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私は今日死んだ。
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オレンジ色に彩る空が見える。オレンジ色の夕暮れに、水平線上に浮かぶ落ちかけの太陽。このセットが空を綺麗に彩っていた
澄んだ空気が空気中を彷徨い、時々何とも言えない自然の臭いがする。それに暑すぎず寒すぎず、多分服装に困るような気温だ。
目の前に広がるは街を一望できる絶景。これから始まる暗い夜に向けてポツポツと光り始める街灯が所々に見える。
ー あぁ。私やっぱり死ん... ー
「でないっ!?」
目の前に広がる街が東街ということを理解すると、座っていたベンチから腰を上げ頭が即座にこんがらがる。私は先程目の前の手摺を飛び越え崖から落ちたはずだ。
右手を見る。傷一つついてなく異変もなに一つ感じられない。左手も同様だ。
となると誰かに助けてもらってここに運ばれたって事もないだろう。
というかそうなったらまず担架の上で奇跡的に意識を取り戻すか、それか万が一にも助かって病室の上で目を覚ますくらいしか私の意識が戻ってる可能性なんてない。
ならばあれは夢だったというのか。私はこのベンチで寝ていてそして自殺する夢を見たというのだろうか。
いや違う。アレはあまりにも現実味がありすぎた。いまでもあの緊張感と手に握った汗を感じる。
困惑する頭を抑えながら、なにか私が先程まで行っていた行動を裏付ける証拠がないかあたりを探して回っていた。
すると不自然な手形と足跡が手摺の上に全部で三つほどついているのがわかった。
元々この高台自体人があまり来ず、そのため手摺を掴むモノもいないわけで埃が被っている。
そこに付けられた手形と足跡。考えたくもない考えが脳裏をよぎった。
「うそでしょ・・・。」
私は小さく呟くように言葉を発し、絶句した。
「私・・・飛び降りたんですけど・・・。」
混乱していた頭の中が更に混乱し、まるで多種多様のジュースをごちゃまぜにして臭いも味も全部がごちゃごちゃになってるような感覚だった。
やがて色々な臭いの、色々な味のジュースが一つになるように私の中で答えが出る。
「死ぬな・・・ってこと?」
周りに人はいない。馬鹿げている事だが絶景の見える景色で一人、姿どころか形すらも見えない神に問いかけている。
「この世界に私を勝手に作って・・・。勝手に私に色んな逆境を与えといて・・・。逃げ出す事も・・・死ぬことさえさせてもらえないの?」
すると徐々に怒りがこみ上げてきていた。矛先は言うまでもなく、この世界の創造者にだ。
湧き上がる怒りを抑えようと砕けそうな程強く奥歯を噛み締める。
神に向かって怒りを覚えてるなんてバカバカしいだろうか?
それは決して相手には伝わらない感情でもあるし、まして怒りを見えないソレにぶつけたところで何かが解決するわけでもない。
けどそれでも私はこの現状が許せなかった。俯き、怒りで震える肩を静かに抑えると、拳を強く握った。
やがて長い沈黙を私は迎える。聞こえるのは木々が靡く音と時々吹く強い風の音だけだ。
そして私は小さく口を開ける。
「・・・っりえない。ありえない・・・。ありえないありえない!!!ほんっっとにありえない!!」
徐々に声を荒らげていく。
「勝手だ!勝手すぎる!・・・こんなふざけた事があってたまるか!!」
力強く何度も目の前の手摺を叩き続ける。痛みなんて今味わってる怒りで忘れてしまいそうなほどに。
赤く腫れ上がった手など見向きもせずにゆっくり顔を上げ目の前の絶景を睨むように見つめる。
「こうなったら・・・絶対に死んでやる・・・。」
そう心の中で決めると勢いよく手摺を掴み飛び越える。元々死ぬ覚悟なんて決まっていた。自殺する気分はお世辞にも良いとは言えないが怒りでそんな気持ちも消え失せる。
飛び降りる感覚。落下している感覚。意識が消えるその感覚。なにもかもが一回目と一緒だった。
そして私はまた死んだ。
はずだった。
生きている。さっきと全く同じベンチの上で目を覚ます。どうやら時間は止まっておらず太陽が落ち空が暗くなっていた。
「くそっ!!」
胸が炙られるような焦燥感。それと同じように止まることなく湧き上がる怒り。
目の前の光景を再び睨むと怒りの感情のままに、私はまた手摺を越えて飛び降りた。
気づくと地面に寝転がり綺麗に彩られている星空を見上げていた。
あれから何度死んだだろうか。
多分合計で5回は死んでる。
5回と言うと少ないように聞こえるが人生で一度しか味わえない事を5回も行っているんだ。それに1回1回がなぜかとんでもない疲れと疲労感を与えてくる。
身体的、精神的にも相当なストレスを負担をしているという事なのだろうか。
それにしても本当に疲れた。なんかもう色々疲れた。
そうだ、どうせ死ねないんだ。想像もしなかった事をどうせならしてみようか。
全裸登校?全裸徘徊?体でも売ってみる?いや、いっそ人を殺してみようかな。
それじゃあ大量殺人とかどうだろう。それなら流石に神様とやらも私を地獄にでも送ってくれるかもしれない。
そう思った直後、この高台のシンボルとも呼べる大きな木が小さく靡く。
強い風が吹いた。体の中を突き抜けるかのように吹いた風は一瞬だったがとても冷たく感じた気がする。
「はぁ。めんどくさい。」
私はそのまま数分空を眺めていた。
空では無数の星が不規則に並び光り煌めいている。どれもこれも小さく光っていてとても美しい。だがあれほどの小さな光りすら私の中では見つける事ができないのだ。
空に浮かぶ無数の星を見て「こんな広大な空を見ていると自分の悩みがちっぽけに思えてくる」みたいな事を言っている本やドラマなどをよく見たことがある。
私はそれに共感できない。
実際にこうやって綺麗な星空を眺めてる訳だが、綺麗な空には変わりない。だが今抱いているこの悩みは17年生きてきて間違いなく最大の障害であるし、こんな眺めを見ただけで悩みが解決されるくらいならこんなに悩んでない。
それとも「明日の体育祭緊張する」とか「友達と喧嘩した」とかその程度の悩みであること前提の話なんだろうか。
そういう話なら私には最初から縁もゆかりもない話だったというわけだ。
そう考えると私は深い溜息を一つした。
「すごいどうでもいい事考えてるなあ。私。」
少し呆れたように苦笑しながらそう言う。
そして少しの間を空けてぼやいた。
「はぁ、帰ろっかな。」
やることもなく、しなきゃいけない事もない。帰る場所も家しかないのだからその場所に帰るしかない。
明日から学校なんて行かないし部屋からもでない。誰かと喋る気分でもないしずっと一人で居たい。絶望した私は一人懇願する。
ゆっくりと憂鬱な体を無理やり動かし立った。そのままぼーっと、距離にして30mはあると思われるバス停の方向を見やる。
確かそろそろバスが来る時間だった気がする。
そう思い出すのとほぼ同時に、低く重たい音を出しながらバス停にバスが到着したのを目視した。
私が急いで足を前に出そうとしたその瞬間、バスの中に人が居ることに気づいた。普段は誰もこないこの高台にしかもこんな時間に、一体誰がどんな用事でここに来たのだろうか。
そう思うと私は急ぎ足で、端にある街頭の後ろに身を隠した。光に群がる虫が真上で何匹が飛び回っていたがそんな事は気にもとめなかった。
それから再びバスが音を立てて下っていくと、視界の中に入ってきた一人の青年を私は怪訝そうな顔つきで睨む。
私と同じ学校の制服。目は気怠そうな少し細い目、髪は目に掛かるくらいの長さでどことなく人間的に私に似ているような気がする青年だった。
「倉橋・・・くん?」
私は彼を見つめながら一人で小さく呟く。