第19話 白騎士
大きな大木の根本にある小さな割れ目から外を覗く、薄暗い森の中から聞こえる剣と剣が混ざり合う金属音……不安と恐怖でいっぱいだった。
ネロさんも居らずロネさんも私から気をそらそうと大木の根本に私を隠しそのまま自分に注意を引き付けて何処かへ行ってしまった……暗い人が2人入ると精一杯のスペースで小さく膝を抱え蹲る、助けて欲しかった。
何処かでクロディウスさんが来てくれるのでは無いかと信じている……だがクロディウスさんは今他の仲間と別の事で手一杯、来てくれる訳が無い……だがそれでもどうしても願ってしまった。
「助けて……」
ボソッと呟き入り口から離れまた蹲る、すると外から聞こえて居た音が何も聞こえなくなった。
突然訪れた静寂、外を覗き見るとロネが立って居た。
勝ったのだろうか、立ち尽くしこちらを向かないロネに少し不信感を抱きつつも外に出る、すると出た途端右腕を何者かに掴まれた。
「ッ!?」
「捕まえたぞ」
丸太の様な太い腕で掴まれる、少しでも力を加えられれば腕なんて小枝の様に簡単に折られそうな程に大きかった。
「何するんですか、離してください」
相手に弱みを見せないと強気に睨みつけて言う、周りには見えるだけで3人、スキンヘッドの髭を蓄えた腕を握っている屈強な男と白銀の鎧を着た男、そして盗賊の様な身軽な服装をした女性、何者かは分からないが目的は自分の様子だった。
「離せと言われて離す奴がいるか?」
少し腕に力が入る、その瞬間腕に激痛が走り激痛で立って居られなかった。
だが声は押し殺し必至に悲鳴は上げない様に我慢をする、今にも泣きそうだったが涙を堪えた。
10歳以前の記憶が無い筈の私が1つだけ覚えている誰かが言った言葉
「悲しい事、怖い事、不安な事を涙に変えるな、全部俺が受け止めてやる……唯一泣いて良いのは嬉しい時だけだ」
心に刻まれたその言葉、誰が私に言ったのかも覚えて居ないがその言葉のお陰で今まで耐えてこれた……これからもそうだ。
「ガレアス、それ位にしておけ」
「ちっ、分かったよ……あー、誰か殺してぇな」
白騎士の言葉に腕を握る力が弱まる、逃げ切れるとは思え無いがカーニャは思い切り男の股間を蹴り上げ腕を振りほどいた。
「あ、あぁ……」
「あっははは!!ガレアスだっさ!!」
痛みで座り込むガレアスを笑って馬鹿にする女、その隙にカーニャは走って逃げようとした、だが数メートル走った所でいつのまにか前に回り込んだ白騎士にぶつかり弾き飛ばされた。
「やっぱり無理でしたか……」
その場に座り込む、痛みが治り怒り心頭で茹で蛸の様になっているガレアスがこちらに近づいて来るがもう何も思わなかった。
「もう我慢ならねぇ!ユリアス、こいつを殺す、責任は俺が持つ!」
「馬鹿!やめろ!!」
白騎士のユリアスと言う男が叫ぶがガレアスは既に斧を振りかざしカーニャの目の前まで来ていた。
よく思えば無意味な人生、何故生きたいのか、何故生きているのかすら分からない……別に死んでも良いのでは無いか、むしろ死んだ方が楽では無いのだろうか。
もう諦めよう……そう思い目を閉じる、だが目から涙が溢れて止まらなかった。
本当は生きたい、もっとクロディウスさんや他の人達と一緒に居たい……死にたくは無かった。
目を開けると斧はもう直ぐそこ、こんな思いで死にたく無かった、だから諦めたのに……全部クロディウスさんのせいだった。
無意味な世界に生きたいと思わせてくれた……奴隷オークションで買ってもらった時はまだあまり信じれなかったが彼はずっと冷たい態度を取りながらも優しくしてくれた……もっとクロディウスさんと一緒に居たかった。
「死ねクソガキが!!」
まだこんな所では死ねなかった。
「信じてます……クロディウスさん」
「遅くなって済まなかったな……カーニャ」
目の前まで来ていた斧が弾け飛び巨体のガレアスが宙を舞う、涙で霞みよく見えなかったが黒い鎧姿のシルエットは彼しか居ない、クロディウスさんだった。
「遅いですよ……」
右腕を押さえて涙を流している……カーニャのこんな表情は初めて見た。
「お前ら何者だ……」
周囲を見渡し3人に問う、だが誰も答えない……いや、答えられなかった。
周囲を飲み込む圧倒的な恐怖に言葉を発せない、それ程までにクロディウスはキレていた。
心の底から湧き上がってくる怒り、何故カーニャを傷つけられてここまで怒りが湧き上がるのか……分からない、だが彼らを許せなかった。
「エリス、結城、カーニャを守れ……命に変えても」
「は、はい」
クロディウスの圧力に敬語で返事をするエリス、今のクロディウスと言いアズガルドの時と言い彼の強さは普通では無かった。
「力を加減出来る気がしねぇんだよ……」
「何が、何が力を加減出来ねぇだ!!俺はもうムカついた!黒騎士テメェを殺して後ろの奴らも殺してやるよ!!」
怒りが最大に達したのか頭にまで血管が浮き上がれキレるガレアス、鉄製の斧を手に取り振り回すと力を示す様に斧を折った。
「このプレートを見ろ、俺はプラチナ冒険者、この世界じゃ崇められる存在……黒騎士何て恐れるほどじゃねぇんだよ!」
「誰であろうと関係ない」
右の手のひらをガレアスに向け握りしめる、その瞬間何かが破裂する音がしその場に大量の血を吐きガレアスは倒れた。
「ガレアス?!黒騎士!何をしたんだ!!」
余裕の表情をしていた女から余裕が無くなる、プラチナ冒険者が一撃で謎の攻撃方法により死んだ……そりゃ余裕も無くなるのは当然だった。
「黒騎士……マキア、作戦失敗だ引くぞ」
グレアスの死体を見て冷静に女に告げる白騎士、だが当然大人しく引かせる訳がなかった。
「闇の兵士よ、全てを蝕め」
クロディウスの両脇に黒いゲートが出現しその穴から無数の骸骨兵が出現した。
「無限製造の量産型で私を倒せるとでも?」
そう言って光を纏った弓矢を骸骨に放つマキア、だがその圧倒的量に少しずつ距離を詰められていた。
「ちっ!数だけは一人前だ!」
そう言い懐から短刀を取り出し斬りかかろうとする、白騎士はその光景を見て違和感を感じていた。
ガレアスを一撃で倒せる程の力を持つ黒騎士が何故こんな骸骨を使って戦うのか……闇の兵士、全てを蝕む……何か引っかかった。
骸骨兵が手に持つ剣が怪しく光っているマキアが一体、また一体と始末していくだ骸骨は幾らでも穴から出てきた。
「くっそ!キリがない!ユリアスも手伝え!」
次第に骸骨に押され左腕を斬られる、するとその傷口から腐敗が始まった。
「マキアこっちに来い!」
急いで剣を構え腕を切り落とす、まさかこの骸骨一匹一匹にこんな厄介な効果があるとは……違和感の正体はこれだった。
何もせずただ立っているだけの黒騎士、今なら逃げる事が出来そうだった。
「黒騎士、今度は仕留める」
「無理な事だ」
「俺の名はユリアス、転生者軍精鋭隊の隊長だ……覚えておけ黒騎士」
中指を立てその言葉を残し妙な水晶を使ってその場から消えるユリアス、全てが終わった森の中にはマキアの右腕と死んだガレアスにロネの死体だけが残っていた。
転生者軍……遂に動いて来た、エリスを仲間に引き入れて1週間、アーリス教もひと段落したと思ったがやはりまだ休めそうになかった。
「クロディウスさん……やっと帰ってきた」
「遅くなったな」
「遅すぎです」
笑顔で言うカーニャ、彼女の幸せそうな笑顔は初めて見た、幼く天使の様な笑顔……悲しすぎる。
俺と一緒に居ることで命を狙われる、それに加えて転生者狩りと言う使命がある俺にはずっと一緒に居てやる事は出来ない……彼女には『普通の』幸せな生活を送って欲しかった。
前々から頭にはあった、今の腑抜けた俺にはカーニャを人質に取られてもそれを無視して戦う事が出来ない、彼女の死が怖い……手放すのが一番2人にとって良い気がした。
「クロディウスさん?」
「今はセラスと呼べ……」
鎧姿を解きセラスの姿になるクロディウス、その表情は暗かった。
「どうしたんですかセラスさん?」
「何でもない……」
暗い表情でそう言う、その姿を疑問に思うカーニャ、今はまだ話す時ではなかった。
「明日美味いものでも食いに行くか?カーニャ」
セラスからの予想外な提案に少し固まるが直ぐに首を縦に何度も振る、久し振りに外の料理を食べたかった。
「私も行き……」
「空気読みなさい結城」
付いて行こうとする結城の口を塞ぐ、あの表情を見るとセラスは恐らく最後の思い出を作りに行くのだろう……そんな所に私達が行くのは野暮ってものだった。
「ちー、分かったよ」
そう言いつまらなそうに大木にもたれかかる結城、無神経だが聞き分けが良くて助かった。
「感謝しなさいよ」
「今回だけはな」
そう言いエリスの手を叩く、そしてロネを肩に担ぐと家の方向に帰って行った。