続30話 さらばです。<親子の時間>
村の舞師は代々、桃色の髪の女が務めてきた。
竜神が封印される際に、その力を弱めた舞を舞った術者がそうだったといわれている。
最初は三百年前の話だが、海が荒れ始める時に舞えば波は収まるし、桃色の髪の娘ならばその違いは著しかった。
桃色の髪の娘ならば半日で収まるところを、他の髪色の娘ならば一週間かかり、桃色の髪の男では二週間かかった。
もちろんその間は舟を出せない。
桃色は何故か上手く子に継がれない。
だから他所から養子縁組をする事が多かった。
ミシルは、村から二つ隣の街の孤児院で誘われた。
同じ髪の色に免じて、あたしの娘になってくれないかい?
教会の神父立ち会いの元、あっさりと養子縁組は済んだ。
神父は村の事を知っていたし、ミシルは、母親という存在に憧れていたから。
今からあたしがお母さんだよ? よろしくねミシル!
神父も孤児仲間も皆仲が良かったけど、母親と手を繋ぐという事はミシルにはこの上なく幸せを感じるものだった。
この後もミシルは、母の許す限り手を繋いだ。
村に着くまで新しい母はたくさんの話をした。
自分ももらわれてきた事。
海がよく荒れる時期に舞を舞う事。
それ以外は村人と同じ生活をする事。
口は乱暴だけど優しい人ばかりの村の事。
その中でも村長が一番のお人好しな事。
結婚はしたが、漁師の旦那は海で亡くなった事。
子供はなく、操を立てたので養子を探しにきた事。
皆貧乏だけど、舞の後継ぎが一番の優先事だから旅のカンパをくれたんだ。思っていたよりすぐに会えたからちょっと贅沢しようかな!
そう言って、ほんのり温かい握り飯を二つ買った。
おにぎりなんて何年ぶりだろー? よく噛んで食べるんだよ?
孤児院でもまともに米を食べた事がなかったミシルは、母の言いつけを守って一所懸命食べた。
手に付いた米も懸命に食べて顔を上げると、母は慈愛に満ちた顔で頬に付いた米粒を優しく取ってくれた。
ふふっ、可愛いね~。美味しかったかい?
その指の米粒は母が食べたが、その行為にとても驚いた。
自分に付いていた物を食べた。
孤児院の外に出れば汚ないと言われる自分の食べかけを、苦もなく口に入れた。
母とは凄い。
やっと着いた村は確かに貧しそうだったが活気はあった。
母の言う通り荒くれ者が多かったが、皆ミシルの頭を撫でてくれた。
ボロ小屋でも母と二人きりの家はとても居心地が良かった。
一つの布団にくっついて寝るのがとても幸せだった。
日が暮れれば寝るしかないので、仕事の合間に舞を教わった。
十分程の舞は、波がおさまったと漁師たちに判断されるまで休みつつ踊るという。
舞う母は、美しく、格好良かった。
それを懸命に覚え、村人にも褒められ、次は一緒に舞おうねと約束した日。
二人で海に落ちた。
それまでのたった二年が、親子の時間だった。
(踊り・・・覚えているかい?)
「うん。覚えてる」
(一緒に踊れなくてごめんよ・・・約束、破っちまったね・・・)
「うん・・・最後に見せてあげたかったけど・・・」
ミシルの手を取った。驚いたミシルが私を見る。
お母さんとの会話中に邪魔してゴメンね。今、私が治癒をするよ。
少しずつ、少しずつ、ミシルに注ぐ。
「・・・ありがとう、お嬢。お母さん、見てね」
そうしてミシルは舞った。
巫女舞のように静かに動くその舞は、厳かに、心地よく、空気と溶け込むような感覚を覚えた。
どこからか鈴の音が聞こえてきそうだ。
綺麗・・・これが、神に祝福された舞・・・
《この舞が、私の声を青龍に届けてくれたの》
落ち着くようにと、ずっと聞かせて育てた子守唄を歌っていた。
荒ぶるものよ、静まれよ
《桃色の髪が、私と同じだったのもあったわね》
青龍は覚醒しきらない意識で、それでも安心して、また眠りにつく
そばに居た、と
《青龍が生まれて、そして、別れた場所から、随分と遠くへ来たわ》
じりじりと減っていく力に、焦っていた。
《あの村の海に落ち着いて、正直ホッとしたの》
歌えなくなった後に不安があったが、どうすることもできなかった。
あの舞があれば、青龍を少しだけ、大人しくさせられる。
封印されたり討伐されたり、いつまで続くのか・・・
《ミシルが母親に、自分の命の全てを注いで空っぽになった時、青龍がそれを感じて、私だと勘違いをして助けるためにミシルの体に入った》
どういう作用があったのかいまだにわからないけれど、私たちは留まることができた。
《青龍は、私と離れない事に必死で、ミシルは、母親と離れない事に必死で、私たちは、あの子たちが心配で・・・でも何もできなかった・・・》
ミシルが、立ち直ることを選んだ事が鍵だった。
光の玉を維持していた力が、ほんの少しずつ、ミシルに戻り始めた。
《やっと、次に進める。青龍の、ミシルの、私たちの時間が動き出した・・・ありがとう、サレスティア》
私はミシルの舞を見たまま首を横に振った。
《ノエル・・・》
タツノオトシゴは、光の玉を見つめていた。
溢れる涙を流れるにまかせ、ミシルは踊りきった。
私の手の光の玉を見つめる。
ミシルが光の玉を受け取る。
「お母さん、私を見つけてくれて、ありがとう」
声は、少しだけ震えていた。
(うん、あたしもミシルに会えて本当に良かった。踊りも最高に良かったよ。自慢の娘としか言うことはないね! 後は・・・幸せにおなり。それがあたしへの供養だよ)
新たに涙が溢れた。ぼたぼたと涙がこぼれていく。
「・・・わがった。・・・お母さん、大好き・・・!」
(・・・うん、どこにいても愛しているよ! じゃあね!)
光の玉はミシルのおでこにちょんと当たって、今度はタツノオトシゴにも同じくちょんと当たった。
《青龍も達者でね~》
《ノエル!》
ゆるゆると光の玉が空に上がって行く。
《・・・さらばだ・・・》
青龍のその呟きの後、スーッと消えた。
私はミシルを抱きしめ、アンディはタツノオトシゴの気が済むまで手に乗せていた。
***
その後は大騒ぎだった。
まあ、青龍の姿は見られたし、亀様は私のポケットに入ったままだったけど、白虎は青龍にじゃれて見つかってしまったし、シロウとクロウは白虎のお付きよろしくじっとしていたから、やっぱり見つかったし。
シロクロはともかく白虎を黙らせる事はできず、ミシルに憑いていたものが青龍だったこと、私の従魔が自分の眷属なのでそれに付き合い、私と一緒に青龍を倒したと、様子を見に鍛練場に来た学園長以外の人にもバラしてしまった。
うぅ、どうせなら白虎が青龍を抑えたと言ってくれればいいものを・・・皆の私を見る目に脅えが浮かぶ・・・まあいいけど。
そのギャラリーの中にはもちろん生徒もいた。
《この度は我が暴走した事で大変な迷惑をかけた。申し訳ない》
キラキラと青く煌めくタツノオトシゴが丁寧に頭を下げる姿に、耐性があるはずの学園長すら呆気にとられた。
四神が頭を下げるなんて思いもしないよね・・・私もちょっとびっくりした。
素直だな~。
《怪我人がいるならば我が治癒をするが、どの様な状況だろうか?》
幸い、転んで擦り傷程度のものが多く、鍛練場で壁にぶつかった生徒が何人か打ち身を訴えた以外は私らの切り傷が一番酷かった。
制服も破れているしね・・・服・・・あ~ぁ。
あ。
「アンディ、来てくれてありがとね」
「ん? うん。間に合って良かった。近距離なら転移できるようになったんだ。上手くいって良かったよ」
「ええっ!? 転移!? 本当!?スゴい!!」
「壁をすり抜ける程度だよ。だからほとんどは亀様に手伝ってもらったんだけどね」
「いやいや!壁抜けだってスゴい事だよー! 私できないもん。難しいよ」
「ははっ、僕の方がお嬢に会いたいからね、頑張ってるんだよ」
「私だって会いたいと、ぁあ!アンディのそばへって思えばいいのか! それならできそうな気がするかも。今から練習するから付き合って」
「駄目だよ、休んでからね」
「え~今ならすぐにできそうなのに~」
「さっきまで大立ち回りをしてたんだから、今やってもできないよ」
「不納得!」
「新しく魔法を使う時は万全の体調で。習ったでしょ?」
「・・・習った」
「そうしないとちゃんと僕の所に来られないよ?」
「私がアンディのトコに行けないわけないじゃない」
「はいはい」
「うわ、上から。ぶつかるくらい近くに転移してやる!」
「はいはい」
「ちゃんと受けとめてよね!」
「それは任せて」
トントン。
抱きしめたままだったミシルにタップされた。
ん?
「聞いてるこっちが恥ずかしいから、離して・・・」
は??
マークとルルーが噴いた。




