年の始めの
新年の恒例行事といえば、いろいろあるが、初詣もその一つ。
我が家の近く、まあ近くといっても、ぶらっと歩いて行けるほど近くは無いが、そこそこ有名な神社が有る。
今年は珍しく三ヶ日の内にお詣りに来た。
歩くと遠い、かと言って車だと駐車場がやたらと混むので、昨年までは正月明けてからお詣りしてた。
それが今年は何故三ヶ日の内に来たかと言うと。
昨年この神社の平安前期に描かれたと言われている壁画の保存修復の折に、今まで見つかって無かった姫神の絵が見つかり、この三ヶ日は特別公開することになったからだ。
正直ちょっと億劫だったが、やはり一目お目にかかっておきたかったから、気合いを入れて出て来た。
幸いな事に、うちの近くのバス停から、市内循環バスに乗れば、割と近くまで行ける。
ほんとはバスってあの料金表が苦手であまり好きではないが、循環バスは均一料金なので気が楽だ。
などと考えているうちに、降りるバス停が近ずいて来た。
さすが正月、乗客には晴着姿の女性もいる。
バスが停車し、運転席横の料金箱に硬貨を2枚放り込んで降りた。
このバス停からは目指す神社までは1kmも無い。
さっき見かけた晴着の女性も目的は同じと見えて、前を歩いている。
この通りをしばらく歩くと、神社の表参道に出る。
表参道はすでに車が詰まっていた。
駐車場まではでは、まだ結構有るので、車で来なくて正解だった。
表参道を神社へ向かって歩くにつれ、人通りも多くなる。
一緒にバスに乗っていた晴着の女性も見えなくなった。
晴着きてるわりには、思ったよりも歩くのが早い。
参道の途中から入ったので大鳥居は潜らず、二の鳥居の前で一礼して境内に入った。
車はここで向かって左にある駐車場に折れるけど、ほとんど進んで無い。
境内に入るとすぐに行列の最後尾が見えてきた。
さすがにここまでの行列は見たこと無かったので、ちょっと驚いた。
昔は皆んななんとなく並んでいたのだが、昨今のパワースポットブームで、都会から来る人が多くなった頃から。
なんかきっちりと行列が出来るようになった。
都会の人は行列慣れしてるからなのだろうか。
この神社は縁結びで有名で、この頃は平日でも若い女性を見かけるようになった。
昨年の発見は予想通り、人出に拍車をかけたようだ。
三の鳥居まではまだ結構あるのに、この列には辟易した。
それでも10分もしない内に、三の鳥居は潜れた。
ここからは拝殿や社務所も見える。
参拝を終えた人はほとんど、宝物殿に向かってるようで。
そちらにも切れ間なく行列が続いている。
それにしても、神様も大変だろう。
例年三ヶ日で10万人位の人出があるのに、今年はこの感じだと1.5倍。
事によると2倍の20万人位は来ているのかもしれない。
それだけの人間の願い事を聞くだけでも、俺なら無理だろう。
まあ、神様にしてみればこの程度のことは、なんでもないのかもしれないけど。
それでも、早朝から延々人と人の願いを聞くって大変だろうな。
そう思うと、願い事が叶わないのも、仕方ないような気もしてきた。
どうせ皆んな好き勝手なことを願ってるんだろうな。
ま、そんな俺も勝手な事願ってるわけだけど。
ちょっと、人の願いも聞いてみたいか。
そんな事を考えてたら、遠くから「しばらく代わってくださいね」と涼やかな女性の声が聞こえた気がした。
その途端急に周りの話し声が大きくなった。
{宝くじ絶対当ててくれ}{この女とやれますように}{大金持ちにしてください}
{大学に必ず合格させてくれ}{あの男に天罰を与えて}・・・・・・
しかし周りをぐるっと見回しても、誰もそんなことを言ってるようには見えない。
前に並んでる女の子たちも、つい今し方まで昨年末で解散したアイドルグループの話してたし。
と考えてる間も、好き勝手な願いがどんどん頭の中に流れ込んできている。
どうも実際に耳から聞こえてるわけではない感じがする。
拝殿の前で拝んでる人の心の声が、勝手に頭に入って来るらしい。
なんかもう色々な願いがごっちゃに聞こえてるので、頭が痛くなってきた。
中には必死に叫んでいるような願いもある。
キョロキョロしてる俺をみてかみさんが「どうしたの」って言ったのもよく聞き取れない。
とりあえずなんでもないと言ったものの、数分も経たない内に気分が悪くなってきた。
予想はしてたけど、結構皆んなドロドロしてる。
確かにまともなお願いもあるけど、個人的な勝手な願い事が圧倒的に多い。
救いなのは、子供の無邪気なお願いが聞こえることか。
人の流れに乗って拝殿前に着いた頃には、意識が朦朧としてた。
いよいよ次の番ってところで、願い事の洪水が消えた。
「大丈夫?顔色悪いよ」
かみさんが心配そうに再度尋ねてきた。
「ほんと、大丈夫だから」
なんかホッとした、と同時に神様の気持ちが少しわかった気がした。
賽銭箱に賽銭を放り込んでから。
二礼、二拍、一礼で参拝を終えた。
俺が何を願ったかって、それは言えないが。
少なくとも身勝手な自分本位の願いではない。
とてもそんなお願いをする気にはなれなかった。
ここにいる皆んなが、俺と同じ経験をすれば。
世の中もう少し住みやすくなるかもしれないな。
それにしても、なぜ俺だったのか。
宝物殿へ向かう行列に並び直して、首をひねったが、理由はわからないままだった。