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私の目  作者: 白藤結
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長の思い

 始めは、ほんの軽い気持ちだった。

 ラウスは商人の一人息子で、おおよそ普通と言える少年時代を過ごした。

 ただ、ラウスは自らの住む街がおかしいことは分かっていた。

 過剰な税で、その日暮らすのもギリギリだった。幼い頃はそれを何とも思わなかったが、ある時出会った兄弟に、普通ならこれだけ稼げば必死になって稼がなくても楽に暮らせる、と言われたのだ。

 その少年に、世間一般の税率(とは言ってもあくまで兄弟の住んでいる街の税率だが)を教えてもらい、その後は家のことに注意を向けた。

 今思えば兄弟との出会いがラウスの人生の転機だったのかもしれない。

 そして、ラウスはこの街の税がとてつもなく大きいことを知った。

 昔はこれほどではなかったらしい。むしろほかの街より軽い方だった。けれど街が発展するにつれてどんどん税は重くなり、そしていつの間にか重すぎる税となっていた。貧しいものは引っ越すこともできずただ耐え、稼ごうとしても、引っ越すほどの資金は貯まらないよう、見事なまでに領主は税率を調整していた。

 その才能を別のところで発揮すれば良かったのに、としか思えない。

 だからこの街を変えようと決意した。革命だ。皆に呼びかけると、意外と多くの者が集まった。けれどそれは子供ばかり。まだ10代前半のラウスは、しばらくは水面下で動くことにした。

 そして5年後、革命は成功した。

 街の区画ごとに代表者を立て、代表者たちが協力して街を治めた。

 そして街の自治が落ち着いてきた頃、ラウスの元に1通の手紙が届けられた。






「ラウスさん、ここです」


 グリッド子爵家"現"長男のスリッドがラウスに言った。ラウスは無言で頷く。ここからは失敗は許されない。失敗すれば、待つのは死だ。

 革命の夜。王城の前には革命軍の者たちが多数集まっている。けれど今ラウスたちのいる"一部の貴族だけが知っている秘密の入り口"には誰もいなかった。警備の兵たちは"表の"革命軍の方にかかりきりだ。


「スリッド、ありがとう。おまえは見つからないうちに──」


「兄さんが来るまで待ちますよ。もし警備の兵に見つかりそうになって逃げて迷子になったら笑えませんから」


 笑えない、と言いながらスリッドは笑みを浮かべている。幼い頃に会った頃はあんなに純粋だったのに、などと思いながらラウスはため息をつく。この弟を見ていると兄の方が可愛らしく思えてくる。




 あの日、ラウスに届けられた手紙には、酒場で話したい、という旨とイルスとスリッド、2人の名前しか書いてなかった。

 イルスとスリッドが、ラウスに革命のきっかけを与えた兄弟だった。

 だからラウスは疑問を抱きながらも素直に応じたのだが、それはいい意味で裏切られた。


 指定された酒場に着くとスリッドしかおらず、しかも何故か酒場から連れ出された。そして馬車に乗せられ、着いた先はグリッド子爵邸。「お手をどうぞ」とスリッドがふざけ半分でエスコートしようとしたので丁重に断った。


 1つの部屋に通された。ラウスから見てもかなり上質な部屋で、ただの子爵家の内装ではなかった。

 部屋にはイルスと、見覚えのない少女がいた。

 イルスはラウスを見ると、なにやら少女に話しかける。しかしその声は小さすぎて聞こえない。やがて、イルスはラウスに話しかけた。


「ラウス、久しぶり。彼女は第三王女のエレノア様。今の俺の主」


 第三王女、と聞いてラウスがまず思ったのは、本当にいたのか、ということだった。市井で認識されてるのは王子3人と王女2人だ。第三王女がいるなど、噂でしか聞いたことがなく、ほとんどの者がその存在を知らないだろう。

 なら、王家にとって隠しておきたいことがエレノアにはあるのだろう。

 それにしても、イルスはとんでもないものに仕えてるもんだ、と思う。普通なら王女はただの子爵家の"嫡子"が仕える存在ではないだろう。なのにイルスは彼女に仕えている、と言う。いったい何があったのやら、とラウスは思った。


「ラウス、とりあえずこちらの要件を伝える」


 イルスが真剣な眼差しで言った。

 ラウスは無意識のうちに唾を飲む。


「──革命に協力して欲しい」






「ふざけてるのか?」


「なわけないだろ。俺だって本当は……」


 イルスが言葉を詰まらせた。そしてチラッとエレノアを見る。眉を下げてエレノアを見る姿は、まるで叱責を待つ犬のようだった。


「…………ごめんね、イルス」


 エレノアが口を開いた。思っていたよりも凛とした声に、ラウスは感嘆した。ただの王女ではない、とは思っていたが、本当にそうだった。王女とは守られる存在だ。政務にも関わらず、ただ守られている存在。けれどエレノアの声はそんな守られる弱さはなく、まるで市井の民のようにしっかしと芯の通った声だった。


「兄さんとエレノア様はもうそろそろ戻らないといけないでしょう?」


「……そうだな、スリッド、ラウスに説明を頼んだ」


「任せといて。じゃあ1週間以内に会いに行くよ」


 ああ、とスリッドに頷いて、イルスはエレノアの手を取った。慎重にエスコートをし、エレノアに注意を促しながら歩いて部屋を出ようとする。

 部屋を出る前にエレノアがどこかを見て一礼した。は?と思いながらも、ラウスは尋ねることはしない。イルスとスリッドが何も言わないのなら、何か理由があるのだろう。


「さて、ここまで来たからにはもう戻れないよ」


 スリッドがゾッとするほど冷たい声で言った。先程までとの声の違いに、ラウスは思わず鳥肌が立つ。

 スリッドは昏い目をラウスに向けた。ラウスはその目に見覚えがあった。深い深い闇を見続けてきた者の眼。人の醜さを知ってる者の眼だ。


「僕は、兄さんやエレノア様のように、ラウスさんに選択権を与えるつもりはないよ。革命の存在を知られたんだ。拒否権なんて与えない」


 ラウスがただ呆然としていると、スリッドが笑った。


「じゃあ、革命について話そうか。兄さんやエレノア様のことも話すよ。ああ、そうだ。兄さんにはこのこと言わないでね。兄さんは知らなくていいことだから」


 そう言って昏い笑みを浮かべるスリッドに、ラウスはゾッとして、頷いた。






 剣に血をつけたイルスに先導され、ラウス率いる"裏の"革命軍は王族たちを見つけ、大広間に集めた。その頃には"表の"革命軍も城内に入っており、スムーズに革命は進んだ。

 今現在、王族含む有力な貴族たちは縛られ、大広間に集められていた。逃げ出さないように、と革命軍が彼らの周りを囲っている。

 イルスが大広間に1人の女性を連れて入ってきて、王族のそばに並べた。


「ラウス、これで王族は全員です」


「うっ、嘘をおっしゃい!あ、あなた、自分の主だけ助けようとするの!?」


 王妃が怒鳴る。けれど、王妃の言葉の意味を理解した者は、王族にはいなかった。

 表に出ない第三王女のエレノアの従者のことなど、誰も興味がなく、知らなかったのだ。そもそもこの場にイルスが元貴族だと知る者はどれくらいいるのだろうか。


「何故あんな出来損ないを──」


「エレノア様は、殺しました」


 王妃は呆然とした顔になる。やがて言葉の意味を理解すると、再び怒鳴り始める。


「あなた、自分の主を殺したの!?人でなし!!」


「それが、エレノア様の望みだったので」


 イルスはそう言って黙る。その顔は今にも泣きそうだった。

 ラウスはイルスを憐れみながら、言葉を紡ぐ。


「王族は全員処刑。それに変わりはない。血を残してはいけない。牢屋に連れてけ」


 そうラウスが宣言すると、途端に王族たちは喚き始める。


「僕らは高貴な王族だぞ!?それをこんなふうに手荒に扱って……覚悟してろよ!」

「いやだ、いやだ!なんでよ!なんで!!」

「僕たちが何をしたと言うのだ!」


 唯一、王族らしい威厳を保っていたのは国王と側妃だった。その顔には、悲しげな色がうかがえた。


「主導者はエレノアか」


「ええ、そうですよ。元国王」


 ラウスが元国王を見下ろして言った。何故か元国王は微笑を浮かべていた。


「よくやった」


 小さく言った。その声が聞こえたのはラウスと、元国王の側にいる側妃だけだっただろう。

 彼らも国の崩壊を望んでいたのだ。今更、国を滅ぼすことを決めていた元国王の気持ちは分からないが、きっとエレノアと同じ気持ちだったのだろう、とラウスは思った。


 元国王と側妃とエレノア。王族のうち、3人がこの国にはもう崩壊しか残されていないと察していた。王族にさえ生まれていなければ、この後も生きれたのに、と思うとやるせない。


「……イルス。エレノア様のところに行ってもいいぞ」


「ありがとう」


 ラウスはイルスに言った。元国王らのことは、彼は知らなくていいことだ。

 ラウスは1人、騒がしい大広間でため息をついた。

スリッドは、イルスがエレノアの従者になったことにより、イルスよりも2年早く王城に渦巻く闇を見つめたため、こんな性格になったという設定。

国王は側妃を置く頃には既にこの国の崩壊を悟っていて、側妃といろいろ企てていました。

残り1話予定です。

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