第9話 復讐心
「ガァァァァ!!!」
川の側に不自然に並べられた岩を拳で叩き割り叫び声を上げる金髪の青年、その青年の拳は痛々しい程の血で染まっていた。
側に置いてあった純白の鎧を見て青年に怒りが込み上げてくる、あの時黒騎士に何も出来なかった自分の無力さが。
ガレアスが殺されたマキアの右腕を失った、自分は冷静に判断し後退したつもりだったがあれは違う……恐れていた、黒騎士の強さに死ぬ事が怖かった。
あの反則じみた強さ、今のままでは勝てる訳が無かった。
あの戦いから1ヶ月、ひたすらに修行を積んでは居るが先が見えない……この修行に終わりが見えなかった。
貰った力を上手くコントロール出来れば黒騎士も倒せるはずなのだがあまりにもコントロールに時間を食っていた。
手を握り締めると光が一瞬だけ指の隙間から漏れ出る、これが王から貰った力……光を操る能力。
単純ながらにしてかなり強い能力だった。
この世界は五つの火、水、風
、光、闇の属性で構成されており少なからずこの世界の住人ならばどれかしらの力を持っていた。
自分の場合元々の属性が珍しい光、それを王によって強化して貰ったのだった。
そして黒騎士は闇、相性はかなり良かった。
光は闇に強く同時に弱い、受けるダメージも二倍だが与えられるダメージも二倍、諸刃の剣だが勝算が無いよりかはマシだった。
その為の基礎鍛錬、自身の筋力やその他を強化して少しでも黒騎士に与えられるダメージを上げる……それが唯一の勝利への道だった。
「なのに、なんだこの不安感は……」
自分のやって居る事は確かに勝利への道の筈、だが不安で仕方がなかった。
「ユリウス、何しょぼくれてんのよ」
「マキア……」
俯いていた顔を上げて後ろを見ると片腕で薪を抱えたマキアが笑って立って居る、何故彼女は笑っていられるのだろうか。
黒騎士に片腕を奪われた、あの謎の力で……それなのにまだ戦う意志を失って居ない、その意志の強さが少し羨ましかった。
さっきから勝ち目、勝算などと言って自分に言い聞かせて居るがどうしても不安が消えない……本音を言って良いのならば戦いたくなど無かった。
ずっと自分は強いと思っていた、この超人的な肉体を得てからずっと……だがこの力を持ってしても届かない黒騎士、そしてコントロールの効かない自分の光能力、天才と思っていたが本当の天才は黒騎士の事を言う……自分は本当に強いのか、疑心暗鬼になっていた。
「マキア……俺は、俺は強いと思うか?」
両手で顔を覆いながら震えた声で呟く、マキアが答えを返すのにそう時間はかからなかった。
「弱いと思う」
「やっぱりか……」
マキアの言葉にユリウスは俯く、するとマキアが薪を置きゆっくりと近づいてきた。
「今のままじゃね」
「今のままじゃ?」
「そう、私は黒騎士に右腕の復讐をしたい、その思いは多分この世界で一番かも知れない……でもユリウスはどう?恐れて居るだけじゃ無い?」
心の中を見透かしたかの様に淡々と話すマキア、確かに自分は黒騎士に復讐しようとも思って居なかった。
「復讐は人を強くする……そう言う事なのよユリウス」
そう言ってユリウスに背中を見せその場から離れようとするマキア、何処に行こうと言うのかユリウスには分からなかった。
「何処へ行くんだマキア!」
「私は弱いけど死ぬ気も無い……あと、好きだったよユリウス」
「マキア!!!」
笑顔でそれだけを告げて足元にあった黒い穴へと消えて行くマキア、何処へ行ったかは分からないが何をしに行ったのかは容易に分かった。
黒騎士の所……何故マキアは一人で向かったのか分からなかった。
確実に殺される……彼女の能力は転移だけのはず、勝てる見込みはゼロ、なのに何故……追いかけるべきなのか、分からなかった。
最後に口にしたマキアの言葉、それがユリウスの心を揺らしていた。
「好きって……なんだよ」
まるで死ぬのを分かっているかのような告白、何が死ぬ気が無いだ……死ぬ気満々に聞こえた。
「取り敢えず追うか」
近くに置いた鎧を着ると辺りを見回し腕を組む、確かマキアの能力は行ったことのある場所への転移、となれば転移した場所は自ずと絞り出される。
だが絞れたとしても分からなかった……黒騎士の訪れそうな場所、検討もつかない……何故マキアは分かったのか理解出来なかった。
「彼女の行き先知りたい?」
羽が動く音が上空から聞こえそれと同時に少女の声が聞こえる、ユリウスはすぐ様上を向くと赤髪の見覚えがある少女が居た。
「お前は黒騎士の……」
「エリスよ、今は裏切ったからあんたの仲間だけどね」
そう言いエリスは華麗に地面に着地すると羽を消してユリウスに近づく、警戒心を抱きつつもユリウスはエリスに行き先を聞こうとした。
だが彼女はユリウスの口に指を当てた。
「その前に一つ条件」
「なんだ?」
「私をクロ、じゃなくて黒騎士から絶対守る事、分かった?」
笑顔を見せながらも真剣と言うよく分からない表情でそう告げるエリス、初対面のこいつを黒騎士から守る義理も無いがここはマキアを助ける為……取り敢えず頷いて置いた。
「じゃあ行こっか、黒騎士は死の谷に居るから」
そう言って先に歩いて行くエリス、聞きたい事は山ほどあったがそれを胸にしまうとユリウスは何も言わずに着いていった。