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第六章 王国ではなく国王崩壊

『馬鹿は死ねば治ると思った。だが、一度死んだら悪化した。二度死んだら発狂した。こんな奴どうやって補佐しろって言うのよ!』――月帝国皇后 伽具夜の言葉


 第六章 王国ではなく国王崩壊


        1


 椿の首は転がり、視界が真っ暗になって行く。ここまでは前回も体験済みだ。このまま、電気の切れたパソコンのように、一切の思考が止まるのが死なのだろうか。


 死んでも構わないかな。あんな狂った世界でまた戦争をやらされるくらいなら、もう、眼が覚めなくてもいい。


 思えば、アクション・ゲームは好きだが、ストラテジーという分野は、ほとんど手を出してこなかった。戦争ゲームと割り切って、軍拡という選択肢を選んでも結局は役立たずで、無能だった。ストラテジーなんて嫌いだ。


(でも、可哀想なのは、狂った世界で指導者が替わっても永遠に戦争をやらされる、国民だよな。この世界を作った神様は、なんて残酷なんだ。もう、辞めさせてとお願いしたいよ。全く)


 椿は中々意識が途切れないので、もしやと思った。

 瞼が閉じた感覚。それに柔らかなシーツの肌触りを感じ、再び狂った世界の生き残りゲームに戻された予感がした。


 眼を開けると、黙って椿を見つめている裸身の伽具夜と眼が合った。どうやら、ポイズンに引き渡されたのは椿だけで、伽具夜はバルタニアに連れて行かれていたらしい。


 伽具夜は少しだけ表情を緩め、微かな絶望感を滲ませて、言葉を掛けてきた。

「お帰りなさい、国王様。これで、二度は死んだわね。今回がラストプレイかもね。もっとも、前回もひどい負け方をしたから、より状況が悪くなってのリスタートだけど、生き残る自信はある?」


「そんなもの、あったら、今ここにいないよ」


 伽具夜は簡単に、椿が鳥兜に首を斬られた後の展開を教えくれた。

「前回の勝者は、バルタニアよ。鳥兜がガレリアのリードの首を取って、最後に残ったバルタニアの指導者の首を刎ねる前に、バルタニアの指導者がカイエロを集めて、元いた世界に帰還して行ったわ。私もバルタニアに軟禁されていたから、最後まで世界の行く末を見られたわ」


 結局、顔も名前も知らない人間が、また勝者となっていた。前々回のガレリアが勝者だった時もそうだが。椿は勝者の顔を全く知らないし、相手にもされなかった。


 こうなってくると、勝利とは縁がないのかもしれない。

 椿はタオルケットを手繰り寄せて、頭から被りながら答えた。


「もう、いいよ。俺はこの世界の神様の要求に応えられそうにない。今日は少しここで寝かせて。一日くらい寝ていても、国は滅んだりしなさそうだし。戴冠式と閣議は一日延期して、新しい指導者には定型文で挨拶状でも送っておいてよ」


「今度の新しい指導者には、コルキストやロマノフ、ポイズンの容赦のない危険性を忠告しなくても、いいのかしら」


「教えなくいいよ。見抜く奴は、見抜く。ダメな奴は、警告してもダメさ。イブリーズにやってきた時点での指導者としての素質が物を言うみたいだしね。能力があればリードのように振る舞い、ダメなら俺のように忠告を受けても、二度も首都まで落とされるのさ」


「外交の才能がないのを、ハッキリと認めるのね」


 椿は自嘲的に自己評価を付け加えた。

「ついでに、軍事、経済、科学、宗教、どの才能もないよ。指導者として向かないのも認めるよ。俺は所詮、ちょっとアクション・ゲームが上手いだけの高校生。オンライン・ゲームの天上天下唯我独尊をやっていた頃が懐かしい」


 伽具夜は別段、怒らず、励まさず、感想を述べた。

「遂に、諦めモードに入ったようね。時々いるのよ。自分が凡人である事実に気が付き、噛ませ犬でしかない事実を知って、死んでいく指導者がね。今回は、始める前から諦めて、消滅を覚悟するのね」


 そこで伽具夜は、少しだけ好意的に言葉を続けた。

「だったら、イブリーズから消滅する前に、暴君やってみる? 人は殺すわ、女は犯すわ、毎日のように宴会をして、お祭り騒ぎをして、国民を省みないで死んでいくの。凡夫の最後の死に方としては、いいほうかもよ」


 椿は気だるさを隠さずに答えた。

「いいよ。そこまでやる気もないし。勇気もない」


        2


 椿は一日間、伽具夜の寝室でゴロゴロと休養を取りながら、どうにか、イブリーズから脱出する手段はないかと考えてみた。

 だが、どう考えても、独力でやりとげる自信がなかった。


(いっそ、小判鮫のように、誰かに張り付いて、一緒にイブリーズから抜けられないだろうか)


 椿は完全に他力本願名作戦を考えていた。


(カイエロを集めると、神様が月から地上に現れて、一つ願を叶えてくれる。なら、カイエロを全て他人に集めさせるのは、どうだろう。他人に神様に願い事を叶えさせた後、神様が月に帰る前に、残ってもらって交渉できないだろうか。どうにか、交渉して、俺でも達成可能な目標を設定してもらえれば、ベストなんだけど)


 他人に殺し合いをさせる神様なので、交渉に応じる可能性は低かった。でも、戦争で勝てず、カイエロも独力で集められないなら、他人に従いて行ってみる方法が、唯一の希望のような気がした。


 翌日に、イブリーズにやってきた日と同じ服装で戴冠式に出た。もう、同じ場所で、同じ酷評を受け、同じ行為をするので、苦にならなかった。


 いくら着飾っても、カラスはカラス。孔雀にはなれない。なら、飾らずに行こう。


 戴冠式後の閣議には、また、同じ閣僚が顔を見せていた。最初は奇妙に見えた閣僚の姿なんて、三回目となると、もうどうでもよくなっていた。


 閣議の冒頭に椿が口を開いた。

「挨拶は抜きにするよ。早速、閣議を始めよう」


 挨拶なんかしても、どうせ、ろくな言葉は出ないし。また、各閣僚のがっかりした顔を再び見るだけだ。


 閣議の最初に前回と同様に軍務大臣の報告から始まった。


 軍務大臣は暗い顔で報告した。

「我が軍の兵力は歩兵が四万、戦車二十輌、戦闘機十機と、おそらく世界最弱の軍隊でしょう。いつ滅びても、おかしくありません」


 軍務大臣の言葉は正しいと思った。

 歩兵の数はいるが、その他の兵器が前回よりも減っていた。前回に、歩兵中心に兵力を増強しておいたので、辛うじて歩兵がいるだけマシといった現状だ。


 だが、安価に揃う歩兵至上主義は、イブリーズでは危険だと前回、理解した。

 もう、他国に宣戦布告できるレベルではない。


「それで、月帝国の保持する世界最弱の軍隊で、月帝はいつまで保つの」


 軍務大臣は切羽詰まったような声で上申した。

「わかりません。他国の状況が全く掴めていないので、早ければ二年と保たないかもしれません。なので、早急に軍事予算の増額を――」


 椿は軍務大臣の言葉を遮った。

「予算については考えがあるから、後にしよう。だから、今は発言しなくていい。要するに、北のコルキストが強大だった場合、すぐに首都まで落とされるんだね」


 軍務大臣が国家の陰惨たる展望を示すような表情で頷いた。


 椿は「次、科学大臣」と、発言を促した。

 科学大臣もまた暗い顔で立ち上がった。

「わが国の科学力はおそらく、世界最低水準でしょう。軍事関連の技術は最低とはいきませんが、低い水準です。憂慮すべきは、資源探査技術がいまだに皆無に等しい現状です。地下に資源が眠っているかもしれませんが、調査発掘も儘ならなりません」


 前回、兵器関連開発に予算を少し割いていたので、軍事関連は低水準を保てた。だが、資源探査系に予算をつけなかった。


 資源はおそらく、どこかに眠っているはずだ。しかし、見つけられないなら、これまた絶望的だ。

「科学大臣、ちょっと月帝近辺の地図を出してくれるかな」


 月帝は都市も削られていた。仙台がヘクトポリスと名を変え、完全なコルキスト領になっており、地図上から消えていた。


 大阪も消滅しているかと思ったが、大阪は残っていた。


 察するに、伽具夜は前回ポイズンがバルタニア以外の指導者の首を取ったと教えてくれた。

 月帝の次に消えたのは、きっとロマノフだろう。ロマノフも酷い負け方をしたので、大阪は相手のミスで残ったと思っていいだろう。


 とはいえ、月帝は陸奥、東京、堺、大阪の四都市があるものの、何も資源がない、致命的な現状だった。


「次、宗教大臣」


 宗教大臣は葬儀の最中のような難しい顔で立ち上がり、報告しました。

「寺院どころか、宗教関連の人員も不足しております。現状では普通の葬儀を執り行うのすらままならないほどです。寺院は不足しており、国には絶望感が漂っており、無気力の極みです」


 葬式すらまともにできないほど国が病んでいるとは、異常な状況だ。国民には悪いが、椿は今の椿自身にお似合いだなとすら思った。


 カイエロ発掘のために、寺院はそれなりに建てたはずだが、首都陥落と同時にバルタニアにカイエロを奪われたので、そのペナルティーが出たのかもしれない。


 なんだか、報告を聞けば聞くほど、悲惨な国に思えてきた。こうなった責任は全て椿自身にあるので、大臣には何も文句を言えないが。


「次、経済大臣」


 経済大臣の顔に暗さはなかったが、報告は辛辣だった。

「経済は混迷を極めています。国民は生活必需品を買うのにも困窮し、企業も不況に喘いでいます。国庫に余剰金はなく、財政は赤字状態。国債を発行するのにも、引き受け手がいないような状態です。財政は、このまま行けば、破綻するでしょう」


 なんか、地球のどこかの赤い国の軍事政権のほうがマシなような状況かもしれない。あの国は、まだ百万の歩兵がいるし、地下には豊富な資源がある。


「最後に、外務大臣」


 外務大臣が立ち上がると「なにもございません」とだけ短く発言した。


 どうやら、全ての国から無視されるほどの酷い状態になったか、全ての国から標的になったかの、どちらからしかった。


(これは、初日で詰んだかもしれないな)


 全閣僚がそれぞれの部門の話を聞き、月帝の現状を理解したのか、誰もが険しい顔で口を噤んでいた。


 椿は決断した。

「よし、決めた。予算は、軍事費に二、科学技術に二、経済に二、宗教に二、外務一の割合で分けよう」


 各大臣が一斉に「それでは少な過ぎる」と声を上げると、伽具夜が手を挙げて閣僚を制し、黙らせた。

 伽具夜が確認してきた。

「本当に、それでいいのね。全く、特徴がない、弱小で平坦な国になるわよ。侵略者にとって美味しい国にしかならないけど、いいのね。あと、予算割合が十とするなら、割合にして一だけ余るけど、何に使うの?」


「予算割合一は、伽具夜が好きに使っていいよ。どこかの省に割り振るもよし。贅沢するもよし。バルコニーから撒いてもいいよ。横で見ているだけなんて、つまらないだろう。伽具夜のお小遣いだと思って、気楽に使って」


 椿の発言を聞き、表情を崩さなかった経済大臣と外務大臣を含めて、全閣僚が唖然とした。


 伽具夜はテーブルに肘を突いて、少しだけ残念そうに発言した。

「別に、表向きに国家の運営にタッチできないから、つまらないと思ったことはないわよ。現に必要なら、お前を操って、国家の運営にも関与してきたし」


「でも、いいだろう、たまには少し遊んでみれば?

 伽具夜が不満げに呟いた。

「少しは王様の苦労を知ってみろ、って言っているのかしら?」


「違うよ。本当に遊んでみたらいいと思ってさ。退職慰労金みたいなものかな。じゃあ閣議を終えるから、各大臣は与えられた予算の範囲で好きにやってよ。方針は伝えたから後はよろしく。ただ、経済大臣は、ちゃんと四半期ごとに収入支出報告は出してよ」


 椿は立ち上がると、伽具夜に向って頼んだ。

「ちょっと従いて来てくれるかな」


 伽具夜が珍しく表情を少しだけ和らげて聞いてきた。

「なに、さっそくデートのお誘い。デートの代金は今くれたお小遣いから全額、私持ちにするのかしら」


「いや、ちょっと、そこまで、土下座してくる」


        3


 全閣僚が顔を見合わせる中、椿は閣議室を出た。

 伽具夜が怒りの表情で詰問してきた。

「なによ、ちょっと土下座してくるって。まさか、私も土下座に付き合わせる気。土下座ってどういうつもりなの! こんな国にしてしまいましたって、責任を国民に詫びるの。だったらごめんよ、そんなデート」


「違うよ、ただ、伽具夜には見ていて欲しいんだ」


 椿が向った先は各指導者と会談をする通信部屋だった。椿は伽具夜を壁に寄りかからせて、イヤホンのみを付けて、バルタニアに直接会談を持ちかけた。


 バルタニアでは外務大臣が出たので「直接、指導者に緊急のお願いがあるので、会談を申し込みたいんです」と伝えた。


 バルタニアの外務大臣は「少々お待ちを」と答えた。


 しばらく待たされて、豹柄のネクタイ付きの赤いシャツにシルバー・ビックベルト・パンツといった服装をした、髪の短い、椿と同じくらいの女子高生らしき人物が現れた。


 女子高生は胸を張って、椿をしっかりと見据えて、きつい口調で尋ねて来た。

「私がバルタニアの独裁者。大桜桃(おおざくらもも)よ。用件は、なに。貴方まで、一緒に手を携えてどこかの国を倒しましょうって言うのかしら」


 椿はじっと大桜を見据えた。

 しばらく、大桜と無言の時間が続いた。


 椿は時間の流れる傍ら、じっと大桜桃なる人物を観察した。

 大桜がテレジアやソノワより信頼できる人物かどうか。リードのような危険性はないか。鳥兜のような猟奇的なところはないか。


 椿は勘でしかないが、テレジアやソノワより信頼でき、リードより常識的で、鳥兜のような異常性はないと見た。ひょっとして、出口は大桜にあるのではないかと感じた。


「月帝国の国王・椿幸一です。俺にはこれしかやり方を知りませんので、こうさせてもらいます」


 椿はその場で土下座の姿勢を取ると、話題を切り出した。

「同盟を結んでください。五分五分の同盟でなくていいんです。月帝がバルタニアに従う同盟です。同盟の証を必要というなら、俺と伽具夜の首以外で欲しい物があれば、何んでも仰ってください」


 大桜は下手に出る椿を胡散臭そうに見据えて上から目線で発言した。

「じゃあ、東京が欲しいわ。首都を差し出しなさい」


 椿は即座に返答した

「わかりました。欲しいのは、首都でいいのですね。では、さっそく首都を引きわたしましょう」

 大桜の顔が怪訝に歪んだ。


「椿って言ったわよね。あんた、何を口にしているのかわかっているの? 首都を渡したら、もう貴方の勝ちは、なくなるわよ?」


「首都を渡した勝ち目がなくなるくらい。わかっていますよ。でも、大桜さんは同盟の条件に首都の引渡しが必要だと仰った。違いますか?」


 大桜が真剣な顔を確認してきた。

「本気なの?」

「本気も何も、ふざけて首都を渡せるわけがありません」


 大桜は本気で国を運営する気がないと椿を見たのか、見下したように腐した。

「貴方、このゲーム、勝つ気ないのね」


「勝つ気がないのではなく、勝てる気がしません。俺は少しだけ長く、大桜さんより、この世界にいる。だから、わかったんです。どのみち俺の実力じゃあ、普通にやっても消滅するしかないって」


 大桜が呆れたように椿を評した。

「なるほど、自殺志願者だから、勝ちを捨てたのね」


「いえ、それは違います。普通にやっていたら、いずれコルキストに陸奥と東京が落され、堺、大阪もなくなる。だから、奇策に走るんです。これが、普通にやらないで唯一、勝てる方法と見たんです」


 大桜が椿の言葉にどこか納得したような表情を見せ、即断した。

「なるほど、死んだような目をしているけど。死んじゃいない。押し寄せるゾンビの大軍のように、勝ちに行くのね。わかったわ。同盟を受け入れましょう。でも、同盟の条件を再提示させてもらうわ。首都は要らないから、月帝はカイエロを発掘し、速やかにバルタニアに引き渡すこと。その代わり、バルタニアは他国から月帝が攻められた場合、軍事支援を行うわ」


「それだけでは、不十分です」

 大桜の顔が怒りでひくつくのがわかった。


「なんですって? 何か、もっと援助でも寄こせっていうの」


 椿は丁寧に誤解を解くように発言した。

「援助していただければ助かります。もし、援助の結果、資源が産出したら、援助の額に応じて、資源をその分だけ輸出しましょう。やりたいのは、科学技術の共同開発です。もちろん、こちら側の成果は全て開示しますが、バルタニア側からは提供できるものだけ、提供していただければ充分です」


 大桜の決断は早かった。

「いいわ、それなら、その条件も飲みましょう」


 椿は立ち上がり、礼を述べた。

「では、のちほど詳細な条件を纏めた文書を外務大臣より送らせます。大桜さんから見て、不都合な部分があれば、仰ってください。大桜さんのいいように改めます」


        4


 会談が終って通信が切れると、伽具夜が難しい顔をして、言葉を掛けてきた。

「今までの中で最もマシな外交と言えるわね。バルタニアは初見アドバンテージを持っているから軍事力もトップのはず。守ってもらえるなら、心強いわ。でも、譲歩しすぎじゃないかしら。散々利用して、最後に椿の首を刎ねに来る可能性もあるわよ」


「それはないと思うよ。大桜さんは、きっとカイエロを集めて帰還するつもりじゃないかな。だから、首都の譲割を求めてきたんだと思うよ」


 伽具夜はどこか納得したように評した。

「なるほど、国王様はワンプレイ、ゲームを捨てて、二位に着けておいて、次のゲームでアドバンテージを取って勝ちにいく作戦を考えたのね。でも、うまくいくかしら?」


「うん、それでは、たぶん、うまくいかないし、次はないと思う」


 伽具夜が、わけがわからないとばかりに意見した。

「はあ? じゃあ、何? 最後は、バルタニアを裏切るつもりなの?」


 椿の頭には、まだはっきりとは言葉にできないが、自分なりの戦略と勝ち方が大桜との会談で朧げに見えた気がしていた。


「結果そうなるかもしれない。まだ、わからないよ」


 伽具夜は渋い顔をして警告した。

「やっと外交という物がわかってきたようだけど、大桜は裏切るには危険な香りがするわ。大桜はソノワやテレジアより、おそらくしたたかよ。お前なんて、影すら踏めないわよ」


「うん、確かにそうだね」


 勝負する対象は、大桜ではない。この世界の神様だ。


 椿はそのまますぐに、コルキストに会談を申し込んだ。

「今後の戦争に関して話があります。用件は簡単ですが、会談の形を取りたいのですが」とコルキストの外務大臣に申し出ると、少し待たされたが、ソノワが会談に出た。


 ソノワはコルキストの国力が月帝より遙かに優位なのか、態度は自信に満ちていた。

「どうされました。椿国王、命乞いにでも、やってきましたか」


 椿は粛々と答えた。

「そうなるかもしれませんし、そうならないかもしれません」


 ソノワの顔が怪訝そう歪めたので、言ってやった。

「たった、今。バルタニアに臣従する条件で同盟を結び、庇護を受ける約束を取り付けました。バルタニアが攻めろといえば、コルキストを攻めます。バルタニアが攻めるなというなら、コルキストを攻めません」


 ソノワに驚きの表情が浮かんだ。

「なんですって! あの大桜が、同盟を受けたの」


「用件はそれだけです。では、ごきげんよう」

 会談を申し込んだ椿から、会談をいきなり切ってやった。


 ソノワの驚いた顔が見られたので、幾分スカっとした。

 次に、ロマノフのテレジアを会談に呼び出した。最初、テレジアは応じるつもりはなかったらしかったが「戦争に関する話」と伝えると、嫌々会談に応じた。


 テレジアもまた椿を見下していた。椿を見下していたが、テレジアの態度は椿の言葉を聞くまでだった。

「たった、今。バルタニアに臣従する条件で同盟を結び、庇護を受ける約束を取り付けました。バルタニアが攻めろといえば、ロマノフを攻めます。バルタニアが攻めるなというなら、ロマノフを攻めません。ただ、それだけです」


 テレジアも驚きの表情を浮かべ、何か言おうとしたが、椿は今までの仕返しの意味を込めてやはり、通信を途中で切ってやった。


 これは一種の賭けだった。バルタニアは海を挟んでいるので、軍事支援を受けるにしても、すぐには救援に来られない。もし、月帝とバルタニアの同盟を知り、危険と判断されたとする。コルキストとロマノフにより電撃強襲作戦を懸けられれば、月帝はおそらく滅びるだろう。


 だが、逆に迂闊に手を出せないと思われれば、月帝は平和になる。


 戦わなければ、時間が経てば経つほど、月帝の遅れはバルタニア援助の下に、巻き返せる。


 次に、椿は閣議を終えたすぐ後にも拘わらず、緊急閣議を開いて宣言した。

「ついさっき、バルタニアに従属する条件で、同盟が成立しました。今後はバルタニアの意向に沿って月帝は動きます。バルタニアの要請に従って随時、各省の行動を変えてください。あと、月帝の内情は全て包み隠さずバルタニアに伝えるように、以上」


 すぐに全閣僚から「それでは、由緒ある月帝国が傀儡国家になるのと一緒だ」とバルタニアの臣従する行為に猛反発が出た。


 伽具夜が手を上げると閣僚たちが黙った。伽具夜は反対を許さないという態度で発言した。

「今の発言は、月帝国の国王・椿幸一の言葉である。逆らう物は、国家反逆罪になります」


 伽具夜の一言が利いたのか、全ての閣僚は黙ってしまった。

 ここに、バルタニアの傀儡国家とも言えるべき、新月帝国が誕生した。


 全ての方針をバルタニアに従うと決めた椿は、半ば用済みとなった。

 バレンが起こしに来る以外で国王の部屋を訪ねる者はいなかった。


 一応は三ヵ月毎に起きて、閣議で報告を聞くが、椿の答は、いつも決まったものとなった。

「ねえ、それで、バルタニアは良いって言っているの?」


 椿が閣議のたびに同じ、フレーズを繰り返すと、もう各閣僚は椿に意見を聞かなくなった。

 だが、椿が采配を振るわなくなっての五年間、一度も月帝は攻められなかった。


 それどころか、戦わないので、軍備も国力も充実していった。

 五年間攻められなかったので、充実した日々を送った。


 一度は伽具夜の寝室に行ってみようかとも思った。だが、悲しいかな、椿には「寝室に足を踏み入れないで」の伽具夜の言葉が楔となり、大人の階段への一歩が踏み出せなかった。


 科学が進んでいるバルタニアから提供された科学技術のおかげで技術開発は着実に進んだ。

 共同での資源発掘にも成功して、ベルタ鉱、油田、レアメタルも見つかり、経済は好調になった。寺院の整備も、カイエロを渡すという約束を守るために整備されていった。


 唯一の不幸が、ネガティブ・アーティファクトの発掘により風水害に見舞われた事件だけだった。

 官僚たちの間では「椿国王は地震保険と一緒。有ったほうがいいが、使いたくはない」との声が出始めていた。


        5


 椿はもう閣僚から、単なる書類に署名して印鑑を押すだけの人と見られ、国民からも馬鹿にされた。

 あるとき、テレビのインタビューで「官僚や国民からひどく無能だと、思われていますが、どうお考えですか」と率直に聞かれ「いやあ、事実だから、いいんじゃないですか」と答えてしまうほどに、世間の評判は気にしていなかった。


 椿は三ヵ月毎に起きていた。だが、五年と十ヶ月後、起きる時刻ではなかったが、急に起されて閣議室に呼ばれた。


 召集したのは、伽具夜だった。伽具夜が閣議の冒頭に重要な案件を切り出した。

「月帝がバルタニアの支配下に入って五年、小競り合いと戦争を繰り返す他国の干渉を受けず、ついに月帝は、コルキスト、ロマノフと並ぶまでに力を付けたわ。バルタニアさらなる強国となり、これ以上バルタニアが強くなると、全てはバルタニアの思うがままになるわよ。ここが、国の別れ道よ。このまま、バルタニアに臣従するか、それともバルタニアから独立するのか」


 伽具夜の言葉に、閣僚たちに緊張が走った。


 軍務大臣が、斬り合いをする前の剣豪のような表情で口を開いた。

「軍部の見解です。バルタニアは軍備を拡張させていますが、まだ大陸に進出していません。ここで、バルタニアから独立すれば、戦争になるでしょうが、ロマノフ、コルキストと三国同盟を結べば、バルタニアに対抗できるほどの軍備が、わが国にあります」


 外務大臣が次に、滅多に見せない険しい表情で発言した。

「椿国王様はバルタニアに臣従する証として、再三に亘る、ロマノフ、コルキストの会談を拒否してきました。ですが、二ヶ国より、是が非でも、会談に応じて欲しいという要請が来ています。おそらく、三国同盟の件と思われます。ただ、バルタニアより、コルキスト攻めに入るように、との要請も遂に来ました」


 続いて、宗教大臣が困ったような顔で申し出た。

「実は、カイエロ、〝武神の翼〟の発掘に、成功してしまいました。カイエロの発掘と引渡しは、同盟の条件でしたが、その――」


 そこから、科学大臣が口を挟んだ。

「〝武神の翼〟が今のバルタニアに渡れば、バルタニアは〝武神の翼〟を元に、空中要塞の建造が可能になります。バルタニアはすでに他のカイエロを発掘済みのようなので、空中要塞と併せて兵器を開発すれば、もう手が付けられない強力な兵器を手にする可能性があります」


 椿はそこで口を挟んだ。

「ねえ、空中要塞って、宇宙まで行けるの?」


 宇宙まで行けるのなら、カイエロを全て集めなくても、月まで行って神様と直接交渉できるかもしれない。


「さあ、バルタニア側に技術を全開示していただけないと、なんとも言えないですが、科学技術を進めていけば、宇宙から地上を一方的に攻撃できる恐るべき兵器ができると推察されます」


 最後に経済大臣が、口を開いた。

「我が国は、強国バルタニアと交流があるために、ロマノフ、コルキストとの貿易は禁止され、ガレリア、ポイズンから制裁に近い措置を取られています。バルタニアの下から抜け出たほうが、経済は好調になります。また、バルタニアには運悪く、戦略資源がほとんどないらしく、資源は我が国からの輸出に頼っています。これを止めれば、バルタニアは経済的にも軍事的も、いずれは行き詰まるでしょう」


 伽具夜が最後に面白いといった顔で総括した。

「要約すると、カイエロを渡して、今後もバルタニアの属国のままでいるか。それとも、コルキスト、ロマノフと組んで独立した国へと戻るかのターニング・ポイントに月帝は立たされているわけなのよ。臣従によりバルタニア人より見下されてきた、月帝国の人間にとっては、バルタニアの支配を脱するには今しかないわけなの。さて、どうするかしら、国王様」


 各閣僚の意見は、だいたいわかった。閣僚もやはり五年もの間、バルタニアの下に置かれてきたのが我慢ならなかったのだろう。


 今の閣議の内容も独立するのを望んでいるようにしか聞こえなかった。伽具夜の意見からも月帝の国民が独立を望んでいるのがわかる。


 だが、椿の腹は決まっていた。

 椿はとても自然に答えた。

「だから、何さ、なんなのさ。バルタニアとの関係は変わらないよ。〝武神の翼〟は、発掘に手間取ってすいませんってしたって丁重に謝って、バルタニアに渡す。戦略資源の輸出は今まで通り。コルキストを攻めろと言われたなら、首都と陸奥を守る兵を残して、大阪、堺の防備も捨ててでも、コルキストのヘクトポリスと、更に北のベルポリスまで攻める」


 閣僚たちが顔を見合わせて立ち上がり、一斉に反対した。

「月帝国はバルタニアとの同盟を切って独立国に戻るべきです」


 伽具夜が冷静な顔で、全員に座るように促した。

「全閣僚の意見は、わかりました。ですが、月帝国は王政です。全ての決定権と責任は、国王にあります。それで、最終確認ですが、椿国王様はもう月帝の独立を諦めて、今後もバルタニアに従うのですね? 月帝国は、最後に残った一国として地上から消されるかもしれませんが、よろしいですね」


「うん、それでいいよ」


 全閣僚が落胆するなか、伽具夜が机を拳で大きく叩くと、強い口調で軍務大臣に命令した。

「国王陛下のご決断です。大阪、堺が一時的にロマノフに落とされても、バルタニアと歩調を合わせて、コルキストを攻めるのです」


 軍務大臣は慌てたように反論した。

「でも、いかがなものでしょう。コルキストに対して宣戦布告すれば、ロマノフからも宣戦布告を受けるのは必定。もし、月帝がヘクトポリスとベルポリスを落としても、バルタニアが都市の引渡しを求めてくれば、我が軍は失う物はあっても、勝って得るものがなくなります」


 椿は軍務大臣の意見を、あっさり認めた。

「確かに、結果を見れば、得るものが何もない戦になるかもね」


 軍務大臣は警告するような口調で言葉を続けた。

「最悪、大阪、堺をロマノフに落とされれば、我が軍は兵と都市を失うだけです。もし、コルキストがバルタニアにより落ちたとしても、ロマノフ、ガレリア、ポイズンの三カ国同盟と続けて戦闘に入る可能性があります。そうなれば、我が軍に戦い続ける余力が残っているかどうか、不明です」


 伽具夜がアイスピックのような鋭い視線で軍務大臣を睨み付けた。

「議論はもう終りました。国王の決断も下りました。これより、世界を二分する戦いが始まるのです。それとも、軍務大臣はクーデターを起こして、国王を追放しますか」


 軍務大臣は伽具夜の勢いに押され、敬礼の姿勢を取って宣言した。

「失言、申し訳ありませんでした。すぐに、作戦行動を開始します」


        6


 バルタニア軍がコルキストのベガポリスと首都のメンポリスを、月帝はヘクトポリスとベルポリスに対する攻撃を開始した。

 コルキストはベガポリスと首都メンポリスに兵力を回して防御に当ったせいか、月帝軍は二十日で、ヘクトポリスとベルポリスを陥落させた。


 だが、軍務大臣が予想した通り、コルキストに対する宣戦布告はロマノフを刺激して、ロマノフが月帝に宣戦布告してきて、防備を捨てていた大阪が陥落した。


 次の緊急会議が始まった。

 軍務大臣からの報告が始まると思いきや先に、外務大臣が口を開いた。

「国王様、バルタニアより、ロマノフ追討命令が下りました。月帝国には大阪を奪還して、ペテルブルグまで落すように指示がきていますが、どう回答いたしますか」


「了解って、伝えておいて」


 軍務大臣が強張った顔で異議を唱えた。

「ちょっと待ってください。我が軍に、そんな兵力はありません」


「あるじゃないの。ベルポリスまで進んだ軍を反転させて、ペテルブルグに回せばいいんだよ」


 軍務大臣が、とんでもないとばかりに危険性を告知した。

「それは非常に危険です、現在バルタニアが攻略に懸かっているベガポリスとメンポリスは、まだ落ちていません。今、ヘクトポリスとベルポリス制圧のために最低限の兵を残して、ペテルブルグに向って兵を向わせると仮定します」


 軍務大臣は閣議室のテーブルに地図を映し出して説明した。

「もし、バルタニアが二都市の攻略に失敗したら、せっかく手にしたヘクトポリスとベルポリスを奪い返された挙句、陸奥まで取られる可能性があります。また、ペテルブルグ側の戦力からいって、ペテルブルグまで落せる可能性は六割程度です」


「じゃあ、ペテルブルグ戦は総力戦にしよう。陸奥、東京の守備兵も、すべて回しちゃって。必要なら、じゃんじゃん臨時徴兵して、兵器も緊急生産しようよ。それなら、もっと、勝率が上がるでしょう」


 軍務大臣は椿の言葉に驚きを隠さなかった。

「総力戦って! ペテルブルグ侵攻作戦で敗北したら、最悪、首都まで一気にロマノフに落とされますよ。首都が落ちれば、ヘクトポリスとベルポリスで反乱が起きるのは必至。反乱兵が守備兵のいない、陸奥に雪崩れ込む事態が考えられます。そうすれば、バルタニア対コルキストの戦いの決着前に月帝国は滅亡です」


「うん、軍務大臣の予想が当ると、月帝は滅亡になるね。でもバルタニアからの要請だから、対ロマノフ戦をやっちゃおうよ」


「この王様、狂っている」軍務大臣の心の声が聞こえた気がした。

 軍務大臣が何も言わないので、伽具夜が冷たい声で促した。


「軍務大臣、了解しました、の声が聞こえなかったけど?」


 伽具夜に促され、軍務大臣が崩れるように席に座り込みながら「了解しました」と答えた。


 かくして、単なるコルキスト二都市への侵攻は、いつの間にか、月帝国の滅亡を懸けた戦いへと発展した。

 街では、臨時徴兵や緊急生産が始まると「王様発狂」のニュースが首都を駆け巡った。

 世論はバルタニアのためにせっかく築いてきた物を破壊するのかと、戦争に反対するムードが高まった。


 椿はすかさず、言論統制を取るように伽具夜にお願いすると共に、各都市の警察力を総動員して、世論の押さえ込みに懸かった。


 伽具夜は特段、椿の案に反対しなかったが、不平とも批判とも取れる発言をした。

「なんか、展開は前回と違うようだけど、同じ滅亡の序曲リミックス・バージョンのような音が聞こえるわ。聞こえるのは私の気のせいかしら?」


「最近のアーティストの曲がどれも一緒に聞こえるように、気のせいなんじゃないかな。だって、前回は俺の提案で滅亡へ走ったけど、今度は大桜さんの指示だから、大丈夫よ」


 伽具夜は椿の言葉を聞いて、呆れと感心が入り混じった声で感想を述べた。

「なんで、そこまで、大桜を信用できるのよ。単にいいように使われているだけでしょう。今回の戦争に関しては、見返りを一切、提示されていないのよ。最悪、ペテルブルグを落としても、ペテルブルグの譲渡を要求されれば、タダ働きよ。それで済めばいいけど、ペテルブルグを渡せというなら、月帝国が落としたヘクトポリスとベルポリスも要求されるかもしれないわよ」


「じゃあ、三都市を纏めて渡そうよ」


 伽具夜は椿にそっぽを向けると、愚痴った。

「もう、これだけ、指導者としての才能を見出せない人物も珍しいわ」


        7


 後日、〝椿国王の発狂戦争〟と呼ばれるペテルブルグに向けた進軍が開始された。

 ペテルブルグまでの攻略は、簡単にはいかなかった。大阪までは簡単に落せた。けれども、時間があったためか、ペテルブルグは都市の武装防壁を強化しており、守りは堅かった。


 ペテルブルグで一進一退の状況が続くという、嫌な展開が繰り返された。

 ペテルブルグとの戦闘から一週間が経過し、バルタニアがコルキストのベガポリスを落とした。さらに二週間後にコルキストの首都メンポリスが落ちると、ペテルブルグを守る兵力の増員が止んだ。


 おそらくロマノフは、これから攻めてくる大陸でのバルタニア戦に備えるために、ペテルブルグを捨てる決断をしたのだろう。

 結果、ペテルブルグ攻略は椿の総力戦の決断も相まって、開戦から一ヶ月の戦争を得て、月帝が勝利を収めた。月帝は勝利に沸くが、戦力の大半を失ってしまった。


 もし、海を越えて、ガレリアなりポイズンが攻めて来たら、あっという間に首都まで迫られた可能性があった。けれども、ガレリアもポイズンもやって来る展開にはならなかった。


 前回、ポイズンの鳥兜はガレリアに勝利して、リードの首を刎ねている。おそらく、それが、リードにとって屈辱であり、どうしてもポイズンと歩調を合わせられなかったのだろう。


 月帝がペテルブルグ攻略に一ヶ月も掛っている内に、コルキストを滅ぼしたバルタニアは、そのまま、ロマノフに侵攻した。


 ロマノフ軍はペテルブルグ防衛に戦力を割きすぎたのか、ルドルフ、チェフカとコルキストと陸続きの都市を落とされ、ロマノフの首都、ピロステンまで陥落させられてしまった。


 ガレリアはバルタニアのロマノフ首都攻略の隙をついて、チェフカを横から攫おうとした。だが、バルタニアが開発したバトル・ドミネーター、テンペシオスの前に、敗北した。


 今や世界の三分の二は、バルタニアと月帝が支配し、残りをポイズンとガレリアが支配する世界となった。


 もう、勝負は見えたと思ってよかった。月帝が裏切らない限り、七割方、世界を制するのはバルタニアだ。

〝椿国王の発狂戦争〟が終ると、椿はまた三ヵ月毎の眠りに就こうとした。しかし、緊急閣議が開かれた。


 外務大臣より報告があった。

「コルキストのソノワとロマノフのテレジアが、バルタニアに捕縛されていましたが、バルタニアでは、二人の身柄を月帝で預かって欲しいと要請してきました。引き受けますか」


 神様との交渉は椿独力では無理だと思っていたので、ソノワやテレジアも神様との交渉に巻き込めれば、奇策が成功する確率が高いと感じた。


「うん、いい展開だね」


 椿の言葉に、伽具夜の眉が少し跳ねた。

「椿、何を考えているの。まさか、テレジアとソノワを手篭めにしようとか、考えているじゃないわよね」


「ちょ、そんな、疚しい考えはないよ。ただ、直に会ってちゃんと話せるいい機会だなと思っただけだよ」


 伽具夜が馬鹿にした口調で、椿に言葉を投げつけた。

「はん、どうだか。年頃の男が考えることなんて、たいてい一緒よ!」

「いや、だから、違うって。まず、行くなら、伽具夜さんのところから行くって」


 伽具夜がムッとした表情になって、椿の言葉を反芻し、ファイティング・ポーズを取って発言した。

「伽具夜さんのところから? 何よ、お前、私の寝室に来るつもりなの。だったら、来なさいよ、相手になってやるわよ」


 外務大臣が咳払いをした。

「ご夫婦間の微妙な話題に付きまして、閣議後どちらかの部屋で、ごゆっくりご相談ください。外務省としては、受け入れるかどうかを知りたいのですが」


 椿はすぐに命令した。

「だから、受け入れて良いってば」


 伽具夜が怒ったように発言した。

「受け入れるんですって、いいわよ。受け入れなさい。待遇は囚人扱いで、部屋は特別な監獄を用意してあげるといいわ。今までの月帝にした仕打ちを後悔させてあげるのよ」


 外務大臣が心得ましたとばかりに、座ろうとしたので、椿は慌てて止めた。

「わー、ちょっと、待って。テレジアさんとソノワさんは宮殿内に泊めて、国賓待遇にしてあげて」


 椿の言葉に、伽具夜が顔を怒りにひく付かせて、発言した。

「あんた、やっぱり、よからぬ行為を考えているわね。馬っ鹿じゃないの。宮殿内に敵を置く事態は、下手すると、寝首を掻かれて、殺される危険性があるのよ。別に、敗者が勝者の首を切る行為は許されているのよ」


「いや、だから、誤解だった。なんなら、テレジアさんとソノワさんと会う時は、伽具夜も一緒に同伴していいから」


 伽具夜が、わけがわからないとばかりに言葉をぶつけてきた。

「お前、本当に何を考えているの。滅んだ国の指導者なんて、首を刎ねるか、いたぶる以外に、する行為なんてないでしょう」


「いや、今後の展開を考えると、今ここでこそ、盟友になっておきたいと思って」


 伽具夜が伽具夜自身の頭を人差指で刺す仕草をして、激怒した口調で発言した

「お前、本当に頭がおかしくなったのかしら。滅んだ国の指導者と盟友になって、どうするのよ。なに、お前は月帝国の戦力が半減したに等しくなったこの状況から、バルタニアを裏切る気なの。だとしたら、もう、発狂の段階を通り越しているわよ」


「だから、バルタニアは裏切らないってば。ただ、ちょっとソノワさんや、テレジアさんと話がしたいだけだよ。もちろん、大桜さんの許可が要るだろうけど、内容によっては、コルキストやロマノフの再興も、ありえるかもしれないんだ」


 さすがに、椿の発言には全閣僚が顔を見合わせた。そんな中、関係省庁である外務大臣が困ったような顔で、確認をとってくる。


「それで、いったい外務省は、どうしたらいいのでしょう。囚人扱いで監獄へ送るのですか? 国賓待遇で宮殿に暮らさせるのですか? 扱いが真逆なので、両方を同時に叶えるのは無理です」


 伽具夜が両手の拳で机を叩いて怒鳴るように命令した。

「決まっているでしょう。国王は馬鹿でも狂人でも、椿なのよ。国賓待遇で宮殿暮らしをさせるに決まっているでしょう。ただし、危険がないように、使用人は、軍から選んで回すのよ。いいこと、客人から国王の命を、国王から客人の貞操を守るのよ」


(こ、国王から貞操を守れって、俺、やっぱり、テレジアさんやソノワさんを襲うと思っているんだ。なんか、悲しいな。俺って国王としてだけでなく、男としても信用されていないんだ)


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