第12話 信じる恐怖
彼は一体誰なのだろうか……
結城の影から不審そうにモーリスを見る、クロディウスさんが帰って来た時におまけみたいな感じでついて来たあの男、どこか怖かった。
先頭を歩くクロディウスの後ろを歩くモーリス、ふと後ろを向くとこちらに笑いかけて来た。
あの笑顔、底が見えないと言うのか……はっきり言って気味が悪かった。
「どチビ、いつまで私の服掴んでんだよ」
「イテッ……」
結城の服を掴み隠れる様にして居たカーニャを引き剥がし頭を小突くと前に突き出した。
「ったく、こんなもやし男に何ビビってんだよ、クロ様の方が断然カッコイイし怖ぇーだろ」
「ははっ、もやしとは傷つきますね」
「事実を言ったまでだよ糞ファッキン」
中指を立ててモーリスを挑発する結城、全く正反対の性格の2人で見ていてハラハラする。
悪魔的と言うか凶暴な結城に善人のお手本と言っても良いほどに良い人なモーリス、まだ本音がボロボロ出て居るだけ結城はマシだった。
挑発されても嫌な顔一つせずニコニコとして居るモーリス、そのうち怒りが爆発するのではないかと思わせる程に何をされても怒らなかった。
「クロディウスさん、何処に向かって居るのですか?」
モーリスと結城は喧嘩、クロディウスはダンマリ、それに加え先程から歩きっぱなしでいい加減退屈していた。
「ミズガルド、お前を買った街だ」
それだけを告げるクロディウス、私を買った街……あの忌々しい奴隷オークション、嫌な記憶だった。
生まれてから10歳まで私には記憶が無い、記憶があるのは11歳から、いつのまにか暗い牢屋の中に私は入れられていた。
暗い……ここは何処なのだろうか、思い出そうとすると頭痛がする、何も思い出せない。
名は?生まれは?親は……何も分からない、分かるのは右腕に書かれた11歳、女の文字から得た年齢だけ、私はこれから一体どうなるのか……不安しか無かった。
「でさー、この頃王がさー」
外から男の人の声が聞こえる、誰でもいい、ここから出して欲しかった。
「出して下さい!暗いです、怖いです!」
必死に手探りで声のする方へ向かい壁を叩く、だが帰ってきた答えは絶望だった。
「うっせーよ奴隷」
「ど……れい?」
奴隷、11歳でもその言葉の意味くらい分かる人として扱われず労働の為だけの存在……何故自分が奴隷に、何も悪い事はしていない筈……筈なのだが確信が持てなかった。
扉が開く音がし眩しい光が差し込んでくる、久し振りに光を見たせいかまともに目を開けれなかった。
「結構な上玉だな、5.6年後が楽しみだ」
そう言いながら男が部屋の中に入り何かゴソゴソとしている音が聞こえる、数分してもまだ光に目が慣れず男の正体を見れていなかった。
「よし、それじゃあ着いて来い」
何かを準備し終え目隠しをする男、言われるがままに着いて行き目隠しを取ると何処か炭鉱の様な所に作られた牢屋に入れられた。
「ここでオークションの時を待て」
そう言い何処かへ行く男、真っ暗な牢屋では無く人が居るだけまだマシだった。
「が、がわいいおんなだ!」
突然の環境変化に戸惑っているカーニャに突然のし掛かってくる歯は所々抜け服はボロボロ、臭いも最悪な男、突然の事に一瞬戸惑うがすぐさま必死に上から退けようともがいた。
だが子供の力では到底敵うわけもなく、必死に周りを見るが皆見て見ぬ振りをしていた。
「なんで私が……」
目から涙が零れおちる……抵抗せずに諦めた瞬間男は上から吹き飛び壁にぶつかった。
「ったくあいつも糞だが周りも糞だな」
蹴り上げた足を地につけ端の方に行き座る肩に蜘蛛のタトゥーが入った男、カーニャは彼に釘付けになった。
最初は恩人と言うことから感謝の感情が強かったが段々と彼に好意を抱くようになった……だがそれは一番抱いてはいけない感情だった。
牢屋に入れられてから3年後、14歳のある日に『それ』は起こった。
「カラディウスさん、私はカラディウスさんと一緒なら解放されなくても良いです」
その言葉を言いカラディウス、蜘蛛の男にくっ付くカーニャ、だがこの日のカラディウスは何かが違った。
「そうか……俺も嬉しいよ」
そう言い頭を撫でてくれたカラディウス、だが次の瞬間お腹に鈍い痛みが走った。
「な、何が?」
あまりの痛みに失禁し蹲る、顔を上げるとあの優しかったカラディウスとは思えない悪魔の様な表情をしたカラディウスが立っていた。
「てめぇも体が出来上がる年頃だろ、もう我慢ならなかったんだよなぁ」
「や、やめ……」
後退りするがカラディウスからは逃れられない、お腹を、背中を、ありとあらゆる顔以外の場所を殴り蹴られ……今までのカラディウスからは想像もつかない行為に理解が追い付かなかった。
食べ物が無く牢屋の仲間が死んだあの時もカラディウスさんは食料を分けてくれた、私がいじめられた時も守ってくれた……そんなカラディウスさんが何故、意味が分からなかった。
「意味が分からないか?」
殴りながら尋ねてくるカラディウス。
「そりゃそうだろう、なんせ俺は善人を演じて来たんだからな!俺はお前のその可愛らしいまだ育ちきっていないボディーを傷つける為にここまで守って来た!だがそれも今日までだ!!!!」
絶叫しラリった様に壁を今度は殴り出すカラディウス、その光景を最後に私は兵士に助け出されそのまま奴隷オークションにかけられた。
あの頃感情があまり出なかったのはそのせい、あんなトラウマを植え付けられれば素直に解放された事を喜べなかった。
だが今はクロディウスさんに感謝しかない、こんな私を買ってくれた……だがそれと同時に恐怖もまたあった。
カラディウスの時の様に殴られるのではないか……怖くて仕方がなかった。
「カーニャ、何してる早く行くぞ」
クロディウスの手がカーニャの方に伸びる、思わず目を閉じるが手は頭を優しく撫でた。
「時間は無い、モタモタしてると置いて行くぞ」
そう言い暴れる結城をいつの間にか担いで歩いて行くクロディウス、言葉に温かみは無いものの彼時折見せる優しい行動に私は少しずつ心を許そうとしているのかも知れなかった。
「待ってくださいクロディウスさん」
初めての笑顔で言うカーニャ、それにクロディウスは足を止めるがカーニャは構わず先に走って行った。