続16話 始動です。<ニックと>
今日も天気がいいので雑草野原にゴロリ。
そよそよ風を満喫しているとニックさんが来た。
「あの絵、外してくれよ」
げっそりしながら言うのと、絵を思い出して噴き出す私は悪くない。傑作だよあれ、本当に!
「皆、飯を食うのに苦労してる。そして俺も恥ずかしい!」
一言多いからよ、ふん。でもまあ外してあげるわ。食事がいい加減になるからハンクさんが嫌がってるもの。せっかく作った食事を噴き出しながら食べられるのは私だって嫌だわ。
あからさまにホッとしたニックさんも仰向けに転がった。
「お嬢。最近何を考えてるんだ?」
のんびりした声でニックさんが聞いてきた。
あえて、ニックさんの方を向かずに空を見つめる。
「・・・私、変かしら?」
しらばっくれるには変な間があいてしまったけど、隣から動く気配はないし、私もまだ動く気もない。
「・・・いつも通りと言えばいつも通りだ。クラウスさんにもカシーナにも言い辛いなら、俺にどうだ?と思って来てみた。絵についての要望もあったし、たまたま見つけたしな」
ぶふっ。・・・あ~あ・・・やっぱり普通にはできていなかったか。
「皆、心配してる?」
「まあ、だいたいな。前のように戻ったかとは思ったが、亀様も置いて一人でいることが増えたろ。ルルーとマークもじりじりしてるぞ」
そっか・・・うん。
「・・・両親の事、あれで良かったのかな、って。もっと上手くやれば、領地に幽閉くらいで済んだかな、とかね、思っちゃって・・・」
ニックさんは、うん、と言っただけ。
「彼らが、罪を犯したのはわかっている。私はそれを見ていた。・・・可愛がられた記憶も無い。でも親だわ。・・・裁いたのは法だとしても、結果を作ったのは、私」
「後悔してるのか?」
寝転がったまま、二人で青空を見てる。
「してない。・・・ううん、してるような気がする。そして、その事にイライラしてる」
初めての事にどうしていいか混乱している。でも今、私は領主だ。守るものがたくさんある。
だから、親殺しだろうと、迷ってはいられない。
「俺が最初に人を殺したのは、俺から金を盗ろうとしたスリだった」
思わずニックさんを見た。隣にいるニックさんは変わらず空を見ていた。
「孤児だって食っていかなきゃならない。その頃の俺は、お使いが出来れば駄賃がもらえるくらいには可愛かったんだ。その駄賃で飯を買うのに必死で、手に触った相手のナイフに気付かず相手に刺しちまった。8才だったな俺、確か」
私の視線に気づいたのか、チラッと見て、また空を見る。
「逃げた。その場を逃げたよ。そのままねぐらに帰って震えてた。後からそいつが死んだ事を知った。それからしばらくは物は食えねぇわ、水を飲んでも吐くわ、とにかく震えるわ、夢でも奴に追っかけられるわ、散々だった」
ただの思い出。内容にそぐわない穏やかな口調でニックさんは語った。
「怖くなって逃げたが、誰かに助けを求めればあいつは助かったかもしれないと後悔した」
ニックさんがそっとこちらを向く。
「お嬢、他人が死んだって後悔はする。何か出来たはずだってな。それが親なら尚更じゃないか? まあ、俺とは状況が全然違うが、親い人が亡くなったなら我慢せず泣けばいいし、泣きたくなったなら泣いていい」
嫁と子供の時の経験談だと苦笑して、ニックさんはまた、空を見る。
私も空を見る。目尻から一筋、流れた気がした。
一筋分も出た、と思った。
一筋分で済んだ、とも思った。
今までうだうだしてたのが何だったのか、ちょっとスッキリした。
「一筋で、済んじゃった・・・」
「まあ、それほどの悪党だったしな~」
ふいに、ニックさんが私に手を伸ばす。頭をぐしぐしとされた。
「一人では泣くな。助けを求めろ。お前が俺を生かしたんだ。必ず助ける。お前の守りたいものも守る。俺らは皆でそう思っている」
「・・・ありがとう・・・」
ぐしぐしとする手を止める。
「いいかお嬢。この先何度だってこの事は思い出す。そしてまた悩む。答えは出ているし、もう出ない。・・・故人を思うのは大事なことだが厄介でもある。だから・・・誰かと一緒にいてくれ。一人でいるな」
「・・・子供の時のニックさんには、誰がいたの?」
「誰もいなかった。だから傭兵になった。それで自分がやられても仕方無いってな。傭兵団に入ったが、チビだから最初は雑用ばかりだった。そうやって忙しくして余計な事を考えないようにさせているって後から気づいた」
そういう意味じゃあ傭兵団も世話好きが多かったな~。そう言いながら優しく笑う。
「俺はついてた。だからドロードラング領に来て嫁と子供ができた。・・・まあ死んじまったが、俺は幸せだった。・・・だから今、毎日楽しいのが切ない時がある。一緒にいれたらな、って今でも思う」
ずっと、不思議に思っていた事がある。
「私が領地に来るまで、何で皆残っていたの?」
空を見たまま、ニックさんはハハッと笑った。
「そりゃあ他に行く所が無かったからさ。死にかけてたやつらは何処にも行くとこが無いし、行きたい所も無かったんだ。俺を含めてほとんどがドロードラングに流れて来た人間だ。ずっとフラフラしてたのが先代に取っ捕まって、鍬を持たされて、とにかく畑になりそうな所を片っ端から耕した。そんでよくやったって褒められて、飯がたくさん食えた。日が出たら起きて働いて、日が沈んだら眠る。・・・悪夢を見ない、やっと、真っ当な働きをする事ができた」
私はぼんやりとニックさんを見てた。
「別にそれまでの生活を否定する訳じゃあないぞ? 俺たちは太陽の下で過ごした事がなかった。時代と言えば時代だし、育った土地がそうだったとも言える。俺たちにはそれが当たり前だった。・・・それを先代が引っ張りあげた」
ニックさんが私を見る。
「だから、皆、残った。もちろん出ていった奴らもたくさんいる。そいつらも大変だろうから、持たせられる物はなるたけ持たせた。・・・残ったのは、ここに骨を埋めるつもりの人間ばかりだ。良くも悪くも命令されること指示通りに動く事が得意な人ばかりが残ったからな、何かをしようなんて自分らじゃ上手いこと考えつかなくてな。・・・それでも色々とやってみたが、最後は諦めた」
また、私の頭に手を置く。
「嫁と子供が恋しくて恋しくて墓に腰まで突っ込んだのを、こんなチビッ娘に立たされるとは思わなかった」
ニカッと笑う。
「・・・奥さんたちが亡くなった時は、誰がいたの?」
「ルイスだな。あとヤンさんに、クラウスさんか?」
恐る恐る聞いたのに、あっさりと返ってきた。
「ルイスはまあ長い付き合いだしな。ヤンさんなんてすげぇ面倒そうな顔して面倒みてくれるから、嫌われたのかと思ったわ~」
確かにいつも飄々としてるけど、一座に入るの以外は何でもやってくれるのよね。ニックさんの世話を焼くヤンさん・・・想像できそう。
「生きてることが辛くて、でも死ねなくて、いっそどうにかなればいいって、随分と自棄になってたのを世話してもらったからな。この三人には今でも足を向けて寝られない」
しみじみと柔らかく笑う姿に、大人の男でも似たように悩むんだと思った。
「ルイスなんて結婚したしなぁ。世話になった分恩返しのし甲斐があるよ。そう考えるとさ、十年なんて足りないだろ? よぼよぼになっても何でも手伝うから、俺らの老後の面倒も頼むな。まあその前に、是非とも速やかにあの絵を外してくれ」
思わず笑ってしまった。