主の望み
マーサは罪人の娘だ。けれど今、何故か王宮で働いている。しかも王女の元で、だ。最初は彼女自身、疑問しかなかったが、次第にその理由は明らかになる。
マーサの主、第三王女のエレノアは世間からは知られていない姫だ。彼女が盲目で、しかも王妃の子ではないからだ。
出来損ないの王女。それが王城でのエレノアの評価だった。
だからより辱めるためなのか、侍女はマーサだけだった。
また、マーサ自身も罪人の娘、ということでからかわれたりして過ごした。呼び止められてエレノアと離されることはしょっちゅうだった。
そんなある日、エレノアが従者をつけた。グリッド子爵家の元嫡子、イルス・グリッドだ。勘当されたところを、何故か運良く居合わせたエレノアが身柄を引き取ったという。
それからは生活は平穏に過ぎた。イルスは時々エレノアを連れ出したり、1人ででかけて、その報告をする。
マーサはその後継をにこやかに見ていた。
だけどいつからか、マーサはその報告を聞く場には入らせてもらえなくなった。いつもその時に用事を頼まれるようになったのだ。
マーサは不安と悲しみを抱きながらも、精一杯エレノアに仕えた。
今、マーサはただ仕えていたことを後悔している。
「エレノア様の部屋に行きな。そこで、イルスから経緯を聞くといい」と革命軍のリーダーに言われて、マーサは嫌な予感がした。
王宮の侍女や従僕たちは小部屋に集められていた。そこでしばらく待っていると、マーサだけが呼び出された。
そして告げられた言葉に、マーサは胸が押しつぶされそうになった。何となく、全てを察した。革命軍のリーダーがイルス、と親しげに呼んでいたことから、イルスがこの場にいないことから、彼が革命に加担していたことが分かる。
なら、エレノアは?忠義深いイルスがエレノアに黙っていることはないだろう。それならば、エレノアも革命に加担したのでは。
そして、エレノアは革命のために──
走りそうになる足を懸命に諌めながら、マーサはエレノアの部屋に向かった。
固く閉じられた扉を前にして、手が震える。真実を知るのが怖い。この先にある現実を見たくない。けれど見なければならない。
扉を、ゆっくりと開ける。
鼻につく、濃密な血の匂いに挫けそうになりながらも、目線を上げた。
エレノアのために整えられたシーツは真紅に染まっており、それほど前に流れた血ではないことが察せられる。血の気のない手のひらがベッドの上に投げ出されていた。イルスが何かを抱きかかえ、方を震わせている。
「…………なん、で」
上手く声が出なかった。掠れた声は、イルスに届いたのだろうか。
エレノアの骸を抱えるイルスの背は、とても小さく見えた。悲しみに暮れる姿に、マーサは現実を認識する。
「……イルス、なんで」
今度はちゃんと声が出た。イルスは未だ振り向かない。ただただ、抱きしめているだけだ。
これが彼の望んでいた結末でないことは分かる。なら誰が望んだのか、と考えると自ずとエレノアだということが察せられた。
「……エレノア様は、なんで、こんなことを望んだのですか」
イルスが振り返った。赤くなった目に、彼の悲しみの深さがよく分かる。
イルスは、唇を震わせていたが、しばらくして言う。
「………革命を、成功させることが、エレノア様の望みでした。この国を、民主国家に。それが望みで、そのために、王族の血は絶えなければならず……」
涙がこぼれた。エレノアはそのために自ら進んで犠牲となったのだ。それが、エレノアらしくて、悲しかった。
幼い頃から侍女をしていたマーサにさえ、わがままを言わなかったエレノア。彼女は自らの望みを叶えるために、最期までわがままを言わなかった。
「……なら、私はエレノア様のために、この国を見なければね」
笑顔を作ったつもりだけれど、ちゃんと笑えていたのかは定かではない。
「………そう、ですね」
ただ、イルスが笑えたのなら、これでいいと思った。
エレノアに対して尊敬以上の想いを抱いていたイルス。彼が笑って過ごすことが、エレノアの、最期まで言わなかった望みだろうと思えたから。
「お母さん!王女様の話、みんな信じないの!なんでかなぁ?」
娘がそう言いながら遊びから帰ってきて、マーサは眉を下げた。エレノアのことを、マーサは何人かに話したが、信じない人が大半だ。
第三王女など架空の産物だと思われている。
けれどそれでもいい。ほんのひと握りの人にでも、エレノアの望みが届けばいいのだ。
「信じても、信じなくても人の自由よ。だってそれが事実かどうかは問題ではないもの。ただ、その話を聞いてどうするのかが、大切なのよ」
「……はーい」
幼い娘は、マーサの話したことをあまりよく理解してはいないだろう。
それでいい。ただ、いつか大人になったときにでも思い出して、そして自分なりの答えを見つけてくれればいいのだ。
「さあさ、ご飯を作りましょう」
マーサは、幼い娘に微笑んだ。
これで「私の目」は完結です。
小説と言えるのか微妙な文でしたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




