22話 再度、まさかのお客です。
ちょっぴり残酷描写あります。
「ロイ! ああ、こんなに大きくなって・・・迎えに来るのが遅くなってごめんなさいね。よく、顔を見せてちょうだい。・・・目の所にあるホクロ、あなたが生まれた時からお揃いなの。私、あなたのお母さんなのよ。これからは一緒に暮らしましょうね」
ハラハラと涙を流してロイを抱きしめる女性。やむにやまれぬ事情で子供を手離すしか無かった母親が、興行中の一座に我が子を見つける。その我が子を追ってドロードラング領まではるばるやって来た。
そんな奇跡が目の前に。
「はい、ダウト~」
「「 アイアイサ~! 」」
私の判定に、控えていたニックさんとバジアルさんが母親をロイから引き離す。
母親が離れると、ロイは私の方に来る。
「ちょっと! なぜロイと離すの!? 私を離して!」
困惑しながら強めに拒絶する母親に、思わずため息を吐く。
「せっかく来てもらって何なんだけど。あなた、偽物よね?」
「何ですって!? 髪の色は違うけれどホクロの位置は同じでしょ! それが証拠よ! あの子は生まれた時からあるのよ!」
ロイを同じ王都スラム出身でチビッコたちの世話係をしているニーナに預ける。その二人のそばには狩猟班副長ラージスさんが立つ。
それを確認して、騒ぐ母親の目尻のホクロをハンカチで拭う。
取れない。
母親は少し笑った。
「さあ、私を離してちょうだい」
母親が挑戦的に私を見る。
私はもう一度ロイを呼び、ニーナと連れだって近寄るロイの、目尻のホクロを拭った。
あら、綺麗に消えちゃった。
母親は目玉が落ちそうなくらいに目を見開いた。
「残念。うちのロイは、付けボクロなの。人違いみたいね?」
「・・・うそ、だって、ずっとあるって、」
「誰に聞いたのかしら?」
私がそう言うと、ラージスさんがロイとニーナを屋敷へ連れて入る。それと入れ替わるように誰かが寄って来た。
偽母はその人物を確認するとカッと睨み付けた。
「コムジ! 話が違うじゃないさ! どうなってんだい!」
コムジと呼ばれたのは20才の男。左の手足が義手義足のひょろりとしたスラム出身だ。
「どうもこうも、そろそろ足を洗ったら良いと思ってさ。姐さん、俺らがいなくなって困ってここまで来たんでしょ? でももうどこにも売れないよ。ここの領主、噂以上におっかなくてアーライルではもう売れる所が無いぜ? あんたらには足を切られて世話にはなったからさ。お礼させてもらおうと思ったんだ。・・・俺からの連絡を不審に思わないなんて。・・・刺青するくらいだ、今の生活よっぽどなんだろう?」
偽母から罵詈雑言が飛び出す。図星か。
それを聞き流しながらコムジに聞く。
「足を切られた?」
「えぇまぁヤンチャだったんで。手が無かったから足だけで暴れたんですけど、まあ、あっさりと捕まって・・・」
「・・・コムジもなかなかの生活だったのね」
「お嬢が来なかったら、まあまず死んでましたねー」
「あ~、膿んでたもんね~」
「おかげさまで普通の人間になりました」
「こっちも人拐いの手管を知れて助かったわ。さて、どうしようかな?」
偽母を指さす。
「姐さんからはもう何も出ませんよ。全ては親方が仕切ってますからね。まあ、姐さんがここに来たって事は拠点が落ち着いたんでしょうね」
「コムジ!この裏切り者!!」
「はあ? 裏切りも何も、仲間と思ってないのはお互い様だろ。用意してもらった飯は元々は俺へのお恵みだったじゃないか。あんたらはそれで肉を食べ、酒を飲み、俺にはパンと水だけだった。いやいや、金の稼ぎ方って色々あるね、勉強になったよ。ありがと姐さん」
女は真っ青になっても喚いている。それをうんざりした顔のニックさんとバジアルさんが連れて行く。アジトを見つけるまで新設した牢に入っててもらう。
魔法を施した独房だ。建物の見た目は長屋。牢に入れば周りの音、隣の部屋の音が一切聞こえない。食事やトイレが大変になるので、小さい明かりとりの窓が一つあるだけの造り。
とりあえずは色々全部吐くまでずっとここに入っててもらう。
それを見送ったコムジが息を吐く。そして私に向かって軽く頭を下げる。
「俺の言葉を信用してくれて、ありがとうございます」
「こっちこそ教えてもらえて助かったわ。あの手で来られたら見極められないもの」
「でも俺、あの一味のそれしか知らないんで・・・」
「私たちは一つ知ることができたわ。そのおかげでロイを連れて行かれずにすんだ。同じ手を使う他の奴らも捕まえられた。ありがと、コムジ」
「いえ・・・礼は言わないで下さい。俺、そうされて連れて行かれた子を何人も見てただけですから・・・」
「・・・怪我で、動けなかったじゃない」
コムジの左足を見る。膝の下から無かったけど、見つけた時には膝まで壊死していた。義足は、太ももの半分からだ。
「・・・動けてもかないませんでしたよ」
私の視線を追って、コムジも自分の足を見下ろす。
「・・・子供って、一緒に育った血の繋がらない兄貴擬きより、得体の知れない母親に飛びついちまうんですよ・・・馬鹿ですよね・・・」
無表情に呟くので、聞いてみた。
「探そうか?」
くしゃりと笑う。
「いえ。皆、確認してあります」
「・・・そう」
コムジがポケットから薄汚れたハンカチらしき物を出した。
「・・・これ。領地の端の方でいいんで、供養させてもらえませんか?」
何かを包んだようなその布を、コムジは大事そうに持っている。
コムジは自嘲気味に笑ってから、歯を食いしばった。
項垂れると、前髪に隠れて表情が見えない。
「どうせならコイツらもここに来られたら良かったのに・・・まあ、俺一人で連れて来られたかはわかりませんけど・・・」
スラムや孤児院から、見目の良い子を親のふりして連れ出すやり方がある。
それを聞いてすぐに子供たちに何かしらの印を付けた。
そして、それを噂として広めた。
舞台に上がるのに、目立つホクロは化粧で隠していたのだ、と。
実を言えば、今日のあの女でロイの母親は四人目だ。
なんとコトラの親だと言う輩も現れた。
最初の母親でロイが混乱してしまったので、次からは亀様に手伝ってもらった。ロイのサイズのぬいぐるみを亀様の幻術でロイに見せた。別に喋らなくていいけど、不自然な動きを誤魔化すために、ニーナに付いてもらった。
今、本物のロイは広間でお菓子を皆で食べている。
そうして本物の血縁かどうかを亀様に調べてもらう。
血液や遺伝子なんか調べようがないけど、亀様やコトラにはわかるだろうという信頼はある。
実験として、ダンの母親を当てられた。他の親子も当てた。
親子の方の顔を隠して、声も出さないようにしたのに、あっさりと親子を正しく組み合わせた。
見極めお願いします!
コムジは元僧侶見習いだそうだ。
物心ついた頃には左手は無く、教会で世話になっていた。就ける職が無さそうだったし、僧正の勧めもあって見習いを始めたが、元気があり過ぎた。
コムジのいた教会はにぎやかで有名だったそうだ。
市場よりうるせえ!と毎日苦情がある程。
隣接された孤児院の手伝いをしていると、よく親が子供を迎えに来た。
やっと迎えに来られた、これからは一緒に暮らそうね。
親の顔も覚えていないのに、子供たちは迎えに来た大人に飛びついた。その様子を、やっぱり親には敵わないなぁと残った子供たちと見送りながら思っていた。
ある日。「あのガキ高く売れたぜ、分け前に少しイロつけといた、次も頼むな」と、金子を受け取る先輩見習いの姿を見た。
力づくで僧正たちの前につき出した。先輩見習いは泣きながら何かを喚いていたが、コムジはそのまま教会を飛び出し、子供たちの行方を追った。
せめて、せめてまともに暮らしていますように。
国境を越えて追いかけても、運良く全員に辿り着けても、コムジの願ったようになった子はいなかった。
もう、帰る気力も無かった。
道端でぼんやりしていると、路地の奥から小汚ない子供を連れた小綺麗な女が出てきた。そしてその近くにいた男に子供を渡し、小袋を受け取った。
子供が「おかあさん!」と何度も叫んでも、女は振り返らずに去って行った。
何を考えたのかは自分でもわからない。自棄になっていた自覚はあった。
男と子供の後をつけ、その建物に入り、とりあえず目についた人間を蹴った。蹴って蹴って、一つしかない拳で殴った。肘も膝も頭突きだってした。
何人を蹴倒したかわからない。
子供がどうなったかわからない。
コムジは取り押さえられ、殴られ、足を切られて、気を失った。
「もっと、自分はできると思ってました・・・世の中、わかってるつもりでした・・・それでも、一人くらいは、助けたいと、思って、・・・っ・・・」
うちの子を助けてくれたよ、というのは違うのだろう。
コムジが助けたかったのは、コムジを「お兄ちゃん」と呼んだ子たちだ。
全員確認したと言っていた。たった一人で探し出した。
その執念が、コムジの持つハンカチに包まれている。
「・・・コムジ。教会に手紙を出しなさい。皆を見つけたって。そしてドロードラングで一生供養し続けるって。
・・・悪いけど、その義手義足はまだ領外に出せないから、すぐ教会に帰すことはできない。・・・きっとあなたを心配してるから、生きてる事を知らせなさい」
「・・・飛び出してもう五年です・・・もう俺の事、忘れてますよ・・・」
鼻をすすりながらボソボソ喋る、まだ下がっていたコムジの頭のてっぺんをチョップした。
イデッ、と痛くなさそうに言う。
「五年も一人で探し続ける問題児を世話した人たちよ。忘れる訳ないでしょうよ」
ポカンとした顔が見えた。
「それとも、僧正たちはボケた年寄りばかりだったの?」
「・・・いえ、皆、天然で剛腕の年寄りでした・・・」
天然で剛腕!?なにそれ!
「ならまだ元気に知らせを待ってるわよ。あんたが手紙を書き終える頃にはお墓の準備も終わらせておくわ。だからそのハンカチ、ちゃんと持ってなさいね」
コムジはハンカチを握りしめて、深く頭を下げた。




