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最終章 大輪の椿が咲く時

『世の中には最初から王様として生まれてくる者がいる。だが、最初の王様として君臨する者は、どこで生まれて来るのだろう』――ロマノフ女王 テレジアの言葉


 第八章 大輪の椿が咲く時


        1


 月帝にテュホーンが届いた。テュホーンは膨らんだ骨盤と肩幅持ち、細長い手足を持った、ピンク色の全長十メートルのバトル・ドミネーターだった。


 確かに重厚な騎士のようなテンペシオスと比べれば、一見しただけではテンペシオスより劣った機体に見えた。


 でも、椿はテュホーンを一目見て、気に入った。

「いい、いいね。これ、好きかもしれない。これ、もう乗れるの?」


 コルキストからやって来た科学大臣は説明した。

「ええ、乗れますよ。でも、国王様はバトル・ドミネーターには乗った経験がないとか。まず、シミュレーターで練習してからになさっては、いかがですか。いきなり、バトル・ドミネーターに乗られて怪我されても、困りますので」


 椿はコルキスト製のバトル・ドミネーターのシミュレーターに乗ってみたが、半日で操作を覚えて、科学大臣を驚かせた。


「だいたい、わかった。さあ、さっそく、テュホーンに乗らせて」


 科学大臣はさっそく、シミュレーターのデータから椿用に機体の挙動データを調整すると、乗せてくれた。椿はシミュレーターで動かしたのと同じように、テュホーンを操った。テュホーンは踊るように動き、華麗な演舞するような槍捌きを見せた。


 テュホーンを下りた椿を科学大臣が褒めた。

「素晴らしい素質です。コルキストのバトル・ドミネーター乗りの中にも、これほど人材はいないでしょう」


 椿はお世辞だと思ったので、軽く受け流した。

「武器が槍だけだし、それほど色々な計器類を見るよう複雑でもないから、大した操縦は難しくないよ。それよりもさ、もっと早く反応できるように改良してくれるかな。ちょっと動きに制限が掛っているように、コンマ数秒くらいだけど、遅いよ。あと、八艘飛びと、インヴィシブルを実装して」


 科学大臣は椿の言う言葉の意味がわからず、聞き返した。

「反応速度を上げるのは、わかりましたが、八艘飛びとインヴィシブルって、何ですか?」


「言い方が悪かったね。天上天下唯我独尊のスキルに両方あって、八艘跳びっていうのは、空中にジャンプした状態で、八回の方向転換ができる動作。インヴィシブルは五秒間だけ無敵になる状態だよ。八艘跳びがあると、多段攻撃が回避に役立つし、インヴィシブルがあると、全範囲攻撃か無効化できる。どちらも、コンボを重ねるのに必須のスキルなんだよ」


 科学大臣は椿が言わんとする意味を漠然と理解したのか、確認してきた。

「要するに国王陛下は、空中で軌道修正できるバーニア・ロケットを小型化して増やして実装させる。一時的に機体全体を五秒間、高密度超重量子シャイターン・フィールドで覆るように改造をするように、とのご命令なのでしょうか」


「よくわからないけど、きっと、そんな感じで」


 科学大臣は思案しながら、回答した。

「バトル・ドミネーター学者としていわせてもらいますが、国王様のご要望を叶えるのは、おそらく可能です。可能ですが、そうすると、平常時の機体の防御力は、さらに下がりますよ。ナッツ・クラッカー程度でも一発当れば、危険です。バトル・ドミネーターとは名が付きますが、最悪、ロケット砲でも受ければダメージを受けます。バトル・ドミネーターとしては、いかがな物かと」


 椿はあっけらかんと答えた。

「いいよ。それで、要は当らなければいいだけだからさ。どのみちソロだと、八艘跳びと、インヴィシブルは必須だからね。あと八艘跳びは、常時可能にして、インヴィシブルはリキャストをできるだけ短くね」


 科学大臣はテュホーンを見ながら感想を漏らした。

「実際に戦闘に出るわけではないですから、防御力の低下は問題ないですかね。都市攻略用の攻撃力、防御力重視のテンペシオスとは設計思想が真逆になりますが、テンペシオスと同じ設計思想で作るのなら、テンペシオスを作ったほうが効率いいですから」


 椿は、さらにもう一つ、要望を追加した。

「あと、もう一つ、穂先だけはテンペシオスを越える攻撃力が欲しいな」


 科学大臣は椿の注文に警告した。

「でも、そうすると、槍の柄の部分の防御力が格段に落ちますよ。テンペシオスの剣を柄で防ぐと、国王様の仰ったインヴィシブル状態ではないと、槍が破壊されますけど、よろしいのですか。科学者としての立場で言わせてもらえば、国王様の要望する槍では対バトル・ドミネーターとの実戦を考えた時、役に立たないかと思われます」


「いいの、いいの。槍は穂先の切れ味が命だから。よくわからないけど、穂先は高密度超重シャイターン・フィールドとかにしちゃってよ。あと、機体の連起動時間だけど最低、六時間は欲しいよね」


 科学大臣は椿の要望に乗り気ではなかった。

「連続起動が六時間ですか。テュホーンはテンペシオスより格段に軽いので、動力を小型化、高性能化すれば可能ですが、そこまで改造を加えると、いくらアーティファクト・ドミネーターだからといっても、攻撃を受けた場所の当たり所が悪いと、脱出する間もなく、誘爆で死にますよ。兵器としては非常に使い勝手が悪いように思いますが」


「だから、当らなければいいんだって。それで、いつぐらいに完成しそう」


 科学大臣が難しい表情で答えた。

「すいません、月帝の科学力がまだわかりませんが、部品はコルキストかバルタニアに注文するので、一年は改造に掛かりますよ」


 一年なら問題ないだろう。月面強襲艦の製造は、もっと掛かるはずだ。

「じゃあ、俺、何もする仕事ないから、一年ほど寝るわ。何か問題あったら、伽具夜に聞いて」


 科学大臣が驚きの表情を浮かべた。

「一年間も国王様が職務なさらなくて、月帝国では国が運営できるのですか」


「いやあ、俺が国家運営に口を出すほうが、却って邪魔になるみたいだから、伽具夜に全委任したほうが、国はうまく周るんだよ」


        2


 椿は一年後に眼を覚ますと、久々に閣議が行われるが、椿の心は、ここにあらずだった。

 閣議をつまらない授業のように、聞き流した。世界で戦争が停まり、誰も抜け駆けする兆候もないので、問題は特になかった。


 閣議が終ると、すかさず科学大臣を呼び止めて尋ねた。

「ねえ、俺の要望、完成した? すぐに、乗ってみたいんだけど」


 科学大臣が頭を下げた。

「すいません。実は、まだ完全には、ご要望にお答できておりません。連続起動六時間と、八艘跳びは実装できたのですが、国王様の希望なされたインヴィシブル機能と特注の槍の作成がまだです。何ぶん、予算が不足しがちなもので」


「じゃあ、何か名目を付けて、国債発行して予算を調達しよう。いざとなれば、お金をじゃんじゃん増発すればいいしさ」


 伽具夜がもう何度となく見せた呆れた表情をした。

「どうやら、新しい玩具を貰ったのは失敗だったみたいだわ。もう、国王様は国政がどうでもよくなっているようね。テュホーンを返還しようかしら?」


「そ、それは、国王として許さないよ。専用機は男の夢なんだよ」


「自分の夢に国政の金を使わないでよね! 何か、指導者としてダメなだけじゃなくて、人としてダメな領域に足を突っ込んでいるわよ」


 椿は甘えるように伽具夜に頼んだ。

「ねえ、お金の件は、どうにか頼むよ。誰も持っていない国王専用機が欲しいんだよ。少しくらい、夢を持たせてよ」


 伽具夜が椿の要望に怒りを隠さず、怒鳴った。

「お前は、ヤッパリ大馬鹿よ! 科学大臣から聞いたわよ。国王専用機とは名乗っても実際は名ばかりで、実戦に全く使えない代物なんでしょう。それに、どこの世界の指導者に、戦場に槍を持って出掛けて行って戦う指導者がいるのよ。お前の考えは、十世紀も前の人間の考え方よ」


「いいだろう、どうせ、ラグナロク作戦には、俺も行くんだしさ。月帝は軍を出さないんだから。手ぶらじゃ、カッコ悪いよ。俺も一応は月帝の国王なんだからさ。専用機の一機も持って乗り込みたいんだよ」


 椿は両手を眼の前で合わせて、拝むように頼んだ。

「国王命令ってことで、テュホーンは完成させてよ」


 伽具夜が眉間に皺を寄せ、指で頭を支えた。

「都合のいい時だけ。国王に戻らないでよ。お前が一年間、ぐーすか眠っている間、どれだけ、私が苦労したと思っているのよ。他の指導者だって、皆、努力しているのよ。ロマノフのテレジアなんか、ロマノフ、月帝、コルキストで通貨統合を行って、国際中央銀行の総裁までやっているのよ」


「あ、そうなんだ。テレジアさん、頑張っているんだね。でも、月帝って、一都市しかないしさ、バルタニアからも、仕事を振られてないでしょう」


 伽具夜が腹立たしげに答えた。

「ええ、そうよ、最弱小国に転落したおかげでね。何も作戦に関する仕事が回ってこないわよ」

「じゃあ、もういいじゃん。月帝は、国王が趣味で治める国でさ」


 伽具夜が突き放すように非難した。

「あんた、結局、別な意味で暴君やっているでしょうが」


「でも、最後に暴君をやってもいいって、言ってくれたじゃないか。テュホーンは完成させようよ。月帝国でも何か一つくらい、他国にないものがあってもいいでしょう」


 伽具夜は立ち上がって怒りを押し込めるよう発言した。

「わかったわ。テュホーン完成に掛かるお金は、椿税って名前で、物を購入するときに必ず掛かる税金として導入して捻出するわ。もう、国民にも、とことん恨まれたらいいわ」


 消費税に椿の名前が付けられるのは、さすがに嫌だった。でも、テュホーンを、どうしても捨てられなかった。


(いいか。どうせ支持率が下がっても、今度は反乱とか暴動とかには、繋がらなさそうだし)


        3


 椿は反応速度が上がり、八艘跳びが実装されたテュホーンに乗った。ところが、思っていた物とはまだ違った。

 乗り終えた椿は、さっそく科学大臣にクレームをつけた。

「ねえ、これ、おかしいよ。八艘跳びすると、動きがカクカクするよ。これじゃあ、相手に動きが読まれるよ。もっと滑らかに動くようにしてよ。各関節も、動きが固いよ。あと、もっと高く飛べるように、足を改造して」

 科学大臣は渋い顔をした。

「予算の目処が付いたので、改造はできそうですが、柔軟性を上げると、それだけ強度が落ちて行く事態になります。そうすると、せっかく改造した槍を装備しても、本当にショー用にしか使えない、飾りの機体になりますよ」


「テンペシオスを元に考えているからだろう。テュホーンは、別の機体なの。俺専用機なの。それに、どうしても、攻撃が避けられない時のインヴィシブル機能を付けるんだから、いいの」


 科学大臣は椿の発想に対して、諦めたような顔で警告した。

「もう、どうなっても知りませんよ。絶対にテュホーンで戦場に出ないでくださいよ」


「じゃあ。インヴィシブル機能と槍が完成したら、また起こしてよ」


 一年後に目覚めた時に合わせて閣議が開かれた。とはいえ、各閣僚はもう、椿を置物扱いして意見を求めもせず、報告も伽具夜に向かってしていた。


 椿は別に構わなかった、問題はいつ、テュホーンに乗れるかだった。


 ただ独り、科学大臣のみが椿に向かって「テュホーンが国王様の要望通りに完成しました」と報告してきた。


 閣議が終って、さっそく科学大臣を捕まえて試乗しようとすると、伽具夜が引き止めた。

 伽具夜は科学大臣を閣議室から追い出すと、話を切り出した


「作戦決行が決まったわよ。十ヵ月後、月面強襲艦はイブリーズを発進するわ」


「遂に決戦の時だね。長かった戦いも、これで終るわけだ」


 伽具夜はキレ気味に意見した。

「だから、お前は何もしていないでしょう! それで、本当に椿も同行するの? 行っても、何も役に立たないわよ」


「うーん、本当は行きたくないけど、行くって最初に言ったわけだし。せっかく、テュホーンも完成したから、ラグナロクが成功して月に居れば、戦闘に出なくても。俺の出番はなしか、それもまた一興、みたいなセリフを言って終れるだろう」


 伽具夜は冷徹な顔になり、助言した。

「もし、ラグナロクが失敗して、四人の指導者が死んだと仮定するわ。月に行かなければ、地上にはお前とテレジアしか生き残りがいない。そうなると、テレジアの首を取れば、お前は帰れるのよ。幸い、ロマノフは軍備を放棄させているから、月帝国の少数の軍でも、テレジアを捕縛できるわ」

 椿はキッパリと伽具夜の腹案を否定した。


「それはしない。俺は約束を守る。ラグナロクが失敗したら、この首はリードに上げる約束だから。どのみち、生きては帰って来ない」


 伽具夜が椿の言葉を笑うように発言した。

「約束なんて、イブリーズでは何の意味をなさないと、学ばなかったのかしら」


「確かに、そうだけど、俺は違う。だから、イブリーズを変えるために、月に行く」

 椿は伽具夜と話していて、内心、俺って何かカッコよくないかと、一人で陶酔していた。


 伽具夜が匙を投げたように発言した。

「そう。国王様がそう言うなら、好きにしたらいいわ。じゃあ、私も行くわ。どうせ、こんな都市一国しか残らない状況で、椿が死んだら、椿は消されるんだもの。私が死んでも一緒よ」


 伽具夜の発言を聞いて、迷った。

 椿は成功するかどうか未知数の危険な作戦に、伽具夜には同行して欲しくなかった。だが、反面、最後まで一緒に来て欲しいという思いもあった。

 椿はちょっとだけ迷ったが、最後まで伽具夜の言葉に甘えることにした。

(ラグナロク作戦を完遂させれば問題ないし、俺にはテュホーンがある)


        4


 椿はそれから普通に毎日ちゃんと起きて、テュホーンを満足に操れるようになるまで、毎日乗り、槍の性能も試した。テュホーンに満足する頃になるまで、半年も掛った。なので、残り数ヶ月は、素直に寝ていた。


 作戦決行一週間前、バルタニアに旅立つ前日に、珍しいお客がやってきた。テレジアだった。

 テレジアはロマノフの女王兼国際中央銀行総裁なので、忙しいはず。用があるなら、通信会談で呼び出せばいいのにと、不思議だった

 テレジアは二人だけで話がしたいと申し出た。椿の部屋では小さく失礼だし、伽具夜の部屋を借りるわけにもいかない。謁見の間においては、既に物置だ。椿はとりあえず街の夜景が見えるバルコニーで、面会すると決めた。


 テレジアはロマノフ再興が決まってから代謝縮減装置を使っていなかったのか、成長して大人びた女性に代わっていたので、椿は会ってびっくりした。


「いや、テレジアさん、すっかり綺麗になられましたね。びっくりしました。それで、今日は何の御用でしょうか」


 テレジアはどこか照れた様子で、まず謝った。

「ずっと、謝りたかったのです。最初に椿様に会った時、椿様を、下劣で、卑小で、品性も気品の欠片もない、指導者失格の、猥褻物が猿になったような人間だと言ってしまいました」


 何かもう少しマシな呼ばれ方だった気もするけど、椿は内心の疑問を隠して発言した。

「別に、気にしていませんよ。もう、昔の出来事です。当時はテレジアさんも、囚われの身になって不安だったでしょうから、やむを得ないでしょう」


 テレジアはそこで顔を赤らめて、何かを決心したのかのように発言した。

「今日は椿様のプロポーズを受けようと決心して、やってきました」


 椿は思わず頭が「ハイ?」と疑問形になった。

 テレジアにプロポーズした記憶はない。記憶にあるのは、犯されると勘違いしたテレジアが自害しようとしたシーンだけだ。


 テレジアは椿の疑問に構わず話を続けた。

「椿様は最初、酷く罵倒されたにも拘らず、それとなく気を使い、ロマノフの料理を用意してくださいました。他にも、毎日のように、愛の詩を書いたメッセージ・カードを添えた、恋を囁く花言葉を持った花を毎日、届けて下さいましたね。最初は何か下賎な下心があると思っていたら、朕のために国土の大幅な譲割まで、決意してくれました。朕はそこで初めて、椿様のお心が本物だと知りました」


 椿は何となく状況を理解した。バレンが選んだ詩が、恋愛に関するものだったのだろう。それに椿のちょっとした気配りと、国を省みない都市の譲割が、テレジアの中で誤解を生んだ。


 でも、不審に思った。それは約三年前の出来事。何で、それがプロポーズに結びつくのだろう。椿が黙ると、テレジアは言葉を続けた。


「最初の花が届いて以来、今もロマノフの元にも毎日、花束と愛の詩が届いております。最初は、無視しようと思いました。ですが、三年も続けて、毎日欠かさず、届けてくれた殿方は、初めてです。また、貴方が作った自作の愛の詩にも、感激しました。ですから、決心したのです。この身を椿様に捧げようと」


 椿はてっきりテレジアが再興したロマノフに帰った時点で花のプレゼントは終えたつもりでいた。けれども、命令を受けたバレンは停止を指示されなかったので、黙々と毎日、花を贈り続けていた。そんな事実を、初めて知った。


(やばい。完全にバレンのせいで、勘違いさせちゃったよ。くそ、あいつ、あまり見ないと思ったら、毎日、どこかの部屋で愛の詩を考えていたのか。でも、ここで、「ああ、あれね、執事の手違い」とか伝えたら、絶対にテレジアさん、激怒するよ。最悪、月に行く前にバルコニーから転落死させられよ)


 椿は取り繕うと決めた。椿はカッコを付けてテレジアの申し出を断った。

「テレジアさん。お気持ちは嬉しいですが、俺はこのイブリーズから争いをなくすために、月に赴くつもりです。今まで流した兵の血に報いるために、一兵卒としてバトル・ドミネーターに乗る気です。ですから、貴女の申し出を受けるわけにはまいりません。ですが、お許しいただけるのなら、貴女の思いを胸に抱き、死んでいくことを、お認めください」


 もちろん、椿は一兵卒として戦場に出る気もなければ、死ぬつもりもない。

 それに、どうせラグナロクが成功すれば、夏休みの初日に戻り、テレジアとはさよならだ。ならば、カッコ付けてもいいだろう。


 テレジアはポロポロと涙を流した。

「そうですか、椿様は朕のために死ぬおつもりだったのですね。ですから、あんな詩を最後に贈ってきたのですね」


 バレンが何の詩を贈ったのか気になるが、ここはシラを切り通すしかない。

「この三年間は、忘れてください。俺の気持ちは、俺の胸にだけしまっておきます。ラグナロクが失敗に終れば、貴女以外の指導者の全員が死ぬでしょう。そうなれば、テレジアさんだけは帰還できます。俺との過去は忘れてください。俺は口下手なので、最後に何といっていいか、わかりません。ですから、最後にさようなら、とだけ言わせて下さい。それでは、失礼します」


 椿は悲しむテレジアを振り切りように自室に戻って、内線でバレンを呼び出した。

「ちょっとバレン君! もう、花と恋の詩のメッセージ・カードをテレジアさんに贈るのをやめていいから、っていうか、早急に止めて」


 電話口の向うで安堵するバレンの声が聞こえた。

「助かりました。さすがに三年間、毎日欠かさず、愛の詩を探したり、考えたりするのは、嫌になって、逃げ出そうかと思っていたところです。ですが、ここよりも給料がよくて楽な仕事なんかないですから、ずっと悩んでいたんですよ。昨日なんか完全にネタギレで、半分は出師の表が混ざってしまいましたよ」


 それで、出発前にテレジアが飛んできたのか。でも、これくらいの勘違いなら、いいか。


「あと、ちょっと気になるから、三年間に贈った愛の詩を全部、見せてくれる?」


 バレンに見せてもらった、テレジアに贈った愛の詩は、中には、かなり過激な歌やきわどい詩もあったので驚いた。

 変なところで、あざといバレンの性格だ、きっと俺がいなくなれば、本として出版する気だろう。『国王が女王に贈った愛の詩 椿国王編』として出版される事態を考えると、恥ずかし過ぎる。やはり、ラグナロクを成功させて、イブリーズに戻ってこないで日本に帰るしかない。


(あ、でも、待てよ。戦争に行く前に結婚話が出るって、ひょっとして、死亡フラグか?)


        5


 月面強襲艦は直径三キロメートルに及ぶ円盤型の艦で、厚さが百メートルと、かなり巨大な形をしていた。こんな巨大な物が空を飛ぶのかとの疑問があった。


 けれども、カイエロの一つ〝天空の泉〟と呼ばれる物体の出すエネルギー量は膨大で、他のカイエロ〝天元の盾〟と〝武神の翼〟を同時に使用して飛行しても、まだ艦内に搭載している他のカイエロを起動させるだけの余力があるとの説明を、バルタニアの科学大臣により受けた。


(何か、よくハリウッド映画に出てくる、地球を侵略してくるUFOって、こんな感じだよな。きっと、わからないけど、カイエロを利用した主砲も積んでいるんだろうな。やっぱ、カイエロって六つも集めれば、世界から脱出できるっていうけど、六つも一カ国に集まったら、他国を純粋に武力で制圧できる気がする)


 出発前に大桜、リード、鳥兜、ソノワ、椿、伽具夜がメイン・ブリッジに集合した。椿以外の指導者は皆、将軍が着るような立派な軍服を身に纏っていたので、驚いた。


 椿はつい、いつもの感覚で、気慣れたシャツにズボンで一人だけ浮いていた。もっとも、伽具夜も黒のドレス姿なので、浮いていた。


 月面強襲艦を操艦するバルタニア兵は明らかに、伽具夜と椿を頭のおかしい人物でも見るような眼で見ていた。


 伽具夜以外にも補佐役は存在するのだろうが、乗っているのは、月帝の伽具夜のみだった

 おそらく、椿以外、まだ二回以上は死んでないのだろう。月面での死亡となった時、補佐役が一緒に死亡すると一発退場の特例に引っ掛かるので、置いてきたのだと思った。


(そうか、皆、まだ、後ろがあるんだなー。後がないのは、俺だけなんだ)


 大桜が大きな声で発言した。

「それでは、ラグナロク作戦を発動します。目標、月の塔へ」


 椿は椅子に座って、しっかりとベルトを締めた。艦は高速で浮上し、飛行するのだが、体に強烈なGを感じる経験をしなかったので、いささか拍子抜けした。


 艦内に「カイエロ〝大地の鎖〟正常起動・重力変化異常なし、艦体にも損傷ありません」の声が響いた。重力制御のカイエロがあるのだから、やはりカイエロの使い道はラグナロク用で合っているのだろう。それにしても、円盤状の物体が高速で飛ぶとは驚きだ


 大桜が説明した。

「バルタニアの科学大臣の予測では、月面に到着するまで、おおおよそ八時間よ。ソノワの計算では、七時間後に未知の攻撃を受けた領域に達するわ。攻撃は一度とは限らないし、艦が何度まで攻撃に耐えられるかわからないから、そのまま攻撃に耐えて直進するわ。艦が月の塔より十キロ離れた所に着地後、塔の制圧戦に移るわ」


 ソノワが大桜に確認する。

「塔の攻略は、コルキストのテンペシオスの剣で塔の壁に穴を空ける。空けた穴から、ガレリアの月面用歩兵が月面移動用のバギーに乗って、塔まで移動して内部に侵入する。あとはガレリア兵が塔を制圧するのを待てばいいのだな?」


 大桜が即答した。

「基本は、そうよ。ただ、塔を守る兵器が見当たらないのが、いまいち、不安なのよね。塔自体に攻撃用の兵器が備わっているのか、近づくと塔から兵隊が出てくるのか、全く、わからないから、臨機応変にやるしかないのが辛いわね」


 リードは腕組みしながら、答えた。

「それは、仕方ないだろう。まだ、誰も塔の近くに降り立った奴がいない。それに、あまり塔に近づきすぎるのも危険。だが、遠過ぎると、私の指揮する月面歩兵が近づく前にやられる可能性があるからな」


 皆が押し黙ったところで、椿は発言した。

「じゃあ、七時間後、集合って予定でいいのかな。ねえ、その間、月面用バトル・ドミネーターのシミュレーターで遊んでいて、いい」


 メイン・ブリッジいた全員が「こいつ、何を呑気に構えているんだ」と言いたげな顔で椿を見ていた。


 伽具夜が、すかさず口を開いた。

「いいですわ。国王様。どうせ、国王様の出番はないですから、ずーっと遊んでいらしたら、いいでしょう。誰か、ウチの国王様をバトル・ドミネーター用のシミュレーター室までご案内して上げてくださいますか」


        6


 バルタニア兵士が「どうぞ、こちらへ」と、椿をシミュレーターのある部屋に案内してくれた。 

 コルキストの兵士が実戦前に訓練していたが、椿を見ると「誰だ、こいつ?」という顔で見られた。


 バルタニア兵士が「月帝国の椿国王様」ですと教えると、コルキスト兵士は一応、敬礼の姿勢をとった。だが、全く敬意は感じられなかった。


 シミュレーター室で一時間ほど遊んで時間を潰していた。

 一時間もすると、コルキスト兵に「国王様、我々には作戦の訓練がありますので」と体良くシミュレーター室を追い出されてしまった。


 ブラブラと艦内を歩いた。すると、バトル・ドミネーター用の格納庫に出た。

 バトル・ドミネーターの格納庫では、コルキスト兵によりテンペシオスが最終調整に入っていた。だが、椿のテュホーンはまだ、梱包すら解かれていなかった。


 テンペシオスの調整に指示を出す、コルキストの科学大臣を見つけた。そこで、文句を言おうとしたら、コルキストの整備兵に「おい、民間人、どこから入ってきた!」と怒鳴られた。


「すいません。俺、民間人じゃなくて、月帝の国王なんですけど」

「馬鹿を言え。そんな格好の国王が、どこにいる。おい、民間人が紛れ込んでいるぞ。バルタニア兵に突き出せ」


 椿を全く知らないバルタニア兵が急遽やってきた。

「遊びじゃないんだ」と、どこかに連れていかれそうになったところで、騒ぎに気付いたコルキストの科学大臣がやってきた。


「馬鹿、そのお方は、全く威厳も気品も知性も感じられないが、本当に月帝国の国王様だ」

と身も蓋もない助け舟を出してくれたので、営倉入りは免れた。


 コルキストの科学大臣は椿に気が付いたが、忙しいのか、早口に話しかけてきた。

「バトル・ドミネーターの格納庫に、何の御用でしょうか。こちらは今、テンペシオスの最終調整で忙しいのですが」


 椿は梱包されたままになっているテュホーンを指差して、尋ねた。

「俺のテュホーン、まだ梱包されたままなんですけど、俺のは調整してくれないの」


 コルキストの科学大臣は「エッ」という顔になった。

「国王様、本当に、テュホーンに乗って戦うんですか! あんな玩具みたいなバトル・ドミネーターで」


 どうやら、椿は全く、当てにされていなかった。当てにされてなくていいのだが。でも、ちょっと、扱いが酷いので、当てつけがましい態度で、嘘を吐いてやった

「おかしいな。俺のテュホーンも使えるように整備してくれるって、ソノワが言っていたんだけどなソノワは忙しくて、忘れたんだな。だとしたら、一国の指導者を蔑ろにしたって文句を言わなきゃ、ダメだよね。コルキストの整備兵にも民間人扱いされたし」


 コルキストの科学大臣の顔色が変わったのを確認して、椿は嫌味たっらしく言葉を続けた。

「嫌だなー、重要な作戦の前に、コルキストの整備兵のせいで、ソノワに迷惑を掛けるなんて。コルキストを再興させたのも俺なのに」


 科学大臣が嘘には嘘で返してきた。

「いえ、ソノワ様に限って、忘れるようなこと断じてはありません。命令は届いております。ただ、実戦にすぐ使うテンペシオスを優先して整備していたので、テュホーンの調整を最後に行うだけです。月面上陸作戦までには、間に合わせます」


「あ、ほんと? ちゃんとソノワは約束を守ってくれるんだ。じゃあ、整備兵に民間人扱いされたのを抗議する必要もないか。後は、よろしくね」


 科学大臣の怒声が飛んだ。

「整備部、テュホーンの梱包がまだ解かれていないぞ、早くしろー」


 椿は科学大臣に背を向けると誰にも見えない場所で舌を出した。


 戦闘には出る気はないが、出られる状況だった事実が大事なのだ。でないと「俺の出る幕はなしか」的なカッコイイ台詞を残してイブリーズを去れないじゃないか。


 こうして、椿はコルキストの整備兵の仕事を一つ増やし、与えられた居室でタイマーを掛けて、一眠りした。


        7


 タイマーが鳴ったが、椿は、つい癖で止めてしまった。タイマーを止めた直後に、断続的な揺れを感じたので、寝ぼけて起きた。


(あ、そうだ! 俺は今、月面強襲艦の中だった、艦が揺れているって状況は攻撃を受けている?)

 椿が緊迫した艦内をのんびりとメイン・ブリッジに行くと、戦いはもう始まっていた


 副官の声が飛ぶ

「月面よりシャイターン量子増大を確認。敵の攻撃、また来ます」


 大桜が叫んだ。

「天元障壁、出力最大! どうにか耐えて、月面に艦を着けるのよ。テンペシオス部隊、用意はいい」


 ソノワがインカムを付けて確認する。

「テンペシオス二十体、いつでも出られるぞ」


 大桜の声が飛んだ。

「強制着艦、テンペシオス隊出撃せよ」


 どうやら、一時間も集合時間に遅れてしまった。だが、伽具夜も含めて誰も起こしに来てくれなかったのは、寂しかった。


(俺、存在自体、空気だな)


 艦の前方部が開いてテンペシオスが出撃して走り出して行くのが見えた。けれども、テンペシオスが強襲艦と塔の中間地点まで来ると、地面より、アーティファクト・ドミネーターのアトラス十機が姿を現した。


 テンペシオスはアトラスを元に開発しているので、テンペシオスが性能は上のはず。塔の侵入口は、どうにか開けそうに思えた。

 二体で一組になったテンペシオスは果敢に月面の塔を守るアトラスに挑んだ。

 だが、結果は、性能が上のはずのテンペシオス隊の全滅だった。倒せたアトラスは、わずか一体のみ。

 アトラスは確かに性能が劣るかもしれないが、操作が格段に上手かった。テンペシオスの中に乗っている人間とアトラスの操縦者では、剣道の素人と、有段者くらいの差があった。


 ソノワが戦いの結果を見て、呆然とした表情で呟いた。

「嘘でしょ。彼らは二百人いるテンペシオス乗りの中から選ばれた精鋭二十名なのよ、テンペシオスが二十体いて、敵を一人しか倒せず、全滅だなんて」


 大桜が大声で叫んだ。

「話にならないわ、アトラスが倒せないなら、塔への侵入は無理よ。バトル・ドミネーターがないなら、作戦は失敗よ。退却しましょう」


 椿はやむを得ず、言いづらかったが、意見を口にした。

「あの、すいません。バトル・ドミネーター、まだ一機、残っているんですけど」


 大桜、ソノワ、伽具夜が椿を省みた。

 大桜が怒ったように叫んだ。

「椿は数を数えられないの! テンペシオスは二十体。破壊されたのも、二十体なのよ!」


 椿は本当に言い出したくなかったが、申し出た。

「いえ、ですから、その、俺のテュホーンが、まだ残っていますけど」


 今度はソノワが怒鳴った。

「貴公は馬鹿か! テュホーンは貴公専用に調整した機体だぞ。コルキストのバトル・ドミネーター乗りには、乗れないんだ」


「いえ、ね、だから、俺が、アトラスをどうにか、しようかなー、なんて思っちゃたりして」


 最後に伽具夜に胸座を掴まれて、罵倒された。

「ついに、気が狂ったの! 見たでしょう。コルキストの精鋭、二十人が倒されたのよ。お前の玩具みたいな、バトル・ドミネーターで、勝てるわけないわ!」


 椿はテンペシオス対アトラス戦を見たが、百%勝てそうな気がしていた。

「でも相手は、みんなアトラスでしょ。それに、たった九体しかいない。十六神将戦に比べれば、大甘なんですけど」


 伽具夜には椿の言葉はわからなかったが「十六神将戦」の言葉に大桜が反応した。


「椿って、ひょっとして、天上天下唯我独尊で、牛若丸って名前だった?」

「ええ、まあ、そんな名前で呼ばれていました」


 大桜が即断した。

「撤退は中止。テュホーンで椿が出るわ」


 大桜の言葉に伽具夜が、黙っていなかった。

「貴女、椿を殺す気! 椿なんかの屁っぽこに、アトラス九体を倒せるわけないわ。しかも、乗るのは、玩具みたないバトル・ドミネーターなんでしょう」


 大桜は引かなかった。

「これは、連合軍総司令官としての命令よ。もし、椿が私の知っている椿なら、賭けてみる価値があるのよ」


 伽具夜は、まだ納得しなかった。そこで、椿は説得した。

「俺も前線なんか出るつもりなかった。けど、ラグナロク作戦失敗したら、首をリードに上げなきゃならないし。それに、きっとラグナロクは、一度でも失敗したら、もう二度と月に来られない気がするんだ。でも、なによりも、あのアトラス九体なら、倒せそうなんだよ。今回ばかり、俺を信じていいよ」


「嫌よ、いつも信じて裏切ってきたじゃないの」


「じゃあ、もう一回、騙されたと思って、行かせてよ。決めるのは王様の俺だろう」

 伽具夜は何も言わなかったので、椿は格納庫に行って、テュホーンに乗り込む前にコルキストの科学大臣に確認した。


「ちゃんと調整してくれた?」


 科学大臣は躊躇いがちに申し出た。

「調整はしましたが、その、出撃は自殺行為かと思いますが」


「いいよ。君は、君の仕事をしてくれていればいい」


        8


 椿はテュホーンに乗り込んで、外に出た。すると、アトラス九体が、テンペシオスを倒した場所から動かず、待っていた。


 椿は一体目のアトラス近くまで、ゆっくり歩いて行った。

 立ち会った一体目を、素早い槍捌きで間合いの外から膝を払ってバランスを崩させた。次の瞬間には、もう、首の隙間に槍を差し込んで首を刎ねた。


 アトラスが立ち会って、五秒と掛からず一体目が倒された。残り八体が殺到する。椿は一度に相手をせず、八艘跳びで、相手の周りを円を描くように周った。


 アトラスが円陣を組むように固まった。両手剣の間合いより少し遠い距離から、素早く槍を突き出して、アトラスの装甲の隙間を狙う。


 椿の高速の槍捌きに鈍重なアトラスはついて行けず、重装甲の隙間からアトラスは次々に傷を負った。アトラスの周りも二十周も八艘跳びで周ったところで、アトラス九体は全滅した。


 先ほどの実力差が、素人と剣道の有段者の試合なら、椿とアトラスの戦いは、剣道の有段者と、生き死にを懸けた戦国乱世の時代に槍一本で国を興した武将くらいの実力差があった。


「はい、作業終了。リードさん、出て来ていいですよ」


 椿はそのまま、短くステップを踏むように塔に近づくと、缶きりで穴を空けるように、二箇所の侵入口を槍で作った。


 月面強襲間から、リードの塔を占拠する歩兵部隊が、月面用のバギーで飛び出し、塔に向かい始めた。 

 椿はまだ他にアトラスが現れないか、確認のために塔と月面強襲艦の間にバックステップを繰り返して戻った。


 月面強襲艦のメイン・ブリッジとテュホーンの回線は繋がっているが、反応がない。

「聞こえていますか。なんか、褒めてもらってもいいようなシーンの気がするんですが」


 聞こえてきたのは、賞賛の声ではなく、伽具夜の罵倒だった。

「この馬鹿! お前、今まで、どうしてそんな才能を隠していたのよ」


「えー、だって、月帝に戦車やロケット砲があっても、テュホーンなかったでしょう。バトル・ドミネーターだって、ヘッジホッグはミサイルだし、テンペシオスの武器は両手剣だったでしょう。俺、槍なら一人で十六体の敵を倒す自信あるけど、剣はダメなんだよ」


 伽具夜が審判に不正を抗議でもするかのような口調で噛み付いた。

「じゃあ、何! 月帝での椿の使い道は、槍を使えるバトル・ドミネーターを開発して、歩兵と組み合わせて他国を攻めていけばよかったわけ? お前は、槍一本で大陸を統一できる指導者だった可能性があったの?」


「確かに、テュホーンがあったら、大陸統一、行けたかも」


 伽具夜の罵倒は続いた。

「お前、馬鹿でしょ。どこの世界に戦闘機やロケット砲がある時代に、バトル・ドミネーターがあるとはいえ、戦場で先頭に立って、槍一本で大陸を統一しようとする指導者がどこにいるのよ! そんな、人間補佐した経験ないから、わからなかったでしょうが」


 最後のセリフは椿のせいではないが、もう馬鹿呼ばわりされるのに慣れたので「本来指導者の特性に気が付いて生かして行くのが補佐役の伽具夜さんの仕事でしょう」と口にできなかった。代わりに口から出たのは「すいません、伽具夜さん」だった。


 会話にソノワが入ってきた。

「解せないわ。テンペシオスには二百名の候補生の中から選んだ精鋭二十人が乗っていたのよ。それよりも、椿国王が強いなんて」


 大桜が見解を述べる声が聞こえた。

「私のいた世界には、天上天下唯我独尊というアクション・オンランイン・ゲームがあるんだけど、運営の発表では二十万人が常時ログインしているのよ。そこで牛若丸というプレイヤーの成績がトップなの」


 ソノワがなんとなく意味を理解したのか見解を口にした。

「ようするに、極端な言い方をすれば、天上天下唯我独尊とやらで、牛若丸と名乗っていた、椿は二十万人の候補生の中から選ばれた一番の精鋭とも言えるのか」


 大桜が付け加えた。

「十六神将戦と呼ばれる十六人の敵と同時に戦うコンテンツも、本来は十六人向けだけど、牛若丸は一人で倒しているのよ」


 椿の足元を、リードを乗せた月面バギーが通って行った。リードが月面歩兵を従え、次々と椿の空けた穴から、塔の制圧のために入って行くのが見えた。


 最後に、控えの部隊の鳥兜が感想を漏らした。

「よかったわー。最初、椿はんが、月帝国に誕生した時に、実は、うちテュホーンを早い段階で掘り当ててたんどす。どうせ、使われへん思うて、プレゼントして椿はんを利用しよう思うとったけど、渡さなくて、ほんまよかったわー。渡していたら、首を刎ねるどころか、ウチが椿はんに捕まって、地下の暗い牢屋に閉じ込められて慰み者されるところでしたわー」


(鳥兜さんまで、俺をそんな目で見ていたんだ。というか、最初にもし、テュホーンが月帝国に入っていたら、俺の人生、こんなに辛酸を舐める展開にならなかったよな)


「鳥兜さん。二回目に俺の首を刎ねたプレイの時にも、ひょっとして、テュホーン、所持していました?」


「まあ、よくおわかりですなー」


「もし、前回、俺がペテルブルグを所持していて、テュホーンと交換してくださいって頼んだら、交換してくれました」


「せやねー。多分、交換したと思いますわ」


 グワー、結局、前回、伽具夜に言われたとおりにしておけばよかった。ペテルブルグまで落としておいて、ポイズンと交渉でテュホーンと入手しておけば、東京をコルキストのテンペシオスから守れたじゃないのか。


 結局、俺の能力を発揮できないように全部、鳥兜さんが抑えていたのかよ。一番の天敵は、ロマノフでもコルキストでもなく、アーティファクトの発掘運がいいポイズンだったのか。


 椿は気を取り直して、大桜に尋ねた。

「それで、作業も終わったんで、帰っていいですかね?」


「いいわ。一度、帰還して、機体のエネルギーを満タンにしておいたほうがいい気がする。リードの月面歩兵が失敗するとは思えないけど、きっとこのまま終らない気がするわ」


        9


 椿が帰還すると、皆が椿を見る目が「誰この汚い民間人」から「気取らない英雄」に変わっていた。

 椿は「エネルギー満タンで」と整備兵に伝えて、メイン・ブリッジに戻った。

 大桜が労いの言葉を掛けてくれた。


「ご苦労様、おかげで、作戦が順調に推移しているわ」


 それから、しばらくの間は、リードと塔内にいる機械の兵隊の戦いが続いた。大桜は指示を出していたが、椿は最後の出番が終った俳優のようになったので、ボーッとしていた。


 伽具夜が冷たい手拭いを差し出して口にした。

「ほら、どうせ、やる仕事ないんでしょうから、トイレにでも行って、顔に手拭い当てて、休んでいなさいよ」


 初めて、優しい言葉が聞けた気がする。

(中々、心が通じ合わなかったヒロインが戦争のさなかに心を開いてくれた。待てよ。これも、死亡フラグ? 気、気のせいだよね)


 メイン・ブリッジで手拭いを顔に当てて休んでいると、いつの間にか寝てしまった。

 大きな音がした。手拭いを届けると、いつの間にか、艦内で非常灯が灯っていた。バルタニア兵の緊迫した声が聞こえた。


「カイエロ、全停止! 原因不明です」


 月の上空に穴が空き、下半身が四本足の蜘蛛で、上半身が巨人の、全長百メートル越えのバトル・ドミネーターが、ゆっくり地上に降りてきた。


 艦内に強制的に通信が入った。

「よく、ここまで来ました。イブリーズの指導者たちよ。我は月に住まう神。貴方たちは、よくここまでやりました。ですが、それも、ここまでです。今すぐに塔から引き上げ、地上に戻って戦いを続けるというのなら、見逃してあげましょう。されど、我と戦うなら、死を与えましょう」


 どうやら、神様がラグナロクをやめるのなら今だという、最後通告らしい。

 カイエロが全停止しているなら、月面強襲艦は、巨大なバトル・ドミネーターの一撃で破壊されるかもしれない。


 初めて大桜が決断に迷ったのか、口を開かなかった。


 椿は、静まり返った艦内で、神様に問いかけた。

「ちょっといいですか。個別の選択は、ありですか」


 神を名乗ったバトル・ドミネーターが、意外な言葉だったのか問い返してきた。

「なんだと?」


「いえ、ですから、俺の選択肢は死でいいので、一騎打ちしてください。他の指導者は、他の指導者で、地上に戻って戦うなり、死を選ぶなり、個別に決めていいか、という確認です」


 伽具夜が小声で、椿に抗議した。

「お前は、馬鹿なの。相手は、お前の乗るバトル・ドミネーターより十倍以上も巨大なのよ。しかも、一騎打ちって、月面強襲艦や鳥兜の遊撃隊は、援護に回れないのよ」


 椿は伽具夜に構わず、神を名乗る存在に語りかける。

「で、どうなんですか、一騎打ちを受けてくれるんですか、断るんですか?」


「馬鹿者よ、お前は、たった一機で我に勝てると思うたのか?」


 ついに神様からも馬鹿呼ばわりだ。なんだか、もう、馬鹿と言う言葉が愛おしくなってきたよ。


「じゃあ、一騎打ちでいいんですね。今すぐ準備して行くんで、ちょっとだけ待っていてください」


 椿はもう一度、テュホーンに乗ろうと踵を返すと、大桜が問いかけてきた。

「本当にあんな、でかいバトル・ドミネーターに、たった一機で勝てると思っているの」


「俺、基本、ソロだし。なんか神様の姿を見ていると、武神討滅戦より、簡単な気がする。時間制限なければ行けるよ、きっと。というわけで、ちょっとそこまで、神様倒してくる」


 伽具夜はもう椿を止めずに、冷静に評価した。

「そうね。どうせ、地上に戻ってまた、戦争になれば、月帝国は一都市しかないから、敗北は必至。それに、ラグナロクが失敗したら、リードに首を上げるんですのものね。おかしな考えだけど、椿の指導者としての才能がゼロに近い事態から考えると、まだ得意な槍で神様と戦ったほうが、生存確率は高いのかもしれないわね」


 伽具夜が平然と言ってのけた。

「いいわ、どうせ死ぬなら、神様と戦って死んできなさいよ。そうしたら、貴方の死後の武勇伝は、私が語ってあげるわ」


 何度、死ぬと言われた過去があるだろう。でも、今回だけは伽具夜の予想は外さなければいけない。


        10


 椿はテュホーンで戦場に降り立つと、神様の前に立った。

「神様、一つ、言いたいことがあるのですが、いいでしょうか」


「なんだ、今さら怖気づいたのか?」


「いえ、俺が言いたいのではすね――」

 椿はそこで一度、言葉を切って怒鳴った。

「馬鹿野郎、なんでこんな過酷なデス・ゲームに、一般ピープルな高校生なんか選んだわけ。お前のせいで、どれだけ、嫌な目に遭ったと思っているんだよ! 首なんか二回も斬られたんだぞ。それに、補佐役の伽具夜って、なんなんだよ」


 ここから先は本来、伽具夜に言うべきだが、伽具夜に言うと怖いので、神様に言葉をぶつけた。

「死ねだの、死ぬだの。不吉な言葉ばかり言いやがって。補佐役だろう、もっと俺を労わってくれよ。俺を励ましてくれよ。初めて異世界に連れて来られたのなら、優しくしてくれもいいだろう。しかも、皇后とかいっても、寝室に足を踏み入れるなだよ。それどころか、一度も俺の部屋に訪ねて来てくれないって、どういうわけ。それとだな――」


 神様がさすがに口を挟んだ。

「待て、途中から我への不満から、補佐役への不満に話題が変わっているぞ。補佐役に不満があるのなら、直接、不満を補佐役に言えばいいだろう。なんで我に言うんだ!」


「だって、伽具夜に直接、言ったら、怖いでしょう。絶対、陰湿な嫌がらせとか、するタイプだもの」


 神様は説教した。

「それ、お前の態度が間違っているぞ。ちゃんと言いたい言葉は自分の口で伝えろ。それに、お前の言葉、我との戦いの前に言うべき言葉じゃないだろう。もっと最終決戦の前らしい英雄的セリフを言えんのか!」


 椿はテュホーンの槍を構えて宣言した。

「うるせえ! 俺は、愛や勇気や友情を力に変えて戦う人間ではないんだよ。世の中を生きて行く上で、溜まったフラストレーションを力に変えて、現実逃避のために敵に叩き付けて戦うタイプなんだよ。いってみれば、闇属性の人間なんだよ。じゃあ、行くぞ。伽具夜さんから受けた全ての仕打ちをこの槍に込める」


 神様も巨大な太刀を手にして受けて立つ。

「なんか、お前。人間として色々ダメなところが、かなりあるな。今まで聞いた記憶にない一騎打ちの口上だが、一騎打ちを受けて立とう」


 こうしてある意味、すべての思いをぶつける、神様との一騎打ちが始まった。

 神様の攻撃は基本、太刀によるものだった。椿にとって、モーションが大きい太刀を避けるのは、造作もなかった。


 途中で神様は、誘導弾式ミサイルを、背面から撃つ。椿は先頭のミサイルに槍の先端を向けた。

 槍の穂先を、ミサイルの信管の作動範囲に入れる。ミサイルが爆発する瞬間に八艘跳びで連続後退して、他のミサイルも一緒に誘爆させて、難なく避けた。


 椿は八艘跳びで神様の後ろへ回り込むように移動する。移動しながら、神様の蜘蛛のような足に攻撃を仕掛けた。


 メイン・ブリッジと通信が繋がっているのか、会話が聞こえてきた。

 ソノワが絶望的といった口調で評している。

「ダメだ。話にならない。椿国王の槍が小さ過ぎる。あれでは、百回や二百回、攻撃が当っても、倒せない。対して、椿国王のテュホーンは、脆すぎる、一撃でも喰らったら、終わりだ」


 椿は攻撃をしながら言い返した。

「俺の最長コンボ記録は、七百六十八コンボだ。それ以上は、ボスが持たなかった」


 大桜が椿の言葉をわかりやすく、ソノワ、リード、鳥兜、伽具夜に説明する。

「七百六十八コンボっていうのは、相手の攻撃を一度も喰らわずに、七百六十八回、連続で攻撃を敵に当てた、って意味よ。つまり、椿は一撃も喰らわないで、神様に千回近くの攻撃を浴びせるつもりなのよ」


 伽具夜が大桜の言葉を聞いて、月面強襲艦の乗員に命令した。

「千回近く攻撃を浴びせる、ですって! じゃあ、ここで、黙って見ていても、五時間くらい戦うの。そんなに長く見てられないわよ。飽きるわよ、絶対。とりあえず、お茶とお菓子と、何か面白いDVDの用意をして頂戴」


(ちょ、そんな皆の命運が懸かった戦いを俺はしているのに、伽具夜さんはDVDを見るの?)


 伽具夜の言葉に、鳥兜が乗った。

「せやねー、なんか、ちまちました戦いがずっと、続くようやし、うちがポイズンから持ってきた御菓子でも食べながら、なごみましょうか」


 いつの間にか、リードも月面強襲間に戻ってきていたのか、話に入っていた。

「ポイズンの菓子は甘くて、どうも好きになれない。それより、酒だ。酒はないのか、大桜」


「艦内は飲酒禁止なのよ。お茶とお菓子で我慢しなさいよ。そうだ、どうせなら、テレジアとも通信繋いで、話そうよ。どうせ、私たち、すること全然ないんだし」


(うわー、俺、なんか、一生懸命に戦っているのに。月面強襲艦内では、女子会が始まっちゃったよー。俺が皆の命運を懸けて戦っているのに、俺一人だけ、のけ者にされているよー。もういいよ! この神様を倒して、おうちに帰るから)


 椿は月面強襲艦との通信を切って、一人黙々と自分の世界に入って行った。

 おおよそ、三時間後。椿は四百回くらい、攻撃を加えただろうか。神様の足を全部すっかり破壊した。後は、頭部と心臓くらい破壊すればいいと思った。


 突如、神様が発光して、大きな衝撃が襲ってきた。けれども、椿はおおよそ、足四本を破壊した辺りで残り体力が四割くらいになると既に予測していた。


 この手のでかい敵は、体力が半分を切ると、どこかで大ダメージの範囲攻撃が来ると読んでいたので、インヴィシブルで耐えた。


 椿にとって、神様は天上天下唯我独尊の巨大ボス・キャラと変わらなかった。神様の攻撃がレーザーやミサイルに加えて、地面から火柱が立ち上り、天空からの光の柱の攻撃が加わる。


 でも、全てが、天上天下唯我独尊で椿が経験した展開の攻撃だった。

 椿は途中から「京の五条の橋の上、大の男の弁慶が、長い薙刀ふり上げて、牛若めがけて斬りかかる」と鼻歌交じりで躱しながら、着実にダメージを与えていた。


 約二時間後、遂に神様の頭部に露出した、弱点らしき部位を椿の槍が貫くと、神様は倒れた。

椿は時計を確認する。


「うーん、約五時間弱か、リアルに戦うと、結構な時間が掛かるんだな」


 椿にとっては、最後まで戦争をしていた感覚はなかった。


 月面強襲艦に回線を繋ぐと、笑い声が聞こえていた。それは、ラグナロクを達成した喜びのものではなく、明らかな女子会が続いている笑い声だった。


 椿は以前、独裁者が感じる孤独とは別の孤独を感じた経験があった。今回は、さらにもっと別の孤独を感じた。

        11


 椿が月面強襲艦に戻ろうとすると、テュホーンの機能が停止し、真っ暗になった。エネルギー切れではないらしい。


 突如、聞いた覚えのない女性の声が回線に入った。

「ラグナロクが達成されました。これより、イブリーズは再構築されます。ラグナロクを達成した指導者には、帰還が認められます」


 機体が揺れ始めたが、どうにもできない。無線をどうにか繋ごうとすると、なぜか復旧していない無線から、伽具夜の明るい声が聞こえてきた。

「おめでとう、椿。これで、お別れね。絶対、お前は消滅すると思ったけど、最後まで生き残ったわね。これも全て、運のおかげよね」


「すいません、ラスボス一人で倒したの俺なんですけど、これ、運なんですか」


「当たり前でしょう。運よ、運。私がいなかったら。とっくにラグナロクを思いつく前に、お前は三回も死んで、消滅していたわよ」


 伽具夜がドスを利かせた声で発言した。

「そういえば、最後に私に対して言いたい言葉を、他の指導者の前で滅茶苦茶、言ってくれたわよね」


 椿はこのまま、伽具夜と顔を合わせずに帰還するとの確信があったので、正直に答えた。

「最後だと思ったし、もしかしたら、死ぬかもしれないと思ったので、正直に言いました」


 伽具夜がいつもの口調で返事した。

「ふん、まあ、いいわよ。結局、お前はイブリーズからいなくなるのよね。お土産を持って帰還すればいいわ。ああ、やっと終れるわ」


「イブリーズが終ると、伽具夜さんはどうなるんですか? まさか、消えるんですか?」


 伽具夜は別に気にしてないような口調で答えた。

「さあ、本当に世界を管理運営している側の存在しだいでしょうね」


 伽具夜は一旦そこで言葉を切って、少しだけ親愛の情を滲ませて伝えた。

「でも、最後に、認めてあげるわ。今度は、私の寝室に好きな時に入ってきていいわよ。ちゃんと相手をしてげるわ」


「帰る直前に言われてもなー。でも、認めてくれて嬉しかったですよ。さようなら、伽具夜さん」


 目の前が真っ暗になった。以前に味わった死に近い感覚が椿に訪れた。

 やっと全てが終ったんだな。地球、どうなっているんだろう。俺の夏休みは、戻ってくるんだろうか。

 

 きっと戻ってくるさ。それにしても、神様のお土産って、なんだろう。

 そのうち段々と眠くなってきて、寝てしまった。


 どれだけ、寝たのだろう。柔らかいふかふかしたベッドに、肌触りのいいシーツの感触を抱いた。

 やっと日本に帰ってきたんだなと思ったが、ふと思った。

(俺の家のベッドって、こんなにふかふかだっけ? しかも、これ、高級シーツの感触だよ)


 目を開けるのが恐ろしくなった。隣では人が動く気配がする。

(これって、まさか)


 椿は意を決して目を開けた。すると、夜着に身を包んだテレジアが、にっこりと微笑んで横に寝ていた。

 テレジアは当然だとばかりに声を発した。


「やっと帰って来られたわね、椿」

「ちょ、ちょっと、待ってください。なんで、テレジアさんが俺の部屋に。違う、俺がテレジアさんの寝室にいるんですか」


「だから、帰ってきたんじゃないの。試練を終えて、アブリスクのピロステンに」


 ピロステンと言う単語は、聞いた覚えがある。

 確か、ロマノフの首都だ。月帝の首都の名前が東京だったのなら、ピロステンは、おそらくアブリスクという国にある、都市の名だろう。


 椿はどう頑張っても地球にアブリスクなる国が存在するのを思い出せなかった。


(俺、地球にすらいないのかな、というか、絶対に帰還してねー)


 椿の心中なぞ知らないテレジアは、椿を同じ惑星出身の人間と完全に思い込んでいるようだった。

 テレジアは椿の狼狽を別の内容にとったのか、優しい顔で発言した。


「別に、心配しなくていいのよ。アブリスクでは通常、平民は王族とは結婚できないわ。でも、試練に望んで戻ってきた椿なら、大丈夫。アブリスクを建国した王様だって、試練に臨んだ王女が連れて帰ってきた、平民出身のお婿さんだったんだもの。そう、椿のようにね」


 椿は心の中で叫んだ。

「お婿さんって、ちょっと待ってよ! テレジアさんの中では、俺とテレジアさんとが完全に結婚する展開になっているよ」


 テレジアは嬉しそうに流暢に言葉を続けた。

「椿と私の結婚を否定するのは、アブリスク建国の歴史を否定するようなもの。もっとも、お姉様がたも試練を潜り抜けて戻ってきて、王位継承権を持っているから、椿を初代建国王のように国王にするのは無理かもしれない。けど、私との結婚だけなら、祖母である女王陛下も許してくれるはず。大丈夫よ」


(立っていたのは死亡フラグじゃなくて、テレジア攻略フラグだったのかー)


 伽具夜が以前、椿に対して「望んでやって来たか、望まないで来たかの違い」と告げた言葉を思い出した。つまり、テレジアのいる国ではイブリーズで行われるデス・ゲームに望んで参加しているのだ。


 テレジアの住む国アブリスクでは、デス・ゲームに参加して帰還しないと、実力なしと見做され、王族に生まれても王位継承権が認められないのだろう。


 椿は内心では汗を掻きながら、心の中で叫んだ。

(まじ、リアル・ストラテジー来ちゃった!)


 神様が椿にくれたお土産が、別の惑星での王族に加わる待遇だったのか、テレジアが貰ったお土産が、お婿さん、だったのか、皆目わからない。


 案外、本当のイブリーズの支配者が「これなら、両方とも幸せだよね」と勝手に解釈して、両方に渡したお土産の結果かもしれない。


 椿には選択肢が二つあった。


 一つは、もう一度、アブリスクの国から試練とやらに参加して、リアルではないストラテジー・ゲームを伽具夜と一緒に行って、消滅覚悟で日本への帰還を目指す展開。


 もう一つは、テレジアと一緒にアブリスク国の王位継承権を持ってしまった人間として、謀略が渦巻くであろう宮廷で、リアルなストラテジー・ゲームを一生涯に亘って続ける未来。


 椿は思わず枕を被って、心の中で叫んだ。

「どっちも嫌だー。ストラテジーなんか、大嫌いだー」

                                          【了】


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