続28話 ヒロイン攻略開始です。<アップルパイ>
「うわ! いい匂い~!」
食堂のオッチャンたちが少女のようにキラキラしている。
本日は家庭料理お菓子編の定番!アップルパイを作ってます!
季節ではないんだけど、領地の調理班から保管庫の半分が林檎になっていた!と泣きが入り、急遽こちらでも消費することに。
去年バンクス領から調子に乗って買い付け過ぎたかな?おまけにもらったキズ林檎が多過ぎたかな?
まあ、こちらとしても育ち盛りがたくさんいるので消費には困らない。寮食堂の道具を借りられたのも良かった。
実は去年の小麦粉がいくらか余っていると、食堂長に相談されたのだ。もちろん学園にも余っている事は報告してある。が、お貴族様方にお出しするのに新しいものにしなければいけないらしい。
・・・保存状態がいいなら、味はさほど変わらないと思うのだけど。無料で使えるならば使いますよー!
そうして、林檎とバターと共に亀様転移でやって来たハンクさんとパイ生地を作り、林檎を煮、入れて畳んで(パイ型が無かったので天板直置きの小さい四角パイ。と言ってもMの模様の世界展開のお店のサイズ程)、オーブンで焼き、それでも余った林檎煮を鍋の蓋を開けて確認したオッチャンたちが「いい匂い~」と野太い声でほんわり。
焼き上がりを待っていたのはオッチャンたちだけではない。マークの声掛けで集まったのと、前回の肉の会の時の平民少年たちは食堂の席でソワソワとしている。そしてルルーの声掛けで侍女科の平民女子も参加。授業の復習をついでにやろうとの試みもあり、彼女たちはお茶を淹れ始めている。
一度に焼ける個数に制限があるので、人数を半分にして順番で食べてもらう。
「アップルパイと言ったらコレでしょう」
と、ハンクさんが保存バッグから出したのはアイスクリーム。
ニクイ! なんて人だ!! ここでも胃袋鷲掴みか!?
なんて言ってる間に溶けるので、まずはアンディたちの分をサクサク分けていく。
「亀様お願い」
《承知》
転移した先には準備万端なアンディとシェフ、お付き四人。
「アイスもあるから急いで食べてね!」
「やった! ありがとう」
トレイごとアンディにしっかり渡して、また食堂に戻「あ!待って待って!」
「え、何?どうしたの?」
ナイフでサクッと切ったパイに少しアイスを乗せた一口サイズを私に向けてくるアンディ。
「アイスがあるなら今度はお嬢が食べはぐれるよ。一口どうぞ」
その可能性は大だ。何たって味を知っているから美味しい物は他の人に食べさせたくなるし、今回もなかなかの人数が集まった。たぶん、ルルーとマークも同じ事を思ってるだろうから、一つを三人で分けようかと思ってた。けど。
パクリ。
「んん~! んんんん~! んんんーんんんんんんんんっん、んんんん~(うま~! ありがと~! アンディの分を減らしちゃってごめんね~)」
「平気。きっと皆美味しいって言ってくれるよ。頑張って」
アンディにサムズアップをして、もぐもぐとしたまま戻ったらハンクさんに笑われた。
アップルパイの皿にルルーとマークが手分けをしてアイスクリームを乗せていく。そして、わけられた人たちからさっさと食べるようにすすめた。行儀悪いけど、まあ、おやつだし、アイスが溶けちゃうし。
「冷たっ!? 甘っ!?」
オッチャンの驚きを皮切りに順番に驚きの声が上がる。うっふっふ。
リザーブ側はビビっているけど、食べ終えた人たちはほわほわとしている。
で、交代。焼き上がりを少し待ってもらったけど、こちらでも大騒ぎ。女子のテンションが凄い! うはは。
ハンクさんとルルー、マークとハイタッチ。
全員のお代わりはないけどいくつか残っているので、さてジャンケン大会開催かと声をかけようとしたら。
「これは何の騒ぎだ!・・・あぁ、お前たちか・・・」
烏合のし、おっとっと、シュナイル第二王子殿下の取り巻きの一人と目が合った途端にガックリとされた。
「何の騒ぎだ?」
シュナイル殿下が聞き直す。
「余り食材でのお菓子会を開いておりました! 先輩方もいかがですか? アイスクリームもありますよ」
「アイスクリーム!?」
別の取り巻きの一人がしまったという顔をして、手で口を覆っている。
「すみません・・・あの、ドロードラング領に行った伯父に聞いたことがありまして・・・」と、殿下に向かってしどろもどろと言い訳。
「まあ! ありがとうございます! では先輩!是非ご賞味くださいませ! さあさあ! あ、先輩方にもお願いします。半端に余って困ってたんですよね~。丁度いいのでどうぞどうぞ。えーと新規のお客さん十人入りまーす!」
「こちらへどうぞ~」
殿下が現れて緊張溢れる食堂になってしまったけど、私らは平常運転。さっさと席に誘導し、有無を言わさずアップルパイを配り、ハンクさんがアイスクリームを乗せる。
「どうぞ。調理場を使いましたが調理に関わったのは私とこのハンクの二人だけです。何かありましたら、どうぞ私らを捕らえてくださいませ。さ、美味しいうちにどうぞ」
アイスを知っていた先輩が一口食べて目を見開く。私を見るのでニコッとしてみた。そしてアップルパイを一口。またアイス。止まらないその勢いに他の先輩も手をつける。やっぱり目を見開いて、私を見たり隣同士で見合ったり。
シュナイル殿下も無表情で食べる。そして食べ終える。早っ!
が、眉間に皺を寄せて何やら無言で唸っている。
「・・・これを、一つ・・・欲しいのだが・・・まだ、あるのか?」
やっと言葉にしたと思ったらお代わりだった。
ハンクさんを見ると、指を三本立てる。ミシルの分は確保してある。
「申し訳ございません。残り三つでございますので、この後のジャンケン大会で勝利なさってくださいませ」
「じゃんけん?大会?」
「はい。ここにいる全員が一つは食べましたので、二つ目は勝利者のみでございます。私が仕切る催しは平民だろうが国王だろうが関係ございません。ご容赦ください」
という訳で、意外にも知られていないジャンケンの説明から入り、あいこはセーフでリハーサルを行い、慣れたところで勝負開始。ちなみに私対全員ね。
一回目に負けた人たちからは、この世の終わりのような声が出て、二回目に負けた人たちからは絶叫が。一度勝ってからの負けって悔しいよね~、うんうん。そして残ったのは十三人。
三回目に負けた人たちは声も無く椅子に座る。残り六人。なんと殿下も残ってた。
ここで私から一言。
「勝ち取った賞品の譲渡は認めませんよ~」
殿下の隣で勝ち残ってた取り巻き先輩が若干青い顔色に。うはは、それがジャンケンですよ~!
「うわっ、お嬢が悪い顔してる・・・」うっさいマーク。
そして最後の勝負は。
平民だけが勝ち残った。
「おのれ、剣ならば負けぬのに・・・」
先輩方のぼやきに笑う。
「だからジャンケンなんですよ。コレなら剣が強かろうが、魔法が使えようが、立ち振舞いが美しかろうが、学が無かろうが、関係ありませんからね。平等な勝負です。時間も掛からないし。まあ、おやつ程度のことを決めるものですしね」
「いや! おやつ程度と言うにはアイスクリームはとても旨かった! 俺はいつかドロードラング領へ行こうと思う。今度は伯父に付いて行く!」
アイスの先輩が立ち上がる。確か一回目に負けてましたね。
「お待ちしておりますが、領地でもアイスクリームのお代わりは一度ですよ。冷たい物ですので食べ過ぎると腹を下してしまいます」
「なんだと・・・いや、それでも二つ食べられるならばそれで良い!」
笑った。お気に入りいただきありがとうございまーす!
「なあ、ドロードラング伯。この菓子は、頼んだら作ってもらえるか?」
シュナイル殿下がそんな事を言ったのを皆が振り向いた。
「最初に申しあげましたが、本日のこれらは消費しきれずに残った食材で作りましたので無料で提供させていただきました(アイスはおまけだけど)。新たに注文されるならば有料になります」
「わかった。一つ頼めるか、料金は払う」
「甘いものがお好きなのですね? ありがとうございます」
「いや、いやまあ・・・うん、そうだな。旨かったから、食べさせたい」
「あらプレゼントですか? ルーベンス先輩は食べて下さいますかね?」
「いや、カドガ、いや! あ、兄ではないが、まあ、プレゼントだ・・・」
・・・お。おお!?「カドガ」? カドガン? クリスティアーナ様?
取り巻き先輩方がニマニマしている。
ほう!ほうほう! 何だ~、仲良いんじゃん~、良かった。
パメラ様! シュナイル殿下は思ったよりも朴念仁ではなさそうですよ~!




