続24話 収穫祭です。<捕縛せよ>
ガキンッ!!
剣は、私の頭で止まった。いや、正しくは髪の毛にも触れてはいない。
クソ従者が、気持ち悪い笑顔から、目を見開いた。
ああ気持ち悪い。
両足を踏ん張ってクソ従者を睨みつける。
「お嬢より! 賊を確認! 捕縛!!」
私の血飛沫が合図だったのだろう。出てないけどな!
お客さんの悲鳴が響くとともにあちこちの建物の影から賊たちが現れ、ヒャッハー言いながら料理班に斬りかかる。
が、襲われると分かっているなら避けられる。それだけの訓練は料理班もした。転がりながら剣を避ける料理班。
そして戦闘特化した狩猟班が料理班と入れ替わり、賊の刃を弾く。
剣撃の聞こえる中、砂まみれになった料理班が私らの方に引き返して来る。何人かは服が切られ、血がうっすら出ている。
侍女やお母さんたちがテーブル下に隠していた救急箱を取り出して手当てを始める。薬草班長チムリさんが騒がないので毒は無いようだ。
手当てをする以外の女たちは、やっぱりテーブル下に隠した二メートル弱の棒を持って、お客さんをひとまとめにしたこの場所を囲むように等間隔に立つ。そして手当ての済んだ料理班も持ち手の付いた手先から肘を過ぎるくらいの短い棒を両手に持って、女たちの間に立つ。
狩猟班を上手くすり抜けて来た賊は、侍女の棒術と料理班のトンファーに続々と沈んでいく。
焦ったらしい賊がナイフを投げ出してもクロウとシロウの風のガードに阻まれる。
クソ従者はいまだに呆然としている。
ったく。乙女の頭をかち割ろうなんて本当、どうしようもねぇな。
目の前にある剣を左手でガッと握る私に何やらハッとした様子。
「ガードしないわけないでしょうよ」
そのまま素手で刃を握り壊す。クソ従者の目玉がこぼれ落ちそうだ。
「ドロードラング舐めんなっ!!」
右手に準備したハリセンを一閃。真横に吹っ飛んだクソ従者を、お客さんの向こうで待ち構えた洗濯婦ケリーさんががっつり掴む。大蜘蛛の糸を縒ったロープでぐるぐる巻きにする様子は職人芸のようだ。流石です!
そうしてケリーさんは気絶しているクソ従者を担ぎ上げて舞台のステージに放る。すると、今回特設された舞台屋根から大蜘蛛がスルスルと降りてきてクソ従者を吊るしてまた屋根に隠れた。
それを見たお客さんから悲鳴が上がるが、状況を理解してるのか誰も動かない。
一人また一人と、ケリーさんの元へ気絶した賊が放られる。次々に縛り上げたのを他の洗濯婦たちがステージにまた放る。
そしてそれらを五匹の大蜘蛛が次々と吊るしていく。
・・・うん、色々は後で考えよう! ありがと蜘蛛たち!ロドリスさん!
止まない剣撃の音に、恐いよぉと子供たちが近くの大人にすがりつく。うぅごめんね恐い思いをさせて。
私から見える限りはうちの連中の方が押している。向こうは逃げようとするが捕らえた分だけこちらに人数の余裕がある。どんどん賊が減っていく。
もうすぐ終わる?
まだ何か起きる?
どこだ・・・!?
感覚を研ぎ澄ます。
焦らず、広く、広く、
「ホテルの三階!」
「ジェットコースターの上!」
ダンとヒューイの声が聞こえた瞬間、シロウとクロウが消える。
同時にホテルから窓の割れる音がし、ジェットコースターの方からは「ぎゃあ!」と聞こえた。
そして、
「「「 はーい! 」」」と子供たちの場違いで元気な声があがる。片手を真っ直ぐあげ、さっきまで「恐いよぉ」なんて泣いていた子が隣の大人の服を掴んでるのを見せる。ざっと十人。
即、服を掴まれた大人たちは棒を持った侍女や料理班に立たされ、ケリーさん率いる洗濯婦たちにあっという間にぐるぐるにされ、更に全員まとめて縛られた。
縛られたお客さんたちはギャーギャーとうるさいが、説明は後。
「お嬢」
テーブルからいまだに降りない私を、皆と一緒に伏せていたアンディが見上げる。
ごめん、まだ終わってない。
私たち以外の魔力の動きをまだ感じる。
チラッと合わせた視線を周りに戻し、手だけで謝る。
すると何を思ったのか、アンディがスクッと立ち上がる。
そしてテーブルに乗ったアンディは私の背後に立ち、背中を合わせた。
「手伝う」
私の左手をアンディの右手が掴む。手のひらを合わせ、指を交互に絡ませる。
アンディは極々小さく『魔力感知』の呪文を唱えた。
私の感じていた景色が百八十度から三百六十度に変わる。そんな感じ。
私の後ろはアンディの感じている景色。
とても鮮明になり、ドロードラングの外まで余裕で見えそうだ。
「くっ・・・」
はっ!
広げていた感覚をそこで止める。アンディを引っ張り過ぎた。アンディの手にとても力が入っている。
ごめんアンディ、魔力が馴染んで調子に乗ったみたい。
私らの担当は領地のみ!
だけど魔力感知にはさっきダンとヒューイが見つけた二人の魔法使いしか反応が出ない。どこ・・・!?
「お嬢、焦ってはいかん。取り零すぞ」
下から学園長が嗜めてくれる。
そうだ。焦っちゃ駄目だ。大丈夫。アンディもいる。
瞬間。
アンディの前に炎の矢が現れた。
そして私の正面にも炎の矢が飛んで来た。
私の頭の中が煮えたぎる。
間に合わないなんて二度と起こすか!!
ゴォオオッ!!
アンディと私を囲んだ下から真上に吹き上げる強風に巻き込まれ、炎の矢は消えた。
しかし、炎の矢はまだ四方八方から飛んで来る。
それらは全て私の風に次々と飲み込まれていく。
・・・私の前でアンディを狙うなんて・・・絶対ブチノメス!!
ほんのちょびっと残った理性がアンディの手を離す。
私の魔力が風と探索にどんどんと消費されていく。
今や風の壁は会場を囲む程に直径が大きくなっている。
誰にも何も当てさせねぇよ。
風の壁の中には炎の矢は出てこない。
ナイフだって通さない。
ふと、魔力感知を足元、地面下の十センチまで広げる。
小さな反応があった。宝石だ。
収穫祭会場を中心にして魔法陣が現れ、その要の位置にそれぞれ宝石が埋め込まれている。
ドロードラングを、自分の力が及ぶ様にしたのか・・・
・・・ならば、この魔法陣から追えばいい
私は右の手のひらに別に風の魔法を練る。そうしながら魔法陣の中心に移動すると、料理班がそのテーブルを避けてくれた。
魔力感知のせいで一際輝く地面に、ことさら丁寧に針の様に細くした風の魔法を、叩き込んだ。
パキーーン・・・
宝石の割れる音がした。
そして、一拍。二拍。三拍の間。
バンクス領の方に竜巻が現れた。
それはゴオッ!と吹き上がり一瞬で消える。
・・・一つしか出ないということは他には魔法使いはもういない?
《魔法使いはバンクス、カーディフ、ダルトリーには居ないな》
亀様が教えてくれた。
《後は皆に任せて良いだろう。頑張ったな。我もしばらく見ておく》
その言葉に深く息を吐いた。力が抜けて魔法が解ける。
地面に座りこもうとしたらふわりと抱きしめられた。
「おつかれさま」
「・・・怪我はない?」
「無いよ」
「良かった・・・恐い思いをさせてごめんね。おかげで助かったわ。感知魔法って二人だとああなるのね~、面白いね」
「話は後にしよう。皆に任せてお嬢は少し休もう」
「でも、」
「このままじゃレシィの泣きそうな顔を見続ける事になるよ?」
「・・・あ~、じゃ~、ちょっと、寝るわ~」
そう言うとアンディにヒョイと抱えられる。
わ。・・・・・・ぅえっ!?
「亀様。すみませんがお嬢を子供部屋に送って下さい」
《そのまま落とすなよ》
亀様の声が笑ってる気がした次の瞬間には屋敷の子供部屋にいた。子供たちは寝ている。
カシーナさんやナタリーさん、他の侍女たちもそれぞれ武器を持ってる。こっちの武装侍女も格好いい。「うわっ、姫抱っこ!」というのは聞こえないことにした。
「とりあえず~、終わったよ~」
皆がほっとした。
アンディがてくてくと近くの空いていたベッドに私を運び、そっと降ろしてくれると、カシーナさんが靴を脱がせてくれた。ありがと~。
「じゃあ僕は会場に戻るね。おやすみ、お嬢」
アンディの手が私の頬をそっと一撫でしていく。
あ~、アンディの手ってやっぱり気持ちいい~。




