第17話 吸血鬼の正体
暗い夜空に満天の星が浮かぶ、この世界は向こうとは違う……なのに何故星や宇宙は存在するのだろうか。
並行世界などの難しい事は分からない、ただ分かるのは向こうとは違うと言う事だけ、戻りたいとは思わなかった。
そもそも五年前からの記憶が全く無くなっている、覚えているのは自分の名前だけ……だがこっちの世界ではそれが幸せなのかもしれない。
無駄に昔の記憶だけあって悲しく引きずりながら生きるよりその記憶が無く今を生きる方がよっぽど有意義だった。
肌寒い風が吹き建物の屋根から起き上がると辺りを見回す、20メートル感覚で取り付けられた街灯が怪しく点滅する夜の街には人っ子1人居らず静寂が街を包んで居た。
「不気味なもんだな」
屋根から飛び降り静かに着地をする、モーリスと結城は側に居らずセラス1人だけだった。
昼に吸血鬼の情報を恐喝に近い形で集めた結果この街の外れの洞窟に居るらしく夜になれば活動するとの事、念の為結城達には吸血鬼の巣に向かってもらい俺はこの街で見張りをすると言った所だった。
ゆっくりと足音を響かせながら街をふらふらと歩き吸血鬼を待つ、念の為に張った魔法結界も反応は無く今のところ吸血鬼が現れる気配は無かった。
ただの噂か転生者の見せた幻か……どちらにせよやはり吸血鬼などあまり信じれるものでは無かった。
銀の剣に手を掛けながらある程度街をふらつき建物の屋上に登ろうとした時気配を感じた。
「誰だ、隠れても無駄だぞ」
中央に噴水があり周りに店が立ち並ぶ中央広場で感じた微かな違和感、誰も居ない空間で気配を消すのは至難の技……恐らくこの気配は吸血鬼の筈だった。
「ま、待ってよ!私だよキスラだよ!」
剣に手を掛けて居るセラスを見て慌てて飛び出して来るキスラ、まさか彼女が出て来るのは予想外だった。
「お前何でここに居るんだ?危ないぞ?」
「でも私も気になって……」
恥ずかしげに言うキスラ、下手すれば死ぬと言うのに全く子供が考える事は分からない。
念の為自分で自分の身を守れる様に銀の剣を渡そうとすると彼女は拒んだ。
「私は大丈夫です、こう見えても逃げ足早いんですよ?」
「死んでも知らねーぞ」
「大丈夫です!」
そう言って後ろをついて来るキスラ、少し妙だった。
何故このタイミングで出て来たのか……何故銀を嫌がる、武器があまり好かないのか……もしくは吸血鬼か、後ろを歩くキスラを見るがとてもこの少女が吸血鬼には見えなかった。
だが油断は出来ない、何か確証が欲しい所だった。
閑静な住宅街を歩きながら吸血鬼の特徴を思い出す、確か銀に弱くニンニクを嫌い日光をも嫌う……彼女が吸血鬼と言う線は無さそうだった。
キスラは昼に出会い太陽の下で普通に生活していた、恐らく吸血鬼には不可能……だから洞窟に住んでいる、となれば残る謎は何故このタイミングに現れたのかだった。
吸血鬼見たさ?それとも母の仇討ち?どちらにせよ賢そうなキスラのしそうな事では無かった。
「なんで着いてきた」
セラスの威圧的な言葉に黙り込んでしまうキスラ、一度咳き込み声を和らげると戸惑いながらも話し始めた。
「は、母を殺された時私は何も出来ませんでした……せめて、せめて姿だけでも見たかったんです、迷惑でしたよね」
泣きそうになりながらそう言うキスラ、なんだか悪い事を思い出させてしまったようで気が引けた。
その時剣を落としそうになり手を切る、我ながらこんなドジ久し振りだった。
彼女もいる影響か気が抜けている……気を引き締め直さなければならない、そう思った瞬間ある変化に気がついた。
「なぁキスラ」
「何ですか?」
「いつからだ?」
「何がですか?」
「いつから騙していた」
銀の剣を突きつけてそう告げるセラスにキスラは驚きを隠せていなかった。
「ど、どうしたんですか、剣を下ろしてくださいよ」
声を震わせ動揺するキスラ、剣を構えたのは消して揺さぶりでは無い、彼女が吸血鬼と言う確信を得たからだった。
手を切った瞬間血が滴り地面に落ちる、その瞬間キスラの瞳孔が一瞬だけ開いたのを横目で見た、それだけならまだしも彼女の瞳が赤く変化した……これはもう間違いなかった。
「何故お前なんだ……」
「ばれてしまいましたか……仕方ないですね」
羽織っていた服を何故か脱ぎ捨て羽を広げ飛び上がる、月夜に浮かぶ姿はまさに吸血鬼……なのだが幼くてあまり迫力が無かった。
「キスラ・メーリスは仮の名、我が名はエリス・ヴァークライ二世!吸血鬼の末裔よ!」
高笑いをしながら真名を告げセラスの目の前に着地するエリス、吸血鬼になったからなのかキャラが変わっている気がした。
だがそんな事よりも武器を構えた方が良さそうだった。
吸血鬼になった途端戦闘力と言うのかオーラが馬鹿でかくなった、彼女は出会った中でもかなり強い部類に入る……今の腑抜けた俺では無傷では勝て無さそうな相手だった。
「剣を取りなさい愚民、私の歴史に刻んであげる!」
そう言い勢い良く殴り掛かってくる、それを銀の剣で受け止めるがいとも簡単に粉砕してしまった。
「中々の力」
そう言い後ろに飛び距離を取る、破片で傷つ居ているのを見る限り頭がよさそうには見えないが瞬発、力共に高レベルだった。
「エリスとか言ったよな」
「様をつけなさい」
「うるせぇよ、俺の名前教えたか?」
「聞いてないし聞く価値も無いわ」
嘲笑して答えるエリス、彼女は俺を騙した罪がある……その罪はかなり重い。
俺が久し振りに興味を示した吸血鬼と言う存在、その正体が180を超える腕の4本生えた化け物ではなくちんちくりの赤髪で両方に垂れ下がったツインテールが少しツンデレ感を出す小娘とはガッカリ過ぎて数日は立ち直れないレベルだった。
「俺の名前はなクロディウス、又の名を黒騎士って言うんだよ」
黒いオーラを放ちながら禍々しい鎧を身に纏い鎌を出すクロディウス、その瞬間にエリスは蛇に睨まれた蛙のようになりその場で立ち尽くして居た。
「さっきの威勢はどうした、かかって来いよ吸血鬼様よ」
恐らく彼女は本能で分かっている、踏み出せば死ぬと、完全にクロディウスの威圧感に取り込まれて居た。
「わ、私は高貴な吸血鬼!お前ごときに負ける訳が無い!!」
豪華な剣を出現させ突っ込んでくるエリス、意外だったが彼女の種族を考えるとそうでも無さそうだった。
吸血鬼はプライドが高い種族、恐らく彼女自身は逃げようとしたのだろうが吸血鬼と言う種族のプライドが許さなかったのだろう。
鎌で剣を受け止める、静かな街に激しい金属音が響き渡った。
「……」
「まだまだよ!!」
弾かれそうになった剣をしっかりと持ち直し突っ込んでくるエリス、一撃を受けて分かった、剣に迷いがある、剣の道を極めた様な事を言うが恐らくこればっかりは素人でも分かる事だった。
汗をかき冷静さを失っている、剣の振りは大振りになりとても勝とうとしている奴の戦いでは無い、とは言え生きるのには必至の様子……よく分からないものだった。
「もう終わりだ」
そう告げたクロディウス、次の瞬間エリスの視界には剣が飛ばされて鎌が目の前まで迫って居た。
これでお仕舞いか……
そっと目を閉じ覚悟を決めるエリス、よく思えばこの人生最悪な事だらけだった。