続3話 躾です。<生温く見守る会>
私に治せないもの。先天性のもの、病気、老化。
そのことに気づいた時、サレスティアの魔法は万能じゃないんだと気を引き締める事ができた。
幸い、うちには元気な人しかいない。
・・・本当に、幸いだ。
毎日誰かがバカをして笑う。
笑って、一日を終えることができる。
ここに来られて良かった。
それだけは王都の両親に感謝してる。顔を忘れそうだけど。
眼鏡が必要だったのは、カシーナさんの他にヒューイとルイスさんだけだった。
聞けばヒューイは生まれつきの様。孤児になってしまって詳しくは分からないが、視力が悪いせいで動きが遅く、遊びにもハブられることが多い。本人には弱視の自覚がなく、なぜ他の子と同じように出来ないか悩んでいたそうだ。
皆と同じにと気遣ってのダンの行動なのだが、ヤツの気質はガキ大将だから、案の上空回りである。それでもマークにつられて年下への構い方が良くなってきていたところにこの騒ぎ。残念!
ルイスさんは傭兵時代は弓の名手だったらしいが、年々狙い辛くなっていき、ナイフを使う戦闘スタイルにチェンジ。それでも辛くなり、うちで嫁さんを見つけて引退してたニックさんを頼って来たそうだ。
理由を聞いて納得。道理で狩猟班の弓の練習にルイスさんが駆り出されるはずだ。私としては、"値切りのルイス"と二つ名を進呈しようと思ってたのに。残念!
張り切ったネリアさんのおかげで、翌日には二人とも眼鏡をゲット。レンズには本人の血が入っている為か、上手い具合に自動調整されるらしい。どこを見ても見えると気に入ってもらえた。狙い通りになってホッとした。黒魔法スゴいわ~。
ネリアさんをベッドに放り、ルイスさんの弓の腕に皆で惚れ惚れとし、ヒューイの眼鏡っ娘ぶりに皆で悶えた。
「すごい!よく見える!ありがとう!」
なーんて、満面の笑みを向けられたダンが赤い顔で気絶した。
・・・わかる!!
***
最近、夜な夜な大人たちがこっそり集っているらしい。
というのも、私ら子供組は燃料費節約のため(本当はライトもあるけど早寝をさせるため)、ほぼ日の入りに就寝。私は会議があったりするからもっと起きているけれど。それでも八時くらいには寝落ちするので、それまでにはベッドに入るようにしている。
私は日の出までグッスリだけど、何人かは夜中(推定十時)にトイレに起きる。その時にコソコソとする大人を見かけるそうだ。
ほとんどの大人が調理場に集まってコソコソと、そして笑っているらしい。
・・・しょーもなさそうな気配がプンプンするけど、一応覗いてみるか。
というわけで、ただいま狸寝入り中。眠い。
確認に集まったのは少年団プラス女子部。ほぼ全員。・・・せめて5才以下は寝てなさいよ、元気ね・・・
なるべく足音を立てずに、私を先頭に調理場の扉の前に立つ。
アイコンタクトを交わし、扉を勢いよく開ける。
呆気にとられた大人たちの隙をついて、なだれ込み、囲っているものを確認。
瓶が何本かと薄切り肉の串焼きが置いてある。大人の手にはコップ。そしてうっすら赤ら顔。
「・・・酒盛り?」
「当り。蜂蜜酒」
苦笑しながらニックさんが手に持ったコップを小さく掲げた。
蜂蜜という言葉に子供たちは騒然。子供たちにとってはお菓子のくくりだからね。大人だけズルい!とあちこちから聞こえる。
あまりの勢いにハンクさんはじめ料理班が明日のお菓子を約束させられた。
私はというと、酒を飲めない年齢だし眠いので部屋に戻った。私はビールよりも日本酒なのです。
では、おやすみなさい。
***
微妙に懐かしいシップの匂いがする。保健室みたい。
「お嬢!いらっしゃい! 保管箱、とても便利ですよ~!」
常時、四、五人が薬草の調合をし、治療も兼ねる部屋。
いつかの会議で、私の回復・治癒魔法が万能ではない事を議題にした。物の無い中でこれはかなり痛手だと思った。うちには薬師はいるけど医者はいない。
まあ、お医者はエリートなので、王宮お抱えか王都に集まってしまって地方にはほとんどいない。治療に使う物資が足りない事が地方に医者が行きたがらない理由の第一位らしい。
私の魔法で手術的な事は出来るがその直後から私は眠りに入ってしまう。ヤンさんたちがその現場を見てる。その説明もあって、あまり私に回復系を使わせないことに決定。
正直助かる。
あまり考えたくないけど、この世界は何があるかわからない。戦争はどこかであるし、魔物もいる。毎日ガンガン使っているけど、私には"魔法"が不確定要素の一位だ。
攻め込む理由が見つからない貧乏領地だけど、巻き込まれない保証はない。魔物の大群が押し寄せない保証もない。
私は、領民を守る、又は逃がすだけの時間を稼ぐ火力が欲しい。
睡眠中なら起こされれば目覚めるけど、回復系魔法を使った後は体が回復するまで目覚めない。
何かが起きて選択した先に何が残るのか、現在私を信用してくれている事を嬉しく思うからこそ、手が震える時がある。
領地復興をする前に私の魔力が尽きても、どうにかなるようにしたい。
ゲームではヒロインたちが世界を平和にして終わる。
その中で、心豊かに、皆には生きてもらいたい。
できれば、できれば私もその中にいたい。
ゲームの事は言わないが、私が不安に思っている事を会議で話した。
「ならば、多少の怪我、病は私ら薬師にお任せくださいな。畑を耕すよりそっちが本職ですからね!」
軽やかに意見を出したのは薬草加工班のチムリさん。小柄なオバチャンでムードメーカー。
「現在薬草畑は大繁殖中で、加工と調合に集中したいと思ってたところです。ただ加工すると保存が効かない薬もあるんです。成分が変わらずに保存の効く箱か袋があるらしいので、それを用意して欲しいです。高価らしいので一つでもかまいません」
「え!そんな物があるの?」
「あるよ。傭兵、冒険者には必需品だ。駆け出しはまずその袋を買う為に稼ぐんだ。それから行動範囲を広げていく。俺もそうだった。まあ、金に困って売っちまったから今は無いけどな」
私の疑問に答えてくれたのはニックさん。そんな便利道具、ゲームの中だけじゃなかったんだ・・・!
あれ?
「もしかしてマークかルルーも持ってた?」
「はい。お館様から小さな袋を一つ、お嬢様へともらい受けましたが、こちらに着いて最初の買い出しで売ってしまいました」
「お嬢のドレスより良い値で売れたよ」
ルルーとマークが教えてくれた。
・・・なんてこった、そんな便利道具を見逃していたとは・・・もったいない~っ! 複製のチャンスを逃し悔しがる私に福音が。
「俺、持ってますよ。見ます?」
「ルイスさん!良い男! 嫁のあては任せておいて!」
「嫌ですよ!? 何で保存袋だけで嫁の世話されるんですか!? しかも6才に。勘弁してください」
「ええー、最近カシーナさんと良い感じだって子供情報があるんだけどー?」
「ばっ!? 何でここで! あっ!」
真っ赤になって頭を抱えるルイスさんを皆でニヤニヤ眺める。カシーナさんも湯気が出そうだ。なんだ、私の周りは春が多いな!・・・くっ!
「ほんと勘弁してください。今口説いてる最中なんで!」
開き直ったルイスさんが叫ぶ。周りはオオーと囃し立てる。
「だから~、手伝ってあげるって~!」
からかい半分で言った一言に、キラリとルイスさんの眼鏡が光った。ん?
「言いましたね? よし言質取った! お嬢、俺の好きな女は仕事熱心なんです。なかなか良い返事をくれないのはどうしてと聞いたら、お嬢を淑女に育てあげるまでは結婚出来ないと言うんですよ」
・・・あれぇ・・・?
「俺ら二人ともいい年越えてるんで早く結婚したいんです。俺らのために、来年までに、淑女になるように、手伝ってくださいね?」
「・・・やっちまったあぁぁ!!」
私の叫びに広間大爆笑。
そうして泣く泣く袋を手に入れた。"値切りのルイス"、恐ろしい男!
それから袋を捏ねくりまわし、成分解析。チムリさんにどんな薬を入れるか聞き込み、書物を調べ、黒魔法でアレンジすることにし、土木班に指定した大きさで木箱を発注。出来たそれを持って、ネリアさんに加工を発注。まずは五個と言ったら、まずは?と片眉を上げられた。重ねやすいように作ってくださいと、へっぴり腰でお願いする。
木箱と同時にそれらを仕舞う棚も、薬草加工班の部屋に合うように土木班に頼む。
ついでだからと、子供ら用にリュックタイプの保存袋も作った。そしたら女の子たちは小さな刺繍を施しはじめた。
一人でつまらないと駄々をこねた私の為に年頃女子も淑女教育に強制参加。人数がいると学生のノリで楽しいので、今のところ順調だと思う。刺繍も授業の一つで皆器用に刺すのだけど、色糸が少ないので小さい模様にしてる。
それをバッグの見分けがつくようにと進んでチビ用に刺していく。気が利くのぉ~。と感心していたら、お嬢様はご自分でなさいませ、とにこやかなカシーナさんに背後から言われた。ハイ!
「ルルー、俺も間違えそうだからチビたちみたいに刺繍してよ。時間がある時でいいからさ」
子供ら(小学生以下)の分が終わり、成人前後(この世界は15才が成人)の子たちの袋を配っていた時に、ふとマークが言った。皆の前で。
・・・天然か・・・
隣に立っていた男子にそっと聞く。
「・・・ねえ、マークとルルーってどうなの?」
「何であれで恋人じゃないんだと皆で首をかしげるような仲ですよ。まあ、原因はマークでしょうね」
「ルルーもわかってないと思いますよ。そろそろ邪魔者を演じてやろうかと議題に出てます」
「え!それ、私も交ざりたい!」
「もちろんどうぞ。お嬢様に手伝ってもらえると動きやすいです!」
「決行はいつ?」
「未定です。このまま眺めているのも楽しいもんで」
「マークは自覚が無いですけど、ルルーから相談されたら動こうと思ってました」
「なるほど悩ましいわね・・・今が面白いだけに」
何人かとコソコソと喋っていたのに、うんうんと全員が頷く。
"マークとルルーの様子を生温く見守る会"に入会しました。
会員多いな!