第10話 黒騎士との対話
ユリウスには別れを告げた……勿論死にに行くつもりは無い、だが勝てる見込みはゼロ、矛盾して居るが死にに行く様な物だった。
何故黒騎士の居場所を知って居るのか、それは切られた右腕が関係していた。
私の能力は場所や人、その能力に左手で触れることにより転移のマークを付けることが出来、右手で人やその人物の使った能力を一部、一瞬でも触るとその人物の現在位置を永遠に記憶する事が出来ると言った能力、あの時黒騎士に右手を斬られた時、彼の能力の一部の骸骨兵に触れていた事から居場所が分かったと言うわけだった。
そして現在地は死の谷と呼ばれる谷にある洞窟の中、黒騎士から少し離れた場所に転移したがこれは左手の能力だった。
いつマークを付けたのかは右腕を斬られる直前、左手で一度骸骨兵を触っておいた、我ながら便利な能力だった。
「それにしても静か……」
耳を澄ますが足音は聞こえない、黒騎士の気配もせず水滴がそこら中にある水溜りに落ちる音のみが聞こえる、現在地を確認する限りはこの先の開けた場所に居るらしいがそれらしき気配は全く感じなかった。
これでも戦闘は出来る方、気配感知に至ってはユリウスにも引けは取らないと自負して居るが……何か嫌な予感がした。
死の谷……ここは知識を司る賢竜が居ると以前ユリウスが話したのを覚えている、そこで黒騎士が何かしらの知識を得たとしたら……何が起こるかは断定出来ないが良いことが起きるとは思えなかった。
「少し急がないと」
懐から短刀を取り出し足音を極力消して走りだす、少し短刀を持つ手が震えて居た。
恐れて居る……
確かに右腕を斬られ、圧倒的力の差を見せつけられた……怖いのは当然、だが黒騎士に挑む行為は自分の為では無かった。
これはユリウスの為……黒騎士に私が挑む事は彼の忘れている『ある心』を思い出すきっかけになり得るかも知れない、その為にも怖気付く訳にはいかなかった。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
静かだった洞窟内に突然悲痛な叫び声が響き渡りマキアは咄嗟に辺りを見回す、この声の主は恐らく黒騎士……だが何があったのか見当もつかなかった。
何せ黒騎士は無敵の強さを誇っている、そんな彼がこれ程までのダメージを受けるとも思えない……その場で考えるだけ無駄と判断してマキアは足音に気を使うのをやめてダッシュで黒騎士の元へ向かった。
「あれは?!」
薄暗かった洞窟内の先に明るく開けた場所が見え、その中央で黒騎士が竜人の出す光に頭を包まれているのが目に入る、そしてそれは記憶、もしくは知識を授けて居ると一瞬で気が付いた。
短刀の柄を口で加えると左手の指を二本立て額に当たる、すると目の前に黒い穴が出現し黒騎士の目の前に転移した。
「誰だか知らんが黒騎士の邪魔をするな!」
竜人の後ろ蹴りを簡単に躱すと黒騎士と竜人をなるべく遠くに離れさせるよう渾身の力を込めて竜人を蹴り飛ばす、すると黒騎士は苦しげに呼吸を荒げてその場で膝をついた。
「一先ずは……」
竜人の表情を見て、知識を授けるのを阻止したと確認すると黒騎士から距離を取る、そして身構えて戦闘に備えるが黒騎士は一向に立たなかった。
「ち、力が何故出ない……」
「記憶の儀式は失った記憶が大きければ大きい程体力の消耗も激しい、さらにそれを途中で中断されるとその消耗は倍になる!黒騎士、お前は暫くは動けないぞ!」
二人のやり取りを聞いてマキアはこれ以上にない程のチャンスを感じた、そしてすぐさま転移を使うと黒騎士の目の前に立ち短刀を突き出した。
「右腕の借りは返させてもらうよ」
そう言って短刀を強く握り締めるが良く考えるとこの鎧、頑丈過ぎてこんな短刀ではどうにもなりそうになかった。
「確かに消耗は激しい……だが気力でどうにもならない程では無い……」
以前見た黒騎士とは思えない程にふらふらと立ち上がると鎌を出現させてそれを杖代わりに体重を支える、今なら倒せる……筈なのだが不思議と勝ち目が見えなかった。
「黒騎士!休め!俺に任せろ!」
そう言って駆けてくる竜人に手で静止をかける、するとゆっくりとした足取りでマキアに近づいて来た。
「お前……確か白騎士の仲間だよな、どうだ、話しをしないか?」
後退りをするマキアにそう提案する黒騎士、だがマキアにとってはチャンスかも知れなかった。
元々はユリウスが追いかけて来てくれるのを計算に入れてここに来た、あの森はここからそう遠く無い……時間稼ぎには打って付けだった。
「いいわよ……」
ゆっくりと頷くと黒騎士が鎌を仕舞うのを確認して短刀を下に置く、そして後退りするのをやめた。
「単刀直入聞く、何故黒騎士お前は私達転生者を殺す」
「何故……それが命だからだ」
少し言葉が詰まるがそう言う黒騎士、誰かの命令という事は彼を使う奴が居るという事、これは少し大きい収穫だった。
「次は俺だ……」
そう言って一度下を向く黒騎士、恐らく彼の質問は王についてだろう……上手い嘘を考えていたその時、彼から予想外の言葉が聞こえた。
「白騎士……ユリウスは何者だ」
「ゆ、ユリウス?王じゃなくて?」
「あぁ、あいつからは似たものを感じる……何処か懐かしい」
そう言って威圧的な雰囲気が少し消える黒騎士、懐かしいとは何の事なのか……この世界の歴史や情報があまり無いマキアにとっては分からなかった。
だがこれだけは分かっていた。
「ユリウスはお前なんかに似ていない、あいつは正義を忘れては居るが優しい奴だ!!」
そう叫ぶマキアの声は何処か悲しげで、そして怒りに満ちていた。