続25話 ゲットです。<老師と師父>
「大変にお世話になりました。服まで洗っていただき感謝致します」
大きいオッサンが恭しく言う。
風呂で温まってもらい、食事の合間に蜂蜜酒を少し温めたものを少しずつ飲ませた。ちなみに今身に着けているのはうちの服。彼らのは乾燥中。道着の様な素材で丈夫だったけど決して防寒着ではない。・・・丸に亀とか、魔とか無くて良かった・・・
大きいオッサンに合わせるべく、急遽お針子たちが服を作り、今は二人の防寒着を作ってるところ。
その二人はやっと一息ついたようで、椅子から立ち上がって頭を下げた。
「こちらこそ手荒な事になってしまい申し訳ありませんでした。それであの、コムジのお師匠様ということで、同じくお師匠様と呼ばせていただいても?」
ゆっくり話をすべく、椅子を勧める。
再びそれに腰掛けると小さい爺ちゃんがにっこり笑った。
「ほっほっ。同門であればそう呼んでもらうところだが、貴女方はそうではない。わしの名はシンドゥーリ。好きに呼んで構わんよ」
小柄な爺様は皮と骨だけ!?と見えるが、スラムにいた頃の皆と比べれば少しはふくよかだ。頭は綺麗に剃ってあり、少々伸ばした口髭と顎髭は真っ白だ。姿勢は綺麗でとても80才とは思えない。
その隣に座る大きなオッサンは、同じく剃髪しているが髭は生やしてはいない。身長は二メートル近くあり、マッチョ。人相も良いとは言えず、さっきから微妙な圧がある。が、醸し出す雰囲気はとても穏やかだ。爺ちゃんに続き「私はギンスィールと言います」と自己紹介。
コムジは彼を師父と呼び、爺ちゃんを老師と呼んだ。
「え~と、では、シンドゥーリ様、ギンスィール様、ようこそドロードラング領へ。私は当主のサレスティア・ドロードラングです。どうぞお時間の許す限りお体を休めて下さい」
「ほぅほぅ、ちっさいのにしっかりしとるのぅ」
「師父。私らも世話になったのです。あまり態度が砕けては示しがつきませぬ」
「ここまで来ても堅いぞギン。どうせお前しかおらんだろうが」
「コムジが居りますゆえ」
「そうじゃ!コムジ! お前、ちっと見ん間に五体が揃って良かったのぉ! まさかお前に担がれる日が来るとは思わんかったわ。手紙にあったよりも元気そうじゃ。ギンの事も担げるんじゃないか?」
「シン老師、緊急時とはいえ失礼しました。師父は無理ですよ~。俺、絶対潰れますって」
「コムジ。とにかく生きていて何よりだ。足と・・・子供たちは、残念だった・・・。あれから親の引き取りは確証が取れるまでしないようにしている」
歯を食いしばったコムジが頭を下げる。
「後で墓に案内してくれな。私も供養したい」
ありがとうございますと震える声で答えた。
やり取りが落ち着いたところで、前から少し疑問に思っていた事を聞いてみた。
「あの、コムジからは教会に住んでいたと聞いたのですが、シンドゥーリ様方は僧侶とも聞きました。不勉強でお恥ずかしいですが、どんな宗派かお教え願えませんか?」
ギンスィール様はちょっと目を逸らして、あーと呟き、シンドゥーリ様は、呵呵と笑う。
「わしらの派遣された所がとんでもない田舎でなぁ、空いていた建物が使われていない教会しかなかったのじゃよ。まあ別に雨風が凌げれば何も問題はないし、地元住民もこだわりが無くてな。教会と呼びながら使い続けている」
「私らが住み着いて三十年、教会には代替わりの神父も来なくて、地元住民も元々信仰が薄かったのか全く気にせず・・・。まあ、村を降りて行けば大きな街もあり、そちらにはきちんとした教会がありますので、教会側としても大して困らないと言いますか・・・」
「何処からも文句が無いから大きな顔して使っているだけじゃ!」
「えぇ、看板を付け替えるよりも雨漏りを直すのに必死だったと言いますか・・・」
「わしらは僧侶の端くれにいる、鍛練をすることで己を律するという部門でな。一門の証しとして暗記する経典の一文はあるが、健全な体には健全な精神が宿ればいいなぁというのが第一なんじゃ。元気があればそれでいい」
「コムジには元気も良し悪しだと学ばされましたがね」
「何言ってんすか、大概の悪さは老師に教わったんすよ」
「師父!?」
「ば!?馬鹿者!内緒だと言ったではないか!」
「師~父~!!!」
「そ、そうじゃ! わしはお前の師父だぞ、ギン! 大目に見て!」
「いい加減に年相応に大人しくなさったらいかがですか・・・?」
「俺が出ていく前の雨漏り箇所は老師が昼寝するのに屋根に上がって踏み抜いたんですよ」
「コ!? 馬鹿!」
「五年も黙ってたんで、俺のせいにしたの訂正してもらいまーす」
「・・・・・・師父」
ものっそい低い声がギンスィール様から発せられる。
私も聞き覚えがある。親方たちが怒る、またはカシーナさんの眼鏡が光る、前兆・・・
ヒュン!とシンドゥーリ様が消えた。
が、「時効じゃ時効!許せ!」と食堂の出入り口から叫ぶ。
「ならば、コムジに詫びは入れたのでしょうな?」とギンスィール様がゆらりと立ち上がる。二メートルの巨体から何かがゆらめいて見える。
「無い」とシンドゥーリ様が言うと、ギンスィール様は椅子を丁寧に整えて、消えた。
一瞬の風が収まると、向こうの方から「ぎゃあぁぁぁ~!」と遠ざかる叫びが聞こえた。
コムジが窓辺に移動したので私らもそばに行く。
「あの人たちが俺の育ての親です」
外には雪と泥を撒き散らしながら追いかけっこをする二人の姿があった。
「なるほどな~。あの体捌きならコムジの動きも頷けるな」ニックさんが感心したように言う。
「昔からセン・リュ・ウル国の武門一派の事は聞いたことはありましたが、・・・やはり彼らは一対一なら手強そうですね」クラウスも顎をさすりながら眺めている。クラウスは領内無双中だからコムジにも負けないけど、珍しい行動だ。
「丁度いいから少し習おうよ?」ルイスさんが笑って言う。
「あの巨体があれだけ動けるのか・・・」マークが呟く。
「いや、あの老体があれだけ動ける方が異常だよ」タイトが呆れる。
「パッと見、老人が襲われているんだがな・・・」ラージスさんが力なく言うと、
「どう見ても、爺さんの方が煽ってるッスよね?」トエルさんもボソリと続けた。
「一応言っておきますけど、うちの教会ではあの老師が一番元気でうるさいですからね?」
コムジの言葉に皆で頷いた。
だろうね。
騒ぎが一段落したところで、シン爺ちゃんが「そうそう!」とギンさんを促した。
呼び名? うん。様付けをしなくていいと改めて言われたので、こう呼ぶ事にした。もう畏まるのが馬鹿馬鹿しいというか。だって爺ちゃん、床に正座だし。
「我が村でたまたま出来た物なのですが、どう使ったら良いか分からず、見てもらいたいのです」
十五センチ程の小瓶に入った黒い液体を小さな保存袋から出す。
「コムジの手紙にはこちらの領には博識な方がたくさんいらっしゃるとあったので。ここに来るまでにも何人かに聞いてみたのですが、とんと分からずに終わりました。まあ、使える物であれば使いたいというだけの理由ですので、使えなくても処分するだけなので問題はありません」
その説明は私の耳を素通りしていった。
私の目はその小瓶にくぎ付けだ。恐る恐る、蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
・・・うん。
「この液体の、原料は、何ですか?」
「大豆、小麦、塩です」
天を仰いだ。もちろん室内なのでそこには天井があったけど。
そんな私を皆が不思議そうに見ている。
「味見をしても?」
これにはざわついた。だよね。真っ黒な液体を舐めようなんて普通は思わないよね~。原料が食物だけだからと安心できる色ではないよね~。
小さいお皿に少々垂らす。皿の上では少し茶色がかって見える。それに、小指をつける。
その小指を口に入れる。うん、ちょっと雑な味だけど、予想通り・・・
涙が出た。
これにはシン爺ちゃんたちも戸惑った。
が、私はそんなことに構ってはいられなかった。料理長ハンクさんに調理場を使う許可を得、小麦粉、片栗粉を水で溶き、それにニラ、玉ねぎ薄切りをぶちこみお玉一杯分をフライパンで薄く焼く。両面に焼き色が付いたら皿に取りだし、さっきの小皿にごま油とちょっぴりの酢を足す。
さて、用意出来ました! チヂミ! うちでは玉ねぎも入れてました!
「いただきます!」
食べやすくナイフで切って、タレに付けてパクリ。
・・・これ! これ~っ!!
残りをハンクさんと、ギンさんと、シン爺ちゃんにも切ってすすめる。
三人同時に口に入れ、目が光った。
ハンクさんとギンさんが立ち上がり、私と調理場へ。三人で黙々と生地を焼いて皆に振る舞った。
「初めての味なのに旨い!」
ぃ良し!!
「クラウス! これ輸入しても良い?」
空になった小瓶を指して、振り返った先にはニッコリ頷くクラウスが! おっしゃっ!!
「ギンさん! 領地にはどれくらい残ってるの? うちでどれくらい買い取っていいの? たまたまって言ってたけど恒久的に製造できるの? ていうか現物を見たいのだけど!?」
怒濤の質問に戸惑いながらも取り引きには応じてくれた。輸出入は一応役所に届けなきゃいけないから、これからの手続きになるけども短縮します! 何を? 距離を!!
「亀様! セン・リュ・ウル国のモウル村に転移門を造って! できる?」
《苦も無い》
そうしてあっという間にでき上がった転移門をくぐって、地元に戻った二人は「・・・半年、歩いたんだが・・・」と呆然とし、故郷に着いたコムジは、教会から何事かと出てきた人々に泣きながら揉みくちゃにされた。
醤油! おまけに味噌擬き! ゲットーーォッ!!




