第16話 心境の変化
綺麗な青空の下で笑顔を浮かべ花を摘む1人の少女と……とても美しい。
不思議な感情だ、彼女を見ると心が安らぐ、この感情を何と表すのか……俺には分からない。
「クロディウス見て!」
とびっきりの笑顔で花の冠を俺に見せ頭に被せてくれる、だが俺はこの少女が誰なのかを思い出せない。
何処で会ったのか、いつ出会ったのか……分からない何もかも。
だが思い出せずともこの瞬間があれば良い、幸せで心休まる……そう思った瞬間目の前が炎に包まれた。
何が……
辺りを見回すと花畑では無く何処か城の中にいた。
「クロディウス……私ね、私……」
何かを告げようとする少女、だが最後の言葉が聞き取れなかった。
「ろさん……クロさん!!」
結城の呼ぶ声で目を覚ます、目の前には突然起き上がり驚いた表情の結城がいた。
「結構うなされてましたけどどうしたんっすか?」
「心配するな、何でもない……」
結城にそう告げ立ち上がり洗面所へと行き服を脱ぐ、ミズガルドから出てアズガルドを目指し2週間、最近毎晩あの夢を見る……誰かも分からない少女の夢、俺の名を知っているという事は昔に会ったことがあるのか……幾ら考えても思い出せなかった。
蛇口をひねりシャワーを出す、曇ったガラスに微かに映る金髪の男、顔ははっきりとは見えない。
本当の俺、もう二度と見たくない忌々しい顔、何故この顔を嫌っているのかは思い出せないが見ると吐き気がする……全くよく分からないものだった。
「おい女神居るか?」
鏡をある一定の間隔で5回叩く、すると無駄に豪華な椅子に座った女神が鏡の中に現れた。
「なによーってあんたが顔出すなんて珍しいわね」
「そんな事はどうでも良い、それより転生者の王の事何か分かったか?」
「うーんそうねー」
そう言い机に置いてあった資料を何枚かめくり何かを探す、そして一枚の紙をクロディウスに見せた。
「これは?」
見せられた紙に乗っていたのは1人の転生者の資料と新聞の記事の様なものその転生者はセイラと書かれていた。
そして記事には圧縮され丸い肉塊となる事件が相次いでるとの事、場所はアズガルドだった。
「この子、私が一度この世界に送ったんだけどどうもおかしいのよ」
「なにが言いたい?」
セイラと言えば確かにシルバの側近で俺が見逃してやった女騎士、こんな強い能力を持っていたとは意外だったが女神がわざわざ俺に見せる程の事でもない気がした。
「良く資料見て」
そう言い鏡に押し付けられた資料を良く見る、すると1つおかしな点があった。
それは能力名、神速だった。
神速となれば素早い系の能力、だが彼女は新聞の記事によれば圧縮系の能力を使っている……つまり2つ目の能力を所持している事になった。
だがそれは女神が定めたこの世界のルールとか言うのに反する、また与えし者の所為なのだろうか。
「だがこれが俺の質問と何の関係が?」
「アズガルドに行くならついでにこの少女捕まえて聞けば転生者の王の近道になるんじゃない?」
そう言い元の鏡に戻り自分を映し出した。
成る程、その手があった……まさかセイラを逃した事がこんなラッキーな事になって帰ってくるとはたまの息抜きもするものだった。
シャワーを浴び終わり洗面所に服を取りに戻ると結城がトイレを利用しようと洗面所に居た。
「あ、クロさん……」
サッと視線を下に移しまた上に戻して顔を確認する結城、だが既にクロディウスは仮面だけをつけて居た。
「なんだ、トイレに行かないのか?」
「い、いやーその前に下を隠した方が」
そう言い頬を赤らめる結城を殴り服を着ると部屋を出て一階のロビーへと歩いて行った。
「おはようございます冒険者様、よく眠れましたか?」
「あぁ、俺の様な白冒険者を泊めてもらって悪いな」
少しボロい酒場の様な内装ののカウンターでコーヒーを飲む白髪の老人に礼を言う、昨日宿屋を探している時に泊めてくれた優しき老人だった。
何故か白冒険者は皆泊めたがらずそもそも部外者という事で門前払いを食らって居たが彼のお陰で宿に泊まる事が出来た、しかしこの街何処か変だった。
皆妙に恐れている、特に夜が来ると。
「この街不自然ですねクロディウス様」
「ク、クロディウス?!」
白髪の老人がその名に過剰に反応する、やはりクロディウスのままで居るのは無理がある様子だった。
「モーリス、後で結城にも伝えて欲しい、今から俺たちは冒険者で行く、俺は冒険者のセラス分かったな?」
「了解しましたよセラスさん」
いつも通りの笑顔で二階へと上がって行くモーリス、机には広げたままの地図が置いてあった。
椅子に座り地図を見る、現在地がハーネストと言う中規模の街でアズガルドまで残り4日程度と言った位置だった。
転移魔法を使っても良いがなるべく慎重に動きたい、転移魔法は魔力消費量が激しい、1日寝れば全開だがあまり疲れたくはなかった。
「宿主さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い?」
「何ですか?」
「この街の事だよ」
そう言った瞬間にコーヒーを落とす、明らかに動揺して居た。
「わ、私は何も知らん!やはり部外者など泊めるんでは無かった、出てけ!早く出てけ!」
突然怒鳴り散らし辺りのものを手当たり次第に投げ出す、その騒ぎにモーリス達も上から降りて来た。
「何事っすかセラスさんって痛ったーー!!」
酒瓶が結城の頭に直撃し血を流す、だが白髪の老人は御構い無しに物を投げ続けた。
「これは大人しく出た方が良いですね、セラスさん出ましょう」
「そうだな……」
俺へと向けて投げられた酒瓶に仮面を投げつけ空中で割ると宿屋を後にする、おかしい……絶対にこの街には何かがある。
古風な昔のロンドンを思い出す街並みを歩きながらこの街の謎を考える、すぐにでもアズガルドに向かいたいがこうもおかしいとやはり気になってしまった。
街を歩く人は少ない、だが全く居ないわけでもなく完全に街が死んで居るわけでは無かった。
だが誰にこの街の事を聞いても無視をするか激昂するばかり、訳が分からなかった。
「おばあさん荷物持ちますよ」
「ありがとうねぇ……こんな事になってしまった街でもキスラだけは優しいねぇ」
「そんな事無いですよー」
何気無い会話をする老婆とカーニャと同じくらいの年齢をした赤髪の少女、だがこの街ではそれが不自然に見えた。
「あ、あなたって昨日この街にいらした冒険者達ですよね!」
2人のやり取りを見て居るとこちらに気がつきやって来ると元気よく声をかけて来た。
「そうだがお前は?」
「私はキスラ・メーリス、この街の子供です!」
死んだ様な街でもこんな子もいるのだと感心して居るモーリスと結城とは別に俺は疑いの眼差しを向けて居た。
「そんな子供が俺に何の用だ?盗みでもしたいのか?」
基本近寄る人物には疑いを抱く、それは子供でも例外では無い、だが心を覗くと純粋に近寄って来た様だった。
「そ、そんなつもりは……」
半泣きになるキスラ、全く子供でもカーニャとは大違いだった……面倒くさい。
「あー、セラスさんやったなー、女の子泣かしちゃって!」
「うるさいぞ結城」
調子に乗る結城を一言で黙らせる、そして少女の目の前で中腰になると笑顔で慰めた。
セラスの顔はイケメンでやりやすい、俺は基本感情を出さとか言って居たが良く考えれば昔は演技力の高さで良く人を騙して居た。
「すまないなキスラ、俺達も周りの人々が暗くて気が立ってたんだ、許してくれ」
「大丈夫!だってあんな事が起こってるんだからみんな暗くなるのも仕方がないよ」
「あんな事って何だ?」
「街にいる血を吸う悪魔の事だよ」
聞いて驚いた、まさかこの世界にヴァンパイアが居るとは、同じ転生者の結城とそしてモーリスまでも珍しく驚いて居た。
「詳しく聞かせてくれるか?」
「良いけどここじゃ言えないから私の家に来て!」
そう言ってキスラに腕を引かれる、気のせいか力が強い気がしたがそこには触れなかった。
それにしてもヴァンパイアがこの街に居ると言うのはそれ程重要では無い……問題はそれが本物かどうか、向こうの世界から紛れた純粋の吸血鬼ならば驚き以外の何者でもなかった。
キスラに連れられるがまま薄汚い路地を抜けあまり良い場所とは言えない場所に立つオンボロな小屋に入る、そして用意された椅子に座ると早速キスラは本題に入った。
「それで、その血吸いの悪魔はいつから居るんだ?」
「確か今から四年前に突然この街に現れたんだ、初めはただの失踪事件として片付けられてたんだけどある日1人の住人が姿を見て……そこから血吸いの悪魔は一気に広まったんだ」
「どんな姿だったんだ?」
「確か180センチ程で腕が4本あったって言ってたよ」
180に腕が4本……俺たちの予想して居る吸血鬼とはかなり姿形が違う様だった。
「今もまだ?」
「うん、最近犠牲者の感覚が短くなって……1日3人が犠牲になる日もあるんだ、私のお母さんも……」
そう言い一気に表情が暗くなるキスラ、これ以上は聞かない方が良さそうだった。
「貴重な情報提供感謝する、行くぞ」
唖然として居る結城を引っ張りモーリスと外に出る、まさかここに来て一気に異世界っぽい怪物が出てくるとは予想外だった。
俺も一応は異世界人、好奇心が勝ってしまった。
「姿だけでも見て見るか」
「危険じゃないですかセラスさん?」
珍しく心配げな表情を浮かべる、何かあるのだろうか。
「何故そう思う?」
「仮に吸血鬼だったとします、そうならば銀弾や銀武器が必要かと」
「それもそうだな……」
そう言いいきなり消えるセラス、そして数分もすれば銀で出来た剣を数本に銀弾が入った銃を一丁持って戻ってきた。
「これで良いか?」
「セラスさんには敵わないですよ……」
笑いながら言うモーリス、だが結城は少し不思議そうな表情をしていた。
「なんだ?」
「いや、いつにも無くセラスさん人間臭いなーって」
そう言われてみればそうだった、普段はこんな事しない……彼女達に出会った少し自分が変わっている気がした。
「たしかにそうだな……吸血鬼探しはやめるか」
そう言い剣を捨てようとするセラスをモーリスは止めた。
「セラスさん、たまには息抜きも必要ですよ」
「そ、そうすっよ!私も人間臭いセラスさんの方が大好きっす!結婚したいくらいっすよ!」
「うるせーよ、取り敢えず街の奴らに聞きに回るぞ」
そう言い2人に剣を渡す、この日初めて俺は笑いこの2人に感謝した。
無意味な殺人の日々から初めて楽しいと思える日になった。