23話 温泉です。
「初めましてドロードラング伯爵。マミリス・ハーメルスと申します。以前に主人がいただいたジャーキーが大変美味しく、宜しければもう少し譲っていただけないかと参りました。もちろん代金も準備しております」
想像していたよりも遥かに小柄な貴婦人がふわりと微笑む。
てっきり団長のようにガッチリしたタイプかと思ってたのに。
「それと、助けてくださった従魔にも直接のお礼を」
団長ーーっ!? 生きてるのーーっ!?
ふおおぉ!
シロウとクロウを目の前にしたマミリス様から聞いてはいけない叫びが聞こえた。イエ、聞イテマセンヨ。
「先日は主人をお助けいただき、ありがとうございました」
深々と淑女の礼よりも頭を下げるマミリス様。
その先にいるシロウは少々項垂れる。
《いや、我は引き受けた事を全う出来なかった。礼は不要だ。我から謝罪申し上げる》
ゆっくりと体を起こしたマミリス様は感激したように微笑んだ。
「いいえ。かすり傷で済んだのです、取り返せる失敗ですわ。実際、主人は綺麗な体で家に戻って参りました。治癒魔法で治る程度、騎士として怪我の内に入りません。騎士が五体満足で帰れる事は家で待つ者の何よりの喜びです。シロウ様はきちんと役を果たされました。重ねて、お礼を申し上げますわ」
にっこりするマミリス様と戸惑うシロウ。クロウはその様子をじっと見ている。
何だかほほえましい。
「ねぇシロウ。団長も宰相も同じように仰っていたでしょ? 私もそう思っているし、もういいんじゃない?」
《・・・しかし、従魔として主人の命を、》
「シロウ。私の思うことは、生きてりゃ後はどうにかできる、よ。団長も無事で皆も無事に済んだのはシロウがいたから。大感謝よ。それを忘れないで」
《・・・・・・うん。わかった》
子供たちと触れ合うことが多いからか、たま~に口調が砕ける。私としては距離が近くなったようで嬉しい。なんと言っても可愛いし!
「ああ可愛い・・・!」
・・・マミリス様漏れてますよー。
《我も仕留めたのに・・・》
「もちろん、クロウのおかげで皆無事なのも感謝してる! 向こうの方には大イノシシが出た事無かったもんね。クロウがいてくれて本当に良かった!」
ぼそりとこぼしたクロウもフォロー。
いやホント、二頭がいなかったら大惨事だったよ。
クロウは気が済んだのか尻尾をぱたぱたしている。
二頭が伏せをしたので、順番に顔に張り付く。
ふぁあああっ!
・・・・・・ねぇ、マミリス様にも撫でてもらって?
《《 ・・・承知 》》
テレパス便利・・・
「マミリス様。撫でてみますか?」
「ええっ!!・・・よ、よろしいのですか?」
「優しくお願いします」
では、失礼します・・・と、近くにいたシロウに恐る恐る手を伸ばす。触れた瞬間はビクッとしたけれど、シロウが嫌がらないのに安心したのか、より手を伸ばした。
「はああぁ~・・・柔らかい・・・温かいのですね・・・」
手の感触だけで満足したのか、今度はクロウに近づき手を伸ばす。
と、シロウが鼻でマミリス様をクロウにそっとグッと押しつけた。
あ!? コラッ!
《手だけで触られるとこそばゆいのだ。ガッツリくっつけ》
きゃあああああ!!
無言の喜びの悲鳴が聞こえました。
マミリス様がクロウの背に乗って、私がシロウの背に乗って。マミリス様のお付きさんはホバー荷車(馬車仕様)に乗って、領地見学をしてきました。
やはり女性なので服飾棟の見学は一番真剣。大蜘蛛の飼育場で大蜘蛛の姿を見つけてもマミリス様だけは普通! 真っ青なお付きさんたちはちょっと離れて待っててもらった。マミリス様の護衛にシロウもクロウもいるしね。
そんなマミリス様は亀様本体と対面しても動揺はちょっとだけだった。・・・淑女ってほんとスゲェよ・・・
食事も充分に堪能してもらえた。食後には自ら調理場に向かって、料理班に「美味しかった」と言ってくれた。
涙が出るかと思った。
うちの誰かが誉められるって嬉しいなぁ。
そんな私を見て、副料理長ノストさんは苦笑しながら髪型が崩れないように頭を撫でてくれた。
その後はお付きさんたちと遊園地~。どれも楽しんでもらえた。
子供たちの舞台も堪能。リクエストとして魔法を所望されたので、私も舞台へ参加。
花の噴水を見たマミリス様は、「・・・魔法が使えたら良かったわぁ・・・」と呟いたそうだ。犬サイズで近くに控えていたシロウクロウ情報。
「これが独房・・・」
マミリス様が言い、お付きの人たちも若干戸惑っている様子。
ええ。ただの長屋にしか見えないドロードラング式留置所?です。
ま~ァ、あの手この手でやって来た奴らをぶち込んでます!
空きが無い状態が続いてるので、一味の人数、アジトの場所、犯罪歴を聞き出せるだけ吐かせ、その書類と共に宰相の所へ転送。
そのまま引き取って更生させてやりたいトコだけど今はまだ実験段階だから、領民の安全を最優先にさせてもらい、対処は宰相へ丸投げすることに。
まあ、王都ではそういう専門家がいるわけだし、外交の助けになることもあったりで、丸投げするのを国王に許された。
私の所へ直接来て「お宅の奴隷が評判良くてね。また取り引きをしないか」なんて言いやがったのもいた。
もちろん即ぶっ飛ばした。
うちと取り引きしていたなんて、いいカモがのんきにやって来たぜ。
全て吐かせたのに本部はもう皆捕まっていたという結果ではあったけど、国外へのルートの一つを手に入れた。
私たちのハスブナル国への信用はダダ下がりだ。
騎馬の国の時からそんな物は無かったけど、マイナスを更新するばかり。国王たちもこの国の話にあまりいい顔をしない。
「案内してもらっておいて何ですけれど、私が見ても良かったのかしら?」
「もちろんです。こちらとしても希望された物は見ていっていただきたいので。現在独房は全室使用中なので中は紹介できませんけども」
使用中の単語にお付きの人たちがざわつく。
隠しているわけでも無いけど、積極的に紹介しないのは亀様だけ。
お客さんたちは誰も知らないと思う。
まあ、シロウとクロウだけで充分にビビるので、観光地として致命的になるのは避けたい。
ちなみにコトラは舞台で活躍中! 全然バレないからコトラの親だなんて阿呆な奴も現れたんだけどね。
サリオンの踊る姿に私とクインさんは号泣。初舞台は本人よりも私たちの方がガタガタに緊張した~。
猫耳も商品化。さすがに値段が高いけど、お貴族様や商人が孫や子供にと購入。よし! ・・・この中に変な趣味の人がいませんように。
亀様から《誰からも見つからないようにする》との提案に最初は議論が白熱したけど、ルイスさんの「権力持ってる馬鹿ってのは何をするか分かりませんからね」という鶴の一声で、基本的に黙っている事に決定。
国王も学園長もフレンドリー過ぎるのに油断してしまっている私たち。本来なら起こり得ない事だ。
まあ、王たちのその態度が守られる事の安らぎならば私たちも嬉しい。
なので、私たちが信頼してもいいと思った人だけ亀様に紹介することにした。その事で態度が変わってもその時はその時。
それと、この前の団長の事件はいい教訓になった。
狩りにはどんな強くても要人は連れて行かない!と。
亀様ガードは張られていたけれど、弱い物ではあった。あまり頑強にしてもこちらの狩りの腕が落ちてしまうと狩猟班及び男性陣からの意見だ。
あの日団長は、ぎりぎり、ガードから出てしまった。
そして、いつもよりも俊敏な大イノシシだった。
言い訳してしまうが、そういう事もあると経験を積めた。
あの後ルイスさんは反応が良かったと団長にスカウトされていた。にっこりとバッサリ断ってたけど。
・・・・・・クラウスの笑顔が引き継がれている・・・確かにすぐに顔に出るのは侍従として駄目だと思うけど・・・笑顔に迫力があるってどうなの?
「独房に入れなかった連中は、先程見学しました大蜘蛛の糸です巻きにされて飼育場にぶら下がります。さっさと口を割れば王都に転送しますが、口の固い人物には食事の世話も大蜘蛛にしてもらってます」
「・・・・・・は?」
大蜘蛛飼育担当のロドリスさんの愛情の賜物か、元々そういう性格なのか、大蜘蛛は捕らえた獲物の世話をするようだ。観察していたロドリスさんは「確保した余分な餌を、後から美味しく食べるための習性があるのかもしれない」との意見。
・・・。
あの大きな体が目の前で、毛がびっしり生えた脚のその先にあるつるりとした先端を器用に使って口まで食べ物を運んでくれる。
・・・想像でも辛い!
いつも糸を出してもらって大変にお世話になっているけど!
それは嫌だ!! ごめん!!
こちらもこちらで犯罪者たちは泣き叫ぶ。
「・・・・・・えげつないわね・・・」
「・・・ええ・・・ですが吐かせるならばこちらも確実です。今の所そんな下っ端しか来てないみたいですが、もし魔法使いが来たら入れるのは独房になりますね」
ある意味学園長も私の後ろ楯みたいな感じらしいので、国内の魔法使いは学園長が抑えてくれてるそうだ。学園長に言わせれば「あの花束に自信を無くした者が多くてワシが動く理由もないがな」だそうだ。
まあ、その魔法使いたちのおかげで我がアーライル国は魔物の脅威が少ない。合同で結界を張っているらしい。お高くとまってるけど、仕事もキチッとしてるとか、ちょっとだけ見直した。
知り合いが学園長だけだからね、他の魔法使いには偏見があるのよ私。
「今日はありがとう。ドロードラング伯爵。ここまで領地を見せてもらえるとは思っていませんでした」
マミリス様は元スラム住人が義手義足を付けて畑を耕しているのも、元盗賊が大人しく畑を耕している姿も見た。
他には、屋敷の一角には心も体も傷ついた女子と男子のそれぞれの部屋がある。ゆるくゆるく、回復を待つ部屋。どちらも男子禁制だ。
この部屋に案内したのは侯爵夫人とマミリス様だけ。
「一応聞いておくけれど、私が政治的に何の役にも立たないのはわかっていて?」
「はい。マミリス様がその権限を振るえるのはお屋敷内と旦那様にだけと聞きました。家を守る者として充分ではないでしょうか」
「・・・貴女は、欲が無いのかしら?」
「まさか!欲だらけでございます。まあ下心を申し上げますと、マミリス様の人脈で衣類の販路を拡げたいな、と。まあ、まだ量産はすぐには無理ですので紹介だけでもお願いしたいです」
それを聞くと上品に笑う。
「そうね、それならば私はうってつけの客ね。でも領地の内情を知られて良かったの?」
「はい。私が間違いを犯した時に、それを非難してくれる人が多いのは助かりますので」
マミリス様が真っ直ぐ私を見る。
私も返す。
「もしもの時は領民は私を止めてくれます。領地で上手くいってる事もそれが領地の外では通じない事もあります。その見極めはたくさんの目があった方が良いと思っています。
マミリス様。究極の話、私は我が領の皆が穏やかに暮らせればそれでいいのです。ですがそれは我が領だけが豊かでは駄目なのです。お隣またその隣の領も同じ様になっていなければ、私の子達はいつかまたひもじい思いをするでしょう。私は彼らに約束しました。死ぬまでコキ使うから腹一杯食べさせると」
鋭かった目は少し柔らかくなり、眉が呆れを表した。
「遊んで暮らすわけではありません。元気に働いて毎日三食食べて、温かいベッドで寝る。それを最低限とした暮らしでいいのです」
「全ての住民が?」
「はい。世界中が」
「ふっ! 貴女、今、我が領だけと言ったのに!」
「だから、世界が平和ならこんな辺鄙な場所でも三食に昼寝ができるってことですよ~。ね? 欲深いでしょう?」
淑女らしからぬ大声で笑いだした。お付きの人たちも。
「気に入ったわ、サレスティア」
笑いが一段落したところで、マミリス様が言った。
「生地でもドレスでも、販路の協力をしましょう」
マミリス様は右手を差し出してきた。
私はそれを両手で掴む。
「ラトルジン侯爵夫人とは別のつてもあるの。夫人と打ち合わせて忙しくしてあげるわ」
「ありがとうございます! お世話になります!」
よっしゃあ!
ジャーキー共々お願いします!




