続続20話 婚約発表です。<手探り>
家族の誰でもなく、私で良かった。
お父さんもお母さんも苦労してたから、ゆっくり旅行でもして欲しい。歳のわりに多い白髪を密かに気にしていた二人には、思う存分髪を染めて欲しい。打ちっぱなしじゃなくて、コースを回るゴルフも、大好きな演歌歌手の追っかけも。
お兄ちゃんは長兄らしく真面目で、私の小学校の参観日に親の代わりに参加。その真面目さが顔にも出るのか、私といると「若いお父さんね」と必ず言われた。どこに出掛けても百パーセント。当時高校生だったのに。
そんな不憫な兄をずっと待ってくれてる、私のこともとても可愛いがってくれた彼女と結婚して、幸せな家庭を築いて欲しい。
お姉ちゃんも、赤点取ってる暇など無い!と学校にいる間は勉学に励み特待生として進学。バイト禁止の学校だったのにバイトを認めさせ、それでもトップの成績で卒業。先生たちには、成績優秀な問題児と言われ、伝統をぶち壊すという爪痕を残したとか。友達の多いお姉ちゃんには、その友達のお下がり服をたくさんもらえた。貧乏なわりに私は可愛い服を着ていたと思う。
お姉ちゃんの壊滅的な料理を美味しいと言うあの貴重な彼氏と是非とも結婚までこぎつけて欲しい。
卓也も充実した大学生活を・・・あ、卒業したかな? とうとう社会人か~・・・。五つ下の弟のオムツも取り替えたし、離乳食も食べさせた。中学生になった途端に身長がグングン伸びて、制服の丈直しが大変だった。結局買い直したけど。
しょっちゅう部活終わりに部員を引き連れてうちで晩御飯を兼ねたミーティングをし、私をちいママと呼ぶようになり生意気盛りだったけど、インターハイでそこそこの成績を納めた後に部員たち皆でケーキバイキングに連れて行ってくれた。
社会人生活大変だろうけど、ここから応援してる。
私は毎日に満足してた。我慢することがたくさんあったし、未来予想図も特になかったけど、友達にも職場にも恵まれたし、家族がいたから毎日が楽しかった。
今でもそう思う。
だから。
こいつらにも、こういう基盤があったなら、犯さなかった罪がたくさんあったのでは?
そもそも起きなかったのでは?
犯罪が多いのが政治のせいなら、一領主の私の出来ることは?
引き取った時は人足としてしか考えてなかった。
その私を変えたのも子供たちだ。
笑って、彼らに手を伸ばしたのだ。
その姿に、盗賊たちがポカンとした。そして戸惑った。扱いがわからなくてオタオタとした。
「おふろにはいって、くさくなくなって、よかったね!」
間を一つとってから、微妙な顔になる盗賊たち。
それにまた手を伸ばす子供たち。
孤児でも5才以下は、スラムの記憶などほぼ無い。周りにいる大人は、誰もが自分を抱き上げてくれるものだと思ってる。
見た目が違う、騎馬の民も自分を抱き上げてくれる。
新しい大人たちもそうだと思ってたのだろう。
スラムの大人は片手片足が無い。
だから、盗賊たちに向かったのだろう。
止める間も無かった。
盗賊たちが暴れる隙も無く群がった。
そして、とりとめもなく、わちゃわちゃと話しかけた。
5才以下を止めようと10才以下が寄ったが巻き込まれた。そして15才以下も、以下同文。
盛り上がる子供たちを呆然と見ている盗賊たち。
とうとう一人抱き上げた。
更に大騒ぎになった。
子供たちが喜んで。
そして、満足するとさっさといなくなった。
呆然とした盗賊たちだけが残った。
おかしかった。
安心安全を知っている子供たちと、知らないで大人になった子供たち。
委ねることを知っている子供たちと、威嚇するしかなかった子たち。
同じ世界にいてここまで違う。・・・前の世界もそうだったけど。
全世界が一つになって争いの無い永久の平和を。
そんなものはどこにも無かった。20年ちょっとしかいなかったけど。
けど。
だからって、その考えは嫌いじゃなかった。
家庭が平和なら世界も平和になるのよ。
誰が言ったか忘れたけれど、いいなと思った。
喧嘩は、仲直りができる。
殺しは、取り返しがつかない。
その違いを解らせる事が、私のすることかもしれないと思った。
いつか謝りに行ったとしても、簡単には許されない。作った野菜を持って行っても、その場に腐るまで置かれ続けるだろう。
それでも、それを続ける気持ちを持ち続ける事が、贖罪だと思う。
それこそ、自分の肉体を離れるまで。
または、離れても。
手にかけた命がどれだけのものなのか、子供たちと触れあって、自分を見てもらって、感じて欲しい。
そして、心からの後悔を。
「私は国王に、盗賊たちの事を好きなようにしていいと許されてる。・・・ここで勘違いしないで欲しいんだけど、あんたたちは許された訳じゃないわ。条件付きで生かされているの」
戸惑ったまま、それでもじっと、ジムは私を見る。
盗賊一味の頭や幹部は、どうしようもないと判断された。
王命の事業中に捕まったので管轄は王都騎士団であり、王の裁決は早い。
根城にしていた領地の貴族との繋がりが疑われているのだけ連れていかれたのだ。それでも結構な人数だった。
それ以外を引き取った。
「うちの人足として、死ぬまで、うちで、真っ当に生活する。いい? 何かやらかしても掃除程度で終わると思わないで。ガットとライリーの事はロイが関わっているから特例よ。拐われて恐い思いをしたのに、それでもあの子は二人を許したの。ごめんなさいをしたから許したのに、その相手が死んでしまったらロイが混乱するわ」
悪いと思ったら、悪いと思う事をしてしまったら、その相手に謝るの。そう子供たちに伝えている。
思いを上手く伝えられなくて、喧嘩して、つい手が出ることもある。
子供たちは素直だ。
理解できれば、自分の間違えたことを直ぐに謝れる。
そして次の瞬間には連れだって遊ぶのだ。
喧嘩より、一緒に遊ぶ方が楽しい。
当たり前だ。
もちろん、話し合いが長引くこともある。
それが成長の証し。面倒くさくも、尊いもの。
世界は違えど、ここも社会だ。
人がいて、集まって生活する。
人は、一人では完結しない。
必ず誰かと会うのだ。
殴り合いも、拳骨も大事だと思ってる。
自分で痛みを感じられる。
転んで擦りむいて、血がにじんで。
自分で痛みを覚える。
体の痛みを、心に置き換える事が出来るようになっていく。
人の痛みを思えるようになっていく。
その上で、ごめんなさいをしても許されない事があると、きちんと理解する。
「偽善だと言うならそうかもしれない。でもね、世の中キレイゴトを大事にする時もあるのよ。子供向けの絵本なんて、大抵がどんな話もめでたしめでたしで終るでしょ」
ジムはよく絵本を読まされている。同じ話を子供たちを入れ換えて何度も聞かせてる。それを思い出したのか、ちょっとゲッソリした。
「子供たちはめでたしめでたしが大好きよ。いつか自分にも起こりうる事として、その話を記憶していく」
キラキラとした目で、良かったね~なんて喜ぶから、同じ話を何度でも読むのだろう。
最近のジムはずいぶんと柔らかい顔で読み聞かせるようになった。
大人たちは思うのだ。今の生活も良いが、子供たちの未来にはより幸多かれと。
「誰かの喜びを祝えるようになっていく。もちろん嫉妬だってする。その理由に向かい合って、折り合いをつけられるようになっていく。汚い事も知っていく。だって世界は綺麗なだけではないもの」
自分が何をしてきたのか、取り返しのつかない事をしたと正しく理解し、死ぬまで後悔しながら働く。
処刑するよりある意味酷いと思うんだけど、まあこれも上手くいくかはわからない。
そう決めた時、ニックさんたちにはエグいと言われたので、親を処刑に追いやった私の行使する罰としては良いかなと思った。
「あんたたちは、ちゃんと大人にならなきゃならない」
ジムは、もう目を逸らさない。
「そうして自分の罪と向き合うの」
そうして、睨み合うように見つめ合うと、根負けしたようにジムが小さく息を吐いた。
「一つ、頼みがある」
「なに?」
「俺を仇だと、ドロードラングに誰かが来た時の為の場所を、用意しておいてくれ」
「・・・なぜ?」
「そこで、大人しく刺される」
ジム以外が息を止めた。
「自棄になってる訳じゃない。そうなったらそれで良いと思ったんだ。・・・ただ、それを子供たちに気付かれたくない。今日は、それを言いに来たんだ。その日まではそれまではあんたの言う様に働く。だから、希望の職なんて思い付かなかった」
その苦笑は、ひねくれていなかった。
何かが芽吹いた気がした。
それは、思うように育たないかもしれない。
途中で枯れるかもしれない。
でも、今まで通り水を掛け続ければ、他にも芽吹く希望が持てた。
それは、私だけの満足かもしれない。
結局は誰の救いにもならないかもしれない。
それでも、その手探りを止めるわけにはいかない。
子供たちに、皆に、穏やかな生活を。




