1人を殺して2人助けるのと……4人死ぬの、どっち選ぶ気だ!」
「それは……」
少しずつ近づいて来るマグハールに焦りを隠せないカーニャ、だが焦れば焦る程思考は鈍った。
「俺は傷が深過ぎるんだ……それに、お前……会いたい人が居るんだろ?」
「アレスさん……」
「剣を握れ」
そう言われ無理やり剣を握らされるカーニャ、するとその瞬間アレスはカーニャの腕を持って自身の心臓に剣を深く差し込んだ。
「な?!」
その行動に驚きなど隠せる筈も無く声を上げるカーニャ、アレスは最後に頼んだと言わんばかりの表情で笑うと目を瞑った。
「さぁ、殺しの時間だ!!」
カーニャの後ろに立ったマグハールが6本の剣を一斉に突き刺そうとカーニャに向ける、だがその瞬間マグハールは凍りついた。
(何が起こって?!)
突然の氷結に混乱するマグハール、すると後ろを向いていたカーニャがマグハールの方を向いた。
「アレスさんの死は無駄にしない……これが魔法、不思議だけど力の一部が自分に流れ込んで来る……使い方も分かる」
不思議な感覚、まるで自分が自分じゃないかの様だった。
自信が満ち溢れる、力の使い方も不思議と前から知っていたかの様にわかる……今ならマグハールに勝てる気がした。
「クッソガァァァ!!魔女だと?!聞いていない、この世界にまだ居るなど聞いてないぞ!!」
そう言って氷を破壊するマグハール、その表情は怒りに満ちていた。
オーリスとミリエルをこのまま此処に居させて居れば死んでしまう、魔法で応急処置を施すとカーニャは過去に自分が白騎士から身を潜めたあの森の大木の近くに2人を転移させた。
「転移魔法まで開花させましたか、マグハール、少し部が悪いですね」
窓が割れる音と共に現れた謎の暗い影に覆われた男、敵が増えるとは少し厄介だった。
「大丈夫だ!俺1人でやれる!」
「そうはいきません、これから戦争が控えて居ます……戦力は温存しておかないと」
そう言って黒い穴にマグハールを消す影に覆われた男、そして再び黒い穴を出すと自分もゆっくりと沈んで行った。
「その力……不完全ですね、そして不安定……君は大事な鍵なのですから自滅だけはしないで下さいね……」
そう謎の言葉を残して消えていく影に覆われた男、その瞬間カーニャは堰を切ったようにその場に座り込んだ。
怖かった……強がって強気な態度で戦ったが……
ふと隣を見るとアレスの死体が転がっている、何故彼が死ななければいけなかったのだろうか。
蘇生できるかを試すが案の定無理……人を1人殺して手に入れる魔女の力……こんな結末望んで居ない、そんな物は要らなかった。
「アレスさん……何で自分を犠牲に出来るんですか、恩人さんは、残されたミリエルさんはどうなるんですか……」
今日会ったばかりのアレスの死に不思議と涙が頬を伝うカーニャ、辺りの火の熱さなどもう気にはならなかった。
「ありがとうございます……アレスさん、そう言えば答えはまだでしたよね」
ミリエル邸に来る途中、ふとアレスに聞かれた事を思い出した。
俺たち友達になれるか?
その答えは勿論決まっていた。
「当たり前です、今日会ったばかりなんて関係ないです……もう私とアレスさんは友達です……」
瞳から涙をボロボロとこぼし、笑って言うカーニャ、この日初めてクロディウス以外の人間を信用した。