第四章 軍拡万歳
『失敗からは多くのことを学べる。だが、馬鹿は間違ったことを学び、前回以上に激しく失敗する』――月帝国皇后 伽具夜の言葉
第四章 軍拡万歳
1
視界が真っ暗になったので、これが死なのだと思った。死後の世界は存在しなかった。
あったのは、ただの真っ暗な闇。このまま闇の中に溶けるように消えて行くのかと思うが、しばらくして、瞼を閉じている感覚に気が付いた。
(俺まだ、意識がある)
目を開けると、裸で横たわった伽具夜の姿が目に入った。
伽具夜が優雅に声を掛けてきた。
「おはよう、椿。ポイズンの首狩り女に、首を刈られた感触は、どうだった。ひんやりして気持ち良かったかしら? それとも出血で気が遠くなる快感の余韻が堪らなかった?」
椿は椿の首に手を当てると、首は繋がっていた。継ぎ目の跡もない。
椿は安堵して、感想を漏らした。
「え、さっきのは夢、嫌な夢だったって――。俺まだ月帝にいるじゃん。え、じゃあ、夢は続いているの」
伽具夜が呆れながら発言した。
「夢の中で夢を見られる特技を持っている。なら、もうさらに何重にも深く夢を見て、現実から逃避してしまえばいいでしょうが。これは現実。ここは月帝国」
「え、でも、現実なら、首を刎ねられたら死ぬよね。でも、俺は生きている。やっぱりこれ、ゲームなんだよね。完全仮想世界なんだよね。よかった、現実じゃなくて」
伽具夜が苛立ったように、ぶっきらぼうに発言した。
「現実じゃないから、よかった、ですって」
伽具夜はベッドから裸のまま立ち上がると、ベッドの脇のサイドテーブルまで行って、オートマチック・ピストルを取り出して構えた。
「じゃあ、少し穴だらけになって、血を大量に流してみる? 宮殿内の集中治療室に運ばれて、管だらけになれば、俺は生きているって、実感できるかしら」
伽具夜が冗談か本気かわからないが、銃口を向けた。先端から赤い光が出て、椿の体を照らす。
「ああ、これが、映画とかでよく見る、レーザー・サイトというやつって――。ちょっと待って! ストップ。ストップ。ドント、ショットだよ。痛みは本物なんだから、撃たないでよ」
伽具夜がすぐに、銃をサイドテーブルに戻した。
伽具夜が白い裸身を隠さず、平然と聞いてきた。
「断っておくけど、お前はやはり、一度は死んだのよ。それを神様が慈悲で再生させて、世界にまた戻してくれたのよ。どう、嬉しい?」
全然、嬉しくない。慈悲があるなら、夏休み初日のベッドの上に戻して欲しかった。こんな戦争と騙し合いが渦巻く世界なんかには、戻して欲しくなかった。
また裸だったので、とりあえず、服を着ようとした。下着を着けると、自分の着ていたシャツとズボンがない。また、ゴミ箱だろう。ベッド反対側にあるゴミ箱に行こうとした。だが、やめて、今度は用意されていた勲章がたくさん付いていた赤い軍服を着た。
伽具夜が隣に来て、黒い下着を着けながら尋ねた。
「今度は、難民みたいな服を着ないで、月帝の服を着るのね。難民みたいな服もお前には結構、似合っていたわよ」
「正直、教えて欲しい事実が一つある。現状では、宇宙人の人体実験か仮想現実のゲームかわからないけど、終了条件を満たすまで、これ、ずっと続くんだろう?」
伽具夜は珍しく、少しだけ感心したような、好意的表情を初めて見せた。
「一度死んで、生き返って、少しは頭が良くなったようね。でも、勘違いしないでね。終了条件を満たさなくても、ずっとは続かないわ。ここの神様は、そんなに優しくないのよ。帰還する以外にも、本当の人生の終わりは、やって来るから」
「それは、どういう意味? 体が完全になくなる――例えば灰になるような死に方をしたら、再生できないって状況になるの?」
伽具夜が意地悪な顔で教えてくれた。
「遊んでつまらないと思われた玩具は、どうなると思う? お前は、どこかに取っておくかもしれないけど、ここの神様は飽きっぽいの。面白くない玩具だと判断されれば、捨てて新しいのを、どこから持って来るのよ」
伽具夜の言わんとしている意味はわかった。失敗が続けば、再生は何度でも行われるわけではないらしい。
六カ国で行われているゲームで指導者の能力に差はないとするとなら、帰還確率は単純に六分の一。六回に一度は帰れるが、きっとここの神様とやらは、五回も失敗をする前に、飽きるのだ。
「つまり、飽きられる前に帰還しないと、大変な事態になる」
伽具夜は他人事のように感想を述べた。
「大変かどうかは知らないわよ。だって、私はこの世界から消えた人間がどうなるか、わからないんだもの。本当にお前が言う現実とやらに帰られたのかも含めてね」
2
戴冠式はパスして、さっそく閣議室に直行した。
前回と同じ、悪の秘密組織の幹部連中みたいな閣僚と顔を合せになる。
今回は椿から尋ねた。
「自己紹介はいいから、軍務大臣から、戦力情報の開示をお願いします」
ビン底眼鏡の軍務大臣から戦力の報告の前に質問が出た。
「すいません。今、発言されたのは、新しい国王様で、いいんですよ、ね」
どうやら、前回の記憶を持ち越せるのは、国王と補佐役の皇后だけらしい。
椿が疑問を口にしようと伽具夜を見ると、質問を口にする前に伽具夜が答えた。
「お前の考えは、当っているわ。前回を知るのは、指導者と補佐役だけなのよ。他の者は知らなくいい情報だからね」
ある意味、自分の失策を覚えていてくれない国民も閣僚も、嬉しい存在だ。
けれども、そうなると、せっかく発展させた経済や、科学技術、アーティファクトとの関係も全てリセットになるのだろうか。
椿が考えていると、伽具夜が口を開いた。
「経済大臣、閣議室の机に、国家の収入支出報告書だけを表示させてくれてかしら」
結局、議事進行役は、また伽具夜に持っていかれた。
怪盗紳士のような経済大臣が手品師のように指をパチンと鳴らした。閣議室の大型ディスプレィに、経済の収入支出報告書が映し出された。
前回スタート時よりインフラ関連の数値が良く、企業も少しだけ育っていた。
(そうか、前回の開発は全くの無駄じゃないのか。初見にはアドバンテージがあるように、古参にも前回開発に力を入れた分野は少しだけ恩恵を受けて残るのか)
伽具夜が経済大臣に「報告よし。座りなさい」とだけ伝えた。座らせると、顎で軍務大臣に報告を促した。
軍務大臣が慌てて報告を再開する。
「我が軍の兵力は歩兵が二万、戦車二十輌、ロケット砲十輌、戦闘ヘリ十機、戦闘機二十機です」
歩兵一万と爆撃機とバトル・ドミネーターのヘッジホッグが姿を消していた。
(やはり、そう上手い話ばかりはでないんだな。経済に力を入れたから、経済は成長しているけど、現状維持しかしなかった事項、次回からは減らされるんだ。宗教は、まあまあ力を入れていたから変わらないだろう。科学技術は最後に全力で資金を注ぎ込んだから、それほど後退しないはず。だったらいいけど、すぐに首を刎ねられたからなあ)
椿が現状を理解したと思ったのか、伽具夜が次に「科学大臣、地図をここへ」と促した。
科学大臣が示した地図は、前回とほぼ同じ『づ』状の形をした大陸の地図だった。だが、づの点が二つでは三つになっていた。よく見れば、山や平野の位置にも微妙な変化があった。
(地形は毎回、大きくは変わらないが、微妙に変わるんだ)
ただ、地図で一番大きな変化は、都市と資源に現れていた。
今回、ベルポリスは最初からコルキストの領なのはいいとして、仙台もコルキストに占領された自治都市となっていた。
ロマノフはペテルブルグの他に、大阪を既に支配しており、大阪もロマノフの自治都市となっていた。
(残されたのは、首都の東京と直轄都市の堺と陸奥だけか。早いうちに、仙台と大阪を取り戻さないと、まずいな。資源は辛うじて石油が東京近郊に湧いただけか)
どうやら、有能ではない指導者は、負けが込めば込むほど、不利なペナルティーが課せられるらしい。つまり、能無しは早くゲームから退場させられる仕組みだ。
(まずいな。もう一回くらい負けても再チャレンジができると思ったけど、今回も負けたら、終わりかもしれない)
宗教大臣からの報告は特に変わったものがなく、また前回同様に予算の話になりそうになったので、話を打ち切った。
外務省大臣の報告では、どの国もまだ接触してきていないとの現状だった。
伽具夜が眉間に皺を寄せながら、不満を隠さず、皮肉を込めて聞いてきた。
「それで、国王陛下は、どうなさりたいんですかしら」
「まずは、服装の統一を」
一堂が「はっ」と言いたげな表情に変わった。
椿は構わず話し続ける。
「これから、一体感を出すために、閣議に出てくる際は俺が着ているのと同じような、赤の軍服を着用すること」
すぐに、元々軍服姿の科学大臣以外は「それは、ちょっと」という顔になり、お互いに顔を見合わせる。どうやら、各大臣の悪の組織的コスチュームには、ポリシーがあるらしい。
椿は構わず、キレ気味に言葉を続けた。
「月帝は軍事国家を目指す。しばらく、軍事と兵器に関する科学技術以外は省みない。軍国主義といえば、俺の中では色は赤なの。こうなったら、赤色万歳だよ!」
もう、どこぞの危険な国を真似するしかない。どうせ、死んでも国民は再生するし、戦争して相手の首都を手に入れておかないと、科学力も経済力も、軍事力も増えない。
相手の首を刎ねるのも、カイエロを手に入れるのも、次元帰還装置を開発するのも、他国を制圧するしかない。一に軍事力、二に軍事力だ。
伽具夜がすぐに真剣な表情で警告を発した。
「待って、早まらないでよね。前回はすぐに軍事国家に舵を切ればよかったけれど、今の月帝は、軍事国家には都合が悪いわ。最初はよいかもしれないけど、すぐに巻き返される状況が目に見えているわよ。ここは、軍備を増強するにしても、守り固めて、打って出ないほうがいいわ。状況を見て柔軟に対処しないと、すぐに潰されるわよ」
椿は伽具夜に逆らって宣言した。
「いや、もう、決めた。月帝は軍事国家の拡張路線で行く。予算も軍七、科学二で注ぎ込む、あとの一は残った省の人件費のみ。注ぎ込む科学も、軍事関連しか認めないの」
宗教大臣が慌てたように立ち上がり、畏れながらと、口にした。
「宗教関係にも予算を回してもらわないと、国民が不安に駆られて、暴動を起こしますよ」
「それは軍で鎮圧するから、いいよ」
経済大臣も予算配分に対して異議を唱えた。
「経済は国の要です。予算を回してもらわなければ、国庫がすぐに底を尽きます」
椿は声も高らかに宣言した。
「じゃあ、軍務大臣から予算を回してもらって。軍需企業にだけは、投資を許すから。あと、足りないなら、愛国国債と称して国債を発行して、どうにか予算を調達して。とにかく、軍が優先なの。今日からは先軍政治なの!」
椿の言葉を聞いて、軍務大臣が優越感を持って、経済大臣に視線を送った。
ここで、伽具夜が椿をジロリと見た。椿はまた辛辣な言葉を聞かされるのかと身構えた。
伽具夜は真剣な面持ちで発言した
「国王が決めたのなら、閣僚の閣議への出席に対して、赤の軍服を義務づけるのもいいでしょう。軍事国家も、やむを得ないでしょう」
伽具夜の椿の示した方針への承認には、正直、肩透かしを食らった。
だが、伽具夜は一度そこで言葉を切って、椿に宣戦布告でもするかのように、言い放った。
「ただ、これだけは言っておくわ。私のドレスは黒よ。私は、黒しか着ないわよ」
椿は閣僚の前なので、眉間に皺を寄せるようにしていたが、内心かなり呆れた。
(そんな、服への拘りとかで、戦争でも仕掛けるように言わなくてもいいでしょうが。国家の運営や俺の命運に比べたら、どうでもいいじゃん、ドレスや下着の色なんて)
椿の心情なぞ知らない伽具夜は、魔女のような笑みを浮かべて発言した。
「なんせ、私のドレスは、お前の喪に服するためにあるのだからね」
椿は顔色一つ変えないように努力しながら、心の内でそっと感想を漏らした。
(やっぱり伽具夜の中では、俺が死ぬ展開が鉄板なわけね)
3
椿は閣議を終えると、通信室に移動した。
伽具夜が前回と同じく、隠しイヤホンを椿の耳に装着させて、音声を切るスイッチを持たせてきた。
伽具夜が誰と会談をするのかを聞いてきた。
「それで、お前は、どんな会談を、どの国とする気なのかしら。今度はコルキストと? それとも、ロマノフと組むつもり」
椿は正直に感想を漏らした。
「どちらとも、組みたくないよ。あいつら信用できないもん」
伽具夜が上から目線で教えてくれた。
「それは違うわよ。相手が信用できい人間だったわけではなく、お前が約束を維持するだけの価値がない人間だっただけの話よ。それに、前回のヘイトを持ち越すと、失敗するわよ。どうしても、テレジアやソノワと会談するのが嫌なら、まずは、新しく世界にやってきたガレリアの指導者と会ってみたら」
「前回、ガレリアの指導者が成績不振で消されたの?」
伽具夜が飲み込みの悪い人間にイラつくように当ってきた。
「成績不振で神様から飽きられた人間は前回、出なかったわ。前回の勝者が、ガレリアだったのよ。ガレリアの指導者は次元帰還装置を開発して元の世界に帰っていたはずよ。だから、誰かが、ガレリアの指導者として補充されているのよ。それが、この世界のルールなの
」
「俺以外にも、外から強制的連れてこられた人間がいるの? もしかして、テレジアやソノワもそうなの」
伽具夜は呆れたように怒った。
「お前って、本当に馬鹿なのね! どうして、自分だけが特別な人間だと思ったのよ。他の国の指導者も、元は宇宙のどこかにいた奴らなのよ。違うのは、望んでやって来たか、望まないで来たかの違いがあるだけよ」
椿は腹が立った。伽具夜に対してではない。この世界の神様というやつに対してだ。
「嘘だろう。ここは仮想現実じゃないのか。そんな、死んだ人間も生き返らせ、地形すら書き換えられるような存在が神様を名乗って存在するなら、閣僚のように高度な知性を持ったいくらでも再生が可能な存在から、死と痛みを取り去って指導者を作ってゲームをやればいいじゃないか」
伽具夜が喧嘩腰に言い返した。
「前に言ったわよね。この世界は狂っている、って。この世界は繰り返すけど、一度毎に終わりがあって、終末があるのよ。死の恐怖を知り、終末を怖れる知的生命体だからこそ、本気でプレイすれば、ぎりぎりのところで裏切りもする。神様はそういう駆け引きを見たいのよ」
伽具夜が口を尖らせ、辛辣な言葉を続けた
「私の言葉が嘘だと思ったほうが気が楽なら、嘘だと思いなさい。ここはお前が言うように、お前しか人間が存在しない仮想現実だと思うなら、思ったらいい。でも、私は今、私の中の真実を喋ったわよ」
どこか、現実感がなかったが、伽具夜の言葉を疑えない椿自身がいた。
六人で殺し合いが行われるデス・ゲーム。酷く負ければ負けるほどに、条件は不利になり、やがては消されてしまう。俺はそんな理不尽な世界にいるのだろうか。
だとしても、俺はテレジアやソノワは殺せない。椿の首を刎ねた鳥兜ですら、殺せるかどうかわからない。
椿は迷ったが、ガレリアが新人なら警告してやろうと思った。ガレリアの西はポイズンの鳥兜で、東はロマノフのテレジアだ。前回の椿と同じ目に遭わないとも限らない。
4
通信部屋でガレリアに連絡を入れた。急な会談の申し込みだったので、しばらく、待たされるかと思ったが、すぐに通信が繋がって、映像が出た。
相手は女性だった。ただ、一目見て、堅気の人間ではない気がした。
女性は、顔の一部に刺青があり、オレンジ色の髪を短く切っていた。年齢は二十代後半くらいだが、修羅場を潜ってきたのか、目線は鷹が獲物を狙うように鋭かった。
服装は、胸元の襟が大きく開いたったクリーム色のシャツに、麻布の茶色のズボンを穿いており、一言でいうと、女海賊といった感じだった。
一目会った時から、居心地の悪い威圧感を感じた。それでも、どうにか威圧されないように気をつけながら、発言した。
「月帝国の国王、椿幸一といいます。今日は挨拶を兼ねて、御忠告しに来ました。貴女は西のポイズンと東のロマノフの二国によって狙われています」
女の鷹のような眼が一瞬ギラリと光るが、どこか邪険に椿をあしらった。
「御忠告、痛み入ります。と、でも言って欲しかったのかな? そんな事実は疾うにわかっているよ。それに、テレジアという女。あれは嘘吐きの顔だ。鳥兜にいたっては、殺人狂だろう。顔を見りゃ、わかるよ」
どうやら、神様はこのデス・ゲームにふさわしい人間を選んできたらしい。この女性なら簡単に三年未満で、首都まで失う事態にはならないだろう。
ただ、あまり切れる人物は好ましくない。有能な人物=椿の敗北に繋がる。
椿は、この手の人物は下手に出ると拙い気がしたので、強気で言葉を投げかけた。
「失礼ですが、こちらは名乗りました。まだ、お名前を伺っておりません。まず、名前ぐらい名乗るのは礼儀ではないですか」
椿の精一杯の強気は、相手の女性に鼻で笑われた。それから、相手の女性はどこか見下し、からかうように詫びた。
「これは失礼、椿国王陛下。格下相手に一々名乗る習慣がなかったので、すっかり忘れていました。私はガレリアの首領、アン・リードよ。それで、お優しい国王様は、わざわざ、警告だけしに私の貴重な時間を潰しに来たのかしら」
(自分のこと、首領って名乗る人物、初めて見たよ。なんだ、この人、本当に海賊なの? それとも、イブリーズに来る前、マフィアか何かやっていたの? この人も、どちらかというと、鳥兜さん同様に、人の首を取る気満々だよ)
椿は一瞬びくっと心がたじろぐも、すぐに気を取り直した。
リードのいるガレリアとは国境も接していないし、国も軍事国家化する予定なのだ。人間としては格下扱いされても、国家としては、格下扱いにはされないだろうと考えた。
椿は気を取り直して、提案した。
「わが国は、西にあるロマノフ領を併合するつもりです。貴女も東にロマノフ領がある。どうです。ロマノフに対して共同戦線を張りませんか」
リードはいったん馬鹿にしたように大きく笑ってから、辛辣な言葉で話した。
「おぼっちゃん国王と組む気はないね。と、言いたいところだが、いいだろう。椿がロマノフ攻めを開始したら、私もロマノフに兵を進めるとしよう。まず、嘘吐きお嬢さんから、ゲームから退出、願おうじゃないか」
椿はそこで、もう一つ提案した。
「コルキストのソノワにも、この話を持っていきますか」
ドン・リードは、すかさず椿を罵倒した。
「馬鹿か、お前は。コルキストまで誘ったら、私の取り分が少なくなるだろう。それに、コルキストのソノワはどうも気に入らないね。あいつは、我々の話を知ったら、口では協力するというが、背後で絶対ロマノフを援助する。ソノワはそういう性格だよ。コルキストを誘うなら、この話は、なしだ」
せっかく初めての同盟が崩れるのは痛いが、コルキストがロマノフを援助してくれるなら、ガレリアの初見のアドバンテージを削げるんじゃないだろうかと考えてしまった。
画面向こうのリードの眉が僅かに撥るのが見えた。
(やばい。邪念を見透かされたかも)
椿は即座に返事をした。
「コルキストは誘わない。あくまで、極秘裏にロマノフを排除するのはガレリアと月帝でやりましょう」
リードは凶悪犯が人を疑うような顔で応えた。
「わかったよ。裏切るのは自由さ。だが、裏切ったら、責任は必ずこのレィダの刺青に懸けて必ずとらせるよ」
リードは話が済むと、すぐに回線を切った。
黙っていた伽具夜が、冷静に感想を加えた。
「残念だわ。リードが月帝の指導者だったら、月帝も未来が明るかったでしょうにね」
「俺は残念な人間なのか」と突込みたかったが、突込めない。なんせ前回は大負けして、首都を陥落させられた挙句に、斬首になった実績があるのだから。
伽具夜の感想は続いた。
「でも、前回よりはマシね。これで、対ロマノフの環境は整ったわ」
バルタニアにも通信を入れて、挨拶しておこうと思った。だが、バルタニアは月帝を相手にしていないのか、それとも、隣国コルキストと既に組んだのか、会談に応じてくれなかった。
5
軍事国家にするといっても、都市は首都東京を入れても三都市しかない。お金もなければ、輸出する資源もない。ただ、東京と堺は、人口だけはあった。
椿は軍事国家の主力として、お金の掛からない歩兵に絞って軍事国家への道を進んで行くと決めた。一月ごとに起きて、状況を確認するが、しばらくはどの国も目立った動きがなかったので、のんびりとした時間が過ぎた。
とはいえ、着実に徴兵による月帝領内の国民の不満は高まっていっているようであった。
六ヶ月後に、久しぶりに閣僚全員を招集して閣議を開いた。
次回より閣議は赤い軍服着用と命じてが、各大臣は服の色を赤く変えただけで、格好は変わってなかった。
(なんか、低予算RPGの使い回しのモブキャラみたいな、大臣たちだな)
もちろん、黒い衣装を着るのは、椿の喪に服するためであると宣言をしていた伽具夜はポリシーを変えずに、黒いドレスを着ていた。
椿は閣議の冒頭、命令を聞かなかった大臣たちに注意を促した。
「閣議は赤の軍服着用と命じたはずだが、なぜ服の色しか変わっていないんだ」
ビン底眼鏡に赤の白衣という、普段は見ないような格好の軍務大臣が意見した。
「軍の服装規定が変わりました。各大臣の着ている服は新たに軍服として登録されたので、国王様の言いつけは、私も含めて守っています」
「規定を変えたの? いつ?」
伽具夜がからかうような顔で、面白そうに発言した。
「閣議に軍服着用の命令が出た一時間後ぐらいだった気がするわ。各大臣から今、着ているのと同じ格好を軍服として認めるように嘆願があったから許可したけど、まずかったかしら? 軍服の規定は軍務大臣が決められるから、月帝では規則的に問題ないはずよ。椿の趣味って、どうも好きになれないから、いいんじゃないかしら」
小さな案件だが、初回でまた躓いた。いや、伽具夜に足を引っ掛けられた。
これじゃあ、制服を統一した意味ないよ。と言うか、スーツや袈裟スタイルの軍服って、明らかにおかしいだろう。
椿は「俺って、とことん否定される立場なんだな」と、しみじみ感じた。
もう、国王権限で「格好はこれ」と決めようと思った。だが、どう決めても伽具夜が気に入らないと、この国ではどんな手を打っても、抜け道を見つけて来るだろう。
なので、一同が赤い軍服で集まる閣議の映像を目にして、国王に忠誠を誓う光景を見るのは諦めた。
椿がさっそく、軍務大臣に報告を命じた。
軍務大臣が自信たっぷりに報告した。
「東京と堺は人口が多く、失業者も多い状態なので、徴兵は順調です。歩兵を中心に軍を編成した結果、歩兵だけは順調に集まりつつあります。現在歩兵だけでも七万の兵がおりますが。おそらく、あと一年もあれば、さらに十万人以上が集められます。戦闘機も軍需工場より四十機の生産完了予定です」
「ロマノフの都市になっている大阪や、コルキストが支配する仙台の兵力は、どうなの。けっこう、いそう?」
軍務大臣は得意げに進言した
「詳しい規模はわかりませんが、そう多くないかと思われます。特に仙台方面が手薄です。仙台は兵の少なさを補うために、武装防壁の強化工事に入っています。工事完了前なら四万人くらいの歩兵で攻めても落せます。犠牲も兵の半数程度と言ったところでしょうか。仙台を攻めますか?」
え、半分って、二万人も亡くなるの! 世界がリセットされるたびに、生まれてくる国民だからといって、なんか可哀想な気がする。けれども、一年後にはさらに十万人の歩兵が誕生する予定だ。
ダメだ、ここで下手に兵を労れば、仙台奪還は不可能になる。ここは犠牲を払っても仙台を奪取しなければ。
「軍務大臣、仙台攻めを許可する」
伽具夜が椿に向って、批判するように口を開いた。
「東京は人口が多い割に、軍関連の産業にしか力を入れてこなかったわよね。現在、失業者が多いから、歩兵はどんどん集まってきているようだけど、娯楽施設もなく、民の心を支える寺院もない。経済は軍需でどうにか回っている状況よ。国民の不満はかなり高まっているわ。放置してもいいのかしら?」
「名案でもあるの」
「仙台を落したら、コルキストが仙台に溜め込んでいる金を略奪して、宗教省に回してやったら、どうかしら。資源が少ない場合、国にアーティファクトが多めに眠っている場合が多いのよ。勘だけど調査発掘をしたら、何かいいものが出るかもしれないわ。ひょっとしたら、カイエロが発掘できるかもしれないわ」
予算が極限まで削られている宗教大臣が、伽具夜の提案に無言で何度も頷いていた。
確かに前回マイナーなアーティファクトだが、効果はあった。だけど、仙台から略奪って、本当にそんな行為に及んで大丈夫だろうか。
というか、仙台から得られものがあるのなら、戦いに貢献した兵士に報いたほうがいいんじゃないか。
伽具夜は、椿の心を読んだように勧める。
「仙台はコルキスト領になっていたんでしょう。だったら、通貨はコルキストの紙幣が流通しているはずよ。コルキストはしばらくは安泰でしょうけど、ガレリアが巨大化したら、いずれコルキスト紙幣は暴落するわ。だったら、価値のあるうちに国庫に残さず、さっさと使ってしまいなさいよ。もし、軍事的アーティファクトが出れば、軍事国家の寿命が延びるわよ」
6
外務省から正式にコルキストに宣戦布告がなされ、仙台攻めが始まると、椿は毎日のように起きて、戦況をバレンに聞いた。
本当は軍務大臣から報告を聞きたかったが、軍務大臣は自ら仙台攻めに行って指揮を執っていたので、首都には不在だった。
白衣《正確には赤衣》の軍務大臣が前線に赴いて指揮を執るのは少々意外だったが、行ってしまったものは、どうしようもなかった。
バレンに戦況報告を聞くと、「大丈夫です」「問題ありません」「順調です」という短い答えしか返って来ないので、逆に不安になった。
(なんか、大きなゲーム開発プロジェクトが失敗する前の現場の言訳みたいだな)
それに、バレンは前回、椿を見捨てて、さっさと逃げた前科がある。何か重大な事項を隠蔽しているのでは、と疑いたくもなる。
不安だったので、伽具夜の部屋に行ってみた。おそらく、軍務大臣は椿には情報を伝えていなくても、伽具夜には戦況を逐一、報告している気がした。
伽具夜の部屋に行くと、部屋の扉を半開きにして状態で「あんたは軍事政権の独裁者でしょ。なら、どっしり構えて、死になさいよ」と怒られ、詳しい戦況を教えてくれなかったのも不安材料だったする。
ひょっとして、ソノワには、仙台攻めを既に読まれていて、月帝軍は敗走させられた挙句、新兵器を大量投入されて、逆にまた首都まで迫られるのでは――と、攻めている側なのに無性に不安だった。
開戦二週間後、広過ぎる食堂で、ポイズンの労働者用の食事を摂っていると、珍しく食堂に伽具夜が現れた。伽具夜は質素な食事をする椿から、微妙に距離を置いて座った。
ベッドを共にした経験はあったが、食事を共にしたのは初めての経験だった。
椿は「順序が逆じゃねえ」と思った。でも、相手が伽具夜なので、何も言えなかったし、今さら伽具夜が寝室に椿を入れてくれるとは思えなかった。
国王の椿の給仕はバレン一人だが、伽具夜には十人の給仕が従いていた。
伽具夜に椿が苦くて飲めなかった銀色のスープが運ばれてきた。
伽具夜の料理は高価そうな食器に盛られていたが、苦い料理を分けてもらう気にはならなかったし、分けてくれるとも思えなかった。
伽具夜は上品にスープを飲みながら、簡単に報告した。
「仙台奪回作戦は決着が付いたわよ。ソノワは仙台を守りきれないと見ると、仙台の兵器工場を破壊してから兵を撤退させて、ベルポリスまで後退したそうよ。コルキストが早くに撤退してくれたおかげで、歩兵の損失も当初の予定の半分ですんだわ」
「え、そんなにあっさり勝ったの!」
伽具夜は椿を小馬鹿にしたような表情で伝えた。
「あっさり勝ったっていうけど、貴方は食べて寝て起きて、心配だあ、心配だあ、って冬眠前の熊のようにうろうろ、していただけでしょう。見事に勝利を飾った軍務大臣を褒めてあげなさいよ。あと、表向きでいいから、亡くなった兵士に哀悼の意を表す声明文を作っておいてね」
「お、表向きでいいんだ」
伽具夜がきつい視線で椿を睨んだ。
「なにを言っているの。次は大阪奪回戦をやるんでしょう。だったら、亡くなった兵に哀悼の意を表す程度の知恵を回しなさいよ。国民は、徴兵に次ぐ徴兵を受けているのよ。勝利したら、国威発揚のために、何かメッセージを出そう、くらいの頭はないの。本当に猿頭なのね」
伽具夜の元に勝利の情報が入ってから一日遅れで、椿の元にも仙台奪還の知らせが、やっと届いた。
「俺って、やっぱり、お飾りなのかな。普通、国王の元に勝利の第一報が入ると思ったんだけど」
椿は一応、伽具夜に言われたとおり、亡くなった兵士たちに哀悼の意を表す声明を書こうとした。だが、そんなもの書いた経験がないので、バレンを呼んだ。
「ねえ、亡くなった兵士の死に対する哀悼の文って、書いた経験ある? 俺、作文が苦手なんだよなあ、代わりに書いてくれない?」
バレンが呆れた顔で不満を述べた。
「あのですね、どこの世界に、王様の代わりに亡くなった兵士に対する哀悼の文を書く執事がいるんですか。そんなことしていたら、本当に王様の仕事、なくなりますよ」
「じゃあ、王家の図書館から、それらしい文書を探してきてよ。もう、丸写しで書くから」
バレンは、もうこいつはダメだといわんばかりに、投やりに了解した。
「わかりました。そういうことなら、探して来ましょう」
バレンは翌日には『心が伝わる王家の文例集』という、俗にいう社会人になったばかりの学生が急遽、眼上の人に手紙を出さなければ、ならなくなった時に使う『手紙の書き方』のような本を持って来たので、椿はほぼ丸写した。
ただ、本の価格に五百円という古本屋のシールが張ってあるのが気になったが、もう夏休み終了直前に宿題に追われる小学生よろしく、どうでもよかった。