続続27話 ヒロインです。<鬼女>
鍛練場の中心で、私と殿下が向かい合う。
殿下は模擬剣を一本。
私は手ぶら。
三年と一年貴族は殿下の応援。私の応援はマークのみ。平民少年たちは教師と一緒にオロオロしている。
あ、制服のスカート下にマークの予備短パンを穿きました。スカーフは髪をとめるためにハチマキに。超残念な格好だけど懐かしい。中学生の時はこんなんだったわ~。いや、ハチマキはしてないけど。
三年の騎士科担当のごっつい教師が審判。
「武器はそれでいいんだな?」と可哀想な子を見る目で私に確認をとるので拳を突き出した。
溜め息をつき、殿下に程々にしてやるようにと言う。
ふん。
「謝罪をするならまだ間に合うぞ」
シュナイル殿下は表情が薄い。
元々静かな人だったが、王族教育、騎士教育が忙しくなってから表情も乏しくなったとアンディが言っていた。どんなに忙しくても兄弟で会う時間は作ってくれたし、レシィの淹れた渋いお茶を美味しいと言う優しい人。
僕は兄上が好きだよ。憧れてる。
なるほど、優しい人だね。でも。
「しません」
小さな溜め息を吐いて、殿下が構える。
私は右足を後ろに引き、腰を落として構える。私の護身がどこまで通用するか見せてやる!
「始め!」
一気に詰めた殿下を避ける。この程度と思ってもらってラッキー! 制服が汚れるのも気にせず、あっちこっちを転がりながら避ける。
疲れを誘うための大振り。いたぶっているように見えるのか、烏合の衆が私が転がる度に歓声をあげる。
ドレスで特訓してたのでスカートだとよく動ける。バク転だって楽だ。よし、まだ逃げられる!
チラリと見えたマークは腕を組んで仁王立ちしていた。
「余所見をする余裕があるのか」
剣の速度が上がった。それでもギリギリ当てないでくれる。くっそ!速っ!
それでも何とか避け続ける。でも疲れてきた!うがー!スタミナ不足!頑張れ私!
ふと見えた。
殿下の踏み込みが深い。こんなあからさまなのは私へのハンデなのだろう。有り難くも腹の立つ横凪ぎの剣を後ろに飛んでギリギリ制服をかすった感触を感じつつ、空中で左の拳を殿下に真っ直ぐ合わせる。
大振りした殿下の腕が伸びきっている。
きっと、私が見つけられる最初で最後の隙。カチ。
左拳を撃った。
ボグッ!!
二メートルの至近距離でロケットパンチを顔面で受けた殿下はひっくり返った。
「っしゃあ!! ぅ熱っつっ!?」
倒れた殿下から目を離さずにブレザーを脱いで熱を逃がしつつ左手をチラッと確認する。おお、煙!湯気? 熱い~! 両手首に巻き付けているロケットパンチの土台が丸見えになった。
まだ倒れたままの殿下を審判が覗き込む。意識はあるようだが立てなそうだ。演技かもしれないので目を離さない。右手も突き出し狙う。私はもうゼエゼエとやせ我慢で立っている状態なので、できれば倒れたままでいてちょうだい!
願いが届いたのか、審判が両腕を何度も交差させる。
「勝者!一年!」
しばらくの静寂の後、観客からは大ブーイング。卑怯者!と聞こえたけど、気にせずフラフラと殿下と審判役の教師に寄る。
ちなみにマークは四つん這いで項垂れていた。何で?
「私、治癒ができますけど、殿下に掛けてもよろしいでしょうか?」
ヘロヘロで擦り傷だらけの私の言葉に三年教師は目を丸くしたが、殿下が嫌がらないのでさっさと掛けた。鼻血が止まり擦り傷も消えた。ぼんやりした頭はすっきりしたのか、殿下の焦点が合った。
「すっかり素手だと騙された・・・」
教師に支えられ上体を起こした殿下が私の左手を見てしみじみ言った。本物の手でチョキをする。
「ドロードラング製の義手ですよ。ま、制服姿じゃないとできない技です。その為に制服の袖を長めに作ってあったんです。作戦の内と認めてもらったと思っていいのですよね?」と、右手義手をわきわきとさせながら審判役の三年教師に確認。苦笑された。
左手はバネがみよんとなっている。・・・見た目がなぁ・・・
「でもまさかシュナイル先輩が出てくるとは思いませんでした。二回しか使えないのであの先輩方全員を黙らせるのにどうしたものか悩んだので正直助かりました。彼らを黙らせて下さいね?」
「したたかだな」三年教師が笑った。殿下も苦笑する。
「こんなに早く実践で使うとは、改良のヒントをありがとうございます」
「・・・もはや一撃必殺だと思うが?」
「威力はまあまあでしたが断熱が上手くいかないですね。バネの伸びた時の反動なのか火薬の量がまだ多いのか、撃った直後が熱かったんです。ただ断熱を重視するとそれに伴う重量も問題になります。重くなると素早い相手には追い付きません。頬に当てた状態で発射してもそれなりの成果はあるでしょうが、ロケットパンチは離れて撃つからいいのです!」
「ろけっとぱんち・・・」
「やっぱ魔法でやるか?」ぽつりと言うと「魔法じゃないのか!?」と三年教師が驚いた。
「義手は魔法が使われていますが、発射の仕組みはカラクリです。魔法じゃないから使ったんですよ?」
「あぁそうだったな。魔法感知が作動しなかったから、魔法は使ってはいないな」教師が納得する。
「手を抜いて下さった先輩の正面からですら照準も合いませんでした。一応腹を狙ったんですよ? 義手自体もこれ以上重くなると辛いです。は~あ、カラクリだけでロケットパンチは無理か~」
鍛練場の中心で穏やかに三人で喋っているが、周りは大変な騒ぎになっている。
卑怯者が! 無効試合だ! 殿下の名誉を汚した! 殿下に怪我を負わせるとは何事だ!
ビシィィン!!
鍛練場がしん、となった。
ビシィィンン!!
「・・・この騒ぎは何事ですか?」
その声は私の後方から聞こえた。怒鳴ってはいない普通の声量なのにも拘わらず、鍛練場に響いた。
ビ!シイィンン!!!
「騒ぎの中心にいらっしゃるということは、ご説明いただけますよね、お嬢様?」
ふ、振り向けない! けど振り向かなければもっと恐い!!
勢いよく振り向いたその先には、穏やかな笑みを浮かべつつ右手に持った鞭をネリアさん仕込みに操り、般若のオーラを背負ったルルーがゆっくりとこちらに歩いて来るところだった。
あんなにひしめきあっていたのに「お嬢様?」という言葉でザッと分かれた人だかり。こ、根性無し共め!
ビィ!シイィィインン!!
「その淑女らしからぬお姿・・・説明していただけますよね?」
私は頑張った。ルルーの足下にスライディング土下座をし余す事無く説明しました。声が裏返ったけど、体がガタガタしたけど、頑張ったんです~!
私の隣ではマークが同じように土下座。
その周りでは何故か他の皆が正座をしている。
全てを聞き終えたルルーが私に放った言葉は、
「それで? どうなさるのが正しいと思いますか?」
だった。
ざっと先輩方の前に行き、目上の人に対して生意気な態度だったのを土下座で謝罪。
何故か正座をしている殿下が謝罪を受け入れたと一言。
それで終わりかと思いきや、ビシィィン!!とまた鞭が!
全員で恐る恐るルルーを見上げる。
「先輩たるもの後輩の見本とならなければなりません。貴方方は、どうなさるのが正しいと思いますか?」
と、般若がにっこり。
殿下の後ろに同じく正座をしていた烏合の衆、もとい先輩方が真っ青になって、先輩と言えど新入生に対し横柄な態度そして言葉をかけた事、騎士の教えを受けた者としてあるまじき行動であったことを謝罪する!と土下座。
お互いに土下座し合うというカオスな状況・・・前もあったな、誰とだっけ?
「まあ良いでしょう。決闘、試合であれば勝敗に口出しはしませんが、ケンカならば両成敗です。・・・理解、しましたね?」
ははーっ!!
「お嬢様は直ちに自室に戻り反省文をお書きなさい」
承知いたしましたーっ!!
その後、礼にもとる行為をすると鬼女が現れると噂が流れた・・・
お疲れさまでした。
学園生活三日目です…(オイ)
お嬢のあまりの傍若無人ぶりに我ながら呆気にとられた回でした。コレでもマイルドに書き直したのです…どんどん荒くなっていく…あれ~?
あと、作中のロケットパンチの仕組みは嘘です。調べきれませんでしたが、お嬢の手のサイズでは人を吹っ飛ばす事は出来ない(お嬢の片腕ごと吹っ飛ぶことになる?)と思われます。飛距離だけなら、筒型ポテチの空き箱に輪ゴムを引っ掛けた物がなかなか強いと思われます。バネは論外な部品かと思われます。
嘘んこギミックですので、スルーしていただけると嬉しいです。すみませんm(_ _)m
また次回お会いできますように。
【誤字報告について】
>勢いよく振り向いたその先には、穏やかな笑みを浮かべつつ右手に持った鞭をネリアさん仕込みに操り、般若のオーラを背負ったルルーがゆっくりとこちらに歩いて来るところだった。
→『仕込み』を『巧み』と指摘いただきましたが、『仕込み』のままとします。
みわかず




