第18話 揺るぎない思い
目を閉じて死を覚悟したエリスに死は訪れなかった、額に鈍い痛みが走り少し後ろによろける、目を開けると威圧的な黒騎士の姿は無く元のイケメンの姿に戻ったセラスが立っていた。
「な、何故殺さなかった?」
混乱しているのか声が震えている、何故殺さなかったのか、その理由は単純で使えそうだったからだった。
「殺さなかったんじゃない、お前に選ぶ権利をやったんだ」
「選ぶ権利?」
「そう、俺の仲間になり転生者を殺すかここで俺に殺されるか……2つに1つだ」
そう言い噴水の淵に座る、吸血鬼を仲間にすればまず勝てる転生者はそうそう居ないだろう。
性格に難有りだがそこは目を瞑る事にした、そもそも結城もかなりイかれた殺人狂だしモーリスも得体が知れない、逆にまともな奴は俺の仲間……と言うのかパーティには居なかった。
セラスの突然の提案に鳩が豆鉄砲を食ったような顔して驚いている、彼女の性格からすると少しは反抗する筈だった。
「良いわよ」
「やっぱ……ん?今なんて言った?」
「仲間になるって言ったのよ!感謝しなさいよ高貴な私が仲間になるんだから!」
「意外だな……」
てっきり少し反発するかと思っていた、彼女はかなり欲しい人材だったが故殴ってでも仲間にする気だったから結果的には良いのだがなんだか少し調子が狂う、だがこれで仲間は3人、死なない殺人狂にツンデレ吸血鬼、それと得体の知れない聖職者……かなり濃い面子だがこれだけでも転生者の軍に対抗するには十分そうな戦力だった。
エリスの落とした剣を拾い上げ彼女に渡すとエリスはひったくる様に剣を取り鞘に収めた。
「それで?今からどうするの?」
「どうする……か」
吸血鬼の件でこの街に滞在した訳だがその吸血鬼は無事仲間に引き入れる事が出来た、つまりこの街には用は無い……となれば早い所あの二人を回収してアズガルドに向かいセイラを取っ捕まえるついでにアーリス教を潰して厄介ごとを1つ片付けたかった。
取り敢えず結城達と合流すべく洞窟の方角へ足を向けるが遠い、今から歩くのは少し面倒だった。
とは言えエリスに飛んでもらうにしても結城達は事情を知らない、下手に戦闘になっては困る……久し振りに転移魔法の出番の様だった。
エリスの肩に手を置く、その瞬間目に映っていた光景が噴水広場から一瞬にして暗い森の中にある洞窟の前に変わった。
「え、何が起こって?」
初めて体験した出来事に混乱している様子のエリス、よく思えば転移魔法は俺しか使えない、それなのに何回か使っているカーニャは全く驚いていなかった。
いや、驚いていても感情に出さないだけなのか……どちらにせよ不思議な奴、今頃何をしているのか少し気になった。
暗い夜空を見上げて物思いに耽っているセラスに何か言いたげな表情で見る結城、いきなり現れて雰囲気の変わったキスラを連れているセラスに聞きたいことしか無かった。
頭の中で数ある聞きたい事の中から重要な物から先に整理して行く、セラスの性格だとそう何個も話してくれる筈がなかった。
「お腹空きません?」
「あぁ、よく思えばそうだな」
思い出したかの様にそう言うセラス、しまった……私とした事が思った事をそのまま口に出してしまった。
街の方向へと歩いて行くセラスとその後ろを無言で着いて行くキスラとモーリス、何故モーリスは何も思わないのだろうか。
本当に彼とは反りが合わない、私を見る目がなんだか見下している様に感じる……時折見せる死んだ様な冷たい目は久し振りに恐怖を感じる程、モーリスだけは本当に仲間とは思えなかった。
「何してんだ結城、とっとと行くぞ」
「あ、待って!」
モーリスから嫌な気配が度々するが気の所為だろう……クロディウスさんがそれを見逃すはずが無い、自分の思い過ごしであって欲しかった。
頭を振り考えていた事を忘れるとそのままセラス達に置いてかれない様に結城は走って行った。
「ご主人ー!いつ帰ってくるのー!!」
「ネロさんうるさいです」
ソファーに寝転がり足をバタつかせクロディウスが一向に帰ってこない事に文句を垂れるネロ、彼女のテンションにはついて行けなかった。
だがクロディウスさんが早く帰ってきて欲しいのは同じ気持ちだった。
あの時何で自分だけ返されたのかよく分からない、弱いから行けなかったのか……このままだとクロディウスさんに捨ててしまわれないか怖かった。
「なーに怖い顔してんのよカーニャちゃん」
「む、何してるの」
頬を何度も突かれ少し不機嫌になる、何故彼女はこんなにも呑気で居られるのか不思議だった。
寝室が2部屋ありリビングが見える整頓された台所がありトイレとお風呂が別々の過ごし易い落ち着く家、内装も派手じゃ無く落ち着く配色になっている……だが何故か気持ちは全く落ち着かなかった。
強くならなければいけない……クロディウスさんに捨てられたく無い、そんな思いがカーニャの事を焦らせて居た。
「ご主人が心配?」
「クロディウスさんは大丈夫です、ただクロディウスさんが戻ってきた時に私は捨てられてしまうのでは無いか心配なんです」
「カーニャちゃんは馬鹿だなー」
「私は真剣ですよ?」
少しむくれるカーニャを見て笑うのをやめるネロ、気がつけば彼女の表情は険しくなって居た。
「カーニャちゃんはご主人に買われた身、でもロネと私は作り出された存在、言わば代えが効く……いつでも消されちゃうんだよ」
「クロディウスさんが作った存在?」
「そう、あのお方の魔法で素体となる身体に命を吹き込まれ出来たのが私達、あのお方が魔法を解けば私達はただの死体に戻るの」
悲しげな表情で言うネロ、初めて彼女が作り出された存在という事を知った。
それと同時に死体だったという事にも衝撃を受けた、肌を触って見るがプニプニしている、呼吸もしているしとても死体には見えなかった。
「ちょっとカーニャちゃんやめてよー、死体に見えないでしょ?ご主人の魔法は凄くてね、生前の姿を保てるみたいなんだ」
魔法の事はよく分からない、魔法使いの末裔と呼ばれて居たが魔法使いが何なのかも知らない、だが1つわかることはクロディウスさんは凄いと言う事だった。
「生前の記憶とかあるんですか?」
「ないよ、性格も全部オリジナル、まぁご主人なら性格や過去も蘇らせるなんて簡単そうだけどね」
笑いながら言うネロ、笑い話では無かった。
そんな事をすればネロと言う1人の存在は消えてしまう……それが彼女は怖く無いのだろうか、だが彼女の話しのお陰で勇気をもらえた。
「ありがとうございますネロさん」
「いいよ、さーてご飯でも作ろっか」
カーニャの頭をわしゃわしゃと撫で立ち上がるネロ、それと同時に家の扉が開き血だらけのロネが入ってきた。
「泥棒が多過ぎるよお姉ちゃん、変わってよー」
「ちょ、返り血塗れじゃ無いのよ!カーニャちゃんに悪影響だから早くお風呂行ってきて!」
えー、と言いながらもお風呂の方へ向かうロネ、毎日のやり取りでもう慣れてしまった。
クロディウスさんの家には何故か良く悪い人が来る、黒騎士と叫びながらこの家を破壊しようとして。
それを守るのがロネさんの役目らしくいつもあんな感じになってひと段落するといつも戻ってきて居た。
お風呂場からシャワーを浴びる音が聞こえ台所からはネロさんが不器用ながらも頑張って料理を作る音が聞こえる……これが今の当たり前、幸せだった。
「ちょっとトイレ行ってきます」
そうネロに告げトイレに入ると数分で用を済ます、そして扉を開けリビングに戻ろうとした時妙な物音が聞こえた。
何かバタバタと暴れ回っている様な物音、何かが割れ壊れている……念の為ロネが居る風呂場を見ると既に出ていた。
「いつ出たんだろう」
中途半端に止められたシャワーを完全に止めると首を傾げる、雑な性格のネロさんと違い完璧主義のロネさんがシャワーを止め忘れる……不自然だった。
注意して辺りを見回すと廊下に水滴が落ちて居た。
ロネさんが身体を完全に拭かずお風呂を出ている……気になった。
急ぎ足でリビングに向かうが着いた頃には二人の姿は無く扉が開いて居た。
「ネロさん?ロネさん?」
辺りを見回すが物が多少散乱して居る以外は異変は無い、だが料理が作っている途中で放ったらかしになって居た。
床に散らばる小物を足で避けながら靴を履き外に出る、すると何故か息苦しくなった。
「な、なにこれ……」
「カーニャ逃げて!」
ネロの叫ぶ声が聞こえる、ちゃんでは無く呼び捨てで叫ぶネロは初めてだった。
雲で隠れて居た月が辺りを照らす、すると血だらけで倒れるロネとボロボロになりながらも刀を構えて何かと戦っているネロが居た。
「ね、ネロさん?」
「早く逃げて!」
そう言って何かと戦うネロ、金属音が辺りに響き渡るが何と戦っているのか早すぎて見えなかった。
「ロネ!生きてたら全力でカーニャを連れて逃げなさい!ご主人の命令を守るのが私たちの使命!決して指一本触れさせない!」
「分かったよお姉ちゃん……」
剣を杖代わりにしてヨロヨロと立ち上がりカーニャを担ぐロネ、そして何も言わずに走り出した。
「待って!ネロさんは?!」
「カーニャちゃん分かって……」
暴れようとするカーニャの首元に一撃を入れ気絶させるロネ、その光景を見て二人が去っていくのを確認するとネロは笑った。
あの2人は上手く逃げきれそう……あとの問題はこの突然現れた白銀の鎧を着たご主人と正反対の男をどうするかだった。
「ちっ、めんどくさい事しやがって」
「私はご主人の召使いだからね、命令はちゃんと守らなきゃ」
そう言って刀を構え攻撃をする、だが全て簡単にいなされカウンターを食らった。
「ガハッ……」
血を地面に吐き草が赤く染まり血だまりが出来る、この白騎士……強過ぎる、まるで勝てる見込みがなかった。
「お前らはあの2人を追え、いいか、殺すなよ、俺が行くまで捕らえてろ」
何か小型のよく分からないもので1人話すとポケットにしまい赤い剣と青い剣を構える白騎士、彼と対峙しているだけでその圧力に気圧されそうだった。
白騎士が踏み込み剣の猛攻を繰り出す、刀一本で防ぎきれずに何度も体を斬り刻まれるが倒れるわけにはいかなかった。
ここで時間を稼いでご主人が私たちの異変に気がつくまで……絶対に負けるわけにはいかなかった。
「中々死なないんだな嬢ちゃん」
「ふん、伊達にご主人に仕えてませんよ」
そう言い刀の先を白騎士に向け肩まで上げる、手が震えて限界なのは目に見えて居た。
だが勝ち目は無いわけでは無かった、1つだけ……魔法で作り出された存在の私達だけに使える技があった。
あとはそれの発動条件を満たすだけ、その気を伺った。
「ったく、早く倒れろ」
そう言って赤の剣に業火を纏わせる、その熱気は離れて居ても伝わって来た。
少し距離を取ろうと後ろに飛んだ瞬間に走り出す白騎士、その凄まじいスピードに着地の瞬間を狙われた。
「これで終わりだ」
赤の剣がネロの体を貫き炎を放ち火柱を立てる、苦しく熱い……今にも死にたいレベルだった、だが何とか意識を保つとネロは笑った。
「条件は満ちた」
そう言いネロの体が光る、それを見た瞬間白騎士は何かを察したのか離れようとした……だが剣をネロが掴んで居た。
「く、糞がぁぁぁ!!」
白騎士の叫び声とともに凄まじい爆音を上げ爆風で辺りの木々一帯と家を木っ端微塵にする、そして全ての力を使い果たしたネロはその場に倒れた。
「ご、ご主人……ロネとカーニャちゃんを守って下さい」
ネロは天に導く様な月の光に照らされ目を閉じた。