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キミノタメニ  作者: ばにばに
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第一章


「賢一・・・わりい、多分お前実家暮らしになるわ。」


親父から言われたそんな言葉を思い出していた。


元々東京に通っていて、今年高2っていう一番青春できる時期に千葉の高校で全く新しい生活に慣れなければいけない。


元いた高校には小学校からの友達もいたし、それに・・・好きな女の子だっていた。


あまりに軽々しく言う親父の言葉にイライラしながらも、これは仕方のない事だと思い素直に返事をして今に至る。


「それにしても・・・田舎の電車の中ってまじでガラガラだな・・・」


電車の車窓から入る陽の光に目を細め、変わらない田んぼの風景を眺めながらスマホで音楽を聴いていた。


「あー・・・あと何駅だよ・・・ったく・・・」


そう愚痴りながら車内上部に貼ってある駅表を見ようと席を立ち上がるとスマホのバイブが鳴った。


なんの特徴もない黒いスマホを手に取り、L○NEを確認するとそこには先週までクラスメイトだったやつからの長い長文のメッセージだった。


涙がでるようなそんなメッセージを見ても、今の俺にはこれといった特別な感情なんて湧いてこない。


「あーあ・・・俺やってけんのかなあ・・・」


俺は不安を抱え込みながらも眠気に襲われ静かに目を閉じた。



   ***



「けんちゃーん、朝ですよーご飯ご飯。」


ばあちゃんの声で目を覚ます。目覚ましではなく人の声で起こされるのは何年ぶりだろうか。


多分こうやって、いやこれからこうやって朝を迎えるのか、なんて思いながら木造の古く痛んだ階段を降りて居間に向かう。


馴染みのない階段と廊下を歩くと時々ギシギシと音が鳴った。


「けんふぃ~おはおー!」


居間に向かうなり急いだ様子で身支度をしている従妹のふゆが、朝食のパンを咥えて、俺の千葉デビューとなる初日の朝を迎えようとしてくれている。


「けんにい!私もだけどウチんとこの高校にはやく馴染めるように頑張ってね!んじゃ!おっさきー!」


慌ただしく玄関を後にした冬を見送りながら、俺は居間でばあちゃんが作ってくれた朝食を食べる。


納豆に鮭の塩焼き、それに白米とお吸い物だ。


納豆には大粒納豆と書かれた文字が入っており、お吸い物には竹輪とほうれん草・・・みたいなのが入っている。


そして鮭の身をほぐしながら少しずつ箸に取り口に運んでいく。


今まで朝食というのは作ってくれる人もいないので久々の朝食だった。


俺はそんな新しい環境の、新鮮な時間を満喫する。







昔冬の方が、東京にある俺の家によく遊びに来ていた。昔から人懐っこい性格だがどうやら今も変わらない性格らしい。


相変わらず髪を後ろで二つ縛るツインテールにしていて身長も低いようだ。150あるかないかくらいか?


「冬って今年いくつでしたっけ?」


「今年高校入学だからけんちゃんの一つ下・・・16歳かな?」


俺の今更の質問にばあちゃんが答えてくれた。



この年で冬と同じ家で生活することになるなんて、こんな縁もあるもんなんだな。


そんな風に思いながら部屋に戻り制服を手に取る。


新しい制服。今までは学ランを着ていたのだがこっちの高校はどうやらブレザーとネクタイがある私立高っぽい制服だった。


俺は着慣れない制服を身に纏いリュックを背負った。


アウトドアっぽいリュックとかではなく若い人が好んで使いそうなお洒落なリュック・・・だと俺は思ってる。


髪型を前と違って真面目な高校生風の感じにしたので持ち物くらいはお洒落っぽくしたいのだ。


スクールバッグでも良かったんだがあれは片方の肩に負担がかかって肩が凝る。


それに引き替えてリュックは両肩に平等に負担がかかってくれてあまり疲れない。


まあスクールバッグでも背負い方さえ変えれば別にどうとでもなるんだが、あの背負い方はあまり俺の好みじゃない。


そんなどうでもいい事を考えながら部屋を後にした。


洗面所でリュックを背負ったまま歯磨きを済ませ、鏡の前で気持ちの悪い笑顔を作り気合を入れる。


そして居間にいるばあちゃんに「行ってきます」と伝えて玄関でスニーカーに履き替えた。




玄関を開けると見えるのがでかい田んぼ。続いて右を見ると田んぼ。こうなると左を見ても田んぼだ。


田んぼと、田んぼの細い道を通り、辛うじて道の形をしている自然の道を歩いて最寄りのバス停に乗って学校まで行く。


舗装された道を自転車をこいで5分、そんな俺がいままでやってきた登校方法がひどく寂しく感じた。


今の俺の家は山の中間部に位置していて、学校まではバス停からバスに乗って約20分の距離。


山を下って少し行ったところに学校があって、ここいらへんでは一番都会っぽいとこらしい、と俺はばあちゃんから説明を受けていた。


結構曖昧な説明だがバスの到着先が学校らしいので要はバスにさえ乗れれば大丈夫らしい。


「はぁ・・・なんか気分乗らねえなあ。」


深い溜息を吐きつつそうぼやいた。


元々俺はテンションが高い方で前の学校でもクラスのムードメーカー・・・的存在の立ち位置だった。


それでもやっぱり新しい環境というのは不安も多いし、なにより言葉が悪いが田舎の人間はどういう人たちなのかがわからない。


好きな芸能人は?好きな歌は?好きな映画は? そういったことで趣味が合うのかすごい心配だった。






そう考えながら荒れた道をすこし歩くと道路に出た。


まず目にとまったのが、歩道の脇に、規則的に連続して生えている大きなでかい木だった。その木から生えている大量の葉で太陽の光がほとんど遮断され、少し暗い場所となっている。


しかしそこから漏れる木漏れ日がすごく幻想的な風景を生み出していて、俺は目を見開いてその場に立ち止まる。


静かな空間で人工的な音は一切しない。


木々が重なり合い擦れる音。どこかで鳴く動物や虫たちの音。聞こえるのはそんな自然が作り出していた音だけだった。


この風景は一体どこまで続いているんだろう、そう思いながらあたりを見回すと、すこし先に一つ孤独に立っているバス停があった。


えらく短い歩道に見たことのない草や木々が所々はみ出ていて、それをうまく避けてバス停に向かう。


こういう荒れた歩道はだれが処理をするんだろう。そんな疑問を抱いていると音を立てながらバスが着た。所々錆びていてだいぶ前から使っていそうな年季の入ったバス。


俺はそれに乗り、席につくとイヤホンを付けて音楽を聴き始めた。






山をちょうど下ったあたりだろうか。



一人の女の子が乗ってきた。



見た感じは俺と同じ高校の制服をした女の子だった。


肩につかない程度の短い黒髪で、目は大きく曲線の困り眉が特徴の女の子だった。


多分お洒落をすれば輝く女の子だと思う。


しかし、だらんと目に少し掛かる前髪がどちらかというと少し暗いイメージを連想させ、洒落っ気がなく地味な雰囲気の女の子だった。


この子が俺と同じ高校の生徒の女の子だったので、どういう女の子なのかジロジロ観察していると、席に座ろうとしていたその子と目が合った。


こういう時はどういった反応を示すべきなのか焦っていると、その子は照れるわけでも睨むわけでもなく、ゆっくりと俺から視線をずらしていく。


俺を見ていたようで実はもっと違うとこを見ていたようなそんな印象だった。そんな彼女を見て、ひどく切ない・・・どちらかというと惨めに思えた。


「あの子にそっくりだ・・・。」


無意識に俺はそう呟いていた。




              *




山を下り田んぼだらけの寂しい道を抜けるとやっと街っぽい風景が見えてきた。


それこそビルなどはないが、家とスーパーだけで構成されている一般的な街で、一番でかい建物といえば学校っぽい建物だった。おそらくアレが俺の通う学校でいまからこのバスが向かう目的地なんだと思う。


俺はそんな長く感じた約25分間のバス旅を終え、目的地でもある東高校、通称東高に着くと前に座っていた女の子は、東高に着くなりそそくさとバスを降りていってしまった。


それを追いかけるようにして俺もバスを降りる。


「これからここで・・・俺の新しい生活がはじまるんだよな・・・。」


そんな事を思っていると不安より期待の気持ちの方が大きく膨らんできた。やっぱり新しい環境というのは、不安も多いが新鮮で俺は好きだ。


「友達できますよーに!」


自分に気合をいれるように頬を軽く叩き、俺は首元のネクタイをいじりながら下駄箱を通ってとりあえず職員室に向かう。


そこで担任の飯田から応援の言葉をもらった後に一緒にこれからお世話になるクラスの方に向かった。


俺的には校舎も木製の古い校舎とかを想像していたんだが新築のように綺麗に見える。いや、流石にそれは馬鹿にしすぎか。


少し歩くと所々の壁に「バスケ部員募集!」「バレー部へwelcome!!」「野球部に来い!!」と色んな部員募集の紙が張り出されていた。


それを見ながら歩いていると学校の始まりを知らせるチャイムが鳴る。


「やっべ遅れる!」と言いながら走り去っていく生徒や「あーだりい」などと愚痴を漏らしながら教室に戻る生徒を横目に飯田と教室へ向かった。


そして長い廊下を歩き続け一番端にある2年7組と書かれた教室の前で「倉橋はここで待っててくれ」と飯田に言われ、そのまま俺は教室の外で待つ。


何気なく後ろの壁を振り返るとそこには大きな紙に「リア充撲滅委員会!!同志よ集え!!」とドクロマークの紙が張り出されていた。


怪訝そうな目つきで俺はそれを睨む。


なんちゅう部活だよおっかねえ・・・。


すると教室の中で担任の飯田の声が聞こえてきた。


「今日はこのクラスに転校生くるからー。つってもやっぱりもうみんなの方で情報回ってんのかね?」


そんな声が教室の中から聞こえてきた。クラスの中からざわついた声がするのがはっきりわかる。


「ああ!めっちゃ緊張するわ・・・んでも割とワクワクしちゃってんだよな俺」


高鳴る胸の鼓動を抑えつつ俺は教室にはいった。


黒板の前に立ってクラスを見渡すとさっきのバスにいた女の子がいることに気づいた。


クラス中が俺を見て目を輝かせてる中で、その子だけは俺を見ようとせず、窓際で外の景色を眺めている。


そんな態度に不満を持っていると、いろんな方向から「よろしく!」と声をかけてくれているのがわかった。


明るく賑やか。そんな前の学校と同じ雰囲気だと感じ俺はひとまず安心する。


「東京の方から引っ越してきました。倉橋賢一くらはし けんいちです。色々わからんとこもあるかとは思うんで、困ったら助けてやってください。」


俺は満面の笑みで挨拶をし拍手が沸いた。よし掴みは完璧だ。


「んー賢一の席はあすこでいいや、その窓際の一番後ろ。」


飯田が眠そうにそう言うと、俺は指定された席へと座る。





ホームルームが終わるとさっそく俺の周りに人だかりができて一気に色んな質問をされた。


なにが好きなの?趣味は?彼女は?何部だった?


と、まさに色んな質問が飛び交う。


「趣味は読書とかかなあ。彼女はいたことないよ。前は文芸部だったかな?ちょっとちょっとみんな一人ずつ喋ってよ!」


と俺は苦笑しながら嘘の言葉を並べた。


「えー以外!賢一君けっこうチャラい感じの顔してるのに!」


集団に紛れる名も知らない女子生徒達が、笑顔で口々にそう言っていた。






ー みんな笑顔だ。多分・・・すっげえいいクラスなんだろうな・・・。ー






俺は新しい環境になってやりたいことがあった。


それはこの新しい学校でおとなしい善良な生徒として生活することだった。




俺はもうあんな気持ちには二度となりたくない。


だからこの学校で一からやり直すんだ。





そんなことを思いながらクラスのみんなの質問にひたすら嘘を言い続けた。

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