第20話 幸せになる権利
朝を告げる音が聞こえる、小鳥の囀りに料理を作る音……誰が料理を作っているのだろうか。
リビングのソファーから起き上がり首の骨を鳴らす、そして台所に目をやると結城が居た。
あいつが台所に立つ違和感、ゆっくりと立ち上がり近づくと漂ってきた卵焼きのいい香り、懐かしかった。
「クロさん起きたんだ、台所借りてますよー」
「あぁ、それよりお前が料理出来るとはな、意外だ」
「意外とは失礼な、こんな可愛い子が料理出来ない訳ないじゃないっすか」
両人差し指であざとく頬を指す結城、どう反応するのが正解なのか……取り敢えず苦笑いをしておいた。
ソファーで寝た所為か首が痛い、恐らく寝違いだろう……結城にエリス、そしてカーニャ……家に女が3人も居れば寝室など使える訳も無かった。
「結城、2人を起こしてやってくれ」
寝室を覗くとカーニャにホールドを喰らって苦しそうな表情でエリスが寝ている、どんな状況なのかは謎だったが平和だった。
扉を開け外に出る、家は魔法で修復したが地面に生えて居た草や周りの木々が燃え黒く炭になっているのを見ると昨日の戦いを思い出す。
白騎士……俺とは対象の存在、昨日女神に聞いたところこの世界の英雄的存在らしかった。
何でも黒騎士に対抗する力を唯一持つとか、その力がどれほどのものか楽しみなものだった。
「クロさーん朝ごはん出来ましたよー」
結城の呼ぶ声が聞こえ家の中に入る、リビングには眠たそうな顔をしたエリスと今日の美味いものを楽しみにしている様な顔をしたカーニャが椅子に座って居た。
机の上には先程作っていた卵焼きとバターが塗られたパンに牛乳、卵焼きならば白飯を食べたかったがこの世界には無い……贅沢は言えなかった。
久しぶりに見た卵焼き、もっとも作るのが簡単だがその分実力が浮き彫りになる料理、恐る恐る箸で掴み食べてみる……成る程結城は恐らく妹か弟が居たのだろう。
普通の卵焼きよりも甘い、醤油も入っているが砂糖の割合の方が多い……だが嫌いな味では無かった。
「ど、どうっすか?久し振りに作ったんだけど」
皆んなが食べる姿を見て恥ずかしそうに頬を赤らめ尋ねてくる結城、彼女でも恥ずかしい事はある事に少し驚いた。
「普通に上手い」
「そうね、少し甘過ぎる気もするけど美味しいわ」
「はい、美味しいです」
3人ともが口を揃えて美味しいと言った事が嬉しかったのかいつも見たいな調子に乗った喜び方では無く恥ずかしそうにもじもじして居た。
俺を除いた3人が仲良く何か話している中無言で料理を食べ続ける、今日でカーニャともお別れ……もう既に引き取り先とも話しをつけた、カーニャが魔女の末裔と言うのは伏せて。
引き取り先はお金持ちの貴族、子供に恵まれない貴族の騎士と平民の女性……2人ともこの話しを持ち掛けた時は泣いて喜んで居た、恐らく悪いようにはしない筈……これで俺も安心だった。
「クロディウスさん!」
服を引っ張り呼ぶカーニャ、彼女の表情からは楽しみなのが見て取れた。
「セラスって……まぁ今日ばっかしはいいか」
服を一般市民が着るような平凡な服に着替え外に出る、外は快晴で絶好の外出日和だった。
「今日は何処に?」
「エストリア、この世界で一番料理が上手いと言われてる国だ」
そう言って肩に手を乗せる、カーニャの顔は凄く楽しみな表情だった。
手を振る結城たちに乗せた手とは逆の手を上げエストリアに転移する、エストリアの外に転移した瞬間に漂ってくる食べ物の香り、流石美食大国エストリア、外まで漂ってくるとはその名は伊達じゃ無かった。
「く、クロディウスさん!早く、早く行きましょう!」
妙に興奮しているカーニャ、見張りの衛兵に催眠魔法をかけ難無く入国する、カーニャはエストリア内部に驚きのあまり固まってしまって居た。
大通りの両脇に所狭しと並ぶ露店、その全てが食べ物屋で香ばしい香りを漂わせて居た。
一年中お祭りの様な国とは聞いた事あったがまさかこれ程までに活気に満ちているとは少し予想外だった。
この大通りだけで軽く数千人は居そうな人の数、少し目を離しただけで迷子になりそうな程に人が多かった。
「適当に歩くか、食いたい物があれば言えよ」
「じゃああれを!」
そう言い大通り右側の一番端にあるわたあめの屋台を指差す、嫌な予感がした。
「すまない、わたあめを1つ」
「あいよ、300円な!」
大人しく300円を払いピンク色したわたあめを受け取る、何故この物体が300円もするのか……そんな事が頭をよぎるが金には困って居ない、どうでも良かった。
かなりのボリュームのわたあめをものの数秒で食べ反対側の端にある屋台を指差すカーニャ、思った通りだ……こいつ今日でここの屋台制覇しようとしてやがる。
早くしないと日が暮れると言わんばかりの表情をしその場で足踏みしているカーニャ、今日は……今日ばっかりは何も言わず付き合ってやろう、そう思った。
「クロディウスさんは食べないんですか?」
両手に大量の食べ物を抱え幸せそうな顔をし大通りを歩くカーニャ、周りの視線は自然と彼女に向いて居た。
「俺は良い」
「そうですか!」
以前より話しかける様になった、それに笑顔も増えた……やっと普通の少女らしくなってきた。
「なんれふか?」
「何でもない、それより少しあのカフェで休憩しよう」
細い人が1人通れる程度の路地の向こう側に見えるカフェを指差してそう言うと頷くカーニャ、このまま歩くとカーニャの胃袋が爆発しないか心配だった。
「通れるか?」
さっきから食べまくっているカーニャ、腹がつっかえないか心配だった。
「大丈夫ですよほ……」
道の途中でつっかえ身動き取れなくなる、予想通り過ぎて呆れた。
「た、助けて下さい……」
「震え声で言われずとも分かってるよ」
そう言い両手に魔力を込め細い路地をこじ開ける様に広げた。
「助かりました……」
冷や汗をかいているカーニャ、何をそんなに焦って居たのか、面白いやつだった。
路地を抜けた先のカフェのテラスに座り近くのを流れる川を眺める、カーニャが来てから随分と変わったものだった。
昔は笑う事も無ければ他人と馴れ合う事もしない、気を使うなど持っての他だった……だがこいつと出会って笑う余裕が出来た、気を使う事も……結城からは思っていた黒騎士と違うとまで言われる始末、本当に変わったものだった。
時間にして数十分だろうか、それ程の時間カフェに滞在して店を出る、そこから夕暮れ時まで何気ない楽しい時間を過ごした。
主にカーニャが食べそれを俺がただ眺める、時に何気ない会話を挟みながら……まるで仲のいい兄と妹の休日の様だった。
「そろそろ日が暮れるな……」
人が少なくなった中央噴水広場の噴水の淵に腰掛けそう呟く、隣でソフトクリームを食べているカーニャは「そうですね」とだけ言った。
「俺にも一口くれ」
「え?」
「嫌か?」
「い、いえ!どうぞ!」
突然言われたクロディウスの一言に明らかに動揺するカーニャ、彼女からソフトクリームを受け取ると一口食べた。
甘い……とても甘く冷たかった。
「ありがとう」
「い、いえ……」
語尾が小さくなっていくカーニャ、恥ずかしいのだろうか、彼女もそんな歳だった事に少し驚いた。
空を見上げ時間を確認する、今の時刻は5時50分、もうそろそろだった。
「なぁカーニャ、話がある」
「何ですか?クロディウスさん」
何食わぬ顔でこちらを向くカーニャ、俺がある言葉を発すると彼女の手に持って居たソフトクリームが地面に落ちた。
「え……?今、なんて?」
「お前を別の家に引き取ってもらう事にしたんだよ」
「なんで……」
さっきまでの幸せな表情が一変するカーニャ、予想通りの反応だった。
「ほら、あそこに居るオーリスと言う貴族の人達の所だ、決して悪いようには……」
「なんでですか!私が弱いから?それとも私が役立たずだからですか?!」
珍しく声を荒らげ涙を流しながら叫ぶカーニャ、その声と表情に俺は何も言えなかった。
「それだったら毎日ご飯が作れる様に頑張ります!掃除もします!何でもしますから!!何で、何で!!」
「違う……違うんだよカーニャ」
「じゃあ何で……」
「俺は人殺しの騎士、普通じゃない……お前はもっと普通の所で死の恐怖がない所で生きて欲しいんだ」
そういうクロディウスが今までに見せた事の無い表情でそう言う、その言葉にカーニャは涙が止まらなかった。
「だったら……だったら私を最初から買わないで下さいよ!こんな事なら私は奴隷で良かった、貴方に買われた所為で私はもっと貴方と居たいと思ってしまった!引き離すくらいなら最初から私なんか見捨てて置けば良かったんだ!!」
その言葉を残し泣きながらオーリス家の所に去って行くカーニャ、日が沈み夜が訪れる……1人噴水の側に取り残された俺は暫くその場から動かずに落ちたソフトクリームを眺めて居た。
これで良かった……彼女には幸せになる権利がある、俺は人殺し……幸せになどなれない。
立ち上がりその場から去ろうと歩き出す、街に吹く夜風が今日はいつもより肌寒く感じた。