続続18話 飴とムチ?です。<拳骨>
「ここまで来りゃあ、しばらくは大丈夫だろう」
ガットは森小屋の扉を閉めながら独り言のように言った。
「そ、そうだな。つ、次は、隣の領の、お、奥方に、こ、こいつを、売り付ければ、か、金になる」
ライリーはどもりながらもニヤリとし、怯えるロイを見た。
途中で一人のガキに見つかったが、一発殴ったら吹っ飛んだ。
助けを求めた者が、殴られて伸びた姿がショックだったのだろう。それからロイは震えてはいるが大人しい。
ドロードラングに捕まって一月。明らかにロイは人気があった。特に金持ちに。さもありなんな見た目だ。巧くやれば、想定している倍の値段でも売れるだろう。
国内の主だった奴隷商が無くなってしまったので、闇市でもいいし貴族に直接売り付けてもいい。それも難しいようなら国外に出ればいい。
とにかく金を手に入れて、頭を助ける。
その為にはまず、あの化け物のような小娘から逃げ切らなければならない。
自分達を捕まえた時は圧倒的なものだったが、領地に戻ってからはほんの少しも魔法を使っていない。
魔法の威力が大きければ、その分回復に時間がかかるというのが一般的だ。
回復する前に逃げる。
そしてそれはほぼ予定通りに出来た。
「うぅ、おじょ~、うぅう~、ひっ、ひぐっ、」
ただ震えていた子供が声に出して泣き出した。
その様子にイラッとする。
自分達もかつてはそうしていた。
いつも誰も助けてはくれず、その内に神に祈ることもなくなった。
「誰も来ねえさ」
「そ、そうさ、だ、誰も来ねえ。へへっ」
意地悪く、染み付いた下卑た笑いを幼児に向ける。
それを見たロイがまた震え、更に涙が溢れる。
「おじょ~、おじょーっ!」
甲高い声が障る。
わざと泣かせたのにイライラする。
助けなど来ない。自分達が望んだ時は何も来なかった。
望まなくなってから頭に拾われた。いいように使われているだけなのはわかっていた。一味を逃がす為に顔や体に傷が付こうが火傷を負おうが、何も誉められたり労られたりも無かった。それでも帰る場所があるのはとても安心できた。
それをくれた頭には恩がある。
自分らの名前を呼ぶ事は一度だって無かったが、今さら指示なしで生きていく術も無い。
ドロードラングで生きていく理由も無い。
自分達は犯罪以外知らないのだ。
あんな所で生きていける訳が無い。
泣くロイを殴った。あっさりと吹っ飛んだ。
それを見て口の端が上がった。お前にももう未来は無いんだよと、暗い笑いが出た。
と、急に小屋が明るくなった。
振り返ると、壁一面が炎に包まれていた。
いや。
業火に煽られ、木の壁が溶けて消滅していく。
何が起きているのかわからない。
わかったのは、
その業火に包まれて、こちらにゆっくりと歩いてくる小さな人影が、ドロードラングの当主だということだった。
「・・・ガット、・・・ライリー、・・・ここで、何をしている・・・」
低い声に震え上がった。汗が全ての毛穴から出てくる。口の中が乾く。
目の前の光景が理解できない。
何だこれ、魔力の回復期じゃないのか? 道を造って、大網をぶん回して、あれだけの魔法を使ったのに、この炎は何だ!?
「ガット、ライリー、・・・ロイを連れてどこに行く?」
恐い。
淡々とした口調とは裏腹に、炎はごんごんと燃え盛る。魔法の炎なのか、森の木に燃え移ったものか、小屋の中からは判別出来ない。
その小屋もじりじりと溶けていく。
「ガットぉっ!! ライリーぃぃっ!!」
その声に、死んだ、と思った。
怒りのあまり腸が煮えくり返るというのはこういう事か。
我を忘れ、体の中をめぐる衝動を、目の前の男たちに放とうとした。
「お嬢!待って!」
その男たちを庇う様に両手を広げた人影が私の前に立つ。
・・・アンディ?
「炎を抑えるんだ!」
・・・うるさい、あいつら、ゆるさん・・・!
「駄目だ! しっかりしろ! サレスティア!!」
私の焦点がアンディに合うと、彼はほんの少しホッと息を吐いた。
そのまま私に向かって歩いてくる。
え。ちょ、ちょっと待って、炎!まだ出てるから!
そんなのお構い無しにアンディはずんずんと近づいてくる。
何とか、後一歩という所で炎を消化(消火?)できた。
「正気に戻って良かった」
にっこりと笑うけど、こっちはそれどころじゃないっての。危ないでしょ! 火傷しちゃうでしょ!
興奮していたからか、まだ上手く喋れない。
きっと変な顔をしているだろう私の手を、アンディは躊躇無く取る。
「君の手はあいつらをどうにかする為にあるんじゃない。あの子を抱きしめる為のものだ。間違えないで」
「・・・アンディ・・・」
名を呼べば、花が咲くように微笑む。
「そんなおっかない顔してちゃあ、あの子が泣くよ? 助けに来たんだから泣かせちゃダメだよ」
・・・ごもっとも。
「さ。一緒に迎えに行こう」
アンディに手を引かれて歩き出すと、小屋からロイがずりずりと這い出てきた。慌てて二人で駆け寄り、起こして抱きしめた。
うわあああああーっ!
力の入らないロイの、殴られて赤く腫れた所に治癒術をかける。
よし、綺麗。
それでも何度も撫でてしまう。
痛かったね、恐かったね、よく頑張った!
アンディと一緒にいっぱい褒めた。
「何なんだ・・・」
ガットが小さく呟く。そちらを見ればライリーは白目をむいている。
「何なんだ!? 化け物か!? まだ回復期じゃねぇのか!? 何でこんなに追いつかれるのが速ぇんだ!? 何でここが見つかったんだ!?」
え~と。どれから返事しようかと思っていたら、
「お嬢は魔力が多いだけだ。化け物じゃない」
と、アンディが低い声で応えた。あら・・・ありがと。
シロウがのそっと現れたので、ガットは自分がシロウに追われたのだとわかったようだ。
「・・・何だってそんなガキ一人に従魔まで使ってんだ・・・一人くらいいなくなったって、大して変わんねぇだろう・・・」
「一人でもいなくなったら大騒ぎするでしょうよ」
私の言葉に、ガットが不思議そうな顔をする。
「たった一人だ。大したこと無い」
何だ?
「たった一人よ。大騒ぎよ」
「たかが一人だ! いなくたって変わらねぇだろ!」
「うちのロイはたった一人よ! ガットも!ライリーも!うちには一人ずつしかいない! いなくなったら大騒ぎだって言ってんでしょうが!」
そう怒鳴り返したらガットが目を丸くした。
何だ?
「・・・俺らは、盗賊だ。盗んで、殺して、売って、それで食ってきた・・・・・・今さら、農業なんてできねぇ・・・」
歯を食いしばるように言う。
「もう普通の暮らしなんて今さらできねぇ・・・俺らは犯罪者だ! 処刑されるだけの人生だ! 俺らには真っ当な暮らしなんざ無理なんだよ!」
私は抱いていたロイをアンディに預け、ガットに向かってズカズカと近づき、気合いを入れた拳骨をお見舞いする。
ガッ!
いでっ!と蹲るガット。
「こンの~、腑抜けた事を言ってんじゃないよっ!!」
私の声にビビる。ついでにライリーも拳骨!
いだっ!
ライリーも頭の天辺を押さえて蹲る。目ぇ覚めたかこの野郎。
「うちに来たなら真っ当な暮らししかさせないんだよ!! 誰がアンタたちにそんな事を言ったんだ!! アンタたちはうちで引き取ったんだ! うちに来たからには当主である私の子だ!! 子供の面倒を見るのは親の義務だ!! 誰が処刑させるか! これは躾だ!! この馬鹿タレどもっ!!」
私の勢いに圧されたのか、唖然とする二人。
怒鳴ってちょっとスッキリした。
「悪い事をしてるのをちゃんとわかっているんだから、しないようにすればいいの。これからやっていきゃあいいの! アンタたちを好きにして良いって、私は王様に許されてるの」
ガットとライリーを見つめる。
「ただし、それはドロードラング領の中だけ。ドロードラング領で真っ当な暮らしをする、それが、あんた達の償う方法よ」
そんな事・・・と呟くが。
「言っておくけど、真っ当な暮らしは大変よ? だから私はあちこちから人手を集めてる。猫の手も借りたいの。意味わかる? あんた達なんて五体揃って話も通じる、いい物件だわ」
二人はお互いを見る。
ガット、ライリー、と目を合わせて名前を呼ぶ。
「あんた達は、うちで生き直すの」
呆然としている。
「罪は消えることは無いわ。いつかは誰かに刺されるかもしれない。それでも、あんた達の事は私が任されたの。もうガットもライリーも住民帳に載せたからドロードラングの住人よ」
じっと見る。
「さっきも言ったけど、うちの領民は皆、当主の私が守るものなの」
二人の目が微かに揺らめいた。
「だから安心して私にこき使われなさい! もし誰かが来ても刺さないでくれるように説得するから」
「お嬢に守られるのは羨ましいな」
ロイを抱っこしたアンディがそばに来た。ロイも落ち着いたようだ。
「何言ってるの。アンディも守る側でしょう?」
まあね、と笑うので、私も笑った。
「じゃあとりあえず、ロイに謝罪だね」
「そうね」
アンディが抱っこしたまま更に近づく。
ちょっと引く二人。
「何逃げてんの。こんなちっさい子を泣かせたんだからキチッと謝んなさい」
そう言うと、渋々と、すんごい小声で、
悪かった・・・
と言った。
ロイはそれで満足したらしく、アンディから降りると二人に抱きついた。
あ。
「そういえば、何でアンディがここに?」
アンディがにっこりと微笑んだ。・・・ん?
「ダンが、お嬢が目の前で燃えて消えたって亀様に連絡して、亀様に婚約者の暴走を止めろって連れて来られたんだ。まさか森火事の中心になってると思わなかったよ。水魔法を勉強してて良かった。ほとんどは亀様が消火したけどね」
「そ、それは、お手数をおかけしまして、誠に申し訳ございません・・・」
「うん。燃え移った分は消せて良かった」
そういえば、今日のアンディの服がいつもよりキラキラしている気がする。汚してごめんね。そう言うと、
「いいんだ。夜会での挨拶は終わっていたから。それより間に合って良かった。暴走したお嬢を亀様でも止められないのかって、わりと本気で焦ったから」
夜会!?
「か、重ね重ね、申し訳・・・」
「いいよ。代わりにお嬢のあの絵をちょうだい? 母上が見たがってるんだ」
・・・・・・えぇ~、せっかく封印したのに・・・
その後、何事かと駆けつけたカーディフ領の人々にお騒がせしましたと頭を下げ、ガットとライリーは馬で、私とアンディとロイでシロウに乗って戻る途中に、置き去りにした私のスケボーに乗ったダンを拾い、また謝る。
領地に帰って顛末を報告。ここでもガットとライリーは謝罪。
そして騎馬の里を含めた防犯を見直す事に。
色々と今日の分を片付けてからアンディを送る。まあ、亀様の力だけど。玄関ホールで挨拶をする。事のだいたいを亀様が学園長に説明してくれたらしいので今夜は特に国王には会わなくて良さそうだ。
「今日はありがとう。でも危ないからもう飛び出さないで?」
「あそこで飛び出さないでいつ止めるんだよ。僕が飛び出てお嬢が止まるなら何度でもするよ」
うう、こそばゆい・・・
「う~・・・何度もないようにする」
よろしくねと笑う。その手には私のあの絵が抱えられている。・・・二枚。
ふと、私の頬にアンディの手が触れる。
絵を睨んでいた目を上げるとアンディが微笑んでた。
「・・・おやすみ、お嬢。亀様、送ってくれてありがとう。またね」
《うむ。またな》
「うん。おやすみアンディ。またね」
領地に戻ってふと、アンディに触れられた頬を触ってみた。
・・・うん。
アンディの方が手がすべすべしてる。
何でケアしてるか、今度聞こうっと。
お疲れさまでした。
今回もわちゃわちゃ感が出てますね~…。
最後はお嬢の残念さを表せたと思ったのですが、いかがでしょうか(笑)
まあ、アンディがまだまだはっきりしませんし、お嬢の恋愛はまだまだですかね~。
ではまた次回お会いできますように。




