第30話 記憶の為なら
「分かれ道……か」
右と左、二つに分かれた道、右は上に、左は下に下って行っている、俺の経験上この世界ではドラゴンを空中の覇者と呼んでいる……それを考えると右に行き上を目指すのが妥当なのだろうが相手はただのドラゴンでは無い、下にいると言う可能性もあった。
問題はこの全貌が見えない谷がどこまで続いているのか、上を見上げて見るが上が見えない、霧に覆われ陽の光が遮られていた。
左右の道を見渡し目を閉じるクロディウス、暫くするとクロディウスの周りから黒いモヤの様な物が出てきていた。
モヤは辺りだけでなく左右の道の先まで覆い尽くしていく、この力を『闇の探索者』と呼んでいる。
代償は能力の使用中その場から動く事が出来ない、だがその代わり最大で2km先まで探る事が出来、黒いモヤが通った道は全て新しい知識として頭の中に記録される。
人がモヤに触れても特に何が起こるわけでも無くそこに居るとだけが伝えられる、完全に探索向けの能力だった。
暫くその場で目を瞑りモヤの情報を得る、右の登り道は1kmの地点にまた分かれ道、左の下りはちょうど2km行った所に洞窟があった。
「どうしたものか……」
どちらからも何かの気配はする、だがどれ程の強さかは分からない、暫く悩んだ挙句出した答えは昔ながらのやり方での決め方だった。
適当な棒をそこら辺から拾い上げ立てると手を離す、すると棒は左に倒れた。
運も時には必要、そう思っての行動だった。
「こっちか」
鎌を肩に担ぎ、ただ大小様々な石が転がっているだけの下り道を下って行く、風も吹かず何の匂いもしない、暑くもなく寒くもない平均的な気温、普通としか表しようのない道を何も考えず下る、その時地面に剣が落ちているのが目に入って来た。
まだ錆びておらず落ちてからさほど時間の経っていない剣、良く地面を見てみるとまだ古くない足跡が洞窟に続いていた。
先に誰かが居る……距離的には凡そ2kmは離れている、少し前のモヤに反応が無かったのがその証拠だった。
少し警戒しながら不思議と外よりも明るい洞窟の中に入る、一歩歩くと足音が洞窟内に響き渡る、歩く足を止めて耳を澄ましてみるが雫が水面に落ちる音しか聞こえなかった。
まだ距離は遠い、そう思った瞬間人の気配がした。
数にして複数人、周囲を見回し姿を探そうとした時地面を揺らす程に大きな雄叫びが洞窟の奥から響き渡って来た。
「これが賢竜の雄叫びか……とてもじゃないが想像出来ないな」
何があったのか、先に行った人間が賢竜の逆鱗に触れたのは容易に考えられるがやはり血が関係しているのだろうか。
しかしドラゴンの中でも高位の賢竜が人間如きの言葉にあそこまで怒りを覚えるのか……やはり何かがおかしかった。
考え事をしながら歩いているとある事に気がついた、洞窟内の温度が上がっている。
「これはまさか……」
奥から風が吹いた瞬間に分かった、凄まじい温度の熱風、暫くすると奥から赤々とした炎が音を立ててかなりのスピードでクロディウスに迫って来ていた。
温度も量も魔法とは比にならない、これは流石に喰らえばタダじゃすまなさそうだった。
鎌の柄の部分で地面に魔法陣を高速で書いて行く、そして全てを書き終わると素早く刃の部分で手を切り血を垂らす、すると魔法陣の中にいるクロディウスを包むように周りに黒いカーテンの様なものが出現した。
「間に合ったか……」
間一髪で炎は魔法陣を避けるようにして通過して行く、この魔法の代価は少量の血、効力はありとあらゆる攻撃や魔法、能力の干渉を無効にすると言う能力、一番代価が少ない割に効力が強い黒魔法の一つだった。
炎が消えるのを感覚で感じるとカーテンを開け外に出る、周りの岩や苔は全て焦がされていた。
流石ドラゴン、凄まじい威力……だがそこまで恐る程でも無かった。
焦げ臭い洞窟を暫く奥に歩き続け、開けた場所に出ると浅い水に囲まれたど真ん中の陸地に賢竜……青いドラゴンは寝転がっていた。
「また懲りずに人間が来たか……何の用だ」
流暢な言葉使いで大きな口をパクパクさせ重圧な声を響かせる賢竜、ドラゴンの表情は基本読み取れないとされているが賢竜は何処と無くだるそうな表情をしていた。
「望むものは一つ、知恵を授けてくれ」
その言葉に明らかに驚いた表情をする賢竜、すると賢竜の体から煙が上がり辺りを白く包み込んだ。
「なんだこれは……」
煙に包まれた瞬間感じた懐かしい物……昔に味わった事のある様な物を感じた。
暫くして煙は消え、視界が晴れる、すると見上げていた所に賢竜は居らず、目線を下に移すと人間サイズの大きさになっていた。
姿は竜人そのもの、かなりの距離がある陸地を囲っていた水を跳躍するとクロディウスの目の前に着地した。
「ハッハッ!お前クロディウスか!黒い鎧なんぞ着おって、なんの冗談だ!」
豪快な笑い声を上げながら肩を叩きフレンドリーな喋り方になる賢竜、まるで過去に会ったことがあるかの様な接し方だった。
「俺はお前にあった事があるのか?」
「あるも何もお主6年前に力を見せたでは無いか」
「俺が6年前に……すまないが俺は記憶を失っている、これを見れば分かるだろう」
そう言って兜を脱ぎ顔を見せるクロディウス、それを見て賢竜、オーエンは言葉を失った。
「お主その顔……」
「何も言うな、俺はただ記憶を取り戻したい……それだけだ」
そう言ったクロディウスに無言で頷くオーエン、そして三本しかない指を動かしクロディウスの頭に近づけた。
「激しい苦痛が伴うぞ?」
「記憶が戻るならば構わん」
分かった、そうとだけ呟くオーエン、そして洞窟内は光に包まれ悲痛なクロディウスの叫び声だけが辺りに響き渡った。