30話 さらばです。
再び目を開けるまで、静かな時間が流れた。
アンディが私の背をゆっくりとトントンしている。
・・・あ~、気持ちいい・・・
地面に半分埋まった青龍は、その間ピクリともしない。
でも、その目から水が溢れていた。
白虎たちが近づくと、青龍はぽつりとこぼした。
《・・・いつか、また会おうと・・・約束したのだ・・・ノエルが、言ったのだ・・・》
もう、禍々しい空気は綺麗に晴れていた。
《我は長寿だから、生まれ変わっても、きっと会えると・・・ノエル・・・ノエルぅ・・・》
青龍は幼児のように泣き出してしまった。
その声を、アンディに包まれながらぼんやりと聞いていた。
マークがこちらに来た気配がした。アンディが小さく頷く。
《あらあら、泣き虫は変わらないのね~》
ふと聞こえた優しい声に青龍がハッとして頭を起こす。
《のえる?》
《あら。あらあら! やっと聞こえた! 良かった~》
青龍の顔の前に優しく光る小さな玉が現れた。私の両手に収まりそうだ。青龍の涙が滝になった。
《ノエル!何だその姿は!? 生まれ変わったのではないのか?》
《天には昇ったのよ? 生まれ変わる時までそこで眠るはずだったのだけど、あなたが暴れて手をつけられないと起こされたのよ~》
誰に・・・イヤ、いいです・・・
《起きたは良いけどあなたは全く私の声が聞こえないし、そのくせ私の名を呼ぶし、人間たちに封印され、封印が解けて暴れてまた封印されて。さてどうしたものかと思案してるうちにあの娘の村の舞が効いたのよ。さすが、神に祝福されたものは略式でも効くわね~》
え。
光の玉がこちらに近づいた。
が、私の一歩前でガクンと下がる。慌てて両手を出して受けとめる。
温かい。
《あら失礼。初めまして玄武の愛し子たち。青龍の目を覚ましてくれてありがとう。私はノエル。『青龍の巫女』よ》
『青龍の巫女』? 『玄武の愛し子』?
「はっ! 初めまして、『青龍の巫女』様。サレスティア・ドロードラングと申します。緊急時とは言え青龍への暴行、申し訳ありま、」
アンディから離れ、光の玉を捧げ持ち、頭を下げたのだけど、
《良いのよ~、謝るのは私。私が育て方を間違えたのよ~。大人しくていい仔だと思っていたけど、寂しくて暴れるなんて、もっと他の四神と遊ばせれば良かったわ~。あなた女の子なのに傷だらけにしちゃってご免なさいね。そちらの二人も。治癒をしてあげたいのだけど、もうその力もないの》
マークとルルーがぶるぶると首を横に振る。
・・・なんか、凄い事を聞いてるはずなのにママさんの台詞みたいな感じなんですけど!?
《久しいわね玄武、白虎。手間を掛けさせてご免なさいね~。あらあらうふふ。玄武は随分可愛いわね~。あなたの生まれた時のようだわ懐かしい~!》
《うむ。本体は大きくなったぞ。それにしてもまだ巫女が残っていたとはな》
《うむ! ものすごく久しいな! スゴいな!》
《ふふ。巫女としてはもうとっくに終わりよ? こんなに小さくなっちゃったし、生まれ変わりどころじゃなくなるわね~》
《え!?》青龍がグン!と近づく。デカイ!!
《消えてしまうのか!?》
《もう少しでそうなるところだったわよ? そんな図体で騒いだら迷惑だから小さくおなりなさいな》
青龍がしゅるしゅると縮んで、三十センチ程度のタツノオトシゴになった。
えええええっ!? それっ!?
《あら四神は伸縮自在よ?・・・ああ、玄武は討伐された事が無かったから自在に変えられないのね。え?変えられるけど質量が変わらない?へぇ~! まだまだ知らない事があるわね~。え?白虎は苦手なの? あらあら》
《そんな事よりノエル!消えてしまうのか!?》
小さくなった青龍に見えるように膝をつく。隣ではアンディも正座をして、青龍をその手に乗せて巫女と同じ高さにする。
・・・アンディすげぇ、タツノオトシゴを知ってるんだろか?水中でもないのに足も無いのに立ってるんだけど、そして割りとデカイんだけど、あっさり手に乗せた・・・
《ちゃんと話を聞きなさい。消えはしないけど、生まれ変わるのにも力が必要なんですって。あまりに小さいとその力が溜まるまで時間が掛かるのですって。・・・あなたとまた会えるのは当分先になるわね》
そんなぁ、とキラキラとした青いタツノオトシゴが途方に暮れる。
《まあ、仕方なかろう》
《そうだな。お前がマヌケだっただけだ》
《お、お前たちは!巫女が居らんで寂しくないのか!?》
亀様と白虎は見合った。そして青龍に向かって《《 別に 》》
《薄情者!》
《巫女が儚くなってもう随分と経つ。その時は寂しかったが、我が残されるのはわかっていた事だ。それに今はサレスティア達が居るしな》
《我もその直後は泣いたが散歩している内に気が済んだ。今はサリオンも皆も居るしな、楽しいぞ!》
青龍の動きが止まる。
《我らだとて巫女たちを忘れた訳ではない。感じる事もないが何処かに生まれてはいるのだろう。ただの人として》
《巫女が離れるのは我らが四神として一人前になった証拠だ。お前、解っているのだろう?》
青いタツノオトシゴがオロオロとしだす。
《・・・お前たちも・・・泣いたのか・・・》
《《 泣いた 》》
《島の一つ潰すくらいには暴れたな》
《うむ。大陸を一つ砂漠に変える程にグルグルと走った!》
災害!ただの災害だ!
スケールがおかしい!
呆気にとられているとアンディも同じ顔をしていた。
良かった・・・私だけズレているのかと思った・・・
《青龍、貴方は独り立ちをするの。私はもう見届けられないから、困ったら玄武と白虎を頼りなさいね。朱雀は何処にいるかわからないから》
《ノエル、待ってくれ!》
《本当はね、三年前に尽きるはずだったの》
三年前という単語にドキッとした。
光の玉がこちらを向いた様な気がする。
《あの娘が母親を助けるために自分の全てを母親に注いだ時に、私にもついでに注がれたの。だから今まで、いえ、今、こうして話す事ができるの》
え、・・・全て?
《同じ母親代わりとして同調してしまったのもあって今日になってしまったけど、・・・そろそろ逝くわね》
そう言うと光の玉は、ふよふよとルルーに抱かれたミシルに飛んで行く。
ミシルの胸の上に止まるとキラキラとしたものがミシルに注がれた。
とても、とても優しい光
光の玉が離れると、ミシルが目を開けた。
「・・・おかあ、さん・・・?」
(よく頑張ったね! さすがあたしにはもったいない娘!)
また違う声がした。
「お母さん!」
(そのまま横になってなさい。ルルーさんだったね、すまないけどミシルをまだ抱いててくれるかい?)
ミシルは体に力が上手く入らないようだ。ルルーが光の玉に向かって頷く。
(ありがとう。え~と、お嬢?さん?)
光の玉がまた私に向かって来ようとするのを、追いついて両手に乗せる。
「サレスティアよ。ミシルのお母さん?本当に?」
(そう本物よ!こんな格好で本物も可笑しいけどさ! ミシルがすっかりお世話になっちゃってありがとね! まさか、あそこで死んじゃうとは思わなかったからさ~、参ったね~)
爆弾発言! 何このヒト!?
「やっぱり、死んじゃったの・・・?」
ミシルが弱い声を出す。
(うん。ずっとそばにいたのに、何もできなくてごめんねぇ)
「・・・そばに、いたの・・・?」
(いたよ。ずっと見てた。頑張ったねぇ)
「わ、私、何か、余計な事、したのかな?」
(な~んにも! ただ、竜神の封印が解けただけ。たまたまあたしがその通り道にいただけ。あんたが実は治癒術を使えただけ。最後にこうして話をできるのこそ、ミシルのおかげだよ)
「助けられなくて、ごめんなさい・・・」
(何言ってんだい! あたしの人生はミシルのおかげでとっても楽しかったんだよ!)
ミシルの悔やんだ声を吹き飛ばすように、ミシルのお母さんは軽やかに笑った。




