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キミノタメニ  作者: ばにばに
6/11

1-6



私は扉の前に立っていた。扉についている窓から流れ込む光でとても眩しい。


いつも私は屋上に行く際、この扉の前で立ち止まる。


ドアノブを回し扉を開くだけ。そんな簡単な事が中々実行に移すことができない。


握る。握ることならできる。けど、そこから先が進まない。なんでそこから進まないかなんて一々考えずともわかっていた。


行きたくない、それだけだ。単純にそれだけ。


でも行かなくてはいけない。私は行きたくない衝動を押し殺し、意を決してドアノブを回して扉を開ける。


開けた瞬間、透き通った空で吹いた強い風を全身に浴びることになった。まるでこっちに来るな、と言っているかのように。


それでも私は行かなければいけない。私は、何もできないから。


「お、木口じゃーん。」


奥の方で3人でたむろしている本田さん達がいた。


私も固唾を飲んだあと、急いで駆け寄った。


「ごめんね。遅れちゃって・・・。」


無理に笑顔を作り、そう呼びかける。


「いいよ。その変わり帰りにジュース奢りでー!」


「あーいいねそれ。喉渇いてたしー」


「いいよなー?」


本田さん達三人は私を置いて勝手に盛り上がっていた。


「わ、わかったよ。」


苦笑しながら了解する。それ以外の選択肢なんて与えてくれないくせに。


三人は輪になって話していたけれど、私の入るスペースなんてあるわけもなく少し後ろの方に腰を下ろす。



緊張しちゃだめだ私。



適当に相槌を打つだけだ。



機嫌を損ねないように返事をするだけだ。



簡単な事。怒らせちゃだめだ。不快に思わせちゃだめだ。



今日学んだ授業内容を全部忘れるんじゃないかってくらいの勢いで何度も念じた。


すると突然本田さん達が私に問いかけてくる。


「なぁ、木口もそう思うべ?」


「・・・う、うん!わかるよ。」


話を聞いておらず急な問いかけに焦り目が泳ぐ。適当すぎるその返事に本田さんが機嫌を損ねないか不安で仕方なかった。


「だよなー。でさでさ、昨日あいつがさ!」


満足そうな本田さんの声を聞いて私はホッとする。



やっぱり私は怯える事しかできないんだ。



結局その後も私から喋りだすことなんてなく、適当に相槌を打っていた。





                  *




あたりはオレンジ色の空になっており、太陽が落ちかける夕方5時。


「やっべ!私そろそろバイトの時間だわ。」


井口さんが急に携帯を確認した後にそう言った。


「んじゃ今日は解散にするー?」


「そんな感じかな。」


三人は口々に、そう言うと自分の荷物を持ち、だるそうに腰を上げる。


私を置いて帰ろうとする三人を急いで追いかけた。いつも私は前で並んで歩いてる三人の背中を見ながら途中まで一緒に帰る。


三人の足取りは、まるで私がいない者のようなそんな足取りだった。一度も私に会話を投げかけてくる事もなければ、振り向くことだってない。


でも多分、勝手に帰ったらその時はその時で怒るんだろうなと感じながら三人の後ろにひっついて歩く。


階段を何段も降りて、長い廊下を歩き、下駄箱で上靴から靴に履き替える。


なにを思いながら、なにを感じながら歩けばいいのかわからず、とりあえず横の校庭で行っている野球部の活動を見ながら歩いていた。


彼らはすごい。全身泥と汗まみれになって、顧問の暴言にも従い部員全員が一生懸命夢に向かって頑張っている。


私があの中にいたら、全身が泥や汗まみれになる前に、顧問から暴言を浴びさせられる前に、他の部員達との温度差や覚悟の違いなどを感じ取って、風の早さで落ち込み始めた挙句に退部して行くんだな。


そんなことを考えていた矢先だった。


本田さんは急に自身のスカートを掴みながらだるそうに口を開く。


「あー飯田だるいわ、またスカートが短いだとかボタン閉めろとかうっせっつーの。」


飯田先生の悪口だ。最初は普通にそう思っただけだった。


だけど私はすぐに焦りだす。もしも、本田さんが私に同意を求めてきたらなんて返事をすればいいのだろうか。


いつも怯えて過ごしてる私にも譲れないものくらいある。


飯田先生は私を大切に想ってくれる唯一の人。そんな人の悪口を、例え本人の前じゃなかったとしても言ってもいいのか。



言っていいわけがない。。



私を心配してくれる先生を、女子高生の愚痴などの会話のネタにするなんてやっていいわけがないんだ。


そんなことをしてしまったら私はほんとに最低な人間になってしまう。


本田さんが私にそういう話を投げかけてきたらきっぱり言おう。そう決意した。



「なーそう思うっしょ?」


すると本田さんは振り向いて私に問いかけてきた。


唯一想ってくれる先生を売ることなんてできない。本田さん達に反抗するまでは行かなくともせめて先生の良いところくらいは言ってあげよう。


そして私は、先生を擁護するために手に汗を握る感覚を覚えながら口を開く。




・・・。




・・・。




言葉が出ない。


喉で、空気ですら通らなそうな鉄の壁がシャットアウトしているように声がでない。




ー なんで、なんで声が出ないの ー




ー このままじゃほんとに最低な女になっちゃうよ ー




ー お願い、頑張ってよ! ー



いくらそう願っても、声が出ない。体が言うことを聞いてくれない。



「おい、聞いてんの?」



返事が遅い私に対して、本田さんは鋭い目で睨みつけながら低い声でそう言っていた。





「う、うん!ほんとうざいしきっついよね!」



無意識だった。無意識のうちにあっさりそんな酷い言葉を口にしていた。




私はすぐに理解する。




ああ、最低の女になっちゃうんじゃなくて、もう既に私は最低な女だったんだ。




本田さんの表情の変化を見た私は咄嗟に恐怖を感じていた。というか、先生を擁護するって決めた時から知らないうちに恐怖を感じていたのかもしれない。


私がいくら心の中でどれだけ覚悟を決めたとしても、体がもうそういう風にできているんだ。


もしも擁護したらその後の事なんか簡単に想像はつく。


それを知っていた私はそんな事態にならないように無意識のうちに喉に壁を作っていたんだ。


心の中でいくら決意した所で、本田さんの一言で私の決意は一瞬で粉々になる。


結局恐怖には勝てなかったんだ。


もう恐怖には抗えない体になってしまったんだ。


こんな体になってしまった悲しみも後悔もない。あるのはただ一つだけ。悔しい。



悔しい。 悔しい。 悔しい。 悔しい。



気づくと私は本田さん達と解散してバスの中で揺られていた。


どうやって別れて、どうやってバスを待って、どうやってバスに乗ったのかわからない。


ただ悔しい。これ以上の悔しさなんていままでで味わったことがない。


いままでは自分が心の中で怖いと感じていたから、その場の状況や雰囲気で言葉を選びながら本田さん達に忠実に従ってきた。


それがいつの間にか、心の気持ち関係せずに体に本田さん達に対する恐怖の気持ちが染み付いていて、言いたい言葉も言えないようになっていたなんて。


それはまるで、私じゃない私が「怖い思いをするくらいだったら人の顔色伺いながら従っていろ」とでも言っているようだった。


いや違う。それが本当の私なのかもしれない。


それが例え本当の私であったとしても、それを認めたくないし悔しさが消えることもない。



言いたいことが言えない。自分で初めて抱いた抗いの思いも表せない。初めて決めた覚悟が表現できない。これ以上の悔しさはなかった。



悔しい。悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。 その思い以外に湧いてくる感情なんて何一つない。




私は気づくとバスを降りて東山高台前と書かれた汚れのついていないバス停の前に立っていた。


いつも耐え切れない思いがあるとここに来る。


ここは人気もなくいつも私一人で、私が心で思っている事を言える場所だった。


耐え切れぬ悔しさの思いを抱きながら、なんとも言えない表情で奥の高台に向かう。


断崖絶壁に位置しているこの高台から見えた景色は綺麗だった。街の全貌を見渡せる上に、空を見れば夜に向けて出番を待つ月が小さく見える。


だけど私の心境はそんなにクリアなモノじゃない。


唇を強く噛み締めた後、大きく口を開けて叫んだ。



「悔しい!!私は、私が許せない!!なんで思った事を口に出せないんだ!!」



体を少し前のめりにして、息切れをしながら肩が上下に上がったり下がったりと揺れる。


そしてもう一度叫ぶ。



「これは、これは私の体なんだ!!私が思っていること、感じてることがなんで言えない!!怖くて、怖くてたまらなくて、ずっと怖がってばっかりの自分が許せない!!

 

なんで、なんでなんでなんでなんで!!なんで私はこんなにも臆病者なんだよ!なんでだよ!!悔しい!悔しい悔しい悔しい!!」



私が今感じている全てを言い切った。溜まっていたものを全て出し切り体の中が空っぽになった感覚を体験すると、すぐ後ろにある錆びたベンチに崩れるように座る。


座ると同時に、何とも言えない虚無感と大量の涙がこみ上げてくるのがわかった。


必死に掌で目を抑え、涙を止めようとするが止まらない。目から、掌から涙が溢れてくる。


どうすればいいんだろう。


私は一体こんな体で、これから何をして、何を感じながら生きていけばいいんだろう。


なんで私がこんなに辛い思いをしなければならないんだ。


誰か私の身代わりに辛い思いをしてほしい。


周りも私と同じ苦しみを味わえばいいんだ。



悔しい思いしかなかったはずが、いつの間にか憎悪や嫉妬、妬みといった人間らしい醜い感情がこみ上げていた。




色々な感情が絡まりあってもう訳が分からない。



というか、神様は一体この世界に生きる私に何を求めているというのか。



多分、神様が私に求めているモノなんてなにもないと思う。



なにもできない私に求めているモノなんてきっとなにもない



それならいっそ、このまま楽しくもないただ辛いだけの人生を終えるという選択肢もあるのではないか。そう考えた。



もう希望も生きる意味だってなにも見出せない。怯えるだけの生活にはもううんざりだ。



そう考えると、私は太い柵に手をかけていた。



そのまま柵の手摺にバランスよく立ち、もう一度街の景色を眺める。




ここから落ちれば確実に全てを終わらせられる。



中途半端に生き残る可能性もないだろう。



お母さん達にはなんて言おうかな。



死んじゃった後だったら話せないか。



学校は、いいよね。





もう辛いよ。





私は手摺の上からゆっくり体を前に倒し、頭から下に落ちる。



落下している最中は走馬灯が見えるらしいがそんなモノはなにも見えない。



後悔の気持ちなんて今更ない。



ただ、一つ。 



一つだけしたかった事があったんだっけ。



はぁ。






一度でいいから。倉橋君と話してみたかった。








その日、私は死んだ。





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