26話 入学です。
次の朝。
せっかく使えるからと寮の食堂に向かった私たちは、その入り口で愕然とした。
席が無い。
食堂は広く十人掛けの長テーブルがたくさんある。人数的に使用時間を前後に分ければ全員で使えると教えられた。
が。
一貴族一テーブルを使っているので、食堂はガラガラなのに席に座れない。相席良いですかと聞いたら、無礼者!と言われました。
はあ?
てか侍従侍女を何人連れて来てんの!? 十人!? 十五人!? だったら隣のを合わせて一つのテーブルにして同時に食えよ! 何で自分だけ豪勢な食事を残しながら食ってお付きは立ってるの!? 同・時・に・食・え・よ・ぉぉ!! そんなやり方じゃ食堂回らないだろう!!
席はガラガラなのに人だかりがあちこちにあるという異様な状態。
その様子を呆然と見ていたら、食べ終えたお坊っちゃんにお付きたちがそのまま付いて行った。え? お付きの彼らはご飯を食べたの?
忙しい所を申し訳ありませんと、セルフサービス用カウンターの窓口から食堂スタッフに(まあ料理人だけど)、ここではどういう流れで食事をするのか聞いてみた。
まずお付きたちは主である坊っちゃん嬢ちゃんの起きる一時間前に食事をするらしい。・・・は?
そこから主からの食事のリクエストを料理人に伝え、出来た料理を並べて、主を迎え、お茶を準備し、毒見をし、食後の片づけ、学園への準備に取り掛かる。・・・・・・はあ?
その後、商人、一般学生が入れ替わって食事を摂る。・・・はああ?
「伝手もコネも作る気ゼロか!? て言うか同じものを食え!」
思わずぼやいた。そうかな~とは思ってはいたけど選民意識が強いな~。まあそういう意味では私が異端なのだけど、将来大丈夫か?この国。
「お嬢ちゃんは商人かい?」
料理人の台詞に後ろでマークが噴いた。
まあ「伝手」って言っちゃったしね。商人なら言いそうだよね。
「いいえ、ドロードラングから来ました。これからお世話になります。よろしくお願いしますね」
「ドロードラング!!」
そういうと料理人はコック帽を取って姿勢を正した。あれ?
「し、失礼いたしました! 貴族様にとんだご無礼を! 申し訳ございません!」
食堂には聞こえなかったが調理場には響いたようだ。料理人たちが仕事の手を止めて息を潜めてこちらを見る。
「いやいや!料理中の人はそのまま作業して!焦げちゃう! あの私の方こそ仕事中に話しかけてしまってご免なさい。質問に答えてもらえてとても助かったわ。ありがとう」
何度も練習した淑女の微笑みをする。
ホッとする料理人。よ、良かった・・・
「と、ところで、お嬢様は朝食に何を召し上がりますか?」
恐る恐る聞いてきたので、一般用の朝食をお願いしたらとてもびっくりされた。
だって朝からフルコースなんて無理よ無理。量じゃなくて気分の問題だけど、何より一般用の食事が見たい!
お付きと三人分ちょうだいと言ったらまた驚かれた。
そうして出てきたのは、丸パン、目玉焼き、カリカリベーコン、温野菜サラダ、コンソメスープ、牛乳、イチゴ。
普通だ!
良かった~! これくらいが丁度いいわ~。
一般は完全セルフらしく、自分でトレイを持つ。
マークがおかわりか大盛りが出来ますか?と聞いたら料理人さんは快くOKを出してくれた。素晴らしい!!
ちなみにお付きもこのメニュー。・・・ほんと腑に落ちない。
やっと空いた席に三人で並んで座り、いただきますと手を合わせる。綺麗な色のコンソメスープは上品な味がした。うむ! 丸パン柔らかい。目玉焼きはほんのり塩がかかっているようで、何もかけなくても美味しい。半熟!半熟ですよ! ベーコンは見たまま美味しい!焦げ加減が絶妙だ! 温野菜も塩ゆでしてあるのか、何も付けなくてもそのまま食べられる。牛乳も領地とほぼ同じ味がする。新鮮!
「「 旨い! 」」
マークとハモってしまった。ルルーが「そうですね」とクスクス笑う。
最後にと取って置いたイチゴはバンクス領の方が美味しかったけど、全体的には美味しいご飯だった。余は満足じゃ!
ご馳走さま!と手を合わせ、ハンカチで口周りを拭く。マークはお代わりをもらいに席を立ち、ルルーは食後のお茶を準備するのに茶器置き場に取りに行く。
「あんな料理で満足なんてやっぱり田舎者は田舎者ですわね」
後ろを振り向くとクリスティアーナ様がお付きを従えて通り過ぎるところだった。あ、いたんだ。
後ろ姿を眺めると、栗色の長い髪が窓からの光を反射してきらめいている。
綺麗だな~。
ぼんやりと見送り、ふと自分の髪を手に取る。毎日ルルーたちが手入れをしてくれたので、もうなめらかフワフワだ。でも癖っ毛をここまでにしてもらっても、無いものねだりかストレートにも憧れる。は~あ。
「どうしたの?」
今度は聞き慣れた声が前から聞こえた。この人物もさらさらストレートの髪を持っている。色々と邪魔になるからと最近は綺麗な黒髪を一つに結んでいる。
「おはようアンディ。真っ直ぐな髪に憧れるわ~っていうため息よ」
「おはようお嬢。僕はその髪型が一番可愛いと思う。元気なお嬢にはフワフワの髪が似合うよ」
タラシめ!!
そんなにハッキリと褒める男子はアンディしかいないので、いまいち信用に欠けるのだけども・・・やっぱり嬉しい。年がいもなくね! も~!壺でも布団でも買っちゃうよ!
「さっき旨いって言ってたのが聞こえたよ。メニューは何だったの?」
アンディたち王族は寮の自室で専属コックが作るらしい。まあ、色々とその方が楽なのだろう。主に安全面が。だから安易に食堂で一緒に食べようとは言えない。
「おはようございます。アンドレイ様。失礼します」
マークが全品を綺麗にお代わりして持ってきて元の席に座る。それを見たアンディが納得したように頷く。そして後ろに控える侍従に「僕も朝はこのメニューがいいな」と言った。
「おはようございます。アンドレイ様。お茶はいかがですか?」
ルルーが茶器をカートで持ってきた。アンディとお付きで五人の追加だもんね。
「ありがとう。でも遠慮しておくよ。さっき部屋で沢山飲んで来たからね」
かしこまりましたとルルーがお辞儀をする。お茶を三人分淹れて元の席に座る。
「ふふ、二人はブレないね」
「私らお嬢の専属ですからね。基本無礼ですよ」
ニヤリと笑うマークにいつもの様に微笑むアンディ。
「こんなことを許して下さるのは、ここではアンドレイ様だけです」
ルルーも優雅に笑う。
「「 一応、他の貴族様にはそれなりに接するつもりです 」」
二人が声を揃えるとアンディはあははと笑う。それを彼の侍従たちは驚いた。
「僕の侍従を紹介するよ。向かって左からウォル・スミール、ロナック・ラミエリ、ヨジス・ヤッガー、モーガン・ムスチス。この四人が僕の専属だよ」
名前を呼ばれると軽くお辞儀をしてくれる。・・・私と目が合うとビクッとしたり睨んだり。初対面だもんね。しゃーないか。・・・にしても、何だか見たことある気がするな~?
「で。彼女がサレスティア・ドロードラング。僕はお嬢と呼ぶし彼女は僕をアンディと呼ぶ。これは変えないよ。そして隣にいるのがルルーとマークだ」
三人で立ち上がる。
「サレスティア・ドロードラングです。よろしくお願い致しますわ。・・・あの、失礼ですけども、皆さんをどこかでお見かけしたような気がいたします」
そう言うとアンディがニマリとした。おや珍しい。
しばし四人を眺める。マークは自己紹介後にさっさと食事を再開。・・・おい。まあ温かい内にどうぞ。
マークの行動は考えられない事だろう。四人ともギョッとし、戸惑っている。
あ!わかった!
「国王のお付きの方々に似ている!」
戸惑った姿がそっくりだ。四人とも更に目を見開いた。
うん、その顔そっくり!




