表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第七章 ラグナロク作戦発動

『自分が神様だと思っている奴の首を取りにいく。これって、ある種の快感よね』――バルタニア独裁者 大桜の言葉


 第七章 ラグナロク作戦発動


        1


 テレジアとソノワは結局のところ、宮殿の一室に軟禁状態となっていた。

 敗者に掛ける言葉はないが、椿には害意がない気持ちだけは知ってもらおうと、一応、挨拶に出向いた。


 室外には、二人の護衛と監視を兼ねた女性兵士が立っていた。椿がテレジアの部屋の前に来ると、兵士が内部に来訪を知らせた。


 少しして、内部より使用人兼監視役の無表情な若い女性が一人いて、部屋へ入れてくれた。

 テレジアにあてがわれた部屋は伽具夜の部屋よりはだいぶ狭く、調度品の類が一切、除かれていた。


 おそらく、椿が国賓待遇を主張しても、伽具夜の意見と対立していたので、最低限の国賓級の部屋を用意しようとした外務大臣の気苦労が伺える。


 それでも、テレジア用の部屋は、椿にとってはテレビの旅番組でしか見た経験のない、大きな部屋だった。

 室内に入ると、部屋同士を仕切る扉はなかった。大きないくつかの居室と広い寝室へと繋がる部屋で、室内は構成されていた。


 居室にいてお茶を飲んでいたテレジアが椿を見ると、椿が口を開く前に、そそくさと部屋を移動した。椿はすぐにテレジアを追った。すると、テレジアが移動した先は、寝室だった。


 寝室と隣室の境目から、伽具夜の準備した使用人が無表情な顔を半分だけ出して、様子を窺っているので、なんだか椿が監視対象のような嫌な視線を感じた。


 寝室に行くと、テレジアは覚悟を決めたように、背を向けてドレスを脱ぎながら、発言した。

「ここへ来た目的は、わかっています。下劣で卑小な獣に犯されるのは、覚悟しましょう。でも、せめて湯浴みの時間をください。女王でなくなっても、朕、いえ、私は一人の女性なのです」


(下劣で卑小な獣って、テレジアさんの中で俺の正直な評価って、そんなに低いの!)


 椿は慌ててテレジアがドレスを脱ぐ行為を止めた。

「わあ、ちょっと、待ってください。脱がなくていいですってば、そういう行為を期待して来たじゃないんですから、」


 テレジアは、きっと椿をきつく見つめると、言い放った。

「酷い人! 私のドレスを乱暴に破り捨て、裸にさせて街を歩かせるつもりですか? それとも無理に犯して、ささやかに抵抗する私の姿を見て興奮するのですが。それとも、暴力に及んで、私の苦しむ姿を見て、楽しむおつもりですか、貴方は今まで会った殿方の中で最低のクズですわ」


 まだ、用件すら言ってないのに、存在を否定された気分だ。こちらは、暮らしに不便がないか、ちょっと聞きに来たくらいのつもりだったのに、完全に誤解されている。


 椿はとりあえず、世間話から入ろうかとは思うが、王族の世間話なんて話題が浮かばなかった。なので、テレジアに以前から思っていた、疑問を聞いてみた。


「ちょっと話がしたいだけですってば。不思議だったんですよ。どうしてロマノフは、いつも大陸を隔てたペテルブルグに、大軍を準備できたんだすか」


 テレジアが何かを怪しむような態度で答えた。

「決まっているでしょ。経済力ですわ。国の基盤は経済。ロマノフは、いつも好調な経済力で常時、豊富な軍資金を確保していましたから、月帝より優秀な軍備を保持していましたのよ」


 ロマノフは経済重視の国で、好調な経済で軍事費を捻出して、兵器を作らせていたのか。でも、椿が最初に経済に走った時は、見事に失敗した。


 テレジアの経済を発展させる能力が椿とは別格なのだと思った。また、軍事的にもバランスの取れた配分ができていたので、指導者としての資質はテレジアが上だと感じた。


 案外、テレジアに月帝の経済顧問になってもらえれば、月帝はもっと裕福になれるのではないだろうか。


(無理だろうな。テレジアが俺の下では、絶対に働かないだろう。ならいっそ、月帝のどこか一ないし二都市を、軍を持たない条件で、テレジアさんに渡して、ロマノフを再興してもらおうか。再興の代わりに毎月、決まった額を、東京に納めてもらったほうが、トータルで月帝の収入は増えるかもしれないな)


        2


 椿は好意を持って、テレジアに近づいた。だが、椅子が近くになかったので、ベッドに腰掛けた。

「なるほど、そうだったんですね。では、今後の話をしませんか。テレジアさんの態度しだいでは、ロマノフの女王に返り咲かせてあげてもいいですよ」


 テレジアは囚われの身でありながら、果敢に椿を睨み付けた。

「よくそんな、見え透いた嘘が言えたものですね。魂胆は、何ですか? ありもしない国の復興をちらつかせて、どんな変態的かつ卑猥な要求をしようというのですか。できもしないのに、ささやかな希望をちらつかせて、奪う。貴方は人の皮を被った悪魔ですわ」


 テレジアはベッドから距離を置くと、壁に掛けてあった鏡を地面に投げて叩き割り、破片を手にした。


「この、鬼畜な外道め! もう、耐えられませんわ。どんな性的な倒錯的要求を飲ませようと考えているのですか、それ以上しつこく近づくと、自分で首を掻き切ります」


 椿は慌ててベッドから立ち上がり、テレジアを宥めた。

「ちょっと、それはダメ。手を切ると危ないですから、破片は置いて!」


 椿は寝室入口で顔を半分だけ出している使用人兼監視役に、助けを求めるように視線を送った。

 破片を手にしたテレジアに椿が襲われる可能性もあるのだが、使用人兼監視役の女性は、ドラマでも見ているように、無表情に二人の様子を観察しているだけだった。


(ねえ、何で、止めに来てくれないの。貴女は、女版のバレン君ですか)


 椿の態度と好意は、完全に裏目に出た。


(こりゃ、ダメだ。話にならないよ。害意がないと伝えに来たのに、全くの逆効果だよ。これ以上は、話しても、駄目だ。テレジアに被害妄想を膨らまされたら、最悪、自害されちゃうよ)


 椿は敗北した野生動物のように、ゆっくり後ずさる。椿がテレジアを軟禁しているのだが、なぜか立場は下に感じて、下手に出て発言した。


「いや、恐怖感を与えのなら、すいません。謝ります。とりあえず、退散します。でも、ロマノフ復興の話は、心の隅に止めておいてくださいね」


 椿はテレジアの寝室を出た。黙って部屋の入口から顔を半分だけ出して見ていた使用人兼監視役が、メモ帖を出し、書き込みながら、呟くのが聞こえた。

「十四時二十二分。テレジア様、病的とも言える性的要求を椿国王様に対して拒否。テレジア様は自害寸前、と」


 椿は思わず足を止めて、使用人兼監視役の女性に声を掛けた。

「ちょっと、何か、わざと誤解されるようにメモを書いていませんか。書いた内容そのまま、伽具夜に伝える気ですか。やめてくださいよ。そんなの、後で俺が酷い目に遭うでしょう」


 使用人兼監視役の女性は「了解しました。国王様」と答えた。ところが、メモを続けながら、呟く声が、また聞こえた。


「前項目に対し、椿国王様より、真実の削除要求あり。削除する。テレジア様に対する真実は、闇の中に葬られる、と」


 テレジアの部屋に長居すると、次々とありもしない事実が捏造される危険を感じたので、部屋をすぐに出た。


 ソノワの部屋に向う途中でバレンに会ったので、テレジアの部屋にいた使用人には伝えられなかった命令を下した。

「あ、ちょうど、いいところに、バレン君。テレジアとソノワの食事の件だけれど、月帝の料理が気に入らないなら、二人が困らないように、他国の料理を選択できるようにさせてあげて」


 バレンが畏まって返事をした。

「メニューが選択できるようにする件は、了解しました」


 椿はそこでテレジアの部屋が殺風景だった事実を思い出した。

 ソノワは別に部屋のレイアウトを気にするタイプには見えなかったが、テレジアは被害妄想に陥るほど、気落ちしている。ちょっと気を配ったほうがいいかもしれない。


「バレン君、あと、テレジアの部屋が殺風景だから、毎日、花の一つも贈っておいてよ」


 バレンは執事らしく尋ねた。

「畏まりました、国王様。でも、花は、何の花を贈ったらよろしいのでしょうか」


 椿は適当に答えた。

「イブリーズで咲く花の種類なんか、わからないからな。じゃあ、女性が貰って嬉しいと思うような花を適当に見繕って、ドンと毎日、贈ってあげてよ。あと、花言葉には気をつけてね。ネガティブな花言葉の花を贈って深読みされると、嫌だから」


 バレンが気を利かせて確認してきた。

「花にメッセージ・カードはお付けしますか」

 花にメッセージ・カードなんて付けて女性に送った経験は、全然ない。だが、また、何も言わないで花だけ贈ると、誤解されるかもしれない。かといって、下手な言葉を書けば、これまた、要らぬ誤解を与えるかもしれない。


 椿はその場の思いつきで指示した。

「じゃあ、メッセージ・カードには適当に有名な、詩や歌を書いて贈っておいて。テレジアの知っていそうな詩や歌だよ。自作してもいいけど、ネガティブ・ワードは絶対禁止だからね」


 バレンはにっこりと微笑んで「お任せください」と答えた。


        3


 椿は次に、ソノワの部屋を訪ねた。ソノワの部屋の前にも護衛がいて、使用人兼監視役が一人、従いていたが、無表情ではなく、普通の若い女性だった。


 会談時には男装の麗人たるソノワだったが、まだ昼過ぎなのに夜着に着替えて、ベッドに寝転んで本を読んでいた。


 ソノワは椿の来訪を知ったのに、夜着の上に何も羽織ろうとしなかった。男装の麗人たるソノワだったが、夜着はネグリジェ・タイプの透けた物だったので、椿は眼のやり場に困った。


 椿が寝室に入ると、やはり、寝室と居室の境目から使用人が顔を半分だけ出し、様子を窺っていた。椿は使用人には気にせず、ベッドの側に立った。


 さきほどのテレジアの時のように、ベッドに座ると勘違いされると思ったから、腰掛けはしなかった。

 椿がベッドの側に立つと、ソノワは本をベッド上端の台の上に置き夜着を脱ぎ始めた。

 椿はテレジアの時と同様に、脱ぐのを止めに入った。


「ちょっと待ってください。何で脱ぐんですか?」


 ソノワは冷たい瞳で毅然と言い放った。

「何でって、貴公は私を、犯しに来たんだろう。どうせ、服を破かれるなら、こちらから脱ぐさ。さあ、好きにするがいいさ。でも、覚えておくがいい。体は好きにできても、心までは、好きにできないぞ」


 椿は自分がモテない人間だとは自覚していたが、ここまで女性に酷い印象を与えるとは、思いもよらなかった。


(もう、この際、無能だと思われるのはいいよ。事実だからさ。でも、俺って、どんな人物だと思われているんだよ。これじゃあ、まるで、変質者が王様になったみたいだろう)


 椿はソノワが下着に手を掛ける前に止めた。

「いや、ですから、脱がなくて結構ですってば!」


 ソノワが下着姿でのまま、冷徹に問い掛けていた。

「お前の手で脱がせたいのか? そういう趣味なのか?」


「そうじゃなくて、ここに来た理由は、ソノワさんとそういう行為に及びに来たんじゃなくて、聞きたい事実があって来たんです」


 ソノワは下着姿のまま、納得したように評した。

「なるほど、人の性体験を掘り下げて詳しく聞いて、答えづらい言葉を言わせて、はあはあと、息を切らせて興奮するタイプの人間なのか、この、ド変態め!」


(だから、どうして、そういう人間に見られるんだよ。俺、ひょっとして、現実世界でも警察に職務質問されないだけで、クラスの女子から変態だと思われているのかって、不安になるよ)


 何か、テレジアとソノワって、話をするだけで精神的ダメージを受ける。

「とりあえず、上に何か着てください。聞きたいのは、月の話です」


 ソノワが夜着を着直しながら、嫌悪の表情で聞き返してきた。

「月の話? 女の生理について、詳しく聞きたいのか! 貴公は、小学生か?」


「だから、どうして、話を下に持っていくんですか! 空に浮かぶ月ですよ!」


 ソノワは、訳がわからないといった表情で答えた。

「いや、そうか。椿国王の口から宇宙の話が出るとは、猿が人語を話す以上に意外だったものでな、すまない」


 俺、ソノワにも、完全な変質者かつ愚か者、扱いされているよ。それに、すまないって、謝られている行為自体も、屈辱なんだけど

 ソノワは近くあったローブを羽織った。それで、やっと誤解が解けたと思った。

 椿は気を取り直して、話をやっと前に進めた。


「コルキストは科学重視の国と思ったので、聞いてみたかったのですが、月へ探査機を飛ばした経験は、ありませんか。ソノワさんなら、月を探査しようとした経験くらいあると思ったので」


 ソノワは記憶を辿りながら、苦い失敗談を話すように教えてくれた。

「二度ほどある。二度とも月からの攻撃によって、問答無用で撃ち落とされたよ」


 月に近づくと攻撃される。やっぱり、月には何かあるんだ。普通に月まで指導者に行かれると困る理由が神様の側にあるんだろうか。


「それって、月には何かの軍事施設や都市があるって意味ですか」


「私が言えるのは、二つだ。一つ、月には大きな塔がある。一つ、月に近づくものは未知の攻撃を受けて破壊される。全く、大金を費やしたのに、得た情報は、それだけだったよ」


「月面探査機は無人でした? それとも、有人でしたか?」


「最初、無人で送って破壊された。二回目は、神様と話がしたいという奇特な人物がいたので有人で送ったが、会話が交わされる展開なく、破壊されたよ」


 まずいな。普通に月に出向いて神様に会うという選択肢は、なくなった。月へ向かって飛び立てば、問答無用で攻撃され、破壊される。しかも、未知の攻撃なら、防ぎようがない。


(いや、待てよ。カイエロの〝天元の盾〟なら、防げるかもしれない。うん? ひょっとして、カイエロの本当の使い道って、月から神を呼び出すんじゃなくて、月へ人を送るための道具なのかな)


 椿が考えた奇策の行く末が、現実世界に帰還する方法へ繋がった気がした。それどころか、うまくいけば、全員が帰還できる道が開けた気がした。


        4

 椿は伽具夜の部屋に直行した。

 すると、伽具夜にいきなり、部屋にあった調度品の鈍重な銀製の花瓶を投げつけられた。


 伽具夜は怒りを押し殺したような表情で椿を見下し、事務的な口調で伝えた。

「椿国王様、たった今、テレジアとソノワの部屋の使用人より、報告がありました。国王様は、テレジアを犯そうとして失敗して、ソノワと変態プレイに興じようとしましたね」


 伽具夜の口調が豹変し、いつもの軽蔑したような声が部屋に響いた。

「暴君をやらないといったのは、二人に手を出すための布石だったわけ? 政治や戦略には知恵が回らないのに、猥褻な行為には、知恵が回るのね」


 うんざりだった。宮殿での使用人の誰もが、敵に見えてきた。どうして、誰もが俺を性犯罪者のように見るんだ。


「あー、もう、どうして、わかってくれないかな! そういうんじゃないって。どっちも、使用人の勘違いだよ。それより、通信施設がある部屋で、全指導者による首脳会談って開ける?」


 伽具夜がどこか冷たい視線を送りながら、再び事務的な調子で声を発した。

「話を変えようとしましたね。国王様」


「だから、完全に誤解だって。本題は全指導者による会談なんだよ。やっと、俺が帰れそうな、流れが見えてきたんだ。伽具夜は俺の補佐役だろう。だったら、俺を信用してくれよ」


 伽具夜が冷静に過去を振り返って、感情を込めずに発言した。

「信用した結果、二度も首都が陥落しましたが」


 椿はキレ気味に怒鳴った。

「じゃあ、もう。いいよ。あとで、伽具夜とテレジアとソノワを三人、纏めて相手するよ。それでいいだろう。首都も三度目の陥落をさせる気で、協力してくれよ!」


 椿のキレ気味の態度に何かを感じ取ったのか、やっと普通に話に乗ってくれた。

「まずは、落ち着いたら、そんなに叫ぶと、本当に頭がおかしくなったと思われるわよ

 叫ばせるような事態に持っていったのは伽具夜のせいだが、文句は言うまい。

 話がまた元に戻ったら、ややこしくなるだけだ。


 伽具夜は椿に部屋にあった椅子を勧めながら、発言した。

「結論から言うと、全指導者による会談は、可能よ。ただ、独りしか生き残れない。デス・ゲームなのに、全員で話し合う議題なんて、あるのかしら」


「それは、開いてみないと、わからないよ。俺に一つ、考えがあるんだ。どうせ、俺一人では無理な話だけど、全指導者で話せば、道が開けるかもしれない。もちろん、大桜さんや、リード、鳥兜の誰か一人が反対すれば、結局はダメなんだけど」


 伽具夜は腕組みして、半ば投やりな態度だが協力してくれた。

「いいでしょう。もう、ここまで来たら、好きにしたらいいわ。お前には何を助言しても無駄だしね。大桜、リード、鳥兜の予定を聞いて、指導者による会談を開けるように、外務省に日程を調整させるわ」


「あ、待って。会談にはテレジアさんと、ソノワさんにも出席してもらいたいから、二人の予定も、きちんと合わせておいてね」


 伽具夜が、意味がわからないといった表情で聞き返してきた。


「馬っ鹿じゃないの! 滅んだ国の指導者を参加させて、何の意味があるの。何、テレジアやソノワの出席は、二人の体面を考慮して、慈悲か何か? それともやっぱり、恩を売って、その後に卑猥な行為に及ぶつまり」


「だから、下の話からは離れてよ! 会談の流れによっては、コルキストとロマノフの再興もあるんだ」


 伽具夜が怒りと呆れを足したような表情で、断言した。

「馬っ鹿じゃない発言は、撤回するわ。大馬鹿よ。そんなの、大桜が許すわけないでしょ」


「大桜さんは許さないだろうけど、俺は話が纏まったら、許すつもりだよ」


 伽具夜の顔が険しくなった。

「何か、全指導者による会談を開かないほうが、いい気がしてきたわ。お前は、戦争せずに、月帝を滅ぼす決断を、する未来が垣間見えた気がしたわ」


「それは、今は、何とも」

 伽具夜が大きく息を吐いて、どうにでもなれといった態度で表明した。


「いいでしょう。月帝国の国王様は椿ですもの。お前がやりたいというなら、補佐するのが私の役目。会談が荒れるかもしれないけど、手筈はつけるわ。ただ、リードや鳥兜が参加するかは、確約できないわよ。特に今の状況だと、降伏勧告だと思われるわ。リードも鳥兜も、プライドは高い人間よ。降伏は受け入れないわ」


「だったら。リードには今度こそ、お宝にまつわる、凄く面白い話を持って来た。鳥兜には、会談の流れ次第では、俺の首が斬れるよ、って伝えておけば、顔ぐらい出すと思うよ」


 伽具夜は、意味がわからないとばかりに尋ねた。

「え、そんな話になるの?」


 椿は即答した

「ならない。後で二人は、騙されたって言うかもしれない。だけど、どのみち全指導者会談が失敗すれば、戦争になるんだし、リードにも鳥兜にも一度は騙されたようなものだから、こちらから一度くらい騙しても、いいだろう」


 伽具夜が苦い表情で確認してきた。

「大桜には、何て言うの。大桜は、リードも鳥兜も倒す気でいるのよ。下手な言葉を口にすれば、同盟が崩れるわよ」


「大桜さんには、真のエンディングの話になると言っておいて。気に入らなければ、同盟を切るも続けるも、お任せする。それぐらいの覚悟は椿もしていると言えば、会談に出てくるよ」


        5


 全指導者会談は全員の興味を引いたのか、一週間後開催と異例の早さで開催が決まった。

 会談開始時刻になると、誰もが遅刻せずに、やって来た。通信室の大画面が三分割され、大桜、リード、鳥兜の姿が映った。


 月帝の通信室には椿の右にテレジアが、左にはソノワが立った。伽具夜は相変わらず、壁際に立つが、今回、椿はイヤホンも音声遮断スイッチも装備せずに会談に臨んだ。


 まずは、椿が口を開いた。

「皆様にはお忙しい中、こうして会談に応じていただいて、喜びの限りです。今日は月帝から他国の指導者に提案があって、全指導者会談を開催しました」


 すぐにリードが、不満気に口を開いた。

「私は、凄く面白い話と聞いてやって来た。つまらなければ、途中でも帰らせてもらうよ。それで、椿国王はバルタニアにでも反旗を翻す気になったのかい?」


「まず、大桜さんには、事前に会談の詳細な内容を伝えなかった件を謝っておきます。ただ、大桜さんには申し訳ありませんが、話し合いの進展では、リードさんのいう結末が訪れるかもしれません」

 

 大桜が気分を害したのか、僅かに眉が上がった。

 対照的にリードは、興味を持ったようだった。


 椿は言葉を続けた。

「このまま、戦争を続けても、バルタニアの勝利で終るでしょう。ですが、それはバルタニア一国の勝利でしかない。なら、全員で勝ちに行きませんか?」


 全員が「訳がわからない」といった表情になったが、椿の言葉に逸早く大桜が反応した。


「それが、貴方が言う、真のエンディングっていう奴なの? 話を聞かせてもらおうかしら」


「全員で元いた世界に帰れるように、神様と交渉するんです。カイエロの本当の使い方は月へ行くための船を建造するためだと思います。ですから、ガレリアとポイズンは、カイエロをバルタニアに渡してください。大桜さんはカイエロが全て集まっても、一人で元いた世界に帰還せず、それで月へ行く船を建造してください」


 リードがすぐに不機嫌な表情に変わって、即答した。

「断る。それでは、大桜が裏切った場合、私はお宝を掠め取られた、間抜け野郎にしかならないよ」

 大桜がリードの言葉に即答した。


「私は裏切らないし、椿の話にも興味があるわ。もっとも、ガレリアがカイエロを渡さなくても、今のバルタニアなら、武力で制圧できるけどね」


 リードの顔が怒りに歪んだ。


 リードが会談から抜けられたらまずいので、すかさず椿は口を出した。

「それは、どうでしょう。バルタニアの次に軍事力を保持しているのは月帝です。リードさん、考えてください。ガレリア、月帝、ポイズンの三ヵ国が連合するなら、まだ勝機があるとは思いませんか」


 椿の言葉にすぐに大桜が怒ったように声を荒げた。

「何よ、カイエロをバルタニアに集めろって言い出したのは、椿でしょう。それを今更、リードに味方するの」


「そうではありません。俺はあくまでも、全員で帰りたいんです。ここで、リードさんが反対に周れば、俺の作戦は空中分解です」


 リードは不機嫌に、椿に言葉をぶつけた。

「哀れみなら、不要だよ。たとえ勝てなくても、私は他人に頭を下げる気はない」


「哀れみではありません。俺は前回、リードさんに借りがあります。借りを返すのは、哀れみとは違いますよね」


 黙っていた鳥兜が口を開いた。

「待っておくれやす。皆さんが勝手に話を進めていらっしゃるけど、ウチは、リードはんに御味方しはる気もあらしませんが、椿はんの意見には賛成しかねます。ウチらに殺し合いを強要させている神様いう人が、今さら交渉に応じるとは思えまへん」


「おそらく、地上では交渉に応じないでしょう。でも、神様を名乗るなら、地上に降りてこなくても、月に人を呼べばいい。なのに、わざわざ地上に降りてくるのなら、きっと月に来られたら困る理由があるんだと思います。だから、月に皆で押し掛ければ、交渉に応じる可能性があると見たんです。現に、月には塔があるんです。そこまで行けば、可能性があると思います」


 椿の横にいたソノワが、厳しい口調で椿の意見に反対した。

「なるほどな。でも、交渉とは、同等の立場にあって成立するものだ。ただ押し掛けていっても、よくここまで来たと褒めてはくれても、こちらとの交渉には応じはしないだろう」


 椿は全員の顔を確認すると、その通りといった表情をしていたので、本題を切り出した。

「では、ソノワさん。もし月に行くのが、船ではなく、月面強襲艦を造って、武力を伴って行けば、交渉に応じてもらえるかもしれない。最悪、月にある神様の塔まで占拠してしまえば、交渉に応じるかもしれないって意味ですよね?」


 テレジアが眼を見開いて発言した。

「貴方、まさか。月まで攻め上る気なの。でも、逆に、そんな行為をしたら、神様は交渉に応じるどころか、怒って全てを破壊するかもしれませんわよ」


 今まで指導者会談で、他の指導者とは直接に口を利いた過去がなかった伽具夜だが、今回だけは遠慮なく発言した。


「神様は怒らないわ。むしろ、月へ攻め上がる選択肢は、神様が決めた勝利条件の一つでもあるのよ。月の塔を占拠する勝利方法は、ラグナロクと呼ばれているわ。ラグナロクが成功した場合、特例として指導者全員の帰還が認められるのよ」


 椿は驚き、伽具夜に尋ねた。

「そんな、伽具夜さん。知っていたら、何で教えてくれなかったんですか?」


 伽具夜も、何でだろうと言わんばかりに、首を傾げて発言した。

「急に思い出したのよ。ソノワとテレジアは補佐役がいないから、聞きようがないけど、他の指導者は、補佐役に聞いてみるといいわ。きっと私と同様に、急に思い出すでしょうから」


 椿は悟った。ラグナロクはおそらく裏技的な勝利なのだ。だから、指導者全員が揃って、月へ攻め入ろうと誰かが提案しなければ、補佐役が思い出せないように、記憶にロックが掛っているのだと思った。


 各指導者が帰還条件となるラグナロクが本当に存在するのか、各補佐役に確認するために、しばし、会談が停まった。


        6


 大桜、リード、鳥兜が補佐役に確認が取れたのか、会談が再開された。

 大桜がすぐに口を開いた。

「どうやら、本当にラグナロクっていう勝利条件は、存在するらしいわね。いいわ、やってやろうじゃないの。月で神様を名乗ってふんぞり返っている奴の喉下に、剣を突きつけてやるわ。バルタニアは月面強襲艦の作成に懸かってもいいわ。このまま勝ちが決まったゲームを続けるより、ずっと面白いもの」


 勝が決まった発言を聞いて、リードが顔を顰めて発言した。

「ラグナロクが存在するのは確認した。だが、参加するとは決めていないし、カイエロを渡すとも言っていないぞ」


 椿はすかさず、大桜がやる気を削がないように、フォローに入った。

「では、リードさんは、神様を名乗る存在に従って、ゲームを続けるんですか? 貴方は、より大きな存在に屈するのを、よしとするんですか」


 リードは険しい顔で黙ると、鳥兜が再び口を開いた。

「ポイズンはガレリアの隣国。隣でよう見とったさかい、わかります。リードはんはそない、せせこましい男の人とは、ちゃいます。ただ、カイエロいうお宝を人に渡すの嫌なんどすわ。もっとも、リードはんは、籤運が悪いのか、カイエロの発掘にまだ上手いことしてへんようですけど」

 リードが黙ったところを見ると、鳥兜の指摘は当っているのだろう。


 椿はすぐに提案した。

「だったら、俺がカイエロに相当する対価を払いますよ。だから、カイエロをバルタニアに譲渡してください」


 リードはムッとした顔で問い返した。

「だったら、報酬は何だ。カイエロに匹敵する宝でないと、私は認めないよ」


 椿はリードを見据えて、黙って手刀を首に当てた。

「報酬は俺の首です。ラグナロクが失敗した場合、俺の首を斬って結構です。俺はもう二回、鳥兜さんに首を斬られているので、次に誰かに首を斬られたら、おそらく消滅します。一国の指導者の首では、軽過ぎますか?」


 リードは椿の言葉を聞いても、まだ渋った。

「でも、それでは先に、ガレリアがカイエロを渡す事態になるな?」

「前回は、東京に海軍を派遣して欲しいと申し出たら、カイエロが到着してからの派遣と仰いましたよね。なら、今回は逆に、ラグナロクが失敗したら、首を渡すで、よしとしてくれませんか。なぜなら、今回はリードさんが、ラグナロクに参加したいと申し出る立場だからです」


 リードが不満気に口にした。

「私のほうから頼む、だと?」

「そうです。神様の塔に攻め入る話に、一枚噛みたいと仰るのなら、リードさんは今回、頼む立場になるんです。リードさんと俺では、人間的にはリードさんが格上かもしれませんが、国と国との関係では、同格です」


 リードが言葉に詰まると、鳥兜がさっさと話を進めた。

「どうやら、決まりのようどすな。ほな、ガレリアのカイエロの発掘は、ウチがやらせてもらいます。ウチは籤運はいいさかい、アーティファクトを掘り当てるのは、得意なんどすわ」


 大桜が宣言した。

「決まりね。ラグナロクを決めて、神様に私たちの力を見せ付けてやりましょう」


 椿はそこで、会談が終らない内に提案した。

「あと、もう一つ、大桜さんに提案が。ロマノフとコルキストの再興を認めてもらえませんか」

 大桜はすぐに反対した。


「ダメよ。取った都市は、返せないわ」


「違うんです。月帝国が持つ都市を、テレジアさんとソノワさんに分け与えるんです。テレジアさんは俺より経済が得意なので、俺より経済をうまく回せます。ソノワさんは、科学振興が得意なので、俺より科学振興をできると思います。結局、俺が都市を持っているより、多くの成果をバルタニアに還元できると思います」


 大桜は怪訝そうに指摘した。

「貴方、本気なの? でも、都市を一つ持ったくらいじゃ、テレジアやソノワがいくら優れた才能を持っていて、発揮できたとしても、たかが知れているわよ」


「ですから、テレジアさんにはペテルブルグ、大阪、堺を、ソノワさんには、ベルポリス、ヘクトポリス、陸奥を渡したいと思います。もちろん、二人とも、バルタニアに協力するために都市を渡すので、軍備は一切、放棄してもらいますが」


 さすがに今回の椿の発言には、伽具夜は怒って止めた。

「待ちなさい。それじゃあ、月帝国は首都しか残らないでしょ。今まで流した血と苦労は、何だったのよ」


        7


「もう、いいんだよ。ラグナロクが決まれば、いくら都市を保有していても、関係ない。それに、やっぱり、優秀な人間が都市を治めるべきだよ。本当は陸奥だけ残して、東京もソノワさんに渡そうと思ったけど、首都を渡したら、さすがに月帝国民に悪いかなと思って、地方都市だけにした。都市の譲渡は俺が決めてもいいんだろう。月帝の国王は俺だし」


 月帝の首都以外の全譲渡は、伽具夜に衝撃を与えた。だが、他の指導者には、ラグナロクに懸ける意気込みと伝わったらしかった。


 大桜は、すぐに了承した。

「いいわ。その条件なら、コルキスト、ロマノフの再興を認めるわ。じゃあ、これで決まりね」


 椿はできるだけ、テレジアやソノワにも対等な立場で、ラグナロクに協力させてあげたかったので、安堵した。


「待っておくれやす。ラグナロクには、最後の問題があります。誰かが裏切って次元帰還装置を開発したら、どうします」


 椿はすぐに提案した。

「それなら、どうでしょう。各国の科学大臣を人事交流で動かして、互いに監視するんです。ガレリア→ポイズン→コルキスト→月帝→ロマノフ→ガレリアで科学大臣を異動させましょう。そうすれば、互いに見張る行為ができます。必要なら、経済大臣も動かして、金の流れも監視させましょう」


 リードが不機嫌に答えた。

「監視対象の中に、バルタニアが入っていないようだが」

「バルタニアには、どのみち全てのカイエロが揃うんです。裏切るなら科学大臣を派遣しても意味がないですし、バルタニアは科学力も経済力を総結集しなければならないから、勝手を知っている科学大臣と経済大臣は動かなさないほうがいいと思います」


 ソノワが分析を加えて意見した。

「なるほどな。科学省のトップを他国の大臣に押さえさせれば、抜け駆けをしようとすれば、事前に発見できるかもしれない。次元帰還装置は国家予算並の資金が必要だから、金の流れまで押さえておけば、抜け駆けは難しいだろう」


 リードが、まだ面白くなさそうに発言する。

「監視体制は、それでいいだろう。それで、月に攻め入る軍は、どうする? 連合軍を作るのか? 各軍の連携が、うまくいくとは思えない。それに、総司令官は誰がやるんだ? 椿国王がやるのか?」


「そんな、俺がやったら絶対に負けますよ」


 椿は謙遜のつもりだったが、全指導者プラス伽具夜が納得して頷いたので、ちょっとばかり、ショックだった。


 椿はショックを隠して話を進めた。

「総司令官は、月面強襲艦を建造する大桜さんしか、適任者がいないと思います。バトル・ドミネーター部隊も必要でしょうから、バトル・ドミネーター部隊の司令官は、ソノワさんにお願いしましょう。最後に一番重要な、塔を占拠する月面歩兵軍の司令官はリードさんで、月面歩兵軍の編制はガレリアの歩兵師団から選出してもらっては、どうでしょうか」

 リードに重要な役割を振ったのは、リードを協力させるためだった。だが、鳥兜が納得したように頷いた。


「せやねー。全ての国と刃を交えたから、わかりますけど、バトル・ドミネーターが強いのはコルキスはんやし、歩兵が一番強いのはガレリアはんなのは事実やから、それでいいと思います。けど、それで大桜さんが納得しはりますか」


 大桜がキッパリ宣言した。

「いいわ。リードは好きになれないけど、コルキストのバトル・ドミネーター乗りと、ガレリアの歩兵が強いのは事実だから、認めるわ。ただし、不測の事態を備えて、鳥兜にも遊撃隊として兵を出してもらうわよ」


 椿は話が纏まったのでホッとした。

「じゃあ、俺とテレジアさんは、留守居役ということで」


 テレジアが声を上げた。

「おまちください。椿様のご好意は嬉しいですが、こうなれば朕も部隊がなくても、月面強襲艦に乗りますわ。指導者として死ぬときは一緒。皆さんと運命を共にする覚悟です」


 椿は顔には出さないよう努力したが、心の内では狼狽していた。

(え、この流れって、俺も月に行かなきゃダメな流れ? 俺はいつも戦争を閣議室から見ているだけの人間だったんだけど。ゲームじゃないんだから、月面強襲艦に乗って、危険な前線なんかに出たくないよ)


 大桜が即座に発言した。

「テレジアの覚悟は嬉しいけど、誰か一人は残るべきよ。月に全員で行っている間に、イブリーズ側の総司令官も必要よ」


「じゃあ、俺が」とは言えない空気だった。そもそも、ラグナロクに話を持っていったのは俺のわけだし、テレジアのほうが、きっと軍事的才能もあるよ。


 椿は場の空気を読んで、一旦は見栄を張った。

「テレジアさん、宇宙ではどんな危険が待っているかわからない。それに、軍事的才能はテレジアさんのほうがあるから、俺が宇宙に行くよ。だから、君は、イブリーズの人間を頼む」


 テレジアは少し驚いた表情をしたが、どこかはにかむように頷いた。

「椿国王様がそう仰るなら、私は残ってもいいですわよ」


(何かテレジアさんの態度が変わっている。何か、おかしいよ。絶対「朕が行きますわ」「いや、俺が」って展開になると思ったのに! 何で急に乙女になったの。何回か、どちらが宇宙に行くかで揉めたら「じゃあ、俺が残るって」発言する気だったのに。俺、前線なんて行きたくないよ)


 椿は前回、大量の歩兵を戦場に送った罰が当ったのかと思った。


 大桜は元気よく宣言した。

「では、ラグナロク作戦発動ね」


        8


 翌日、緊急閣議を開いた。ラグナロク作戦の詳細を隠して、各閣僚には最低限の情報しかを与えなかった結果、閣議は椿の糾弾会となった。


 軍務大臣がまずキレた。

「国王様は正気ですか! 三都市を落すのに、どれだけの血が流れたと思っているんですか。それに、元から保持していた、大阪、堺、陸奥まで他国に渡すなんて、狂気の沙汰です。しかも、そこまで都市を渡したら、月帝国は現在の軍備は維持できません」


「だからね、それは、その、イブリーズ全体のためには、しかたなかったんだよ。軍隊は軍備を縮小して兵隊には順次、家に帰ってもらおうよ。全首脳会談でイブリーズでの全戦争停止が決まったんだしさあ」


 経済大臣が軍務大臣を押しのけるように強く抗議してきた。

「軍縮は結構ですが、なぜ私が、新興国家として再興されたロマノフに左遷なのですか! 私が飛ばされる理由を、お聞かせください」


「き、君は何も悪くないよ。ただ、ロマノフのテレジアは経済的手腕が優れているから、テレジアの元で学ぶつもりで、行ってきてよ。そう、留学と考えてさ。それに、大きなお金の流れをチェックできるのは君しかいないんだからさ」


 次に、科学大臣が噛み付いてきた。

「じゃあ、何で私まで、ロマノフ行きなんですか! バルタニアならわかりますが、新興国家のロマノフの科学力なんて、底が知れていますよ。留学にすらなりませんよ」


「そこは、そう、君は、指導に行くんだよ。ロマノフの遅れた科学を引き上げて、皆を幸せにしてあげてよね。うん、君なら、できるよ。それに、次元帰還装置を作らせないための監視ができる人間は、君しかいないんだからさあ」


 宗教大臣は関係ないとばかり黙ったままだ。宗教大臣には月に攻め入る話はしていない。

 神に弓引くとわかれば、きっと一向一揆で苦しめられた信長の気分を味合わされそうなので最後まで知らないままでいてもらおう。


 外務大臣は「しばらく暇になりそうですね」と、もう誰からも月帝が相手にされなく事態を暗に仄めかしていた。


 軍務、経済、科学の三大臣がまだ、不満をぶつけ足りないとばかりに口を開こうとしたところで、伽具夜が助けてくれた。


「経済大臣、科学大臣、今までご苦労でした。出発の準備があるでしょうから、もう今日は、帰っていいわよ。軍務大臣はさっそく、軍縮案を作って持ってきなさい。私が直に見ます。では、解散します」


 軍務、経済、科学の三大臣が拳を握り締めて、退出した。真実を知れば一番狂わんばかりに怒ったであろう、宗教大臣も退出したので、ホッとした。


(知らぬが仏とは、まさに今の状況だな)


 外務大臣が退出しようとした時、何かを思い出したように、発言した。

「あ、忘れるところでした。コルキストから新たな科学大臣が赴任しますが、アーティファクト・ドミネーターのテュホーンを持って、やって来るそうです」


「アーティファクト・ドミネーターって、強力な兵器なんだろう。バルタニアに送らなくていいのかな」


「テュホーンは元々、ポイズンで発掘された物で、バルタニアに必要かどうか、一応は尋ねたそうです。ですが、バルタニアには、他のアーティファクト・ドミネーターのアトラスがすでにあります。アトラスを改良してテンペシオスを作ったので、今更、テュホーンを元に新たなバトル・ドミネーターを作るのは不要との結論にいたったそうです。ですから、大桜様が仰るにはテュホーンを椿国王の玩具にしていいそうです」


 戦争に出ないなら、イブリーズにせっかく来た記念に、バトル・ドミネーターに乗ってみたい。だが、テンペシオスのようなバトル・ドミネーターなら、あまり面白くなさそうだ。


「巨大人型ロボットに乗ってみたい気はするけど、どうせ、テンペシオスみたいな、重装甲の剣士型なんでしょう。俺、どうも武器としての両手剣って、好きじゃないんだよな」


 外務大臣はパワードスーツの腕の部分の液晶画面表示を見ながら確認する。

「いえ、テュホーンは剣士型ではなく槍兵型と聞いております。武器は槍です。両手剣を持つテンペシオスよりも攻撃力は低く、基本構造も運動性重視で華奢なので、都市攻めには不向きとして採用されなかった機体です」


 椿は槍兵型と聞いて胸がときめいた。

「え、武器が槍なの! なら、乗る、乗る。俺、槍は好きなんだ」


 伽具夜が呆れたように批評する。

「剣も槍も、一緒でしょう。ただ、ちょっと長いだけじゃない」


「槍を馬鹿にしちゃいけないよ。槍は最高の武器だよ。オンライン・ゲームの天上天下唯我独尊でも、俺は槍使いだったし、槍を使うなら、自信あるんだよ」


 椿は気分よく、外務大臣に伝えた。

「テュホーンは引き受けちゃって。あと、修理が必要なら、月帝で修理しようよ。どうせ、科学省は暇だからテュホーンの整備と、俺が乗るための調整に使おうっと」


 伽具夜が理解できないといった表情で、訝しげに感想を述べた。

「妙に槍に拘るわね」


「ふふん、天上天下唯我独尊のマイキャラも槍使いだったから、槍の扱いは得意なんだよ。槍を使う巨大ロボなら、乗ってみたい。うまく乗りこなせたら、きっと楽しいだろうな」


 伽具夜は、やれやれといった様子で、投げやりに発言した。

「最弱国家に転落した月帝には、やる仕事はないんだから、精々バトル・ドミネーターに乗って遊んで、時間を潰してちょうだいよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ