第6話 虚無感
「白騎士……何故国王を殺したの」
今にも生き絶えそうな足元で血を流し倒れ込んで居る少女を見下しながらあの時の事を思い出す、よく思えば殺す必要も無かった……ひと時の感情に任せて殺してしまった、だが後悔は微塵も無かった。
あの国の騎士では無いと言われた以上あの国に尽くす意味も無かった。
「強いて言うなら、飽きた……からだな」
その言葉を聞いた生き絶えそうな少女は驚いた、過去に出会った時ユリウスはこんなのでは無かった。
正義を重んじ、曲がった事を嫌う騎士と言う言葉が本当に似合う青年だった、その姿に一度は好意を抱いた程に……だが今の彼にはその面影が無い、まるで別人の様だった。
鎧を付けて居るユリウスの顔を見ることは出来ないが声で判別出来る……彼はおかしくなっていた。
「苦しそうだな、今楽にしてやるよ」
「警告よ、これ以上人を殺せば貴方は戻れなくなる……言ったからね」
そう告げる彼女の心臓にユリウスはゆっくりと剣を刺した。
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1時間前の出来事を城の屋上から街を見下ろして振り返る、彼女の言葉が気になった。
戻れなくなる……それはどう言う意味なのか、殺せば殺す程何かの沼にはまって行くのだろうか……だがそんな感覚はしない、快感も覚えなければ不快感も無い、何も感じなかった。
遠目に見える本命の城を眺めながらベランダの淵に座ると剣を腰にしまう、今頃になってフィレンツェの街は大騒ぎ、ガレアスかマキアかどちらの能力かは知らないが時々爆発音が街中に響き渡っていた。
「ガレアスは見掛け倒しに使えるな……なぁマーシェル」
玉座で血を流し倒れて居るマーシェルに笑いながら話し掛ける、仲間にする価値が無いから殺した……ただそれだけだった。
周りの誰も気が付かない、マキアでさえも……俺はおかしくなって居る。
何をしても感じる酷い虚無感、マーシェルを殺しても、あの少女を殺してもそれは満たされない、自分の中の何かが何かを欲して居る……だがその何かが分からない、この虚無感は満たされる事は無かった。
「そろそろ向かうか」
城のベランダから飛び降り着地すると鎧の金属音を立てながら本命の城に歩いて行く、恐らく着く頃には終わって居るだろう。
混乱し、逃げ惑う街の人々とは逆方向に歩いて行くユリウスを奇妙そうな顔で建物の陰から見る金髪の青年、彼の視線に気がつきユリウスが振り向いた時にはもう建物の陰には居なかった。
「誰か居たな……」
「僕の事ですか?」
振り向き後方を向いた隙にいつのまにか前方に回って居た青年、彼が敵ならば今ので死んで居た。
「驚いた、凄い速さだな」
「違いますよ、貴方の死角を歩いて来ただけです」
そう言って笑う金髪の青年、常に笑顔で少し掴めない奴だった。
「んで?お前は誰だ」
「私はモーリス・スケル、王直属護衛の転生者です」
「ふーん、それでそんな転生者が俺に何の用で?」
「王からの命です、南東の国シストリアの最南端にある黒の森と呼ばれる所に住むカーニャと言う娘を今夜中に始末して下さい」
フィレンツェのつぎはシストリア……随分と人使いの荒い王な事だった。
それにしても気になったのは黒騎士では無くカーニャという少女の抹殺命令、不思議と彼女が黒騎士の連れと言う情報は頭に入っている……弱みでも握る気なのだろうか。
「私は伝えました……くれぐれもしくじらない様に」
そう言って建物の影に消えて行くモーリス、ふと広場の時計を確認すると17時を回って居た。
恐らくモーリスが今日中にと言ったのは明日には黒騎士が帰ってくるのを事前に掴んだから……もしかすれば早めにと言う可能性もある、さっさとガレアス達を連れて始末しに行きたかった。
辺りを見回し屋根に飛び移ると凄まじい速さで屋根を伝い城に向かう、予想以上に体に慣れるのに時間が掛かった……眠ってから起きるまでどれ程寝て居たかは知らない、だが恐らく1日やそこら、直ぐに身体の勘は取り戻せた。
「待て白騎士、ここを通りたければ」
屋根の上で待って居たのであろう良い体格をしたガレアス似の騎士を言葉が終わる前に黙らせる、急いで居る今は命まで奪らなかった。
城に近づくに連れて爆発音が頻繁に鳴り響く、やがて二人の姿が見えてくるがまだ戦って居るとは少し予想外だった。
「くそっ!マキア何をして居る!」
「捕まってる」
焦った表情で黒い闇の様なものを避け続けるガレアスとは違い顔色一つ変えず黒い闇に体を覆われ動けなくさせられて居るマキア、状況は何となく理解出来た。
相手は恐らく闇使い、だがその闇のスピードは至って普通、これぐらいに捕まるとは二人もまだ未熟なものだった。
剣を握りしめ建物から飛び降りると青の剣を地面に刺す、するとそこから氷が闇能力の能力者に向けて道の様に突き出す、だが敵もそこまで弱く無い様で直ぐ様気配を察知し闇能力を解いて氷を避けた。
「予想通り」
男が飛んだ左斜め後ろ方向に既に先読みし回って居たユリウスの剣が男の胸元に深く刺さる、もう少し熱いバトルを演じても良かったがこっちには命令がある、こんな所で手間取る訳には行かなかった。
「大丈夫かマキア?」
「ユリウスの気配したから」
そう言って伸びをするマキア、彼女とは出会って数ヶ月の筈……なのだが彼女は何故か数年も一緒の様な振る舞いをする、少し理解し難かった。
「それより王から命令が出た、早く行く……」
後ろを向くとガレアスが巨体を丸めて膝をつき忠誠の証のポーズを取って居た。
「ユリウス、お前の力を認める……これからはお前が隊長だ」
「そ、そうか」
見た目に似合わず判断能力に長けている、だがそんな事に関心している暇さえ無い、ここからシストリアの最南端までは一般人で凡そ1ヶ月弱、それを1日でつかなければならないのだから絶望的だった。
「取り敢えず話は後だ、早く行くぞ」
「待って」
飛び上がろうとするユリウスを止めるマキア、次から次に一体何なのだろうか。
「私の能力転移があれば直ぐ着く、だから少し休も」
「先に言えよ……」
焦って居た自分が馬鹿見たいだった、そして荒れた城の中庭に座り込むとユリウスは空を見上げた。
「嗚呼……空が赤い」