続19話 罰掃除です。<淑女たるもの>
私の書き終わりと同時に、侯爵も書類仕事が終わったようで、私の時間があるのなら城内を案内してくれると言う。
そういやゆっくり見た事無かった。
是非!
「ていうか、始末書を直接王様へ渡してしまいましたけど良かったんですかね?」
廊下とは言いづらい絢爛豪華な通路に人影がいなそうなのをみて、侯爵にそっと聞いてみた。
「王がお嬢に会いたがっておるのだ。本来なら手順があるし、直接渡すなど無い」
ですよね。
「私の位置づけ、かなり雑ですね。いいんですか? 王様舐められません?」
歩きながらの会話だけど、侯爵が鼻で笑った。歩みはそのまま。
「お嬢が王に会う時は側近しかそばにおらん。たまにしか会わぬ貴族よりも王の事を十分にわかっている者たちだ。お嬢が心配するような事にはならん」
「良かった~。これで王様まで評判が落ちたら私の淑女教育が極悪な事になりますからね。ひと安心です」
「・・・安心出来ん淑女ぶりだぞ・・・」
え?ぇえっ!? 振り返るとルルーもマークも頷いている。駄目!? 今、公式の場じゃないけど駄目だった!?
・・・そっか、駄目か~。
「二時間保たせてお暇致します」
侯爵が噴いた。
「お嬢? なぜ侯爵と?」
アンディの授業参観に来ましたー。やほー。
「この間の始末書を提出に来たついでに城を案内してるところだ」
侯爵の説明に、始末書とアンディが呟く。
しずしずと前に出る私。
「先日は大変にお世話になりました。アンドレイ様にあの時にお助けいただけなければ、本日こうしてお目にかかる事もありませんでしたでしょう。心からお礼を申し上げます」
スカートをつまみ、淑女の礼をとる。
よし、と自画自賛していると、
「お嬢、お腹すいてるの?」
と言われた。・・・おい。
「・・・・・・アンドレイ様。淑女たるもの、そのような事は申し上げません」
礼をしたまま答えるその脇で、侯爵が手で口を押さえ肩をガタガタ震わせる姿が見えた。
「それは失礼しました。ですが、僕はいつもの天真爛漫な貴女の方がいいので、そちらの方にしてもらえませんか?」
言いながら私の手を取る。そんなことされたら真っ直ぐ立つしかない。目が合う。
「・・・これ以上、淑女教育を受けずに済むように協力してくれる?」
「ふふっ。例えば?」
渋々と白状した私に、ふっと笑ったアンディが手を組み直し、左手を私の腰に添え、ステップを促す。
ルルーとマークが手を叩いてリズムをとる。
それに合わせて一歩を踏み出す私たち。
「こんな感じでダンスの練習に付き合うとか?」
ワンフレーズを笑いながらもしっかり踊り、お互いにおじぎをし、侯爵、マークたちにも同じくおじぎをした。
「なかなか見事なダンスだったな。・・・ぶふっ!なぜダンス・・・!」
侯爵が噴いた。私も笑う。
「本当に何でダンス? びっくり! 楽しかったけど!」
アンディも笑う。
「ダンスも必要でしょ? お嬢は畏まった後は動いた方がいいってニックさんが言っていたからね。打ち合うよりはダンスの方が安全だし、お手軽だし」
アンディはうちに来ている時にニックさんに稽古をつけてもらっている。王族は基本守られるものだから、王族教育では護身がメインなんだろうけど、それでは足りないとアンディは思ったらしい。
勉強だってしてるのに、線の細いアンディにはまだ無理じゃないかと心配したけれど、ニックさんはそこら辺もちゃんと考えて指導してるようだ。
「頭を使うのも体を使うのも、とにかく飯だ!」
これには侯爵も納得。
・・・アンディが侯爵の様になったらちょっと嫌だな~
私の方もやっと護身術が本格的になってきた。皆は亀様に、シロウ、クロウという従魔もいるから要らんだろうと言うけど、もうね、体を動かしたいの!
事務も会議も接客も嫌いじゃないよ。
でもね! か・ら・だ・を・う・ご・か・し・た~~い!!
と訴えた。
駄々をこねた。とも言う。
だからもう楽しくて楽しくて。
やばいわ~脳筋は私もだわ~と思いながら稽古をする。
畏まった後は特に楽しい!
付き合わされる人が大変だけど、今はそれでバランスをとってる感じ。
ま、今日はスカートだし、手合わせは無理だよね~。
アンディの判断は正しい。そして私のやり易いようにリードをしてくれる。
この優しさを見習え。エスコートを見習えドロードラングの男ども。
てか、ほんのちょっとしか畏まってないからそれほどダンスも必要無かったんだけどね。楽しかったからいいや。
展開について来られずに呆然としていた先生に、アンディと二人で謝罪。ハッとした先生は戸惑いながらも許してくれた。
今は地理を勉強していたようで、机の上にアーライル国の地図があった。
「今はここにあの街道があるんだよね?」
色々と書き込みがしてある地図にアンディが指でなぞる。うちで造った街道もうっすらと書いてある。下書きかな?
「そう。大体これで合ってるよ。え、見てきたの?」
「うん、途中までだけど先生がね」
先生を見ると少し慌てて、え!っと、あの!と挙動不審。
「なんじゃ、アンドレイに関わるようになってもあがり症が治らんなぁ」
侯爵が微笑ましく先生に声をかける。
親戚か何かかと思ったら現役の部下だそうだ。仕事しながら家庭教師?
「そうじゃ。財務の仕事にとらわれず若いのに知識が豊富でな。ゆくゆくはアンドレイに仕える事にもなるじゃろうし、早いうちに馴れた方がいいと思ってな。儂の手配だ」
「た、大変光栄な事です」
へ~すごいな~、侯爵が褒めてる。・・・あ!
「申し遅れました! 私、ドロードラングだ・・・失礼しました、ドロードラング伯爵家当主、サレスティア・ドロードラングでございます」
あ、忘れとった、と侯爵も呟く。今まで相手からの紹介ばかりだったからうっかりしてしまった。
「はっ! ぞ、存じております! 私はテオドール・トラントゥール。トラントゥール子爵家の三男です。大臣から領地の事を伺っております。いずれは訪れたいと思っております」
トラントゥール子爵領は王都を挟んでうちとは反対の場所だ。机の地図を指さすと、それを見たテオドールさんは頷いた。合ってた。
「いずれはこの街道が国を横断するかな? そうしたらテオドール先生も領地に帰りやすくなりますね」
アンディが地図を眺めながら言った。それに対して先生はやんわりと否定する。
「そうだといいですが、トラントゥール領は丘が多い土地なので、きっとこちらのユルバン領を通した方が後々の発展に使えるでしょう。それでも今までよりとても行き来が楽になります」
ああ!と納得して頷くアンディを先生は優しく見ている。
ははっ! アンディが子供たちに教える時と似てる。
良い先生だね。良かった。
コンコンコン
扉がノックされ、アンディと先生があっと言った。
「エリザベスです。授業は終わりましたか?」
エリザベス?・・・第一王女かい!? アンディと同い年の!?第二側妃の子の!? え、何で??
扉脇に控えていた従者が扉を開けると、ふわふわ栗色の髪の可愛いお嬢さんが入って来た。おおお!
「あら、ごきげんよう侯爵。お客さまだったのね。邪魔をしてしまってご免なさい。あら、貴女は?」
可愛い~!と感動していたら目が合った。可愛い~!!
「はっ! お、お初にお目にかかります。サレスティア・ドロードラングと申します」
緊張しながら何とか淑女の礼をとる。
可愛いお嬢さんは目を大きくした。可愛い~!
「ああ! 貴女がドロードラング伯爵? アンドレイの婚約者ね! 初めまして、私はアーライル国第一王女、エリザベス・アーライルです」
これから会うことも多くなるでしょうし、仲良くして下さいね。とにっこり。
レシィも可愛いけど、エリザベス姫も可愛い~!!
可愛さにやられた私はよろしくお願いします!と元気に頭を下げてしまった。
それだけで収まれば良かったのだけど、
「アンディ! 姫が二人とも可愛いとやる気が漲るね!」
と叫んでしまった。
同意を求められたアンディは、
「う~ん。僕にとっては兄弟だからね。漲らないな」
と困った様子。
そして、私が漲るね!と叫んだ瞬間大笑いの侯爵に時間の止まったその他(姫含む)。
あ。やってしまった・・・ルルーの呆れた目が刺さる・・・




