第16話 女神の昔話 5
「お、どうだった試験?なんか凄い音してたけど」
何食わぬ顔をして出口でレイルの事を待っていたユリナス、だがレイルは今彼女にどう言う感情を抱いて良いのか分からなかった。
感謝?いや違う……だが他の感情も違う、確かに彼女のお陰で試験には受かった、だがそれは自分の力では無い、レイルは頭を掻きむしった。
「どうしたの?」
「分かんないんです……俺は貴方の力を借りて試験に受かった、本当にそれで胸を張って王国騎士と言って良いんでしょうか?」
暗い表情で言うレイル、シャグマールから渡された紙には合格、明日の9時に試験会場に再集合とだけ書かれている……だが今の自分に行ける資格があるのか本気で分からなかった。
「余計な事……しちゃった?」
「そう言うわけじゃ……」
「取り敢えず歩きながら話そっか」
そう言ってレイルの手を引き夕日が赤く染める街へと王宮から降りて行く、周りの人々はあいも変わらず元気そうだった。
「この街……元気だよね」
「ええ……そうですね」
露店の青果店や魚屋で夜ご飯の買い物をする人、居酒屋へと向かう仕事終わりの人……様々な人が色んな表情で街を歩いている、そんな様子にレイルは心では色々と思いながらも素っ気ない返事をした。
「この平和も王宮騎士のお陰なんだよね」
「そうですね」
「でも……今の王宮騎士だとこの平和も長くは続かない」
真剣な眼差しで何処か遠くを見ながら言うユリナス、その言葉にレイルは疑問符を浮かべた。
「今の王宮騎士は過去に無い程強いと言われてる……でもその中の多くはある物が欠けてるの」
「ある……もの?」
「正義感……何かを守る為なら命をも投げ出す勇気、それが足りて無いの」
そう言って俯くユリナス、だがレイルにはとてもじゃ無いがそんな風には見えなかった、なんせ王国騎士を馬鹿にされてあそこまで激昂する人がいる様な部隊、そんな半端な覚悟の人が居るはずないと思って居た。
「レイルも今日見たでしょ?黒髪の男」
確かに見た……金の為に入隊しようとしたあの男、その出来事を思い出し少し考えが揺らいだ。
「中の声が外まで聞こえて来たんだけど彼ね、ガディールって言うの……」
「ガディールってあの?」
「そう、あのガディール、クーロディリス有数の貴族、ガディール家の長男……この国を支えて来たと言う貴族の跡取りが彼よ」
そう言うユリナス、通りで半端じゃない力を感じた訳だった。
だがこの国の未来をも担うと言う貴族の跡取りがあの危険な男と考えると確かに不安だった。
だがそれにしてもやけに王宮内や周りの情勢に詳しいユリナスがレイルは不思議で仕方が無かった。
その後しばらく無言で街を歩き少し離れた場所にあるレイルの家にほど近い丘に登り街を見下ろすとユリナスは一息ついてこちらを振り向いた。
「そうだ、自己紹介が遅れたね……私はクーロディリス国、5代目王女、ユリナス・ラフィーニャ、宜しくね未来の国王様」
そうとびきりの笑顔で言うユリナス、その言葉に色々と衝撃を受けレイルは固まった。
彼女が正体不明と言われた王女という事にも驚いたが何よりも『未来の国王様』に驚いた。
これは告白と受け取って良いのか、色々と考えるうちにいつの間にかレイルの顔は赤くなった。
「なんで赤くなっ……あぁ!こ、国王ってそう言う意味じゃなくて、あの、えーとっ……」
思い出したかの様にあたふたとし、弁解しようとするユリナス、その様子に少しがっかりしたがレイルは久し振りに笑った。
「面白い人ですねユリナスさんは」
「うるさい!私だってたまには間違えるわよ」
顔を真っ赤にして俯きそう言うユリナス、正直すごく可愛かった。
「そうそう、私がなんで君にこんなにするかって言うのは、えーっと……君にこの国を変えて欲しいからなの」
「俺がこの国を?」
「そう、今オージギアとの間にかなりの緊張感が走ってるのは知ってるよね?」
「ええ、一応」
隣国のオージギア、この国は他の四国に比べても比にならないほどクーロディリスの魔法を羨み妬んでいた、その為か度々戦争に近い事が起こり最近はそれが頻発、かなりの緊張感が走っていた。
「ここで問題が一つあるの、それがもし戦争になった時この国の国民をどう守るかなの」
そう言って少し悩んだ顔をするユリナス、だが正直に言ってクーロディリスがオージギアに負ける可能性はゼロに等しい筈だった。
理由は単純明快、こちらは魔法が使え、あちらは使えないだけの事……何も心配する事は無いはずだった。
「それって心配しなくても別に……」
「大丈夫じゃ無いの、実を言うと私の父に政権が変わってから命を賭してって言う騎士が極端に少なくなったの……理由分かる?」
そう言って少し悲しそうな顔をするユリナス、だが理由は全く分からなかった。
なんせ今の国王は国民の為を思い様々な政策を例年と変えて来た、税を減らし、恵まれない人達の手当てを厚くし……そんな国王に非など見つかる訳も無く、命を賭さない理由も見つからなかった。
「何が理由なんですか?」
「国民に優しすぎるのよ」
そう言うユリナス、レイルにはそれの何処が悪いのか全く分からなかった。
「何故それがダメなんですか?」
「駄目じゃない……寧ろ国民には愛されるわ、でも王国騎士の殆どの出身を知ってる?」
そう言われてレイルは初めて気がついた、王国騎士第一部隊の殆どや現在の騎士団長が貴族出身、そして国王の政策は少なからず貴族に悪い影響を与えて居る……やっと理由が分かった。
「成る程……そう言う事ですか」
「そう、だから君を頼ったの、貴族だろうと何だろうと立ち向かって行けるその勇気、誰であろうと助けようとするその正義感……レイル、貴方こそこの国の騎士団長に相応しいの」
そう再び真剣な眼差しで目を真っ直ぐと見て言うユリナスの表情にレイルは唾を飲む、王女から直々にそんな事を言われるとは数週間前までなら考えられなかった……いや、今でもまだ信じられない。
「国王は騎士団長になれば自動的にお父様が抜擢してくれる筈だから言っただけで……まぁ取り敢えずご飯、行こっか!」
そう言って笑顔でレイルの手を引き走り出すユリナス、彼女が王女と言うのがあまり信じられなかった。
なんせこのおてんばと言うのか何と言うのか……よく分からないが取り敢えずこれからは彼女に振り回されそうだった。
「ふふっ……」
楽しそうなユリナスを見て笑うレイル、これでやっと……目的に一歩近づいた。