第4話 カーニャ
「やばいよお姉ちゃん……」
「うるさい!動揺してる暇あるならご主人様が帰ってくる前に証拠隠滅するわよ!」
家に到着するや否や家の中から聞こえてくる焦った声色のネロとロネ、一体何をやらかしてくれたのだろうか。
だが彼女達には幸運とでも言うべきか今はとても怒る気分では無い、とは言え消すなど以ての外、折角作った良質な偽人が消えるのは少し忍びない……今回の事は見逃すつもりだった。
呆れつつも家に入ろうと木造りの扉に手を掛けて思う、こんなお洒落な作りになっていただろうか。
扉から手を離し外見をよく見て見ると緑を主色としたなんだかお洒落なカフェの様な外観になって居る、まさかこれをあの2人がやったのだろうか。
一先ず家の中に入ろうと扉を引くが早速建て付けが悪いのか開かない、試しに押して見ると建て付けが悪いのでは無く向こう側から力が掛かっているのが分かった。
「お前ら何してる、早く開けろ」
「あ、主人様、もう少しお待ちいただけませんか?」
「何をしてるんだ?」
「証拠隠滅……あ!」
可愛いやつだ、わざわざ隠さなければならない事を言うとは馬鹿に仕上がってしまった様子だった。
「もー!馬鹿ロネ!言ってどうするのよ!」
「ごめんなさいお姉ちゃん……」
声だけだが向こうの様子が何となく想像出来る、ただどんな事をやらかしたのかだけは想像つかなかった。
何があっても受け入れる気持ちで扉を開け家の中に入る、すると物凄い悪臭がキッチンから漂って来た。
「お、お前ら何やってんだ?」
思わず鼻をつまみキッチンを覗く、するとそこにはダークマター的な物を持ったネロが苦笑いで立っていた。
「それは?」
「えーと……ハンバーグです」
その言葉に驚きを隠せないロネとクロディウス、何をどうしてどうなったら汁物になるのだろうか、逆に才能を感じた。
試しに魔法でスプーンを出してひとすくいして匂いを嗅ぐ、あまり匂いからは美味しさは漂って来なかった。
「お前食うか?」
隣でなんとも言えない表情をして立っている少女にスプーンを渡そうとする、すると少女は面白いほどに首を横に振って拒否した。
「だとよ、ほらネロお前が食ってみろ」
「ご、ご主人様の命令でもそれは嫌ですよ!ロネに食べさせましょ!」
「僕も嫌だよ!まだ死にたく無いです主人様!」
作ったネロからしたらなんとも悲しい料理のなすりつけ合いが数分程続き最終的には皆んなで食べると言う結果に至った。
「なんで主人の俺まで……」
「見た目は悪くても味は良いかも……」
そうボソッとクロディウスに呟き一口食べる少女、するとみるみる顔色が悪くなり無表情のままその場に倒れた。
「だ、大丈夫?!」
ネロが急いで駆け寄ってくる、まさかこれ程の威力とは先にこの少女が食べてくれて本当に助かった。
それにしても材料は何を使ったらこうなるのか……非常に気になった。
「ちょっと借りるぞ」
そう言いロネが手に持っていたハンバーグだった物を貰い魔法で材料解析を始める、素材はリザードの肉にその臭みを消すハーブ草、それと隠し味なのだろうか何らかのワインと表示されている、恐らくこの何らかのワインがこのミラクルな味を生んだのだろう……今後彼女に料理はさせない方が身の為だった。
「ご主人様、この子名前は何ですか?」
少女を揺すりながら聞いてくるネロ、だが名前など決めていなかった。
「名前は未定だ」
「未定って可哀想じゃ無いですか?」
「やはり付けた方が良いか?」
「当たり前ですよ!私も考えてあげますから!」
怒りながら言うネロ、偽人にこんな感情的な奴珍しかった。
しかし一緒に考えると言いつつも彼女がまともな名前を思い付くとは今までの行為から行くととてもでは無いが思い付くとは思えない……とは言え俺自身もずっと考えてはいるが何も思いつかない、子供に名前を付ける時と言うのはこんな感じなのだろうか。
ミリア、セーナ……色々と案が浮かぶがしっくり来ない、一方のネロも頭を悩ませていたがそんな時一つの名前が突然頭の中に浮かんだ。
カーニャーーーー
何故か突然浮かんだこの名前、懐かしい思いもあるがこんな名前知り合いには居ない……一体何なのだろうか。
「ネロ、カーニャってのはどうだ?」
「カーニャですか!良いですねご主人!」
「後はこいつが気にいるかだな」
そう言い横たわる少女を見る、やはり彼女からは何か懐かしいものを感じる……初対面の筈なのに、昔にあった事があるような感覚だった。
もしかするとーーー
「そんな訳無いか……ネロ、ロネ、お前らカーニャを頼む、俺は仕事を片付けて来る」
そう言い時計を見ると書斎に行きネロ達が仕分けた紙の未達成の方を適当に一枚掴み場所を確認する、場所は王都シストリアだった。
シストリアはこの世界でも随一の軍事力を持つ国、しかも人口も世界一と転生者には困らなさそうな国だった。
そして今回のターゲットはその国の騎士団長様、能力不明なのは厄介だが倒せない敵では無いだろう。
全身に魔力を溜めクロディウスは目を閉じる、そして次にめを開けた時にはシストリアでも一番高い建物の上に立って居た。
「相変わらず便利な力だ」
強い風でマントがなびく、怪しまれない様に奴隷オークションと同様の格好をしたが大丈夫なのだろうか。
試しに黒騎士姿になると妙に落ち着く、だがあまりにも目立ち過ぎた。
一先ず鎧姿のまま屋上から街を見渡す、東京の高層ビルに匹敵するほどの大きさの建物にも関わらず街が見渡せない程の広さ、この街を片っ端から探せば転生者を全体の3割ほど減らせそうな気がした。
この建物程大きい建物は周りに無く遮るものも無い、恐らく騎士団長が居るのはこの建物から遥か遠くに見える城の様な所だろう、だがわざわざこちらから行かなくとも良い方法が一つあった。
「やるか……」
数100mはありそうな高さから飛び降り隕石の如く地面に落下する、辺りに幸い人はおらず怪我人も居ない、クロディウスが着地した半径5m程はクレーターの様に地面がえぐれて居た。
鎌を穴から出し大通りに姿を現わす、すると周りの人々はあの黒騎士が出たと大騒ぎして逃げ惑った。
「凄い光景だな」
自分のせいで逃げ惑う人々を見て少しの優越感に浸って居るとターゲットが前方から数人の兵士を連れて歩いてくる、作戦通り向こうからやって来てくれた様だ。
「黒騎士……噂は聞いている、俺を始末しに来たのか?」
クロディウスとはまるで正反対の白銀の鎧を身に纏った青年の様な若々しい声色の騎士が剣に手を掛けながら尋ねてくる、無言で頷き鎌を構えると後ろに居た数人の兵士がターゲットの前に立ちはだかった。
「シルバ様を殺させはしない!私達がお守りします!」
刀を構えてそう叫ぶ少女、だがその後ろで物音がし少女が後ろを振り向くとシルバ以外の兵士が消えて居た。
一体何をしたと言わんばかりの表情をしている少女、答えは簡単、魔法で何処か適当な所に飛ばしただけ、転生者じゃなければ殺す必要も無い、殺人鬼じゃ無いのだから無駄な殺しはあまりしたくなかった。
「し、シルバ様お下がりを!」
「部下に助けてもらう上司が何処にいる、俺は騎士だ下がるのはセイラ君だ」
そう言い剣を構えセイラと呼んだ少女を後ろに下げる、何ともかっこいい騎士様だ、殺すのが勿体ない。
「御託はいい、俺も暇じゃない」
そう言って近づいた瞬間セイラの耳に剣戟の音が聞こえる、そして凄い衝撃波で目を閉じ開けた時には鎌に切り裂かれたシルバが黒騎士の足元に倒れて居た。
一体何がーーーー
あまりにも一瞬の出来事、あのシルバ様が負けた……何百の兵士をものともしないあのシルバ様が、ドラゴンを単独で倒してしまうシルバ様があの黒騎士に負けた……唯一の希望が断たれた、だがそれよりもセイラの中ではシルバは大切な存在だった。
「あ゛ぁ゛ぁあ゛ぁぁ!!」
何もかもがどうでも良くなった、刀を抜き黒騎士目掛け飛び込んで行く、そして振りかざそうとした瞬間死を感じた。
死ぬ前に良く走馬灯が見えると言う、それが本当に見えるとは……涙が溢れて止まらなかった、あの光景を最後に思い出したが為に。
シルバ様と出会った時の光景、あの頃は今から2年前、この世界に来て1年経ち環境にもなれ能力を使って悪さばかりして居た頃だった。
「今日の収穫は500円か、しけてるなー」
市民から抜き取った財布をその辺に捨て路地裏を進む、ボロボロの服にボサボサになってしまった髪、可愛いと言われていた昔が嘘の様にこの世界に来て変わってしまった。
今は生きるだけで精一杯、身なりなんて気にしている暇は無かった。
薄暗い路地裏を抜け簡易的な橋を渡った先にあるスラムの人々が過ごすスラム街にお金を届ける、そして見返りの食料や日用品を貰うとまた路地裏に戻った。
路地裏の脇をふと見ると少女が数人の男に強姦されそうになっている、何故こんな世界で生活をしなければいけないのだろうか、向こうの世界と違いこの世界は力が無ければ死ぬ、現にあの少女は力が無いからああやって犯され掛けている……こんな世界うんざりだった。
「止めろ、じゃないと殺すぞ」
そう言い短剣を懐から取り出す、1人の男が近寄ろうとするがもう1人の男がセイラの足の解けかかった包帯から見えた花の彫り込みを見て逃げ出した。
「こ、こいつやべぇぞ!逃げろ!」
そう言い散り散りになって行く男達、解放された裸の少女に足元の服を渡すとその場から去ろうとした。
「ま、待ってください!」
泣きながらも呼び止める少女に振り向く、すると凄い速さで服を着替えこちらに近寄って来た。
「ひ、1人じゃ不安です、屋敷までついて来てください……」
震えながらそういう少女、良く見て見ると身なりも良い、何処かのお嬢様を助けたと言う訳だった。
「いいよ、その代わり報酬は貰うけどね」
そう言いセイラは笑うと少女の手を引き路地裏を出る、この少女との出会いがセイラの全てを変える事となった。