第29話 死の谷に住む竜
楽しげな笑い声が聞こえる街中で1人の黒騎士が建物の陰から兜の隙間越しに寂しげな表情で少女を見ていた。
エリスは敵に寝返った……それは然程問題では無い、幸い彼女は黒騎士とカーニャの関係を知らない、カーニャが狙われる事はまず無かった。
それさえ分かれば俺を押さえつける物も無く思う存分暴れられる、現にカーニャと別れてから3ヶ月の間に137人の転生者を始末した……だがすこし変な感覚だった。
倒した気がしない、減らない兵士数、漠然とした不安感……明らかに今のままでは情報量が足りなかった。
勿論倒した敵からエルネの力を使い情報を手に入れようと試みては居る、だが何か別の力で負けた瞬間に記憶を消すよう能力がかけられており情報も未入手と言うわけだった。
おまけに記憶も漠然としたまま、戦う事への恐怖心は無い……だが終わりが見えなかった。
偽の黒騎士が言った
"仲間を集めろ"
その言葉通り集めては居るが何か起こる気配も無い、完全に進展無しで止まっていた。
「クロさん、そろそろ行きましょ、カーニャならまたいつでも会えますよ」
「とは言ってもな、次の行き先決まってんのか?」
「勿論っすよ!」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべ近くにいたエルネと肩を組む結城、嫌な予感がした。
出会った当初からずっと言い合いは愚か殴り合いをしていた彼女達が仲良く口を揃えて話す様子を見るとロクでも無い事を考えたのは見え見えだった。
「早速出発です!」
そう言い結城に手を引かれる、空を見上げると青く澄んでいた。
「んでどこ行くんだ?」
「なーいーしょーです!」
クロディウスの腕を掴み笑顔で言うエルネ、正直行き先は何処でもいい、だが行くまでの過程となる道はもう少し選んで欲しかった。
人目のつく大通り、しかもカーニャの里親として選んだ騎士が居るスラールという国で黒い鎧を纏った姿で居るのは流石にまずかった。
姿を変えようにも彼女達は止まる様子が無い、変身能力は誰にも触れられていない状態が発動条件、今の状況じゃ使えなかった。
補足で言うと今までに使ってきた大きな黒魔法は全て代償がある。
シルバを閉じ込めた異次元を創り出す魔法、あれの代償は左目、現にあの時からずっと右目だけで生活してきた。
今の所異次元魔法だけだがこれから先恐らく黒魔法を使う回数が増えるかも知れない……少し使い方を考える必要があった。
この前に出会った白騎士、彼の全開の力を黒魔法無しでは少しキツイと一目見て分かった、柄では無いが今はあまり出会いたく無い奴の1人だった。
もう1人はエリス……何故だか分からないが記憶が戻って来てから少し心境に変化があった、少し人間味を帯びた感じの……
「俺も変わったな……」
2人に引っ張られながら空を見上げそう呟く、その声は威圧感のある黒騎士の声では無かった。
「とーちゃく!」
そう言うエルネ、目の前には重圧で重々しい龍が描かれた門が立ちふさがっていた。
スラールを南西に歩いていた時に薄々気づいてはいたがまさか本当にこの死の谷と呼ばれる谷に来るとは思わなかった。
正式名称はオーエンの谷と呼ばれこの谷の奥にはオーエンと呼ばれる賢竜が住んでいる。
賢竜は無闇に人を殺さずひっそりと暮らしているのだがここ数年はこの谷に訪れた人全てを殺しているとの噂だった、死の谷と言うあだ名も最近ついたもの、近々探索に来ようとは思っていたがまさか結城達に連れて来られるとは思ってもいなかった。
「ここでなにすんだ?」
「賢竜の知恵を授かるっす!」
「成る程な……」
如何にも馬鹿が考えそうな発想、賢竜が人を殺め出した理由の一つが知恵、賢竜の知恵は失われた過去、未開の地、秘められた宝などこの世の全ての知恵を授けてくれる、だがそれは飽くまでも認められた一部の人物だけ、それを知らない奴らが沢山賢竜に押し掛け返り討ちに遭っていると言うわけだった。
だがこれだけでは賢竜も人は殺さない、もう一つの理由、賢竜オーエンの血目当てのハンターがいる事が大きな要因だった。
ドラゴンの血は不死に繋がると言われておりオーエンも例外では無い、賢竜となれば賢いだけで弱い……そう考える輩が少なくは無い、それがオーエンを普通の人殺しドラゴンに戻した理由だった。
彼を認めさせる方法はただ一つ、力を示す事だった。
「あんま気乗りはしないな……」
知恵を授かり記憶を戻すのは良い発想……だがドラゴンと戦うとなると流石に俺でも骨が折れる、黒魔法は極力使いたく無かった。
「取り敢えず行きましょう!物は試しですよ!」
「まぁそうだな……」
重圧な扉に手を触れ力一杯押すエルネ、だが扉はビクともしなかった。
「何やってんすか、2人で押しますよ」
「ご、ごめん、僕って力担当じゃないから」
申し訳なさそうに言うエルネ、少し珍しかったが特に気にはしなかった。
2人で片側の扉を力一杯押す、だがどれだけ押そうと足で地面が抉れるのみ、扉はビクともしなかった。
「ぐぐ……私も力担当じゃ無いんでクロさん頼んだっす……」
「はぁ……」
溜息をつき扉に手を掛けようとする、その時一枚の看板が目に入って来た。
"扉開けぬ力無き者は立ち去るべし、開けし者は覚悟決め進むべし"
いつの時代からあるのか、かなり年季の入った看板、所々掠れては居るが文字は読めた。
力無き者という事は結城達とはここで一旦お別れになりそうだった。
「結城、適当にその辺フラついててくれ、俺はドラゴン退治に行ってくるよ」
「それなら私も」
そう言う結城に看板を指差す、だが結城は首を傾げた。
「何て書いてあるんっすか?」
「読めないのか?」
「はい」
もう一度看板を見直すが読める……だが良く良く見てみるとこの世界の字とは少し違った。
この世界の文字は向こうで言う日本がベースとなった文字。
漢字や平仮名、カタカナの三種類で今まで気に留めた事は無かった、だがこの看板の文字は韓国語にも似た変な字体の文字だった。
勿論俺は韓国語を知らない、それに似たこの字は以ての外……の筈なのだが何故か頭が理解出来た。
俺は過去にこの文字を見た事がある……そんな気がしてならなかった。
だが見たとしたらどこで、いつ……1人頭を抱えて悩むが答えは出なかった。
「どうしたんっすか?」
「何でもない……それより下手な事はするなよ」
心配そうな表情で尋ねてきた結城に俯いていた顔を上げて答えると扉に手を掛ける、クロディウスが少し力を入れると扉は直ぐに重々しい音を立てて人が1人通れる程に開いた。
「行ってくる」
「はい」
結城とエルネのその言葉を聞き扉の中に入る、すると扉は直ぐに閉まり外の声は聞こえなくなった。
まるで別世界、先程までの明るさもこの谷には無い、ただ横幅約10mの一本道が続いているだけだった。
一歩足を踏み出し先に進もうとする、するとバキッと言う音と共に何かが折れるのが聞こえた。
「罠か?」
恐る恐る下に視線を移してみるとそこには随分前の頭蓋骨がクロディウス踏まれ粉々になっていた。
その骨を見た瞬間ある疑問を抱いた。
白骨化する事には何も疑問は抱かない、だが何故こんな入り口で骨があるのか……それが気になった。
辺りを見回して見るが骨はこの頭蓋骨のみ、他は石がゴロゴロしているぐらい……不自然だった。
考えられる可能性は二つ、まず一つはここに来た冒険者か誰かがここで仲間割れをし、1人がここで死んだと言う可能性……そしてもう一つは賢竜が意図的に置いた可能性だった。
一つ目は特に関係無いが二つ目は恐らくまだ引き返せると言う事を賢竜は表しているのだろう。
頭蓋骨をここに置けば大抵の奴は怯む……だがそれでもまだ疑問残った。
怯むとは言えこの程度のことで怯むなら大した奴では無い、ここに来れる実力者の大半はこんな物見慣れている筈……強い奴には全くの無意味、賢竜の考えがわからなかった。
「考えるのは俺に向いてないか……」
頭蓋骨の破片から目を逸らし久し振りに鎌を出現させる、そして大きく一歩前に踏み出した。